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魔神の受肉~悪魔が下界で貴族令嬢に擬態します~  作者: 烏兎徒然
一章 カルローネ家の令嬢
9/25

王族と令嬢 前編



事の始まりはカルローネ家に一人の女児が生まれた頃より始まる。


ティグレル王国の守護式神(シュゴシキガミ)は知恵の神として生まれた白鐸(ハクタク)という妖魔である。

真っ白な体毛に、虎のような姿をしているがその瞳は九つあり、あらゆる物事を見通すとされている。

本来の姿は城より大きいとされているが、自身のサイズを自在に変えられるため、普段は通常の虎と変わらぬほどの大きさで、王城の最も奥に位置している守護式神専用の間にいる。

建国の頃よりティグレル王国を支えている、まさしく国家の守護神であり王であっても傅く存在であるのだ。


その白鐸が緊急と称してヴィルヘルム王を呼びつけた。

そして告げられた言葉は『カルローネ家に初代の先祖返りが生まれた』であった。

それは徐々に初代の血が薄まり、リアの調伏が上手く行かずに力が落ちていたカルローネ家が、最盛期を取り戻す事となるという宣言に他ならない。


力が落ちつつあるとはいえど、未だ力のあるカルローネ侯爵家。

それが更に勢いづくというのか……とヴィルヘルムは頭を抱える。


そして次いで白鐸が告げたのは『何者であっても決して彼女を害してはならぬ。不快にさせてはならぬ。道を塞いではならぬ』との事。


それはヴィルヘルムとて言われずとも分かっていることであった。

初代の先祖返りというのならば、あの吸血鬼のリアを完全調伏出来るのだ。

もし危害を加えようものなら、リアの怒りによって国は確実に割れるか亡国となるだろう。


冒険者組合の敵性脅威度に当てはめるなら、リアは特二級という区分で制定されている。


式鬼や式鬼神、果ては守護式神であっても、念のため冒険者組合は各国の式鬼神や守護式神も、その脅威度を区分している。

しかしそれはあくまでも魔力量でそう判断されているだけである。


混沌(ケイオス)属性特有の弱点が存在せず、魂魄も豊富であり、吸血鬼特有の性術魔法を自在に扱うリアが霧化や、蝙蝠化を使ってヒットアンドアウェイに徹してしまえば、勝てる者など限られている。

そして、まともに相対したとしても魔力量25万あり、法術も扱えるというリアと正面から戦えるものなど、大陸でも限られているのだ。

それらの戦闘技術も含めるなら確実に特一級から災害レベルまで引き上げられる事は間違いない。


他国への牽制にも使えるが全てを晒す訳にも行かず、特性魔法等は切り札として情報を隠蔽しているからこその魔力量のみの判断で特二級という扱いに収まっている。

正直なところ一夜で吸血鬼の軍団を作れるという、一つの《吸血》という特性魔法のみで充分すぎるくらい他国への抑止力としては絶大であるのだ。



白鐸(ハクタク)は人にとっては、もはや全知の神といっても良く、あらゆる事を知り尽くしている。

今まさにカルローネの初代先祖返りが生まれた事を言い当てたように。

白鐸(ハクタク)の存在あってこそ、ティグレル王国が四つの大国の中でも、最も豊かな国として存在し続けてこられた理由である。


流行り病が大陸中に広まった際は、その治療法を。

飢饉の際には、それらが起こる前に前兆を伝える。

悪魔や天使の顕現など、世界の違う霊界は見通せないようであるが、逆を言えば物質界における事象のほぼ全てを見通す事が出来るという事である。

そうして長年の間、その叡智をもってして王国を支え続けてきたのが白鐸(ハクタク)なのである。


その白鐸(ハクタク)がわざわざ、緊急と称してまでヴィルヘルムでさえ分かる事をいちいち忠告するだろうか?

故にヴィルヘルムは白鐸(ハクタク)へ問う。


「それは――その令嬢をただの初代ルーナ=カルローネの先祖返り、という認識で扱ってはいけない、という事でしょうか?」

「然り。されど、この件に関してはヴィルヘルム――お主の心の内にのみ留める事とせよ」


今までこのように曖昧な指示を出された事などなかったため、ヴィルヘルムは軽く目を見開き驚く。

かつて国に災禍が降り注ぐ時、逆に国が富む時、的確な指示を持って当時の王へ告げた記録が残っており、もちろんヴィルヘルムもそれらの会話録というべきものは全て読んでいた。

そして今回の件は王にとっては頭の痛い話ではあるが、国にとってどうこうという話というほどの規模ではない。

だからこそ驚いた。

その子は我が国に何かをもたらす存在であるのだと。

それが災いなのか幸運なのかは分からないが。


「安心しろヴィルヘルム。下手を起こせば災いとなるが、何もせねば国は富む。それこそかつてない程の繁栄もあり得るだろう。故に接触は八歳の披露目のとき当たりがちょうど良かろう」


まるでヴィルヘルムの心中を言い当てたかのように答える白鐸(ハクタク)

兎にも角にも、下手を打たねば問題はないとのこと。

そもそも先祖返りであるならば、リアを完全に調伏することが出来ている、というのは八歳の披露目時に周囲にはバレるだろう。


リアはその愛した人の血の濃さによって、カルローネ家に対する忠義を明確に分けていた。

リアが絶対の忠義を持っていたとされているのは初代と二代目、三代目のみであり、以降は主のように接する事も稀にあるが、殆どが友のように接するか、ほぼ関わりを持たぬか、といった程度。

絶対の忠義心でその子に仕えるリアを見れば誰もがその子の価値を理解し、下手なヤブを突く馬鹿は国内はおろか国外にもいないはずである。


ヴィルヘルムはそう呑気に構えていたが、事はそう簡単ではなかった。



◇◇◇



「フィーリャ=カルローネか……。全くなんてことを言い触らしてくれたものだ――まあ気持ちは分からなくもないが……」


披露目が始まる三年も前にルーナが初代の先祖返りであると既に貴族間で周知されてしまった。


先祖返りであるが故に、その髪色と瞳は初代の色を持っていた。

それによってフィーリャは不義をなしたとして夜会では散々煽られ、一族からも糾弾され、相当肩身の狭い思いをした事だろう。それには同情しかない。


しかし蓋を開けてみればやはり自身の子で間違いでなく、ましてや初代の先祖返りという結果。

それまでの鬱憤を晴らすかのように、周囲の貴族に自慢し、リアの完全調伏が成った事を大いに喧伝して回った。

その結果、王派閥からカルローネ家の貴族派閥へと鞍替えするものが続出する。

更に拍車をかけるように、プライドの高い入り婿のツォルンが派閥拡大の勢いにのって増長を重ねる始末である。

正直言ってその当時のヴィルヘルムからしたら、ツォルンは呪い殺してしまいたいほど憎い相手であった。


散々ツォルンに足を引っ張られ王家は何度も痛手を負う。

もしルーナとツォルンの仲が良ければ、と考えると厳しい掣肘も下手に打てず、王派閥は一気に弱体化した。

この頃は宰相や王太子からも弱気に過ぎると散々な言われようであったが、それでも情報を得られなければ、下手にツォルンをこき下ろす事ができないのは事実なのであったのだから仕方がない。


なぜならば肝心のルーナの情報はリアが別館に匿っているため、誰の耳にもその情報は一切入ってこないのだ。

頼りの白鐸(ハクタク)もなぜか、ルーナ付近の事は見通すのが難しいとの事であった。

それはあえて教えてくれないのか、特別な何かを持つ子故にその言葉通り本当に見通せないのかはヴィルヘルムには分からない。


◇◇◇


そうしてなんとか王派閥と貴族派閥の均衡を保ちつつ、ようやく八歳の披露目が始まる。

これから徐々に接触する機会も増え、情報も格段に得やすくなる。

ましてや奇跡的に正妃との子であるミーランは聖女と名高い名声を手に入れ、なおかつルーナと同じ年である。

二人が友誼を結んでくれれば、ヴィルヘルムとしてはこれ以上喜ばしい事はない。


そうして始まったお披露目であったが、第三夫人との末の子である第六王子のハーロルトが、あろうことかルーナへと王家の名を使って宣戦布告した際には目眩がした。

ヴィルヘルムは報告を受けたのと同時に、ハーロルトの王位継承権剥奪と廃嫡の決定をする。


その際、宰相や王太子からは『少し性急ではないか?』と訝しまれた。

ヴィルヘルムが貴族派閥へ及び腰になっているように見えたのかもしれない。

しかし、白鐸(ハクタク)からの予言めいた言葉を他言出来ぬ以上、無理に押し通すしかなかった。

だが結局のところ、今のカルローネ家と争うことがあってはならないというのは共通の見解である。

宰相も王太子も、少し考えてそれが一番良いという形で納得した。



◇◇◇



応接室にて、ミーランとロルガストを使いに出してルーナ嬢を呼び寄せる。

その際に家族関係の仲も見極める意味も込めて、保護者という名目でツォルンとフィーリャも呼び寄せる。


そうして暫くの間待っていると、ミーランとロルガストが戻ってきた。

その後少し間をおいてリア様を伴って入室されたルーナ嬢。


それは八歳児にしては出来すぎた挨拶であった。


もちろん初のお披露目パーティーである。定型の挨拶は仕込まれていて当然。

しかし今は事情が違う。

あまりにも異例な初対面(はつたいめん)であるのにも関わらず、完璧な挨拶に完璧な所作での最敬礼であった。


王太子も宰相も王妃も誰もが同じ事を考えロルガストを見る。

そしてその意を組んだロルガストは首を横にふる。

つまり道中でリア様から手ほどきされたわけではないという事か……。

そういえば初代ルーナ=カルローネは英雄であったが、英雄以前は神童と呼ばれていたのだったな。


いや、いかん。早く頭を上げさせねば。

一瞬の驚きから立ち直り『決して不快にしてはならぬ』とかつての白鐸の言がヴィルヘルムの脳内で鳴り響く。


「あ、ああ。ルーナ嬢。それとリア様もわざわざ来ていただいて申し訳ない。顔を上げてもよい。着席を許すので座ってくれて結構だ」


『決して不快にしてはならぬ』――しかし王としてのメンツもある故あまりにも下手に出る事はできない。

しかし幸いにして相手は少女であり、そして今回の件の被害者でもある。

そんな少女相手に王としての威厳ある話し口調で接するのは却って非常識。

故に優しげに、偉ぶらず、自身の娘の友に対するような口調で語りかける。


しかし一向に顔を上げる気配がないことに疑問を覚える。


――いや、なるほど。頭の回る少女だ。


この場が謁見の場でもなんでもないのは当然の事ながら誰もが分かる事ではあるが、敢えて三度の面上げの使い所を知らぬ少女のフリをすることで、最上級の敬意を示しこちらを立てるスタンスを取ってくれるか。

話の主導権をこちらに譲られたと考えるべきだが……両親とルーナ嬢とでは王家に対する敬意が違う。

どういう事だ? まあ、今はとにかく話し合いの場にせねば。


「いや、ここは公式の場ではない。ルーナ嬢もリア様もどうか頭を上げては頂けないだろうか」


そこでようやく顔を上げたルーナ嬢の顔を初めて見たが、その美しさに驚きを隠せない。

まだ八歳、されど完成されている。

ここからの成長が恐ろしくも思える。

少し横目に見やれば息子のトルトラントも、妻のアウレーザも、宰相のグンターも皆が彼女の容貌に驚いている。

表情を隠すことに長けた王族と貴族相手にこれだけの表情をさせる美貌。

身内贔屓目抜きにしてみても、自身の娘であるミーランは非常に美しく、『将来の傾国の美少女』などと宮廷貴族達がおもしろ半分に語っていたが、それとはまた違ったベクトルの美しさだ。

氷のように冷たく、されど触れると火傷しそうな――。

ようやく白鐸様の仰っていた災害にも富にもなりうるという、その一端を垣間見た気がした。


ハッっと意識が急浮上する。

思わずついつい見惚れてしまっていた。

王侯貴族は美しいものには、どうにも弱い所がある。

唯一、事前に会っていたミーランとロルガストは平静であったようだが。


あまりにも待たせすぎた事によってルーナ嬢が憂いた表情をしている。

何か自分がミスでもしたのではないかと、思っているに違いない。

とにかく話し合いを行わねば。


「い、いや済まない。その様な憂いた表情をせずとも安心してくれてかまわないルーナ嬢。何も失敗しておらぬぞ。むしろ我々の配慮が足りなすぎたな。どうか座っては頂けないだろうか」


その言葉によって、ようやくルーナ嬢が席に座り、話し合いが始まる。

とはいっても既に決定事項ではあるのだが、問題はブルノルト家か……。


「此度の件、全て現場に居合わせた宰相から聞き及んだ。そして我々で話し合った結果を今から伝える」



●  ○  ●  ●



ヴィルヘルム=ティグレルは天才であった。



当時の王族の中では魂器(コンキ)は3万1000と一番多く、知恵に長けており武勇にも優れていた。

しかし最初からそうであったわけではない。

むしろ魂器が多いだけの出来損ないであると、兄や姉に笑われて日々を過ごしていた。


それは彼の持つ『魔眼:虹瞳(にじと)』が原因であった。


失われた術とされており、大陸でも十数人程しか使えないとされている《法術》。

魂器が4000を越えなければ、扱えないとされている高位貴族が使う《魔法》。

それはたとえ魂器が3999あろうとも、魔法行使のボーダーラインは魂器が4000である事が大前提である。

そのため魂器が4000に届かぬ者が、詠唱や補助媒体等を用いて行使する術が《魔術》。


法術、魔法、魔術。

この三つが術式行使の基本形である。


しかし極稀に魂魄の位置がズレて生まれる者がいる。

魂魄がズレていると、魔力がどこか一点に集中してしまうという欠点を抱えるものの、代わりにその三つの基本形ともまた違った形態の、特別な術を行使する事ができる。

それを《呪術》と呼ぶ。


呪術師という特異体質の多くは遺伝する。

そのため一族独自の秘術として扱い、呪術師達は自身の術を秘匿する傾向にある。

各国の暗部等は多くの呪術師を抱えている。

というのも呪術師は、既存の魔術や魔法とは逸脱した術式を行使することが出来るため、本来の暗殺対策を逸脱した殺人方法が出来たり、死因不明にする事が出来たりと、とにかく暗殺に向いている事が多い。


呪術師の中でも最も多いのが、目に魔力が偏る『魔眼』とされる術を扱える者。

魔法や魔術にも瞳術はあるがそれを生まれ持ってして、特殊な瞳術として扱えるのは一種の才能でもある。

瞳術は瞳を合わせる事が発動条件という非常に使い勝手の良い術であるため、やはり静かに瞬時に殺害できる暗殺者に向いている。


事実ティグレル王国でも、《エラート一族》という〝髪に魔力が偏った一族〟と、〝目に魔力が偏り魔眼を発症させる一族〟である《フィーゼラ一族》という二つの呪術師の一族を暗部として抱えている。

その中でも、フィーゼラ一族の持つ魔眼は有名なもので、最もシンプルで有用とされる魔眼。

『伝説的魔眼』とも称される天眼(てんがん)を宿す。


曰く、その瞳を持つものは『月明かり一つない暗闇でも、真っ白な光に覆われようとも目が効き』『視界の遥か先にある遠い山の木の葉の数までハッキリと数えられ』『どんなに早い動きもコマ送りのように視え』『数秒先を幻視し』『360度の視界を持ち』『目を閉じれば天から俯瞰して周囲を見わたせ』『意識すれば壁を透かした先をも見据え』『他者の魔力を視認する事も可能であり』『瞳術タイプの魔法や、他の魔眼に高い耐性を持つ』という、シンプルに『目が良くなる』というあまりにも分かりやすい力を持ち、かつ強力にして有用であるため、御伽噺の英雄譚にも度々現れるような伝説的な呪術の一つ。


フィーゼラ一族以外の《天眼持ち》は過去の文献以外では、その実在を聞いた事はない。

しかし呪術師は秘匿するのが常なので、もしかすると他国にも同じように《天眼(てんがん)持ち》や、それよりも強力な未知の魔眼や、呪術を扱う者もいるかもしれない。

呪術とは、その在り方故に《秘術》とも呼ばれる存在であるのだ。


ヴィルヘルムのそれもまた、殆ど知られていない未知の類いの魔眼であった。

魂魄がズレ、魔力が偏ってしまう者――呪術師は上手く魔術や魔法を扱う事ができず、赤子でも自然に出来る、体内に魔力を循環させる事すら、集中して行わなければならないほど困難なのである。


それ故に幼い頃のヴィルヘルムは、魂器が3万を越えようとも、魔法を一切まともに扱う事もできない欠陥品として見られていた。

そのため他の王位を争う兄姉(きょうだい)達からは、ヴィルヘルムはなんの驚異にも思われていなかった。


しかし幸運なことに、ティグレル王国の守護式神は知恵の神と称される、豊富な知恵を司る妖魔である。


白鐸(ハクタク)と初めて相対した際に、自身の呪術の事や魔眼の事などを教えてもらい、上手く魔法を扱う(すべ)をヴィルヘルムは聞き出した。


みなが自然に行える『体内に魔力を循環させる』という事を、自身も同じく意識せずとも行えるようになったのは、修行を初めてニ年経ち、ようやくであった。

それから少しずつ自身の虹瞳(にじと)を扱えるように、日々密かに訓練していく。


――それは爪を隠す鷹のように。

いくら貴族達に嘲笑されようとも、魔眼を自由に扱えれば立場は変わるはずだと己に言い聞かせる。

そしてその先の玉座を狙うため。


嘲笑の嵐の日々を歩くヴィルヘルムもどうせ魔眼が宿るのならば、フィーゼラ一族の天眼のような魔眼が欲しかったと、内心では隣の青い芝生を憎しみさえもって羨んでいた。

しかし無い物ねだりをしていてもしょうがないと、日々自身の魔眼である虹瞳(にじと)の研鑽を積み重ねていく――。



無い物ねだりをしていたヴィルヘルムであったが、虹瞳(にじと)を完全に扱えるようになってみて、その認識はガラリと変わった。

これこそが王にとって必要な魔眼であると。


事実歴代国王の中には虹瞳(にじと)を持つものが多かったと白鐸(ハクタク)は後に語った。


その『虹色の瞳』は他者の魂魄(コンパク)を見透す。

魂魄とはつまりその者の性質であり、本質そのものだ。

他にも相対した相手の些細な動き。

それこそ指先の動きから、ツバを飲み込んだ回数まで自身が特段意識していない部分も情報として勝手に脳が収集し処理しているらしく、それをもって相手の感情や、朧げな思考を読み取る事が出来るのだ。


流石に相手の考えてる事が全て分かる訳では無いが、それでもある程度なら『理解』出来てしまう。

それがどういった原理なのかはヴィルヘルム自身にとってもまったく検討もつかないのだが、なぜかその虹色の瞳で凝らして見た相手の真意を見抜く事が出来る。


最初はただの勘だと思った。

しかしそれにしてはどこかその答えに絶対の自信があるようにも思える。

当時のヴィルヘルムは我ながら自信過剰な人間だな、と思っていたが、これこそがこの虹瞳(にじと)の本質であったのだと思えた時、ようやく腑に落ちた気分であった。



さすがに大人数を相手にした場合はその情報量の多さからか、目眩や吐き気に頭痛を覚える。

そのうえ、さしたる『理解』も中途半端なままで終わる。

頑張ってもせいぜい二、三人が限度だ。


相手が一人の場合であり、それもよく目を凝らすようにして良いのならば、その者の感情や朧げな思考だけではなく、恐らく本人すら理解していないであろう、その者の本質とも言うべき『何か』を読み取れる。

それは酷く曖昧な『何か』ではあるが、嫌な感じがした者とは距離を起き、心地よさや神聖さを感じた者ならばその相手とは上手く行く。


相手の感情や、思考の表層を読み取り、其の者の資質を見抜き、自身に対する好悪をも感じ取れる。

人間関係においては、勘のような『何か』で適材適所に人材を正確に割り振れる。


それを持ってヴィルヘルムは有能な人材や、相性のいい人材を自派閥に取り込み、下心有るものはすぐに排斥し、決して数は多くはないが、気づけば自然と有能な者達のみが集まる派閥となっていた。

それゆえ足の引っ張りあいなどといった愚かな政戦は自身の派閥内では一度も起きず、気づけば王位継承権争いに勝利し、王となっていた。


歴代の王に虹瞳(にじと)を持つ者が多いのも、恐らくそれを使って王になったのだろう。

帝王学や人心掌握術を学ぶ王族にとっては最も有用に扱える魔眼である。


未だ自分が賢王と呼ばれているのも、この瞳のおかげである。

才能持つ者を見抜き、適材適所に配置し、悪意あるものは罠にかけて追い詰める。

王位継承権争いの時と何も変わらない。


しかしある意味で危険な魔眼でもある。

周囲の人間の全てを知りすぎてしまえば、自身がただの《王》という装置になってしまうような気がしたのだ。

人の本質等は大抵が醜いものばかり。

それゆえにヴィルヘルムは自身の子にだけは、魔眼を用いないという制約を自身に課して、人としての王を目指すと心に決めている。


●   ○   ●   ○


もう、慣れ親しんだ虹瞳(にじと)を使い、ルーナ嬢を見極める。


ふと彼女の紅く妖しい瞳と、自身の虹色の瞳が合わさる。

この虹色の瞳が珍しいのだろう。

ちょくちょくとルーナ嬢と瞳が合う。

こういった事は良くある事で、特段気にもしないどころか、ルーナ嬢の少し子供らしい一面が垣間見えた事に微笑ましく思えてしまう。


しかしヴィルヘルムからして初めての事が起こる。


――何も、何一つ見えてこないのだ。


ルーナ嬢のその本質が。

考えが。感情が。資質が。好悪が。

一切合切、何も見えてこない。

そんな初めての出来事に思わず瞠目してしまう。

しかもなぜだか、二重にボケて見えてしまう魂に思わず目をこすりたくなる。


こうなれば好奇心から、もっとルーナ嬢の奥へ奥へと潜り込み、魂を見通したくなる欲求に駆られる――。




『何者であっても決して彼女を害してはならぬ。不快にさせてはならぬ。道を塞いではならぬ』




――瞬間、白鐸様の声を思い出し……虹瞳(にじと)の使用を控える事に決めた。


年甲斐もなく少し好奇心が過ぎたと自制し、話し合いを再開する。


【冒険者組合の裁定したおおざっぱな区分】


《魔物、妖魔の魔力量(魂魄)を基本的な基準にして、最終的にはその影響力や戦闘力、危険度を加味してランクを決める》


※討伐困難なもの、あるいは討伐手段が確立されていて容易なものは魔力量が豊富であろうが少なかろうが、その区分が上下する場合があるため絶対的なものではない※


一級~八級までの分類があり、数字の数が少ない程脅威度が高い。

冒険者ギルドが制定している制度であり一般的にも広がっている。

先史文明魔導具によって、魔物や妖魔の魔力を数値化できる技術を確立している。




神罰 1千万~(大陸全ての生命が絶滅してもおかしくないレベル。存在しないとされているが、一部上層部は七大罪なる悪魔の存在を知っているため、彼らの受肉が成った際の呼称であり、本来は存在しない区分)


天災 500万~(いくつもの大国が崩壊するレベル。問答無用で零級冒険者すべてが召集される。あらゆる国が総力を上げて大陸のために戦う)


災害 100万~(国家崩壊レベル。零級冒険者なら相性によって討伐可能。しかしそれ以外の場合は国力を上げて挑み、他国にも頭を下げねばならぬ危機)


――――伝説の壁――――


一級 50万~(小国崩壊レベル。一級冒険者やベテラン達、そして軍が死力をつくして戦う)


ニ級 20万~(都市崩壊レベル。その都市の全冒険者達が集まって討伐する緊急案件)


三級 10万~(ベテランパーティーが複数で討伐する案件)


四級 5万~(実力ある中堅冒険者パーティーが討伐する案件)


五級 1万~(一般的な冒険者パーティーの仕事のタネの多くがここら辺)


六級 3000~(組合に依頼を出すのが大凡このあたりからで、駆け出し冒険者の仕事の一つでもある)


七級 1000~(村の自警団でなんとかなる程度)


八級 500(一般狩猟人が勝てる程度)


※ニ級以上の魔物や妖魔は滅多に現れるものではない。

種族ではなく、固有名詞で扱われるような存在が二級以上。


※特がついている等級(特二級等)は、魔物ではなく知恵ある妖魔に割り振られる。

ただの魔物相手と違いその難度は大きく跳ね上がる場合がある。

生まれたてであれば知恵はあっても知識はないため、どれだけ生きて経験を積んだ妖魔かによって難度は大きく変わる。


※飽くまで体内魔力量としての基準値ではあるものの、その豊富な魔力によって高い耐久性と攻撃力を誇る。

非常に理不尽な強さを誇るように思われるが、妖魔等は個人主義が強すぎるため、術の類いは独学であったりと、人と同じ程度の思考能力を有するが、人里離れた場所を生活圏としている妖魔が大半なので、妖魔達の知識は貧民街の子供以下の場合が多い。

魔道具や多くの魔法、魔術等、相手にとっての未知の力で翻弄しながら戦えばジャイアントキリングも可能である。


※魔力量が豊富でも戦闘方法が確立されているような存在はランクが低めに設定される。

混沌(ケイオス)種はその筆頭であり、聖水や銀での攻撃が特効である。

悪魔もその類であるが狡猾であり、知識が豊富な分妖魔より厄介である。


※事前情報、被害報告、外見的特徴からの過去の文献を漁り近しい者を探す、ギルド職員の鳥型式鬼等による視界共有を使っての斥候等、冒険者組合の脅威度制定は徹底しており、依頼として冒険者に出される段階でようやく完璧な区分が決まる。

それまでは暫定という形。

だからこそリアも暫定特二級であり、本来ならば災害級の厄介さ。

ちなみに魔力は元は10万程度であったが初代ルーナとの精神契約とアレロパシーにより25万となっている。

その後ルシフェルとの、アレロパシーと精神契約の恩恵によりルーナの八歳時点で既に38万という数値になっている。

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