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魔神の受肉~悪魔が下界で貴族令嬢に擬態します~  作者: 烏兎徒然
一章 カルローネ家の令嬢
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悪魔と聖女と王族

どうやら彼は王子様だったようだ。

ちょうびっくり。

『ハーロルト=エルデ=ティグレル』とティグレルという国名を名乗っていた事から王族なのは確定だ。

そして名前に〝エルデ〟がついている、ということはキチンとした王位継承権を持つ王子ということだ。


王子の事がまったく分からないのも、仕方がない。

本来私にそれらを教えるべき両親は使い物にならないし、なにより教育係の担当もしているリアの貴族情報もわりと古いものばかりだ。

曾祖母が亡くなった頃辺りからはリアは殆どカルローネ家の別邸に引きこもっていたらしいので致し方がない。


人種の中でも最も寿命の短い人間(ヒューマン)の事故や病気等によらない老衰での平均寿命は60年程。

しかもそれは平民の話。

魂魄が、正確に言うのならば(ハク)大きければ寿命は大幅に伸びる。

200歳を越えてまで生きる人間もいるというが、少ない例であろう。

曾祖母がいくつで亡くなったのかは分からない。

カルローネは魂魄を高めるための政略結婚を繰り返してきていたようであるが、早々に家督を譲ったとされる曾祖母がもし短命であった場合、私とリアの持つ貴族情報は古く、早急に更新しなくちゃいけない案件かも知れない。


けどさぁ……それなら誰かこっそり教えてくれてもよくない!?


『あの御方王子様ですよ……』


みたいにさ……。

なんか周りの皆は百面相してたけど、貴族の心情なんて全く分からない。

こちとら360度すべて視界に入っているんだからな! 

あ、もしかして金髪縦ロールの子が近づいて来たのはそれを先に教えてくれようとしていたのかもしれない!

良い子だなあ……あの子。


口調やマナーに関しては頑張って覚えたけれど、暗黙の了解とやらが多すぎる。

一つの言葉に色んな含意を含む意味ってなに!? 相手も理解出来てるなら普通に話せば!?


はあ……。

悪意がほどよく丁度いいくらいの、濁った魂魄を持った男の子が近づいてきたから、ちょっとだけイジワルして、理性の制御が効きづらくなる法術(ほうじゅつ)を、違和感ないようなタイミングで両手を鳴らして(・・・・・・・)、こっそり行使してイジメて遊んでただけだのに。

まさか相手が王子様とはなー……。


まあ、でも考え方を変えれば良い話かもね。うん。

あの王子を餌にして、悪意の塊のような良質な魂魄を持つ大物を食らうのも良いし、人間風にカルローネ家と王家のパワーバランスを絶妙に操って遊ぶのも、それはそれでなかなか楽しそうだし…………うーん、悩みどころだ。


――今回はどうやって遊ぼうかな…………。


「どういたしましょう?」


頬に手を当てコテンと首をかしげる。

悪魔故に私の容姿には自信がある。

だからこそ、こういったあざとい行動一つとるだけでも『魅了(チャーム)』に似た効果が現れる。

だからみんな私の味方をしてくれよー。

王族相手に不敬罪で投獄なんか冗談じゃない。


ああ! そういえば恐らく私に王子の事を教えようとしていた、綺麗な魂魄を持った金髪縦ロールの女の子。

あの子は終始一人でオロオロとしていたのは、なかなか愛らしかった。

あの娘とお喋りしたいな。

どこいったのだろうか?


『視界が360度あますことなく見えてるとは言え、別方向を向いてた相手にいきなり顔をあわせられて近づかれる、というのは人間的には怖い部類に入るものらしいですよ。吸血鬼狩りの時代に、人間として溶け込むよう暮らしていた頃の小技の一つです』とのリアの忠告を思いだして、わざわざキョロキョロと周囲を探るフリをしてお目当ての女の子を探ってみる。

しかし、それは中断される事となる。


なにやら明らかに私に向けて早足で近づく気配が感じ取れたのだ。

悪意はない様子。

けれども焦燥はあるようだ。

それと青年の後ろにもう一人――


すぐさまリアが私の前に立って、私を守ろうとする。

その様子に男はギョっとして、両手と頭を必至に横に振る。

何もするつもりはない、という意思表示だろう。

そりゃ普通の人間なら、リアに敵対態勢を取られたら怖がるよね。

そんな事よりも今の私には、先程の女の子よりも余程興味を引く人物が目の前にいる。


「リア、大丈夫だから少し下がって頂戴」

「はい。畏まりました」


目の前の男性は露骨にホッとしている。

そしてその男性の後ろから、ヒョッコリと顔を出した女の子。

淡い色のホワイトブロンドにゆるいウェーブの腰まで届く長髪に、そして空色の宝石眼(ほうせきがん)

これは流石に私でも分かる。

まさに今話題の人物でもあるのだ。

ミーラン=エトワ=サントエーレ=ティグレル第三王女。


女性はエトワ、男性はエルデ。

つまり彼女も王位継承権を、女性ながら持っているという事だ。

女王の前例がないわけではないが、それでも女王の即位は難しい。

故に王位継承権なんて、早々に辞退するのが普通の王女である。

のにも関わらず、依然王位継承権を持ち続けているというのには、何かに利用するつもりなのではなかろうか? いや、そういえば私と同じでまだ八歳なんだったっけこの子。

深読みのしすぎかな?

けれどこの王女様の魂魄。もしかして――


「お初にお目にかかります。私はミーラン=エトワ=サントエーレ=ティグレル第三王女……ふふっ、だなんて堅苦しい肩書きを背負っているだけの、ルーナ様と同じ歳の女の子ですわ。もしルーナ様さえよろしければ、わたくしのことはミーランとぜひ呼んで頂いてほしいですわ」


花の綻ぶ笑顔という使い回された表現がこうも適切な少女はなかなかいないだろう。

なるほど、聖女と呼ばれるのも納得だ。

少しお転婆気味の性格に、愛らしい容姿、それでいて優秀。

まさに理想の王女様といったところだろう。


「これはミーラン王女殿下……いえ、お言葉に甘えてミーラン様とお呼びさせて頂きますわね。私如きに過分なお気遣い痛み入ります。ミーラン様は既にご存知のようでしたが、私がカルローネ侯爵家が娘のルーナ=カルローネでございます」


リアから叩き込まれた、王族に対する最敬礼の淑女の礼で挨拶をすると、王女の連れてきた従者らしき男は半ば呆然としている。

もしかして何か間違えた? その場合の責任や苦情は、私の教育者のリアにお願いします。


「今日はわたくし本当に楽しみにしていたのですよ!! それなのにあの人ったら! わたくしとルーナ様のお披露目パーティーであんな事を言い出すだなんて!! 実はわたくし、今日をきっかけにルーナ様とお友達になるための作戦を、侍女と夜通し作り上げていましたの。それなのにまったく、もうっ!」


頬を膨らまして憤慨の様子の第三王女だが、隣にいる男性はずっとヒヤヒヤしっぱなしだ。

今はたくさんの貴族の視線が、この場に集中しているのだから当たり前だろう。

幼い子らがまた迂闊に口を滑らして、自体が更に雪だるま式に大きくなるのではないか、と心配なのかもしれない。

もちろん私も余計な事を言いそうで不安だ。


「ええ、私もです。お美しいと噂の聖女様に一目お会いしたく思ってもおりましたし、わたくしも……恐れ多くもお友達というものがいないので、同年代で同じ女性のミーラン様ならばもしやと、今日のお披露目を機に、色々とお話をして交流を深めようと楽しみにしていたのですが……」


そんな私達の延々続きそうになる愚痴大会に、ついに痺れを切らしたのか「王女殿下そろそろ本題に……」と男性がミーランに小声で耳打ちする。


「ああ、いけないそうでしたわ。まずルーナ様……我が一族に連なる兄の愚かな発言、大変申し訳なく……。

それに関してなのですが、ここだけの話、あの子は実は既にお父様によって、元々廃嫡が決まっていた身だったようなのです。既に彼はわたくしの兄でも王家の人間でもありません。ですのでカルローネ家を……だなんて、そんな恐ろしい話はあり得ないものだと思ってくださいませ」


予想よりずっと行動が早い……。

これじゃあ、あの王子を使った遊びは出来そうにないし、何より内々で済ませず、結果だけを端的にこの場で話した事で、あの王子の廃嫡は既に決定事項。

証人はたくさんいる。


周囲の貴族は、みな注目してはいるものの、私達から五メートルほどは離れている。

だから少し小声で話せば、ちょうど他の貴族には聞こえない程度の会話もできる。

だからこそミーラン王女にのみ聴こえる声量で、一応取りなおしが行われる可能性を聞いてみよう。


「それを聞いて安心致しましたが、そんな簡単に廃嫡だなんて……私にも不手際がございましたし、和解案などはないのでしょうか……? いくらカルローネといえど、相手は王子です。身分差からしたら、あの発言はまだ幼さ故に取り返しのつくものでは…………私達と殆ど変わらない年齢で、未来が閉ざされてしまうのは些か不憫に思ってしまいますわ」


精一杯悲しみの演技をしてみるが。

うーん……無駄な足掻きかな。これも駄目でしょうね。


「申し訳ありませんが、既にお父さ……王が決めてしまったことですので……。わたくしもルーナ様のご意見を一度伺ってからにしては? と一応提案してみたのですが……。あっ! あの、それで、非常に申し訳ないのですが――――別室で一度、ゆっくりとお話致しませんか? あっ、もちろんリア様もご一緒で結構ですので」


やっぱり別室に連行はされるよね。

それにしてもこの王女様の仕草は、いちいち可愛らしい。

急な対応には反応できず一瞬年相応の狼狽さを見せたが、そのためその本来の気質が天真爛漫で愛らしいものなのだと誰もがすぐに分かる。

けれど節々に見られる、綺麗であり自然な所作は、王族としての高貴さも醸し出している。

うーん、流石と言わざるを得ない。


「ええ。少し大事になりすぎてしまいましたものね。この調子でお披露目パーティーまでなくなってしまっては双方にとっても望ましくありませんし、早急に話し合いを終えるのが良いでしょう」

「では、わたくしがルーナ様をご案内いたしますね! 良いでしょう? ロルガスト?」


ミーラン王女と来ていた男性の名はロルガストというのか。

彼女に花綻ぶ笑顔で見上げるように振り向かれてしまっては、ロルガスト君は否とは言えないだろうなあ。


「はあ……、構いませんよ姫殿下。ご丁寧にご案内してくださいね、私は御二人より少し離れた位置からついて参りますので」

「ありがとう! ロルガスト! では行きましょうルーナ様!」

「ええ、ミーラン様直々のご案内は、とても嬉しく思います。それではミーラン様、よろしくお願いいたします」

「ええ、ルーナ様! まかせてください!」


無邪気な子供のように、ミーラン王女は私の手を引いて会場を後にする。


純粋な感情を全面に押し出して、(あらわ)にする聖女。


――ああ、どうしよう。どうしましょう! 面白い。とっても、とっても面白い! いっその事この娘で遊んでみるのも良いかもしれない。


猫が飛び跳ねるように、バッと音を立てて振り向くミーラン様。

その表情には一瞬どこか怯えがあった。


「あ、あの……ルーナ様?」

「はい? どうか致しましたか? ミーラン様?」

「い、いえ……なにか……いえ何でも。どうやら気の所為だったみたいです」


私にはミーラン王女のような無邪気で愛らしい笑顔は到底似合わないので、軽い微笑みで返事を返す。


「そうでしたか」



◇◇◇


「ルーナ=カルローネ様をお連れいたしましたわ」

「うむ。入れ」


ミーラン様が扉越しに話し、王と思われる人物の許可を得てロルガストくんが扉を開ける。


連れてこられたのは恐らくは、応接室のような所。

しかしここにある数々の調度品等の質からして、他国の貴族や、下手を打てない相手に使われるためのお部屋かな?

色々高そうだ。

絶対にお茶は零せない場所だね。


とにかく習った通りに室内に通されて、王族達と目が会ってしまう前に、すぐに視線を下げる。

妖魔であるリアからしか社交術を学んでおらず、屋敷で会う人間も極少数。

未だマナーや貴族社会の慣習については、せいぜい付け焼き刃もいいところだと思う。


ともあれ、すぐさま顔を伏せて自己紹介だ。


「お初にお目にかかります。カルローネ侯爵家が長女ルーナ=カルローネと申します。このような状況下での初顔合わせとなってしまいましたが、高貴な方々のご尊顔を拝謁する機会に恵まれましたことに変わりはありません。海と幸運を司る男神ヴァダーラ様と、その眷属神である芽吹きを司るルティー様に祈りと感謝を捧げたく思います」


部屋にいた人物は王と王妃、宰相に王太子と第一王女。

加えてミーラン第三王女と錚々たる顔ぶれだ。

第六王子の顔は知らなかったが、流石にこのクラスの大物なら顔も知っている。


元々ある程度の大物貴族達の顔は、法術(ほうじゅつ)によって、リアが自身の姿形をその人に変えながら、丁寧に教えてくれていた。

惜しむらくは第六王子は別に大物でも、重要人物でもなんでもなかった事であろう。


ちなみに余談だが私は魄という肉体エネルギーを得たばかりのため、リアとは違って姿を変える法術は苦手である。

リアは、吸血鬼とバレないように長年人種に紛れて過ごしていたため、暗黒時代に培った数々の法術はとても上手い。

その点私の変身術は、術を解除することにも手間取って、半日リアになって過ごしたままだったのは苦い思い出だ。


そんな事よりも、リアがわざわざ変身術を使って教えるまでもなく、私が知っている人物がこの部屋にはいた。

部屋にいたのは王族一家と宰相だけでなかったのだ。

そこにいたのは顔面蒼白の母と、王族を前にしても相も変わらずふてぶてしい態度の父である、我が一家だ。


なぜ今ここに……。

まあ、それはどうでもいいか。

とにかく最敬礼を維持っと。


顔はまだ伏せたまま。

私に続いて半歩後ろにいるリアも、私に合わせて最敬礼している。

本来は王家が頭を下げるような人物がリアだ。

しかし今はあくまで純守護式神(じゅんしゅごしきがみ)ではなく、私のメイドという立場でいるのだろう。


リアと私は、身長差等も計算に入れてはいるが、寸分違わずまったく同じ所作。

私がリアが教えてくれた所作をそのまま記憶して、体を魔力で動かしているからだ。


これは魔術でも魔法でも法術でもない。

なんの術理も用いない、ただの魔力の基礎的な使い方の一つである。

リアから聞いたところによると、どうやらこの国では既に失伝している技術らしく、リアも知らない様子であった。

〝アイツ〟は今まで何をやっていたのやら……。


しかし、顔を伏せたのは良いものの、いつまで立っても顔を上げてよしの声が来ない。

理由は分かっている、顔を伏せていようと私にはこの空間の周囲すべてを認識出来るのだ。


第三王女はニコニコとしているが、それ意外の王族達はポカンとした間抜けな表情をしている。

こんなんで王族が務まるのか甚だ疑問だ。

いくらなんでも表情に出過ぎであろう。

ウチの屋敷に来る商人の方が余程感情を隠すのが上手いぞ。

それにしてもなぜ、そんな表情をされるのかが分からない。

やっぱり何か間違えているのだろうか……? でもリアも同じ行動をしてるし……あっ。


――なるほど、リアが私に従っている光景が珍しいのかもしれない。


「あ、ああ。ルーナ嬢。それとリア様もわざわざ来ていただいて申し訳ない。顔を上げてもよい。着席を許すので座ってくれて結構だ」


ようやく再起動した王の言葉に少しだけ考える。

顔を上げてよし……か。

たしか他国の王の場合は二度目に顔を上げ、自国の王の場合は三度目に顔を上げる事が大事である、とリアに一度教わった事がある。

そこまで固辞すると逆に失礼だと思うのは私だけなのだろうか? 王も臣下も面倒だろうに。


あれ? でもたしか王が直接声を出すのは最後で、それまでは宰相であったり大臣だったりが、許可を出すんだったっけ?

せめて正式な謁見なら教わった通り儀礼的に動けばいいけれど、こういった変則的な会談の場ではどうするのが、正解なのかは教わっていない。

取り敢えずリアを観察するがリアも顔を上げていないため、やはりもう二度ほど待つ必要があるのかな?

面倒だなあ……。


「いや、ここは公式の場ではない。ルーナ嬢もリア様もどうか頭を上げては頂けないだろうか」


なるほど、非公式会談であるうえ時間も差し迫っているし、この場合は頭を上げてもいいのかも。

リアに関しては『ルーナ様が頭を下げているのに、自分だけ頭を上げる事はできない』とか考えていたのかもしれない。

これ以上の固辞は失礼にあたるのかもしれないし、顔をあげよう。

後ろのリアも私と連動するように伏せた頭を上げる。


「っ」


するとなぜか第三王女以外の王族が、皆驚愕の顔を浮かべる。


ええ!? もしや、上げちゃだめだったの!?

ああ……帰ったら貴族常識の勉強でもしないとな…………あとは悪魔の眷属達を召喚しての情報収集とかかな?


――ああ、なんだか無性にティエラ成分が恋しくなってきた。……会いたいなあ。


「い、いや済まない。その様な憂いた表情をせずとも安心してくれてかまわない、ルーナ嬢。何も失敗しておらぬぞ。むしろ我々の配慮が足りなすぎたな。どうか座っては頂けないだろうか」


よく分からないけれど……ここで変に遠慮して時間を無駄にするのも、更に失礼を重ねる事になりそうだし、まあそういうことなら――。

だ……大丈夫だよね?


「ではお言葉に甘えまして」


私は平静を装いつつ、内心ドキドキしながら、ゆっくりと父であるツォルンの左隣に座る。

ツォルンの更に右隣には母フィーリャが座っていた。


…………特に何を言われるでも、驚かれるわけでもない。

今度はようやく成功したようでホッとする。

しかしリアが座る気配がない。


「私はルーナ様のメイドですのでお気遣いなく」


我が道を行くリアは着席することもなく、私の後ろに立つ。

流石に王もリアの性格を知っているのか「リ、リア様がそれでよろしいのであれば……」と、ようやく話し合いが始まりそうであった。




「此度の件、全て現場に居合わせた宰相から聞き及んだ。そして我々で話し合った結果を今から伝える」


王の態度は思ったより柔らかく、お咎めにしてもあまり厳しいものではなさそうだが、随分と勿体ぶった話しぶりをしてくれる。

立場的には仕方ない事なのだろうけれど、私としては端的に説明してほしいものだ。

灰色の髪に、珍しい虹色の瞳を持つ王を見つめてはそんな事を考えてしまう。


魂の器――魂器(こんき)が大きな者は瞳にその特徴が現れると言われており、その瞳はあらゆる角度から見ると光り輝く宝石のように見える、との事で宝石眼(ほうせきがん)と呼ばれている。

実際、私や妹のティエラもそうだし、父も母も同じく宝石眼(ほうせきがん)である。

しかし、それにしても王の光り輝く虹色の瞳はまるでオパールのようでもあり、随分と目立つ。

そのうえ何か妙な魔力的な違和感を覚える。


悪魔バレという最大の不安要素を極力排除するために、少し王の魂魄を探ってみる。

赤子の頃は法術に隠蔽まで施していたが、人間として八年暮らしていて分かった事の一つに、人種は私の想定以上にあらゆる面で、相当量の知識が失伝しているようだった。

生まれた直後の『治癒法術モドキ』。

あれは人種の魂魄が低くなり、魂のみで術を行使する『法術』を扱える人種が減った際に、一人の人間が作り上げた『魔法』という新形態の術式だった。

今では人種の法術士は大陸に十数人程度しか存在しないという。

故にここで法術を使ってもバレるような事はないだろう……多分。

で、でも一応隠蔽はしておこうかな…………。



ヴィルヘルム=ロワ=トロイ=ティグレル。

リアの話では、なかなか優秀な王であるとのことだ。

魂魄を探って分かった事もあるが、なるほど。

たしかに王として優秀であるのも頷ける。

ヴィルヘルム王の瞳は、特殊な魔眼だ。

もしかしたら、私の正体を見破る恐れすらある。

念のため、少し私自身にも普段より強めの隠蔽はしておこう。



霊界には紅い瞳を持つ悪魔族と、金の瞳を持つ天使族と神人族しかいなかった。

そのため、たくさんの色が輝く瞳を見ていると、少し不思議な気分だ。

王の瞳をジロジロと検分していると、私に目を合わせた王は一瞬だけ少し目を見開き、そしてようやく口を開く。


「愚息が大勢の貴族達が居合わせる中、王族としての権威を使い、カルローネと敵対する発言をしてしまった。よってハーロルトは王位継承権を剥奪したうえで、王家から廃嫡し公爵家の養子とする事として決定した。これは覆らないものと思ってほしい。我々が直接争えば国は亡国となることであろう。フィーリャとツォルンはこれについて何か意義はあるか?」


カルローネ一家の顔を一人一人見ながら王は告げる。


「も、もちろん意義などありません! 王の決定に従います」

「ええ、私も同じく意義はありません、王よ」


母フィーリャは可哀想なくらい狼狽しているし、父ツォルンは言葉こそ丁寧だが、その胸に燻る野心を隠す気がないのかと問いたいくらい、ひどく薄っぺらい返事であった。


「当事者であるルーナ嬢はどう思われるか?」

「私自身の落ち度もあっての事なので、負い目も感じてしまいますが、それはそれ。私も王の意思には全面的に従います」

「君に落ち度はなかったさ。私が言うのもあれだが、あまり気にしないでくれたまえ。さて、これで当事者含め、ハーロルドの処遇については全員の意思が纏まった。そこで新たなる問題なのだが、ハーロルトの廃嫡先の最有力候補としては、三大公爵家の中でも最も王家の血が薄いブルノルト公爵家となってしまうのだが…………」


王が気まずそうに話している理由は、なるほど。

ブルノルト家とカルローネ家の確執の事だ。


○ ● ○ ●


三大公爵家と呼ばれるうちの一つ、ブルノルト公爵家は魔物や妖魔の研究を代々生業としていたが、ある時の当主が危険な実験を王家に秘したまま行っていた。

しかしそれが実験のミスで、研究所内にいた全ての魔物の使役術が一斉に解かれた。


更にやっかいな事に、当時のブルノルト家当主は禁忌とも呼べる悪辣な手段を使っていた狂人であったがその魔物の分野においては天才であり、その研究の成果はただの魔物を、何倍、何十倍という魔力量を多く持つように改造されていた。


凶悪な魔物達、それが一斉に多数放たれたのだ。

近くの森に住む魔物もそれらから逃げるように大移動を繰り返し、魔物の氾濫、いわゆるスタンピードという現象が起きる。

事件が起きたのが深夜であった事もあり、隣接していた旧グラディウス侯爵領は、解き放たれた魔物達の夜襲により蹂躙され、再起不可能なほどの大打撃を受ける。


その魔物達を討伐すべく、後に『ブルノルト氾濫戦』と呼ばれる戦場に、当時のグラディウス家の令嬢が参加する事となる。

当時から女性が戦線に立つ事はあまり珍しい事でもなかったが、放たれた魔物は数も多く、凶悪な力を持つ魔物ばかり。

当然、貴族や民衆までもがグラディウス家で唯一生き残った、美しき悲劇の令嬢を、そのような場に連れていくことを良しとせず説得を促した。

しかし、何より自身の育った領地が脅かされた事と、偶然にも第二爵位を戴いていた爵位持ちという事、更にはリアという高位の妖魔を調伏している式鬼使いという事もあり、説得は失敗した。


そんな美しい悲劇の令嬢こと初代ルーナ=カルローネとリアの二人は『ブルノルト氾濫戦』という戦に参加し、数多の凶悪な魔物達を蹂躙し、自身の住まう領地を魔物より取り戻した英雄として大功を得た。


感動的な逸話としても語られる英雄譚だが、リアの話を聞いた後だと、正義感とか貴族の義務感だとかではなく、初代ルーナはわりとノリノリで参加したように思う。


一方のブルノルト家は本来ならお家取り潰しものの失態であったが、流石に建国より支え続けてきた三大公爵家の一角を潰すわけにもいかず、財産没収、領土縮小、当時の当主夫妻の処刑、これらでなんとか収まった。


そうして旧グラディウス領と没収された一部の旧ブルノルト領は、新たに一足飛びで陞爵され侯爵となった英雄ルーナが治める事となったのだ。


異例とも思える人事だが、当時のグラディウス侯爵家に連なる者達はリアに守られていたルーナ以外、殆どが死亡してしまっていた事と、初代ルーナの領地へ対する献身と、神童としても幼い頃から有名であった天才という名声、戦で第一功をあげるほどの大活躍、リアという強力な式鬼神(シキガミ)使い、英雄譚による民衆からの圧倒的支持、全てが上手く噛み合った結果そうせざるをえなかった、と言った方が良いのかもしれない。

幸運を味方につけたような初代ルーナの話はともかく、それ以来何百年とカルローネ家とブルノルト家の仲はすこぶる悪い。


● ○ ● ○


キッカケはもちろんの事だが、ブルノルト家も偏執的な研究者気質であるため、リアという特異な妖魔を、自身より格の低い侯爵家が式鬼神としていることも気に入らないらしい。

いわば嫉妬だ。

そしてブルノルト家が没収された土地の中には貴重な鉱山もあったため、研究に必要な鉱石を取られたという思いも強いのだろう。


そんなカルローネ家に対して長年の恨みを抱え続けている家に、あのハーロルトとかいう私の可愛い子(おもちゃ)が入ってくれれば、どんな化学反応を起こしてくれるのか……。


――私には特しかありませんね!


「ええ。私はそれで「それでは納得いきかねます! 王よ! ただでさえ確執ある家に元王族が入れば、より両家の関係の悪化は目に見えるでしょう!?」


私が今まさに決定しようとした所にかぶせてきやがって、ツォルンめ!!

あまりにも面倒な父に、つい嘆息してしまった。

王族も若干気まずそうにしているではないか!! もう!


「とはいうもののツォルンよ。そなたの言い分も確かに分からなくもないがな。問題は複雑なのだよ」

「……複雑ですと?」

「では、ツォルン侯爵、私の方から説明させて頂きます」


話を持っていったのはなんと王太子だった。

トルトラント=ナーハフォルガー=トロイ=ティグレル。

王太子の意を冠するナーハフォルガーが名にある第一王子。

ヴィルヘルム王の遺伝からか灰色の髪に、王妃と同じ瞳の色は薄いグレーダイヤモンドの如く鈍色に輝いている。

なんともイケメンで温厚そうな人物だ。


この場には宰相も呼ばれており、王太子が話す事を当然の事と王族側が皆認識しているということは、優秀でもあるのだろう。

魂魄も綺麗な形をしている。

うん、紛れもない好青年だな! 癖がなさすぎて逆につまらない人間だ。


この先の複雑な話の理由がなんであれ、貴族派閥の筆頭であるツォルンにヴィルヘルム王が説明するよりは、未だ王太子のトルトラントが話を進めた方が、いくらか穏便に事が進むはずだろうという目論見もあるのかもしれない。


「まず前提として、三大公爵家の中ではブルノルト家が最も王族の血が薄れているのです。

レッフラー公爵家の娘の縁談話も年回り的に一時は上がったのですが……当の令嬢側からは嫌われているうえ、当主本人もハーロルトを評価していない。そしてレッフラー公爵家は知の家。知を持って権威としている家に、あのような馬鹿な失態が周知されている者を養子に入れるわけにもいかないのです。加えて現宰相と正妃はレッフラー公爵家の出です。一つの公爵家へ王族との繋がりが偏り過ぎるのは、以前からツォルン侯爵も同様に、問題視されている事柄です。そして残るマッテゾン家は政治も軍事も巧みであり、長男も優秀であり盤石です。しかし、隣接する最大の仮想敵国である帝国の勢いが増す今、余計な騒動を押し付けたくはないのです。そして、何よりあの家の者達は……ええと――特殊でもある……。ハーロルトを受け入れる義理もなければ、メリットもない。むしろ無理に頼めば、王家側から離れていかれる危惧さえある。結果ブルノルト家が一番無難、ということになるのです。ツォルン侯爵、お分かりいただけますでしょうか?」


なるほど、なるほど。

三大公爵家のパワーバランスとやらを考えれば妥当なのかな?

元々仲の悪いブルノルト家に、カルローネに対して、軽いやらかしをした元王子の移住先としては一番無難なとこだろう。


「そもそもこの娘がハーロルト王子に失礼を働いたのであれば――」

「それはご安心ください。ルーナ嬢に非はなかった。むしろ王家を立てる節さえ見せていた。王家の決定で今後この事でルーナ嬢に何か罰が下るような事は一切ありませんよ」


いや、私に結構非はあったと思うよ……。

法術使って遊んでいたわけだし…………。


ニッコリとツォルンに微笑むトルトラント王太子だが、どこかその笑みには威圧感がある。

対して私に向ける視線は心の底から優しげ……。


もしやこれは、私の家庭での扱いが、ぞんざいであることに気づいているからなのかな?

いやむしろ気づかない方がおかしいのか。

初代の先祖還りが生まれたのならば情報収集はしてしかるべきだし、なによりこの国を守る守護式神(しゅごしきがみ)が〝アイツ〟なのだ。

ならば分からないという事はないだろう。

もしや、それとも単にツォルンが嫌われているだけ?

まあ、それも分かる。私も嫌いだ。


「この件に関して、ルーナ嬢はどう思われますか?」


ニコリとした穏やかな笑顔。

先程ツォルンに向けたものとは、真逆の本心からの微笑みだろう。

良い王太子だ。

これが国を継ぐのならば、この国はわりと安泰かも知れない。

性質は善であるが非情な選択を取る事も容易に出来、対局を見据えながら冷静に近くの物事を見れる逸材。

そんな魂魄の形をしている。


魂魄はその者の生命そのもであり、本質と性質を良く表すのである。

私ほど正確には読めやしないだろうけれど、魂魄の察知に長けた友好的な魔物や妖魔が人種に懐くという事は、アレロパシー以外であっても起こりうる。

故に初代ルーナと同じ魂魄をもつ私もまた、彼女に似たところがあるのだろう。

最も相性の良い魂魄を求めた結果だし必然でもあるのだけれど――でもなんか嫌だなぁ…………。


「私としてはブルノルト家との確執については特に気にしてもいませんでしたので、お好きになさってくださって結構です。それらについての対処は、私共カルローネとブルノルトの都合です。王族の方々が胃を痛める必要は当然のことながらありません。うちにはリアもいますので下手な事は起こり得ないでしょう。王族の方々が『そうすべき』と判断した事に口出しするつもりは毛頭ございません。それに今回の件には私にも至らぬ所があったのは事実なので。王のカルローネ家への多大なるご温情に感謝致します」


そうして私が頭を下げると、ツォルンはチッと舌を鳴らす。

癖なのか? おいおい、この場でそれは不味いでしょうに……。

母のフィーリャの方は何を考えてるのかなあ……ああ、やっぱ不味いとは思ってるらしくオロオロしてるね。


そんな我が一家を見かねて、王が締めの言葉を放つ。


「いや、何度も言うがルーナ嬢が気にするような事ではない。さて、色々と問題はあったが披露目の延期は出来ぬ。今回は異例とも言える程、あまりにも多くの貴族達が集まり過ぎたからな。また呼び出しを行う事ももしかするとあるかと思われるが、今回の件はこれで一応終わりだと思っておいてくれ」


なるほど。

どうやら王族は父や母よりも、私を当主として見ていると思っても過言ではないようだ。

そもそもツォルンの性格に加えて貴族派閥の筆頭となれば、王としては散々ツォルンを邪魔に思ってきたことだろうし、私に恩を売ったうえでさっさと当主になってもらいたがっているのかもしれない。


もしそうなのならば――


「有難きことでございます。芽吹きの神ルティー様のご加護だけではなく、幼い私に気を使っていただき、父と母もこの場に呼び寄せていただいた事で、旅の女神クリィー様にも見放されず、私も肩の力が抜ける気分で有意義な話し合いが出来ました。円滑な話し合いには商業の神エディー様のご加護もあったのかも知れませんね」


ニコリと微笑んで慎重な言葉選びで、私も締めの言葉を放つ。

彼らなら意味を理解してくれるだろうし、うちの両親ならば気づかないだろう。

現に両親はなんともない表情であったが、宰相含めた王と王太子は眉を一瞬顰めた。


ツォルンとフィーリャは後ろ盾としては機能しない。

むしろ足を引っ張られる恐れがある。

そろそろ切り捨てる準備段階だ。

でも、まだ成人までは時間がある。

ジワジワとゆっくり追い詰めていこう。


――ああッ! それもそれで楽しみだ!!


「では、私は会場の方へと、お先に戻らせて頂きますね。流石に王族の方々とのご一緒はあらぬ誤解も招くでしょうし」

「あ、ああ。そうだな。呼び出してすまなかった。ロルガスト、ルーナ嬢とリア様を会場へお連れして差し上げなさい」

「はい。かしこまりました」


執事服の温厚そうな青年ロルガストが一礼して、こちらからどうぞ、と私を会場まで案内(エスコート)してくれる。


さて王族側はどうでるのかな?

ドキドキ・ワクワクだね!

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