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魔神の受肉~悪魔が下界で貴族令嬢に擬態します~  作者: 烏兎徒然
一章 カルローネ家の令嬢
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閑話 使役の授業

七歳になったばかりのルーナは、自身の膝の上に三つ下の妹であるティエラを乗せたまま、リアの話を聞いていた。

鮮やかな白銀の長い髪に、白のフリルのリボンを付けて二つ結びに。

大きく綺麗な形の整った目の中では碧い宝石のような輝きを放つ瞳。

それは宝石眼(ほうせきがん)と呼ばれ、魂魄のうち魂の器(一般的に魂器(コンキ)と呼ばれる)が大きい者に発現される特徴である。


その二つの色はルーナと違って、両親二人の血をちゃんと受け継いでいるなによりの証拠とも言え、ルーナとは違い、両親はティエラをとても可愛がっているようである。

そして長女気質のルーナも『お姉さま』と、うさぎのぬいぐるみを抱いては後を追って来ては、自身を慕ってくれる妹を大変可愛がっている。


ティエラは完全無欠の美少女(ルーナ談)なのだが少し俯き気味で姿勢が悪い。

常にお気に入りのウサギの人形を抱いて丸まっている。

自尊心が低く、自分に自信が持てないのか、伏せた長いまつげが常に影を落としている。


人一倍臆病なティエラは、決して常に無表情というわけではないが、表情の変化は乏しい。

しかし姉やリアの前でだけは年齢相応の笑顔を見せるし、コロコロと表情は良く変わる。

けれど、ティエラの侍女やメイド達の間では〝笑わない子〟と認識されていた。


基本的にティエラは、自身の感情の変化を表に出すこと、それそのもの事態を怖がっている。

聡い子であるが故に、姉とリアを除いた他者を、心から信じる事ができずにいた。

それはティエラ付きの、多くの侍女やメイド達に囲まれた長年の生活で、日々分かりやすい世辞や、機嫌を伺うおべっかを常にされながら過ごしていたため、勘の良いティエラは、思春期に差し掛かる年齢層であるメイド達の、女子特有のギラギラとした牽制の応酬に気づかぬふりをしては内心辟易していた。


そのせいかティエラの侍女達はより一層、憂いたような表情を常にしているティエラを、心配しつつもビスクドールのような愛らしさと相まって、特に誰かが何かを注意することもなく、存分に目の保養としている。

そんな愛らしい容姿の彼女の性格は、いつもどこか不安げな様子を見せ、大人しくそして臆病。

いつも傍らにはにお気に入りのウサギの人形を抱きかかえており、それはティエラとウサギとの奇妙な共通点も重なって、ウサギのような小動物感に、皆が拍車をかけるよう、ついつい甘やかし気味となってしまう。


しかし今のティエラはそんな影ある雰囲気の美少女の表情ではない。

ルーナの部屋だから、普段いる侍女もおらず、気を抜いているという事もあるのだろう。

そんなティエラは現在、大人に気を使って精一杯の苦笑いで、頬を引きつらせている。


「といった経緯で私はルーナ様にお仕えする事となったのです。当時は長い王位争いの最中でもあり、そのうえ三大公爵家のブルノルト家の暴走、グラディウス家の実質的な没落。色々ありましたがルーナ様はとても聡明であられました。私の力を私よりも上手く扱い、あらゆる問題を解決し、戦場に出れば一騎当千の魔法師として多大な活躍をし、一躍時の人となりました。あらゆるゴタゴタが落ち着いた頃には最も王族へ貢献した貴族として、元々グラディウス家が得ていた第二爵位をルーナ様は与えられていたのですが、その爵位の陞爵(しょうしゃく)を認められ、それからカルローネ侯爵家の歴史が始まるのです」


リアの熱の籠もった過去の話を聞いて、若干引き気味のようである。


別邸でルーナの教育係を務めるリアが『今日は《起請(きしょう)使役術(しえきじゅつ)》についての授業を行いましょう』と言ったきり始まったのは、授業でもなんでもなく、リアがカルローネ家に仕えるまでに至ったその経緯と、リアの半生が延々と語られるだけであった。


まさにリアの自叙伝のような話を展開されてしまった二人は、当然困惑しきりであった。

そんな様子に気づいたリアはハッ! として申し訳無さそうな表情になる。


「まだティエラ様には難しい内容だったかもしれませんでしたね」


困ったように笑うリアは、まったく違う方向の配慮をしてきたが、聞いている側のほうが困り果てている。

そもそもティエラはまだ四歳ではあるが〝魔力を貯めるための器である魂魄〟がとても大きい天才児だ。

将来は大魔導師も夢ではない。

しかしまだ五歳になっておらず魂魄が安定しきっていないため、


《一、魂魄が周囲の魔素を吸収 二、魂魄が魔素を魔力に変換 三、魔力を体内中に循環させる》


という一連の手順が、スムーズに機能していない。

そのうえティエラの強大な魂魄という器の大きさに魔素が溜まりきっておらず、魔力への変換も遅いため、今の段階では体内の魔力保持量は決して多いとはいえない。

それでも四歳児では異常ともいえるほどの魔力を持っている。



大きな魂魄を持って生まれた子供は、自然と周囲の魔素を吸収し、大きな魔力を保持しているために生後数ヶ月程であっても、脳の演算処理を魔力が自然と補助してくれるため、ほとんどコミュニケーションを取れるほど言葉を覚える。


ティエラほどの天才ならば、確実にリアの話は全て理解している。

そしてそれを理解したうえでリアの崇拝っぷりと、初代ルーナ・カルローネの苛烈さに対して引いているのだ。

そんな様子をみかねたルーナが、ティエラを膝から下ろして椅子に座らせた後、無理矢理リアの背中を押して部屋の隅の方へと追いやる。


「《起請(きしょう)使役術(しえきじゅつ》に関して、ティエラには私が教えてさしあげます」

「流石お姉さまです! お姉さまは知らないことがないのではありませんか。まるで我が国のしゅごしきがみ様のような全知をお持ちになっているようにも思えますわ」


カルローネ家で唯一の癒やしである妹へのルーナの溺愛っぷりは凄まじい。

そのためか妹のティエラもルーナに対し非常に懐いているのだった。



二人の父であるツォルンの生家(せいか)は〝メラーニ伯爵家〟という代々優秀な魔法師を多く排出する名門伯爵家出身の貴族だ。

そして母のフィーリャの生家は言わずとしれた〝カルローネ侯爵家〟であり、影響力の大きさから、国内国外問わず優秀な人物を婿養子に迎え入れ続ける事で、今やカルローネ家の魂魄の大きさは小国の王族にさえ比肩しうる程である。

ただしその代償ともいうべきか、本来のカルローネの血はだいぶ薄まってきてしまい、リアを少しでも調伏出来る人材も減ってきて、カルローネ家に陰りが見えはじめてきた頃に生まれたのが、初代の先祖返りと呼ばれるルーナである。

そして次に生まれたティエラは、カルローネの血こそはそこまで濃いわけではなかったが、相応にメラーニの優秀な血もひいている。


リアのカルローネ家の血液診断曰く、

高祖母『中の上。たまにお仕事のお手伝いとかしてましたね』

曾祖母が『上の下。良き友であり主でした』

祖母が『中の下。あまり顔を合わせる機会はなかったですが、おっとりとした方でしたね』

フィーリャが『下の上。あまりに優柔不断でありカルローネの人間と思えません』

ルーナが『上の上!! 天元突破です!』

ティエラが『中の上です。ですがルーナ様の大切な方であれば私の大切な御方でもあります』


とのことで所感付きで説明してくれたが、あまりにもザックリしすぎている。

ともあれティエラは《カルローネ家》と《メラーニ家》の二つの血筋を正しく継承した、本物の天才である。

ちなみにルーナに関しては《カルローネ家》の血筋があまりに大きく《メラーニ家》の血は殆ど受け継げていないようであった。

リアがルーナの血を吸った際『メラーニ家の雑味がまったくありませんね。初代様以来です!』と感嘆していたからこそ間違いない。

リアはあれでも吸血鬼。血液に関しては専門家のようなものなのだ。


先祖還りであったとしても、メラーニ家の血が一切ないのはどういう事なのか。

ルーナのみが知る判断材料は数多くあれど、どれも推測の域は出ない。

結局今分からない事は分からないのだ。

ルーナはその件は後回しにと、まずは目の前のティエラへの授業に集中することにした。


「さて、まずそもそもの話なのですが《起請(きしょう)使役術(しえきじゅつ)》については、分からない事の方が多いのよ」


そんなルーナの言葉を聞いたティエラは首をかしげる。


「お姉さま、それでは使役術(しえきじゅつ)とは高度な術ということですか?」

「いえ、むしろ逆ね。恐らく最も簡単な術と言えるでしょう。貴族の子であれば誰であろうとも行使することは容易ですし、それどころか魂魄が小さく、魔力保有量の少ない平民ですら扱えるものも多いわ。そういう関係もあって、使役術(しえきじゅつ)は魔法や魔術とは呼ばず、単に使役術(しえきじゅつ)とそのまま呼ぶわ」

「誰でも使える……それなのに分からない事が多い……のですね?」


眉間にシワを寄せて真剣に考え込む妹が可愛いあまり、ルーナはつい小さく笑ってしまった。

それに気づいたティエラはお子様扱いされているような気分で、頬を膨らまし遺憾の意を表明するとばかりに、拗ねてみせた。

そんなティエラの様子が更に可愛く思えて、またクスクスと笑ってしまうが、ルーナは気を取り直してティエラの先生気分で、コホンと一つ咳払い。授業を再開させる。


「まず使役術(しえきじゅつ)――正式には起請(きしょう)使役術(しえきじゅつ)と呼ばれる術は細かく言えば三つの術なのです」


ルーナは三本の指を立てて説明する。


「一つ、《支配使役(しはいしえき)》対象者に自分への絶対の従属をさせ、これを受けた者は(あるじ)から課せられた命令には絶対服従することになるわ。しかし意思や思考等に制限をかける事は出来ないの。だからこそこれは原則的に魔物を相手に使う使役術。ここで注意点が二つ。まず【支配使役の呪文(ヘルシャフト)】が成功しても、なにか禍々しい魔力を感じ取れる場合があるわ。それは魂魄(こんぱく)の相性の悪さの警告。いずれ支配は綻び、解放される事が起こりうるから、それを感じた場合は直ちに殺処分するべきね」


ルーナは眉根を寄せて真剣に語る。

そんなルーナを見てティエラも真剣に頷く。


「なるほど……相性なんてものもあるのですね」

「まあ、稀な例ね。でも覚えておいて損はないわよ。そして次に二つ目の注意点。

妖魔に対しては【支配使役の呪文(ヘルシャフト)】を絶対に行使してはいけないわ。

最悪の場合は、逆に支配の使役契約が乗っ取られ、下剋上されるような事にもなりうるの。妖魔は知恵ある存在。そして人種よりも遥かに魔力量も豊富。つまり支配使役とは〝魔物専用の使役術である〟と覚えておけばいいわ。例外として妖魔の拘束であったり、トドメを指す際などにも使うことがあるけれど、長期間の支配使役はやっぱり破られる可能性が高くなるから危険ね」


ルーナが妖魔といったことで思い出したのか、普段は優しいお姉ちゃんのように自分と遊んでくれて、甲斐甲斐しく自分の世話を焼いてくれているリアは、ティエラにとって実の姉であるルーナと同じくらい大切な存在である。

リアが強い事は知識として知ってはいても、優しい姿しか見た事がないティエラは、リアは人間ではなく、吸血鬼で妖魔であるという事実を時々忘れてしまう。


ティエラはリアが誰かに悪い人間に、無理矢理支配される様を想像してしまう。

急に不安に思って、何度もリアを気遣うようにチラリ、チラリと見ていていた。

そんなティエラの様子に気づいたのか、頭に優しくルーナの手のひらが置かれる。


「そんなに心配しなくても平気よ。魔物や妖魔への使役術は魔力量さえ人間が勝っていれば、一方通行でも許可なく使役する事はできるけれど、リアの魔力量を超えるような人種なんて存在しないわ。生物の中で最も魔力が低いのが人種なのだもの」


そのルーナの言葉に、自身の心配は完全な杞憂であったとティエラは安堵する。

けれど同時に疑問も湧いてくる。


「あ、あのお姉さま。それなら人より魔力量の多い危険な魔物や妖魔も、相手の許可がなければ捕まえる事が出来ないのではないでしょうか?」

「良い質問よティエラ。そのために人は群れて戦い、相手の魔力をみんなで少しずつ削っていくのよ。そして相手の魔力が自身より下回ってようやく【支配使役の呪文(ヘルシャフト)】を発動する事ができるの。その後自分の式鬼とするのか、トドメをさすのかは状況によるわね」

「え!?」


じゃあ先程の安堵はなんだったのか、と言いたげなティエラに苦笑しながらルーナは補足する。


「そもそもリアはまず狙われないわ。本人が強すぎるというのも勿論のことだけれど、リア――というより純吸血鬼のリアの価値は国一つ売っても割に合わない程の大物なのよ。そんなリアを狙うなんてリスキーな事誰もしないわ。そもそもリアなら支配使役の術なんて簡単に破るから無用の心配よ。さて、リアの心配より私はティエラの心配をしたいので、授業を進めてもよろしいかしら?」

「あっ……も、申し訳ございません。お姉さま」


そもそも仮定の話であるし、リアは何百年と前から生きていて、初代様と出会ってから今まで襲われるような事も殆どなかったと言っていたのだ。

ティエラはずっと完全な杞憂に狼狽していて、お姉さまの授業を邪魔した申し訳無さで顔が火照ってしまい、つい俯いて顔を隠してしまう。


「ふふ、では二つ目の使役術(しえきじゅつ)は最もポピュラーな使役術ね。《血盟使役(けつめいしえき)》という使役術よ。

これは互いが同格であって《支配使役(しはいしえき)》のような強制力のある命令は受け付けないわ。これは互いが利を得るための対等な契約だもの。

手順としては、細かく契約内容を決めて双方が納得すれば《血盟使役(けつめいしえき)》を行う、というのが通例ね。契約内容によっては、強制的な絶対の命令権をどちらかが持つような事もあるかもしれないけれど……まあ、これも稀な例ね。それでも大概の貴族が扱う式鬼(シキ)はこの《血盟使役(けつめいしえき)》の契約内容によって相応の対価を支払い、力を貸してもらっているわ」


それにはもちろん理由がちゃんとあるわ、と人差し指を立てて気分よく講釈するルーナ。


「妖魔や魔物は他者の命を喰らう事で魂魄を上げる事は出来るのだけど、精神生命体である悪魔や天使と違って、自身のルーツが肉体を持つ魂魄だと最初から定義されて生まれた存在であるため、魂器の方の上昇率はとても少ないのよ。逆に言えば、魂だけの存在である天使や悪魔はとても上昇率が良いという事ね。けれど悪魔も天使も妖魔も魔物も、人種から何かを捧げられることによって、精神的エネルギーである(コン)と、肉体的エネルギー(ハク)が大きく成長するのよ。大体は人の寿命や、人体の一部を交換条件に仕える事になっていることが多いわね。だからこそ貴族は部位欠損している人が多いのよ」


ルーナは喋り通しで喉を潤すため、蜂蜜入りの紅茶を一口飲んで話を続ける。


「《血盟使役(けつめいしえき)》はシンプルな契約、あるいは仔細な契約を取り決めるわ。シンプルな契約だと契約の穴を見つけられて騙されたり、逆に仔細な契約だと臨機応変に対応出来なくなって雁字搦めになってしまったり。そういう訳で私達式鬼を扱う一家は、契約の勉強が多いでしょう?」


その姉の言葉で、ティエラもなるほど、と頷く。

たしかに家庭教師には、特に契約関係の勉強を仕込まれていたティエラ。

文官になるわけでもないのに、なぜこんなにも詰め込むのかと思っていたのだけれど、そういう理由があったと初めて知った。


「では我が家の式鬼神(シキガミ)のリアと、お姉さまは血盟使役(けつめいしえき)を交わしているのですか?」


コテンとあざとく首をかしげるティエラに悶絶しそうになるも、ぐっと堪えるルーナ。


「ま、まあ普通はそう考えるわよね。けれど私とリアの交わした使役術は、さっきのリアの話にも出てきた初代様と交わした契約と同じ。三つ目の《精神契約(せいしんけいやく)》という比較的……いや、かなり珍しい使役術ね。人種の主を絶対者として戴き、心からの忠誠がその者になければ成功しない。人種側が妖魔に請われる珍しい契約で、明確な主従関係にあり、最も支配力の強い使役術なのよ。血盟使役のように条件をつける事もあるけれど『心からの忠誠』が必須の条件なのだから、確実に主である人種有利の契約内容になるはずだわ」

「あの……お姉さま? それは血盟使役でも構わないのではないのでしょうか? 特に妖魔の側にメリットが見当たりません……」


お姉さまがリアを蔑ろにするはずはないし、そもそも忠誠心が必要であるのならばリアにとっては不満はないのであろうが、ティエラは自分に優しいリアが、どうしても人間のしがらみによって不条理な不利益を被っているような気がしてしまう。


「まあ、そうよね。私も別に血盟使役でも構わないとは思ったのだけれど、リア側にも一応メリットはあるのよ。《精神契約(せいしんけいやく)》が成った場合は、互いの魂魄の大きさがかなり跳ね上がるのよ。リアは過去に初代様と、そして今回私と《精神契約(せいしんけいやく)》したことによって、魂器(コンキ)が今もなお成長し続けているはずだわ。それはもちろん私も同じ」

「な……なるほど?」


いまいちピンと来ていないティエラだが、正直リアという存在はあまりに特殊すぎる例であり、魂魄の大きさ――つまり魔素の取り込み速度と、魔力への変換速度、そして常時保有できる魔力量は文字通り桁が違う。

ルーナと二度目の精神契約(せいしんけいやく)を行った事で、リアの現在の魔力保有量は38万と大陸でも十指に入るレベルである。

普通ならば一国の象徴である守護式神(しゅごしきがみ)として扱われていてもおかしくない。


「ちなみにリアと初代様が惹かれあったのにもキチンとした理由があるのよ? 妖魔は人種の外見的な美醜よりも、魂魄に美を見出す生き物なのは知っているわよね? けれど時として人間にも妖魔の魂魄に本能的に惹かれる場合があるのよ。それがアレロパシー――魂魄の共栄作用現象が本能的に感じとられた場合に起こる現象よ」

「え、えとアレ、ロ?」


理解がまだ及ばないティエラの後ろのほうで、リアも初めて知ったとばかりに目を見開いていた。


「ふふっ、ええ。アレロパシーね。お互いが波長の合った魂魄を察知すると、互いに好意を感じるようになるの。

もともと妖魔は他者の魂魄を感じて好悪を決める傾向にあるけれど、これはそれよりももっと本能的なもの。

出逢ってしまえば、それは一瞬。

まるで一目惚れにあった男女のようであったり、長年の時を一緒に過ごした友人のような親しみを覚えたり、時には妖魔が母として人の子を育て、その逆もまたしかり。

この現象にあえて理由付けするのならば、その後に精神契約(せいしんけいやく)をする事によって『互いの魂魄を最大限引き上げられるような、そんな相手に出会った時に起こる現象』といったところかしら。

けれどそもそも精神契約(せいしんけいやく)などしなくとも、それほど強烈に惹かれ合う魂魄に出会うと、ただ共に過ごすだけでも本来人種は上げられないはずの魂器(コンキ)の容量が少しずつ上っていくのよ。それはほんとに微々たるものだけれどね。まあ、精神契約(せいしんけいやく)した方が確実に上がり幅は大きくなるから、アレロパシーを知っていれば、しないという選択はないかもしれないわね」


うーん、と少し考えたあと、手をポンと叩くティエラ。


「なるほど、なんとなく分かった気がします。ようは魔法師同士が、一族の存続のために、より高い魂魄を持つ条件のいい相手との子を産もうとするのと、理屈は同じようなものという事ですね?」


なるほど、なるほどと顎に手をあて、妙に大人びた仕草で思案するティエラに、ルーナとリアは少し悩ましげな表情をしながらも微笑ましくなる。

例え話の内容が少し早熟すぎた。

これが貴族としての普通の価値観なのだろうか、とルーナも同じ仕草で思案してしまう。


そんなルーナとティエラの似た仕草を、目ざとく見ていたリアにクスリと笑われたのに気づいて、無理矢理話を続けようとするルーナの顔は、まだ少し赤いまま。


「けれど本当に稀な事例ね。そもそも人種を襲う妖魔と堂々と出会う、なんてこと事態が少ないわけだし。人間が行使する使役術によって自身の命運が決まるわけなのだから、根本的に妖魔や魔物は、他者の魂魄を察知する能力に長けているのよ。だからこそアレロパシーによって惹かれた妖魔が先に気づいて、こっそりと接触しにくる、というような話が多いわね。多いといっても歴史で数えられる程。アレロパシーなんてめったに起こらないうえ、初代様とリアのようにお互いバッタリ合って、その場で好意を隠そうともしない二人は、中々おかしい部類なので参考にしてはだめよ」

「は、はい」


先程のリアの話を聞いた後、『アレロパシー』なる現象で起きた事なら一定の納得は出来たが、姉であるルーナの言葉によって、それでもやはり往来でバッタリ出会い、あげく一瞬で契約を実行する二人は、やはり一般的ではないのだろうとティエラは考えを改める。


「ちなみにこれは人種同士でも、妖魔や魔物同士でも起こらない《人種とそれ以外の種族》でしかおきない特有の現象とされているわ。

妖魔と魔物は種としての違いが『魔力の保有量の差』だけなのだから、妖魔と魔物では起こらないのは当然の事なのだけれど……」

「なるほど、使役術とは簡単に思えても色々と複雑で奥深いものなのですね。あのお姉さま、念のためなのですけれど使役術で人を使役することも可能だったりするんですか……?」

「ふふ、大丈夫よ。使役術は万人が使えるけれど、その対象はあくまで魔物や妖魔、それと悪魔や天使にしか効かないわ」

「そうですか……良かったです」


ティエラがホッとして、安堵する様子を見てルーナは微笑ましくなるが、人を奴隷とするため使役する魔道具や魔法なんかは存在する事をルーナは知っている。

それでも今、あえて言う必要もない事だとルーナは考える。


「そういった事情もあって、魔物や妖魔や悪魔と同じ分類にされている魔族に使役術が効果がないのは、同じ人種であるというなによりの証左なのだけれど……教会や神聖国は屁理屈を捏ねて頑として認めていないみたいね」

「……なるほど。たしかに政治的にも、神聖国側は悪魔を崇拝している魔族を人族とは簡単には認められないでしょうね」


授業が一段落したとこで、リアがぬるくなったお茶を入れ直してくれる。

もう休憩の時間だ。

ティエラにつけた父ツォルンの雇った家庭教師よりも、姉であるルーナの話の方がずっと分かりやすく有意義で楽しいので、ついついティエラは時間を忘れてしまう。

そろそろ、退席しようかとすると、ふと姉であるルーナから声をかけられる。




「あっ、けれどティエラ。この事は――アレロパシーや精神契約(せいしんけいやく)の事。誰にも言ってはいけないわよ、誰かに知られたらわたくし殺されちゃうもの」

「え?」


姉からの思いもよらなかった言葉に、ティエラは瞠目する。


「これは本来国にも知られていない事実よ。いや、うちの国の守護式神(しゅごしきがみ)様の事を考えれば、この国では知られているのかしら? けれどまあ、あまり公にして良いものではない事は分かるわよね?」


魂魄(こんぱく)は魔法を使うのにおいて最も重要な役割を果たす。

(コン)という器と、(ハク)という器。

魔力を注ぐその二つの器が存在していて、それを1:1の分量で混ぜた魔力で、術を行使するのが〝魔法〟である。


魄器(ハクキ)は肉体的努力によってどこまでも鍛え上げることは出来る。

しかし魂器(コンキ)は生まれた時から、その器の大きさというものは決まっている。

それが魔法師の才能と呼ぶべきものである。

それは単に魔力の保有量が多くなるだけでなく、魂器(コンキ)は大きければ大きい程、魔素から魔力への変換効率や、術の緻密操作性、攻撃魔法の威力、魔力耐性など魔力に関する恩恵を受ける。


そして魂器(コンキ)が、一定以下の者は魔法を発現させる事すらできない。

だからこそ魔術師という、魔法を扱えない者達が研究努力の末に生み出した、術式や魔道具や詠唱等で、自身の足りない(コン)を魔道具達の〝技術〟によって補う。

(コン)の代わりにそれらの技術を使って、無理やり1:1に代替して術を用いるのが魔術。


それらについてティエラは、お姉さまが前の授業でも丁寧にわかりやすく教えてくれた、と思い出す。


魂魄(コンパク)とは二つのグラスのようなものね。そこに魔素が注がれるとそれが魔力となるのよ。

人種にとっては魂の器の大きさは生まれつき。つまり才能ね。けれど(ハク)の器大きさは後天的に修行で大きくすることが出来るわ。

魔法とは魂と魄という、相反する陽と負のエネルギーを1:1の割合で混ぜて行使する術のこと。

魔術とは(ハク)の1と、足りない(コン)部分の1を、杖等の魔道具や詠唱等で補って行使する術のこと。魂と魄にも各々性質があって一長一短なのだけれど……それはまた今度にいたしましょうか』


あの話を聞いた際のティエラは自身が魔法を扱えるレベルの魂器(コンキ)を持っているのか不安になった。

そして魂器(コンキ)を増やす方法について何度も質問したが、そのたびに姉であるルーナの答えは『人種の魂器(コンキ)は不変。成長することはあり得ないわ』との事だったのに……。

なぜ今になってこんな重大な秘密を私に…………。


ああ、そうか……。

お姉さまは私を…………信頼してくれているのですね。

ならばその信頼は絶対に裏切りたくない!!


「……はい。ティエラ=カルローネの名に誓って、この事は誰にも話さない事、伝えない事を誓います」


強い瞳を帯びて宣言したティエラに、微笑ましく思うルーナは彼女の頭の上に再度手をおき、優しく慈しむように髪を撫でる。


「ティエラはいいこね、姉として誇り高いわ」


それにしてもお姉さまはどこでこんな知識を得ているのかしら?

リアから聞いているのかな?

そんな事を考えるティエラであった。



○  ●  ○  ●



ティエラは気づいていなかった。


『ちょっと喋りすぎたわよねこれ……ティエラなら大丈夫だと思うけれど、まだ四歳だしうっかり誰かにはなしてしまったらどうしよう…………』


ただただルーナが可愛い妹に格好つけたくて、教師ぶって色々教えているうちに、いらぬ事まで口が滑ってしまっただけという真実に。


○  ●  ○  ●



そして――ルーナは気づいていなかった。

ティエラに対する異常な執着は、ただ妹が可愛いということだけではないということに。


アレロパシーとは互いの魂魄が惹かれ合い、共にいるだけでさえお互いを高め合う。

〝人種とそれ以外の種族〟でしかおこらない特有の現象。


ティエラ・カルローネは生粋の人種。

つまり人間であるが、姉であるルーナは受肉した悪魔なのである。


ルーナは人と悪魔、二つの魂を持っている。

その人の核の部分はリアに。

そして悪魔の核の部分はティエラに共栄作用している。


天才の血を受け継いだティエラが、世界最強の存在の膝の上に座って密着していたり、頻繁に頭を撫でられたりという事が、どういう自体を引き起こすのかはまだ誰にも分からない。



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