カルローネ家の悪魔
ルーナ・カルローネとして生をうけて八年、色々な事が分かってきた。
まず私の生家であるカルローネ侯爵家はかなり特殊な家である、ということである。
産まれた直後を抜かせば、私は両親に一度しか会ったことがない。
というのも私の住んでいる屋敷が本館ではなく隣接された別邸であるというのも理由の一つ。
ここティグレル王国の貴族はみな五歳までは屋敷に隣接されている別邸で過ごし、その後本邸の屋敷へと移動する。
そうして両親と共に暮らし『八歳になる頃には大勢の貴族たちへお披露目』という形を取ってパーティーを開催するのが一般的なのだそうなのだが、私は八歳になったのにも関わらず未だ別邸で暮らしている。
そのうえ産まれたばかりを除けば、両親に一度しか会った事がない令嬢というのも特殊な部類なのだろう。
五歳まで別邸で他貴族から隠すように過ごさせるのは幼児の死亡率の高さ故にある。
しかしほとんどそれも社会的慣習のようなものなので、普通ならば両親や親類縁者が会いに来ても何も問題はない。
事実私の三つ下の妹の元へは両親が良く赴いていた。
そしてそんな妹は今年で私のいる別邸から、両親のいる本館の屋敷へと移動するらしい。
そんな私の元に両親が来ない理由は、この『髪の色』と『瞳の色』のせいだ。
金髪に碧眼父と、白銀色の髪に紫の瞳を持った母から産まれた私はなぜか『黒髪赤眼というルシフェル時代』と同じ色合いであった。
一瞬ルシフェルの因子が影響したのかと考えた事もあったが、受肉にそんな影響を及ぼすような事はないはずである。
ならばその原因は母の不義が原因なのだろうとなんとなく私は思っていたのだが、五歳になってようやく魂魄が安定しだした頃、私の専属メイドとなったリアが『やはり! この魂魄! 間違いありません初代様の先祖返りです!』と興奮気味に教えてくれた。
その際の半狂乱ぶりのリアの様子は忘れられない(なんかもう奇妙な小踊りをしながら、喜びのあまり血の涙を流していたのは普通に怖かった)。
そもそも、もう少し早く分かっていたら……と思わずにいられない。
それは私が三つの頃なんとなく『父上と母上は来ないのでしょうか?』とリアに訪ねたところ、リアが両親を別邸に呼び出した。
しかし当時は先祖返りの事など、私もましてやリアでさえも(勘のようなものはあったらしいが)分かっていなかったため、私の色を見た両親は驚愕し、父は母の不貞を疑う。
身に覚えもない事で糾弾された母は「わたくしを信じていないのですか!」と激高するが「ならばこの色はなんだ!」と詰め寄る父。
私とリアの前で怒声の応酬が小一時間ほど繰り広げられた。
そのあいだ私は両親のマジ喧嘩をツマミに、リアの入れてくれた紅茶を飲みつつ、その様子をソファに座りながら行儀良く観察していた。
そんな呑気な様子の私の態度が父や母の癪に障ったのはいうまでもない。
言い訳をするのならば、この頃の私には〝人間の子供らしい振る舞い〟というものを理解出来ていなかったのだ。
それでも日常会話や貴族としてのマナーはリアから散々教えてもらっていた。
だからこそ人間の貴族らしく冷静に優雅に紅茶を嗜んでいたのだが、それはどうも人間的に間違いであったらしい。
どうやら下界のルールでは、大陸で最も広まっている宗教であるアンヘル教の最高神が五柱の子しか生んでいないため、どうあっても一人の女性が五人以上の子を産む事はできないらしい。
神と同じ数の子を産むというのは許されない行為なのだとか。
はじめその話を聞いた時は、宗教の慣習的なものなのだと考えていたのだけど、本当に女性は五人以上の子を産むことが出来ないらしく、どうやらそれが世界のルールのようであった。
そして貴族であれば、あらゆる保険の意味も込めて、余程の例外でもなければ産む子は三人までと明確に定められているそうだ。
そのうえ、アンヘル教徒は一夫一妻制であり、王以外に側室を持つ事は許されていない。
そのため女性の不貞行為は倫理的な問題と現実的な問題の双方が絡むため、とても重い案件らしい。
本来であれば親子共々追放されるところだが、父ツォルンは婿入りの代理当主であるため、その権限はない。
流石に幼い身の上では何かと両親の後ろ盾も必要になるだろうし、一応リアに『先祖還りの事を両親にきちんと告げておいてほしい』と命じたが、それでも以降両親が私の元へと訪れる事はなかった。
二年間不義の子として見ていたためか、きっと今更態度を変えるのも難しいのだろう。
ただでさえ母フィーリャは私との距離を掴みかねている節があるし、父ツォルンに至っては私という存在は、すぐにでも当主の座を奪われかれない潜在的な敵になってしまったのだ。
そもそもなぜ只のメイドであるリアが私へ目通りするための権利を持っているのかというと、彼女が吸血鬼であるためだ。
この大陸ペダルファでは〝人種〟が【魔物】や【知恵ある魔物〝妖魔〟】を契約によって調伏し【式鬼】として使役する。
個人ではなく、家や一族等を代々と守り続ける契約をした魔物や妖魔は【式鬼神】と呼ばれる。
そして個人ではなく、組織を守るという点では式鬼神と同じであれど、国家全体や王家などの尊き血筋を守る存在は【守護式神】と呼称され、国家の象徴として敬われる存在とされている。
そんなカルローネ家の式鬼神こそが、メイドであり純吸血鬼のリアなのである。
式鬼の存在は魂魄の少ない人種にとって非常に重要な戦力でもあり、必ず国にはその象徴となる守護式神がいる。
守護式神の強さや有用さが国力と比例しているといっても過言ではなく、それは同時に強力な式鬼神を調伏している貴族家が国内で強い影響力を持つという点も同じである。
リアは『初代カルローネ女当主ルーナ』の血に恋をした、と言われている。
そのため初代カルローネの血がより濃い女性へと代々リアは仕えているという。
契約内容は細々としたものもあれど、一番大きなものでも〝カルローネの血を月に一度は貰う事〟という程度。
莫大な魔力を持ち、恐らく現存する唯一であろう純吸血鬼との契約としてはあまりにも破格の代償である。
初代カルローネとリアの恋物語は国内に留まらず他国でも劇や唄として評価が高い。
物語故に多少の脚色はあれど、リアが本気で初代カルローネに恋をしていたのは契約内容を見ればそれが事実であったことに疑いはない。
そんなカルローネ家はリアの能力の一つである【眷属化】を活用して繁栄してきた。
あらゆる貴族家に元人間の吸血鬼を作り出し、カルローネ家はそれを貸しとして政治に上手く利用し、王家でもおいそれと手が出せない程の最大派閥を作り上げることに成功した。
眷属の吸血鬼は主であるリアに逆らう事が出来ないため、獅子身中の虫を抱える事になるのだが、元人間の吸血鬼である式鬼というのは扱いやすい事このうえなく、それを補っても余りある実りをもたらすようである。
そして下位の貴族家は『裏切ろうものならすぐにでも主であるリアが命じて自家の式鬼に反撃される』という、誰から見ても分かりやすい爆弾付きの首輪を自身の首に付ける事で、派閥内で信用を得て寄子として保護される立場においてもらえるというのは、力なき貴族達にとっては『心に疚しいことはない』という分かりやすい証明が出来る良い手段でもあるのだ。
そのうえ強力で、知恵のある元人間の式鬼を得られるのだ。
裏切りさえ考えなければメリットだらけである。
そのためカルローネ派は最大派閥にも関わらず、結束力も相応に高い。
王家側としては非常に危険で邪魔なカルローネ家ではあるが、有事の際には吸血鬼の軍隊を作り上げられるリアは他国への最大の抑止力として機能している事もあり、おいそれと手放すわけにもいかない。
事実ティグレル王国が長きに渡り大国として存在し続けている理由の一つが、リアというたった一人の存在が大きな要因の一つでもあるのだ。
ならば、と王家へ取り込もうとしてもリア曰く『王家の血は非常に不味いのでお断りさせていただきます』とのことで、現状までカルローネ家は国内ではアンタッチャブルとして処理されている。
そういった側面もあり、リアは密かに〝準守護式神〟とも呼ばれている。
リアの都合によりカルローネ家は代々女性が当主となるが、女性の方が男性よりも権力的な野心が少ないという側面もあり、建国からいまだカルローネ家の反乱は起きた事がないとのこと。
カルローネ家側も自身の強力すぎる権力を危ぶんでいるため、王家に対して非常に協力的であった。
むしろ代々のカルローネ家の王族への貢献度は国で一番と言っても過言ではなく、その献身ぶりにはリアを抜きにしても王家側の人間もおいそれと無碍に出来ない程であった。
その長年に渡る王家への献身をもし無下に扱おうものならば、それこそ国が割れかれない。
そもそも大国であるティグレル王家の象徴である守護式神もかなり強力であるため、反乱を起こそうものならどうあがいても国内が壊滅的に荒れる事は誰もが目にみえているうえ、確実に数年で大陸の地図からティグレル王国が無くなる事は必至であろう。
だからこそ絶妙なバランスでこそであるが、カルローネ家は長年存在しているともいえる。
それらの前提があってなお他国と手を組まれた際の危険性等、リアには充分危うい要因が多く存在しているのだが、それらの安全を保証出来るのがティグレル王家の守護式神の能力であり、上手く歯車が噛み合わせって、現在も大陸有数の大国として揺るがぬ地位を獲得しているのがティグレル王国である。
そしてそんな私はただの八歳児の侯爵令嬢であるのだが、生まれた家はまさにその絶妙な塩梅で巨大な権力を保持しているカルローネ家。
しかも先祖返りであり初代カルローネの血を色濃く宿しているため、実質的にはカルローネ家の当主相当といっても過言ではないほどの発言力を持ってしまっているのだ。
そう、持ってしまっているのだ。非常に面倒なことに。
「むう……」
カルローネ家別邸に用意された、本館にある私の自室よりも大きな部屋でリアの入れた紅茶を飲みながら今後の事を考えていると、なんだか憂鬱な気分になってきた。
正直他者に気を配りながら生きる、という生き方が出来る気がまるでしないのだ。
傲慢の悪魔の受肉先として最も厄介な家である事は確実である。
しかしこれでもかつては人間だったはずなのだ。
逆説的に私以外には出来ない事とも言いかえられる。
「どうされましたかルーナ様? あら? そのような憂いを帯びた表情も美しいですわね」
「面倒な家に産まれてしまったものだわ、と思ってね……」
「あら、あら。そんな事おっしゃらないでください。私はルーナ様が産まれた時、そのあまりの美しさに滂沱したというのに……」
ええ、存じておりますとも。
顔面が真っ赤に染まっていて正直少し怖かったもの。
「私はもう少し過ごしやすい環境を欲していたのよ……。カルローネなんて否が応でも何かしらに巻き込まれる運命しか見えないじゃないの。正直ただの人間である王族如きに頭を下げるのも気が進まないのよねぇ…………」
「ご安心くださいませ。ルーナ様の前に立ちはだかる面倒事は私が全身全霊を持ってすべてを処理してさしあげます」
本当に「殺れ」といったら、王族だろうが守護式神が相手だろうが吶喊していくんだろうなあ、この娘……。
まさに出来るメイドとばかりに、空になりかけたティーカップにすぐさま紅茶を注ぎ直しながらもドヤ顔といった様子のリアをジトっと見つめてやる。
見つめてやるっ! ちくしょう!
「あなたもその要因の一つなのよ!! なんで純吸血鬼なんて希少種が我が家にいるのよ……っ! 全くもって納得いかないわ!! どんな確率なのよ!」
「……ッ!! あっ……ルーナ様のその冷たい眼差しで邪険にされるのも良いですわね……っ!」
大抵の魔物や動物なんかは威圧せずとも睨みつけるだけで恐怖に固まったりと、もはや魔眼状態のようなものにも関わらずリアはそんな私の鋭い視線を受けても、暖簾に腕押しといったように恍惚とした笑みを浮かべている。
ちょっとだけ気味が悪く思えてくる。
い、いや、ま、まだ八歳だし……仕方ないもんね。
本気を出せば、本気さえ出せればきっと顔面蒼白間違いなしに決まっている!! たぶん……。
ため息一つ吐くのもなんだか嫌になってくる。
本気で威嚇してみようか考えて……でもなぜだか彼女の怯える様子が想像できない。
むしろ、今よりももっと大変な事になりそうだ。
魔に属する種族は強さこそ正義みたいな節があるし……。
くっそぉ……。
「このド変態吸血鬼メイドめぇ……」
「ルーナ様…………あの、も……もしかしてですけれど、さ、誘っていらっしゃいますか?」
リアが妙に赤らんだ顔でモジモジと、けれども至極まともな顔で訪ねてくる。
これがただの冗談でもなんでもなく、本当に分かっていないのだから頭が痛くなる。
妖魔といっても長年〝人間〟に仕えていたのだから、そこら辺の機微は分かるはずなのにも関わらず、たまに斜め上の発想をリアはいく。
やはり妖魔はどこか思考回路がおかしいのかもしれない。
「はぁ、どういう頭をしているのよ……そもそも八歳児に何を求めているの……?」
「ですが私の方が年齢はずっと下ですし問題ないのでは?」
当たり前という表情でキョトンとしているリアの思考はそれが原因かあ。
「いやいや、問題大アリよ……」
私が悪魔であるという事実をリアは既に知っている。
というのも舌っ足らずながらようやく話せる頃になると、なぜだか彼女の方から『ルーナ様は人間ではないのですよね!?』と興奮と羨望の勢いで当たり前のように聞いてきたからである。
どうやら産まれた直後の、一瞬のアレが原因のようであった。
自身の悪魔ルシフェルとしての核である魂を隠蔽する魔力制御を、ぶっつけ本番で試した少しの術の揺れ。
それと同時にはじめての受肉が合わさってしまったために、ほんの僅かとはいえ魂魄から漏れ出した魔力が魔素となり、少しばかり周囲に拡散してしまった。
その制御の甘かったところを、リアに察知されていた。
流石にリア程の実力者がいたのならば、むしろバレない方がおかしいというものである。
リアに言われるその時まで、その事実に気づかず過ごしてた私のうっかりは度が過ぎていると、自分のことながら呆れたほど。
『この事実に気づいたのは近くで待機していた私くらいのものですよ! あの莫大な魔力をすぐに収めた制御力はまさに神の御業! バレない程度の魔素の放出をして赤子の身に負担をかけないように調整していましたが、それもまさにお見事と言わざるを得ませんでした!!』とリアは両の握り拳を胸の前で張って誇らしそうな……いや、興奮した表情であったか。
とにかく凄い勢いで熱弁していた。
魔素が漏れ出た制御の甘さも、なぜか良いように解釈までされている始末である。
――今ならば殺すのも難しくない。
流石にその時ばかりは少し驚き、消してやろうともほんの一瞬だけ頭を過ぎったのだが、彼女に悪意や害意のような感情はやはり欠片程もなかったため、私はどんな反応が返ってくるのか興味本位で悪魔であると正直に答えてみた。
――するとリアは発狂する程喜び、私は泣きたくなる程ドン引きした。
同じ魔に属する存在として親しい事が余程嬉しかったそうなのだそうだが、正確には妖魔と〝私〟には殆ど因果関係はない。
しいていうのならばシステムさんが私の知識から吸血鬼という種族を生み出した事くらいであろうか?
細かく説明するのならば、妖魔と魔族は他の人種とは違い、大多数が悪魔を信仰している。
そもそも《魔物》《妖魔》《魔族》《悪魔》という四種の【混沌】と呼ばれる勢力は人種にとって一括りにされてはいるが、どの存在も同胞意識などは一切持ち合わせていない。
ましてや悪魔にいたっては、まず住んでいる世界すら別の次元にあるのだ。
命続く限り人種は常に、渾沌とした強い感情。
悪意や恐怖、愉悦や快楽などが、魂魄に蓄えられ、その魔力は常に一定量、微量に漏れ出ている。
徐々に外へと発露されていく魔力は、元々の魔力の源流である魔素という形に逆戻りする。
そんな魔素を介して、世界から生みだされる存在であるのが〝魔物〟という生き物だ(その際の姿かたち生態等は私の前世データベースから多くシステムさんが引き出している模様)。
そんな魔物が一定以上の〝魔素〟を自身の魂魄へと蓄えて魔力に変換し、人間と同程度の思考を解するようになった存在が『知恵ある魔物』である〝妖魔〟となるようだ。
魔物から妖魔へと順を得て進化するのではなく、濃い魔素溜まりから一足飛びで妖魔として生まれる存在もいる。
そんな生物由来の渾沌とした感情は、『下界と呼ばれる物質界』だけではなく『霊界』にまでも影響は及ぶ。
下界の生命体が死んだ際に発露する『魂魄の一部の残滓(魂の残り香のようなもの)』が、魔素の多い霊界に流入することで形成され、そして生まれる存在が〝悪魔〟という種だ(天使も同じような経緯で霊界に生まれる)。
霊界は物質界とは違い、どこもが濃い魔素で満ちているので、ただ生きているだけでも存在としての〝格〟は上がっていく。
生まれたばかりの悪魔は下級悪魔と呼ばれ、知恵もなく、殆どが魔物のような存在であるが、そこから生存競争を経て知恵を獲得し下位悪魔へと成る。
更なる進化を目指し中位悪魔になり、そしてその後は上位悪魔、高位悪魔から果ては大悪魔までへと進化を遂げるのが悪魔という存在の生態である。
そういった意味では人間の感情を元に生まれた存在として『魔物と妖魔と悪魔』の三種は親しいとも言えるが、私は父上によって創られた始まりの生命とも呼べる存在なので、また別枠である。
そして最後に魔族であるが、これは厳密には人間を含めた他の人種達と同じであり、〝人種〟に区分すべき存在なのだ。
なぜ下界事情に疎い私が、その事を知っているのかと言うと、これは別に本から得た知識でもなく、リアに教えられたわけでもない。
霊界にて前世の人間の知識を元に、下界で亜人と呼ばれる存在や、魔族を創ったのが何を隠そうこの私だからである。
漂白された真っ白な魂を使い、黙々と人間を創っていた父上の手伝いをしている時、ふと当時のわたしは、あえて魂を軽く濁してみて、記憶の中にあるファンタジー種族の代表的な存在ともいえる魔族をベースにした生命を創作してみせた。
ほんのちょっとした仕事中の暇つぶしであったのだが、父上から『面白いではないか』と感心してもらえた事が嬉しくて、以来私の知識にあるファンタジー生命を二人で調子に乗って創りまくったりもしたものだ。
懐かしい思い出である…………。
そんな私はリアへと自分の種族が悪魔であるとは伝えていても、物質界でも魔神としてその存在を知られている〝七大罪傲慢のルシフェル〟自身であるという事はリアにはまだ伝えてはいない。
私の制御ミスはほんの一瞬であり、その際拡散された魔素もかなり抑えこめていたうえ、顕現したての赤子の肉体から発された魔素であったので、せいぜい中位から上位悪魔くらいの存在だと認識しているのかもしれない。
そんなわけで彼女が愛した初代カルローネの血を色濃く宿し、もともと水子であった彼女を偶然にも救ったような結果となり、そのうえ自身と似た種族とくれば妖魔である彼女からしたら望外の喜びだったのかもしれない。
私にはまったく理解できない領域であるが、魔物や妖魔、魔族や悪魔という混沌を司る存在は、自身より強い者に惹かれる傾向にあるという。
むしろ私はそのような存在は父上以外認めたくないものだけど……。
あれ? でもよくよく考えてみれば私より強い存在って父上だけだろうし、私にも混沌としての特性がもしかしたらあるのかもしれない。
いや、でも私別に戦闘狂じゃないしなあ……。
前世知識からの無意識での世界への設定や変革は、私自身にも〝傲慢を司る悪魔ルシフェル〟としてしっかりと適用されているのだ。
なら、その特性を受け継いでいても不思議ではないのかな……うーん。
…………傲慢の悪魔か。
――まさに私は傲慢なのだろう。
それは理解している。
霊界でおこなっていた仕事はきっと私が傲慢であるからこそ、罪悪感に縛られる事もなく自由に出来ていたことだろうし……。
そして今後起こりうる事も、きっと――
「ささ、ルーナ様のお披露目パーティも近い事ですし、たくさん寝て最高のコンディションで当日を迎えましょう」
「何度も言っているけど私、悪魔なのよ? そもそも無理に寝る必要もなければ、人種を糧とするような種族は人種に根源的恐怖を与える容貌か、逆に魅了する美貌として変容していくのは確定事項なのだから――」
「いいえ! 睡眠は! 大事です!! お肌の大敵ですよ! ささ、今日はもう就寝といたしましょうね、ルーナ様」
私が人差し指を立てて、気分良く講釈を行うのを強引に話を遮えぎってくるリア。
私の話が長いのは、リアも良く分かっているのだろう。
しかし主人の言葉を遮るものかね?
さあさあ! と背中を押され、私は流されるままリアにササっと寝間着に着替えさせられ、そのままベッドでリアの抱き枕代わりにされる夜を過ごす。
――いつかこの淫乱駄メイドに『私こそが悪魔の神である魔神ルシフェルその人だ』と伝えて、絶対に慄かせてやろうと私は今日、心に決めた。