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魔神の受肉~悪魔が下界で貴族令嬢に擬態します~  作者: 烏兎徒然
ニ章 悪魔の冒険譚
25/25

格の違い2

ミーランが複数の法術を使い、的確に二体の知恵ある下位悪魔と、一体の中位悪魔を完全に手玉に取っている。

しかし圧倒的優位に立ちながら、ミーランは怪訝な表情を浮かべている。

いや、むしろ困惑と言ったほうがいいだろうか。


ミーランは強かった。

元々魔法師として天才的な魔力操作を身に着けていたミーランは、私の教えを持ち前の驚異的な頭脳でスポンジのように吸収し、法術を見事に操っている。

しかし、まだまだ私から見たら荒い部分もある。

だから、ついつい声をかけてしまう。


「ミーラン、魔力の練り上げは必要最低限にしなさい。相手の力量のほんの僅か上を見極めるの。魔力がもったいないでしょう?」

「は……はい!」


中位悪魔の防御魔術に込められたギリギリの上を見定め、ミーランは先ほどより少し細い青白い光線を放つ。

過剰な威力は必要ないのだ。


「ミーラン様、貴方は頭が良いのですから、対人戦においては、相手が何を考えて次の行動を起こすのか。それを予測して先回りで対処してください。そして相手の可能行動をひとつひとつ潰していくのです」

「わ、わかりました! リア様!」


私とリアはミーランの応援兼修行の手ほどきだ。

しかし、どうしても解せない事がある。

ミーランもそう思っているからこそ、怪訝な表情なのだろう。


「くっ、なんなんだ貴様ら! 妖魔の方はまだいいとして、ただの人間の少女一人如きに我らが!!」


私も問いたい。

なんなんだ貴様ら、と。


()()()()()()()()()()()使()()()()()()()



もちろん魔法は魂魄であるところの、魄がないので使えないだろう。

魔法とは精神エネルギーである魂と、肉体エネルギーである魄を混ぜて発動する術だ。

肉体を持たない精神生命体である悪魔に使えるはずがない。

それは、分かる。


しかしなぜ追い詰められてもなお、法術を使わないのだろうか。

最初は出し惜しみだと思った。

法術を使えば精神生命体である彼らは、その分魔力総量が多く減り、存在が希薄となり不利になるからだ。


しかし、ここにいたっても一切法術を使う気配がない。

解せぬ。


しかし、そんな答えを中位悪魔が声を荒らげ教えてくれた。


「なぜ人間が古き悪魔の術を使える!! 貴様はなんなのだッ!」



…………もしかして、最近の悪魔って法術使えないの?



思えば私、生まれながらの霊界のお姫様であり、現魔界の王様なんだよね。

つまり、下々の悪魔事情って正直まったく知らないのだ。

高位悪魔以下の知り合いって殆どいないし、私の周りにはルキフグスをはじめ、大悪魔しかいなかった。

霊界と分かたれた天界にも良く遊びに行ったりしたけど、ミカエルとその部下達の大天使達としか絡みがなかった。


つまり――人種の感情から生まれた第二世代以降の悪魔や天使って法術知らないんじゃないか説。

人間界ですら、魔法と魔術で身分が決まっている。

ならもしかしてだけど、魔界もそうだったり?

むしろ魔界や天界の方こそ強さこそ正義みたいな風潮がある分、身分によっては精神生命体は法術を使えない可能性も――。


そもそも第二世代以降は人の感情から生まれたわけだから、なまじ人種の常識に囚われているのかも?

んー……ラチがあかない。聞いてみるか。

いや、でも教えてくれるかな?


「ねえ、法術ってどのくらいのレベルの悪魔だったら使えるのかしら?」

「法術とは古き悪魔のみが使える格式ある術だ! それを可能とするのは高位悪魔の中でも一握りの天才くらいだ! かの大悪魔達のみが使える魔神の御業よ! それをっ! なぜ、人間如きが!!」


教えてくれた。


「ということらしいわ、ごめんなさいミーラン。道中の対策全部無しね」

「は……はい。さ、さすがです。下々の悪魔に興味がなかったのですね」


ミーランが珍しくちょっと引いてる気がする。

だって仕方ないじゃないか……ミーランもスラムの暮らしなんて知らないでしょ……。

それと同じだよ、きっと。

ああ、顔が火照ってきた……。

体が暑い。


「もう警戒しなくていいわ」

「はい!!」


ミーランは目を細め、片手を三人の悪魔に向けて、指をパチンと鳴らす。

鳴らした指先から、黒い電がバチバチと音を立てて魔力がどんどんと膨れ上がる。


「それは黒き稲妻の……ッ!?」

「馬鹿なッ!!」

「魔神の御業!?」


瞬間ミーランの指先から、漆黒の雷が三体の悪魔を襲う。

まだ荒削りのため、威力も大した事ないし速度も遅いが、彼らでは到底回避出来るような術ではなかった。

それもそうだ。

これは私の作ったオリジナルの法術である。

驚愕の顔のまま、三体の悪魔はミーランの雷に飲み込まれ、チリも残さず消え去った。


「や、やりました! ルシフェル様! 私でも中位悪魔を倒せましたよ!」


満面の笑みで振り向いたミーラン。


「ええ……そりゃまあ、そうなるわよね」


まさか予想の斜め下を行くとは思わなかった。

最初に複数の悪魔が現れた時は、実践慣れしてないミーランには、流石に手助けが必要かと思っていたが、思った以上に善戦していたので私とリアはずっと観戦していた。


いや、でも中位悪魔は確かに人間にとっては脅威だった。

圧倒的な魔力量から繰り出される身体能力は、人種と隔絶しているし下界にはない独自の凶悪な魔術を使って来ていた。

術式だけでなく、ただ魔力を圧縮して放出するだけでも術として成立してしまう。

人間にとっては悪魔の魔力量は依然脅威なのだ。

それを完封したのだからミーランは大健闘と言えよう。


私基準で考えてはいけないな。


「いろいろ誤算はあったけれど、良くやったわミーラン」

「は、はい! あ、ありがとうございます! ルシフェル様!」


息を荒らげながらも、とても誇らしげなミーラン。

やはり彼女の中では悪魔は絶対的な存在だったのだろう。

弟子とも呼べるミーランの活躍は喜ばしい。


けれど、私の中では何か拭い切れないモヤモヤがある。

しかしその正体がわからず、胸をジリジリと焦がす。

そんな動揺を悟られまいと、私はさっさとエッダを連れて帰る事にする。

きっと一晩寝れば忘れられるはずだ。

安眠は人の肉体を得てからというもの、好きなものの一つとなっている。


「さて、それじゃあ先を進みましょう。さっさとエッダを連れて帰るわよ」


◇◇◇


エッダの魂魄を探って広い屋敷を迷わず進む。

そして見つけた部屋。ひときわ大きな扉の前に立つ。

奥から数百という禍々しい魂の存在が感じられるのに、中にいる人間は五人しかいない。


「リア」

「はい」


今度こそ阿吽の呼吸でリアが扉を開け、私が先導して部屋……いやホールに入った。


そこには赤いローブを纏った四人の男と、手首に枷を付けられボロボロになって地に伏せているエッダがいた。


男達は私達を見て驚愕していた。

いや、正確に言えばリアを見て驚いていた。

それはそうだろう。

彼らの計算では、私はリアと共に屋敷に引きこもっていると思っていたのだろうから。


ミーランとリアが私のあとに続いてホールへと入ってくる。

――だからこそ二人は私の表情に気づかなかっただろう。


私は今酷く激怒している。


目の前のその光景に、自身の知らない感情が沸々と湧き上がってくるのを感じる。

先ほどまではミーランの言動に建物ごと壊すつもりはないと思っていた。

しかし、なぜだろう。

今は無性に暴れ回りたくてしょうがない。

建物どころか、この国すべてを壊してしまいたい衝動に駆られる。

それがたとえ白鐸と相対する事になろうとも。

この感情はなんだ?


エッダが悲惨な目にあっているからか?


違う。


私の感情はそんな綺麗なものではない。

私の所有物(モノ)を好き勝手イジられた事。

私という存在を知りながら、リアだけを危険と判断して舐めた事。

私の思い通りに進まない事。

思い返せば先ほどの悪魔たちもそうだ。

ミーランに偉そうに法術同士の戦いについて語ったのに、その結果はあんな始末。


全てに苛立ってしょうがない。


――私の傲慢(プライド)を傷つけた事が酷く癇に障る。


◯  ●  ◯  ●  ◯


「ルシ姉様は元気かな……心配。どうしよう……人間と恋仲にでもなっていたら……」


末っ子の色欲の悪魔アスモス。

長い白髪に真っ直ぐ切りそろえられた前髪が紅い目を半分隠している。

その瞳には仄暗い感情が渦巻いていた。

普段口数の少ないアスモスに、長男憤怒の悪魔サーターはため息をつく。


「そうしたらお前はその種族ごと根絶やしにしかねないからなあ……。まあ姉貴に限ってそんな事はないだろう。安心しろよ」

「本当?」

「ああ、ほんとほんと」

「むー……」


長い紫色の髪を巻いた妖艶な女、嫉妬の悪魔レヴィがその二人の様子を見てクスクスと笑う。


「アスモスってばルシフェルお姉様がいなくなってから毎日、同じことばっかり」

「レヴィは心配じゃないの……? 私の次にルシ姉様の事が好きなのに」

「私の次にってどういう事よ……。私はアスモスと違って性愛じゃなく敬愛よ。まあ、でも正直なんで人種如きにルシフェルお姉様がお心を砕く必要があるのかは疑問よねえ。さっさと滅んでしまえばいいのに」


その言葉にギョッとしたのは、灰色の髪を持つ中性的な男の子。怠惰の悪魔ベルフェ。


「ちょ、ちょっと! 悪魔の仕事は僕の唯一の娯楽なんだから! 絶対やめてよね! 絶対だよ!」

「理解できないわね……。ベルフェってば人種が滅んだら、何もしなくなりそうよねぇ」

「当たり前だよ。だって怠惰の悪魔唯一の趣味だよ? それがなくなったら永遠にぼーっと過ごす事になっちゃうよ」


そこで桃色の髪を二つに結んだツインテールの気弱そうな少女、強欲の悪魔マモモが口をはさむ。


「……で、でもお仕事がなくなれば、さ、ルシねえを一人占め、で、出来る……かな?」

「えっ!? マモモもやめてよね! その危険思想!」


ベルフェはまたも、マモモの言葉にギョッとする。


「マモモ。ルシ姉様は私の愛する人。それはだめ。それに昔からルシ姉様のモノばっかり欲しがって。ずるい」

「え、あ、ごめん。アスモスちゃん……で、でも、私は、ルシねえの事大好きだけどアスモスちゃんとは違うから……あ、安心して。そ、それにルシねえのお下がりこっそりあげたことあるでしょ」

「それは感謝してる」

「さ、流石に、五十年も毎日強請られたから……」


そんなカオスと化した会話を眺めているサーターは、ニコニコと妹弟達のやり取りを楽しそうに眺めている。


「ま、でも姉貴はちょっと俺達の事勘違いしてるからなあ。マモモのちょうだいちょうだい攻撃も可愛い妹の我儘としか見てないし、アスモスの事は猫可愛がりしてるけど飽くまで妹としてだろうし、レヴィは大人っぽいだとか妹弟で一番常識人とか言ってるし、ベルフェは一番の働き者で偉いとかなんとか。そういう俺も家族関係以外でマジでキレる事はないから、ただのやんちゃっ子だと思われてるしよぉ。自分だけが大罪の特性を引き継いでると思ってるけど、みーんな同じなのになあ」

「どこか抜けてるルシ姉様。とても可愛い」


アスモスは頬に手を当て顔を赤らめる。


そこに最後の一人、青髪ショートのボーイッシュな少女。

暴食の悪魔ベルゼがなんとはなしにぽつりと呟いた。


「私もねえちゃんと同じく受肉しよっかな……」


それを聞いた妹弟達は口を揃えて、それは辞めろ! と突っ込む。

彼女は究極の美食家を自称する。

悪魔として、悪い魂を食らう役割をしているが、それは本能的なものであり魂に味などはない。

それでもベルゼは食らうという行為自体が好きなのであった。

一見するとベルフェと同じく働き者にしか見えないが、しかし彼女が受肉し本能が欲求に変わった場合、下手をすれば家族であろうが食らう可能性がある。

ルシフェルとミカイルに次ぐ実力者のベルゼがそうなった場合、被害は尋常ではないことになる事は明白だった。



ルシフェルからすれば全員、まともに見えていた弟妹達。

しかしその実態は誰もが大罪の性質を大きく受けていた。


そしてルシフェルの傲慢の性質は、自身こそが世界の中心だと無意識的に考えているところにある。

故に彼女は実力だけでなく、傲慢という性質が伴ってこそ魔神として魔界を管理していたのだ。


◯  ●  ◯  ●  ◯



「な、なぜリアがここにいる……」


男は呆然としていた。

しかしすぐに頭を切り替えたようで、手下達と思わしき三人の男に命令を下す。


「リア以外はただの人間だ! 俺の準備が整うまでどうにかして足止めをしろ!」

「はっ!」


同時に三人の赤ローブ男が、短剣を携えてこちらに向かって迫ってきた。

なんだかどうも頭が冴えているというか、冷静だ。

冷静に怒っている、という矛盾した感情が湧いて出る自分に戸惑う。


「リア、ミーラン。あの三人を殺さず、適当に足止めしなさい」


自分の声とは思えないほど、ひどく冷たい声だった。

かつてここまで怒りを覚えたことがあっただろうか。


「畏まりました」

「え? あ、は、はい!!」


リアはいつも通り、打っては響く返答だった。頼もしい。

しかしミーランは私の変貌にいま気づいたのか、私をチラチラと見て、どこかオロオロとしていた。

その態度に、どこか強欲の悪魔のマモモちゃんを思い出して懐かしくなる。


リーダーらしき男が持っている濁った水晶玉は、悪魔を呼び出す触媒だ。

扉の前で感じた、数百という禍々しい魂の存在はその水晶玉から発せられている。

ならば、その時間稼ぎに付き合おう。

そして徹底的に絶望させてやろう。


ちらりと横目で見たところ、リアとミーランは三人の男相手に、手加減をして軽くあしらっている。

あの様子なら問題ないだろう。

私は腕を組んでその時を待つ。


リーダーの男は焦りながらも、リアを足止めが出来ている事を不思議にも思っていない様子で、必死に触媒に魔力を込め、ぶつぶつと長い詠唱を呟いている。

普通に考えれば準守護式神であるリアに、雑兵など瞬殺されるだろう事は分かっているだろうに。

そんな正常な判断ができないほど、パニック状態なのかもしれない。


腕を組んだまま男の儀式が終わるのを待っていると、一際禍々しい魔力が、途端ホール中に溢れ出した。


「――我の名はレナード。深淵に住まう紅の瞳を持つ残虐たる悪魔よ、我がレナードの持つ全ての贄を捧げたまう。我の声に、願いに、今応じよ」


男の長い詠唱が終わると、ホールの床一面に大きな魔術陣が現れる。

招命の魔法陣には似ているが、これは魔界と繋げるゲートだ。

悪魔を呼ぶための儀式でもある。

そして現れた魔術陣は妖しい紅い光を放つ。


魔術陣の中から現れたのは、ただの線の細い金髪の青年に見える。

装いもどこか貴族的だ。

しかし決定的に人と違う部分がある。

それは紅い瞳に、頭頂部に生えている二本角と片翼の黒い翼。


「ああ、久々の下界。……そして良い魂だ。感謝するぞレナードよ。それで契約内容はなんだ?」

「あっ、ああ! あいつらを殺してくれ!」

「まかせろ。我は名持ちの高位悪魔シュヴァルツ。レナードよ、契約完了だ」

「高位悪魔! 素晴らしい!!」


男は喜色満面の笑みで両手をかかげ高笑いする。

その様子を見ているシュヴァルツも贄に満足したのか、顔には笑みを浮かべている。

一瞬にしてシュヴァルツとレナードの胸元に紅い鎖が現れ、一瞬で繋がる。

契約完了の合図。


――さて、蹂躙だ。


「に……に、逃げて……!」


いつの間にかエッダが意識を取り戻していた。

さすがのエッダも高位悪魔の禍々しい魔力に当てられてか、全身が震え、歯がカチカチとなっている。

それでも私達だけでも逃がそうとする胆力はなかなかのものだ。

しかし、私の答えは決まっている。

だからその言葉に短く返事をするだけ。


「問題ないわ」

「ほう、威勢がいいな。人間の小娘」


シュヴァルツと私は、対面して互いに腕を組んでいる。


「あら、貴方こそ随分と余裕そうね」

「実際余裕だからな」


お互いに不敵な笑みを浮かべ合う。

しかし、そろそろ周りが邪魔だ。目的は達した。


「リア、ミーラン、もう足止めはいいわ。殺しなさい」

「はい」

「畏まりましたルシフェル様!」


私がそういった瞬間。


「はッ――!?」


男達は声も出せぬまま。

リアが魔力の籠もった血液の刃で、三人の首を切り落とし瞬殺した。


「ええ……私の出番はなしですか……?」

「私が殺すほうが素早くて効率的ですから」


ミーランもその早業に呆気に取られている。


「それで、三人でかかってくるのか? 我はいいが……いや、待て小娘、ルシフェルだと…………?」

「ええ、私は人間ルーナ=カルローネに受肉した、魔神ルシフェルよ。疑うのなら魂魄でも見てみればいいんじゃないのかしら? 高位悪魔なら多少の残滓くらいは見出だせるはずでしょう? まあ、てっとりばやくいきましょうか。これが証拠よ」


そういって私は手のひらに、ルシフェルの魂から持ってきた魔力を少しだけ見せつける。

するとシュヴァルツは一瞬呆けたのち、心底可笑しそうに笑い出した。


「はっ……ははははは!! なんだその貧弱な魂魄はッ! その小さな魔力はッ! 魔神とも呼ばれた女が、ただの一介の人間に受肉するなど! ハハハハハ!! これは極めて傑作だ!」

「…………あら、そう。リア、ミーラン。エッダを治療してあげて。余波が及ばないように結界を張っておくから、誰も動かないように」

「クククッ、これが、これがっ! 我ら全ての悪魔が恐れていた魔神なのか? なんとも滑稽な姿ではないか!!」


可笑しさを耐えられないのか、顔に手を当てて笑い続けるシュヴァルツ。


「しかし魔神ならばその余裕の態度も納得だ。だがその身体で未だ我に勝てるとでも? 流石傲慢を冠する者。自惚れがすぎているな。クククッ」


なんだか萎えてきたな。

コイツ、あまりにも小物だ。

これが、こんなのが高位悪魔だというのか?


「未だ信じられぬが、もし仮に、仮に貴様が本当に魔神ならば、これは千載一遇の好機というやつではないか? レナードよ、この場に我を呼び出した事に感謝するぞ!」


一人盛り上がるシュヴァルツに、レナードはオロオロとしていた。

どうやら話の展開についていけていないようだ。


「はあ……好機ですって? 私と敵対することが?」


しかし次のシュヴァルツの言葉に、私は我を失うほどの怒りを覚えた。


「そうだ! 好機だ! 貴様を倒し、我こそが魔神と入れ替わろうではないかッ!!」

「――――あぁ!?」


父上と共に創ったこの世界を? 

こんな下等な生物(モノ)に明け渡す?


◇◇◇


side ミーラン


「貴様を倒し、我こそが魔神と入れ替わろうではないかッ!!」


高位悪魔は冒険者組合の区分で特二級。

危険度で言えば都市をも滅ぼすレベル。

しかし私は知っている。

目の前にいる御方が、魔神ルシフェル様その人だということを。

シュヴァルツも知っているはずなのに、その認識が私とは大きく違う。

あまりにも哀れだ。

そう思った瞬間、ルシフェル様から今まで聞いた事もない殺意の籠もった声が聞こえた。

それは普段から常に冷静で、私に優しくしてくれる慈悲深い御方の、初めて見る姿であった。


「――――あぁ!?」


瞬間嵐が起きたのかと錯覚し、尻もちをついた。

ルシフェル様が魂を切り替えたのだ。

それだけなら以前にも見たことがある。

けれど今回は、それとは違っていた。


吹き荒れる魔力の濁流。

ただの言葉にも魔力が乗っている。

ルシフェル様の紅い瞳に何かの陣が浮かび上がる。

あれは魔眼の類なのだろうか、その瞳を見るだけで全身が震えるほどの恐怖が私を襲う。

恐らくだがそういった効果があるのだろう。

シュヴァルツも今更ながら顔面を蒼白させている。

先ほどまでの威勢の良さはどこへやら。

既にどこかへと行ってしまっている。


次いでルシフェル様の背中から黒い翼が生える。

背中から六対、計十二枚の翼が現れるが、服が破れている様子はない。

そしてこめかみ部分には小さな巻き角が二本生えていた。

周囲には黒い羽がまるで魔力の波に踊るようにして常に舞っている。

それはとても幻想的な姿で。

しかし根源的な恐怖が心の奥から湧いてくるのが止まらない。

ふと隣を見るとエッダはもちろん、リア様ですら歯をカチカチと鳴らしている。


これが本当のルシフェル様の本気。


――ああ、なんて素晴らしいのだろう!!


「あ……あ……ああああああああッッ!!!!」


発狂したように叫びだしたシュヴァルツが、法術を放つ。

先ほどの中位悪魔の言葉を借りれば、彼は古き悪魔が使えるとされる法術を使う一握りの天才なのだろう。

しかしその姿は天才とは到底思えない、滑稽であまりにも情けない姿。

顔中からたくさんの汁を流し、あらゆる法術を発狂しながら連打するシュヴァルツ。

術の発生速度、威力、コントロール。どれをとっても申し分ないどころか、今の自分よりはるか高みの技が何度も連射されている。

私ではもしかしたら一生をかけても、この領域にたどり着くのは不可能なのではと思わせる神業だった。


しかしルシフェル様は、そんな術を一瞥し、それを避けるでもなく只々つまらなそうに見るだけ。

シュヴァルツの放った幾通りの法術。

その一切合切が、ルシフェル様の翼の前に無力化されている。

まるで魔力が突然消失したかのように、渾身の法術が全て掻き消えたのだ。


その余りに神々しい姿に、私は自然と膝をおり、祈りを捧げ涙を流していた。

ルシフェル様の瞳を直接見れば、未だ恐怖心が湧いてくるが、それは見なければ問題ないようだった。


ああ、なんて美しいのだろう。

魔神――ルシフェル様の本気。

素晴らしい。素晴らしい。素晴らしい。素晴らしい。

私の神はなんて素晴らしいのだろう。

これほど完成された生物が他にいるか? 否。絶対にいないと断言できる。


ふと、この姿を一緒に見ている仲間が気になって、もう一度横を見る。

リア様とエッダは未だ硬直し恐怖していた。

いや、むしろ意識が飛びかけている。

なんともったいない事だろう。

この神々しさを理解できないとは。


「瞳を見なければ問題ないようですよ」


故にせめて教えてあげることにする。

あの瞳は間違いなく邪視だ。見るもの全てに恐怖を与える類の。


「な、なるほど、た、たしかに瞳を見なければ問題ないようですね……」

「あ、ホント、です…………」


リア様とエッダは息が上がっている。

恐怖に硬直していた間、息も止まっていたのだろう。


「さあ、我らが神の御姿を余すことなく目に焼き付けましょう」


勝手に出てくる涙が邪魔で仕方がない。

一瞬でもこの姿を見逃したくないのだ。


◇◇◇


私の瞳に浮かび上がる陣は神術の邪視。

この瞳と目を合わせると人や妖魔、果ては魔物まで果てのない恐怖に一瞬にして陥いるのだ。

対抗策は目を見ないこと。

それ以外の方法となれば、同じ神術使いでなければ不可能。


そして背中に生えている、この翼も神術で具現化したものだ。

この翼はいかなる物理も術理も全てを消失させる。

取捨選択も可能で、そのため服が破れることもない。


レナードとやらは、とうに邪視で気を失っている様子。

あの狂信者であるミーランやリアですら、強力な結界越しでも私の邪視に全身が震えていたのだ。

仕方がない。レナードが廃人となっていなければいいのだけれど。


まあ、それより目の前の高位悪魔だ。

私は両手を軽く広げ、その後ゆっくりと手のひらを合わせる。

シュヴァルツは私のその手の動きと連動するようにして――押し潰れた。

しかしそのままでは終わらせない。

神術でシュヴァルツを無理矢理生かし続ける。

更に神術で痛みを増幅させる。


邪視で精神を破壊し、永続的に続く果のない痛みを与え続ける。


「す、ずっびばせん……す、ません。ませ、ん……あ、が、がが」


うわ言のように呟くシュヴァルツ。

彼は既に肉塊になっている。

それでも意識はある。

肉塊にゆっくりと近づき、それを宙に浮かせる。

さて、コイツをこれからどうしたものか。

どうにかして、もっと苦痛を与えてやりたいところだが……。


そう考えた時、途端人の気配を扉の先から感じた。

しかし悪魔の類ではない、ただの人種だ。

それも人種にしてはかなり強い部類。

何者だろうか?

あまりの怒りに、周囲への索敵がおろそかになっていた。

まずったな、今の姿を見られるのも困る。

どうしたものか。

考えているうちに、扉が勢い良く開く。

すると大剣を背中に携えた、黒髪黒目の青年が現れた。


「お……お前が、ジ、ギタ、リス、か……」


私の邪視になんとか耐えている。

足は震え、全身も震え、歯もガチガチと音を立てているが、それだけでもとてつもない胆力だ。

だが残念ながら、私はジギタリスではない。

と、そこで彼の魂魄を見て、私は驚きのあまり怒りが吹き飛んだ。


邪視も背中の羽根ももとに戻し、ルーナの魂に切り替えると、青年は明らかにホッとしたように息を吐いた。


首の切られた遺体を指さす。


「ジギタリスはそこで倒れている赤いローブの男達よ。で、この肉塊は高位悪魔」

「こ、高位悪魔?」


途端シュヴァルツの事がどうでもよくなり、神術の生命維持を解いて、拳をぎゅっと握り、シュヴァルツを塵にした。

それを見た青年は、瞠目する。


「貴方には色々と聞きたい事があるわ」

「……それは俺もだぜ。だが第一、嬢ちゃんが敵か味方かまだよく分かってねえもんだからよ」

「少なくとも敵ではないわ。あっちの子は王女様よ。それで信用してもらえないかしら」

「ど、どうだかな。先程の禍々しい魔力を感じちまったら、とても簡単に信用出来たもんじゃねえぜ」


そういった青年は冷や汗をかいている。

どうしたものか。

まあ、この男になら全て話してもいいかも知れない。


「…………そうね、私は悪魔の神である魔神。魔神ルシフェルの受肉体よ」

「――は?」


まったく困った事になったな。

この原因に心当たりは一つある。

けれど理由は全くわからない。

とにかくたしかな事はただ一つ。


「貴方、異世界の住人でしょう? なぜこの世界にいるの?」

「ッ!?」

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