ティエラのお披露目 前編
ティエラの魂魄宣言の儀は、私とは違ってカルローネ家が主催で行われる運びとなった。
というより私が例外中の例外であったので、お披露目のパーティーと魂魄宣言の儀というものは本来、その者の邸宅で行われるのが普通である。
ティエラの八歳のお披露目は明日。
その前に私にはやっておく事がある。
そのため前回の式鬼探しのように、深夜にティエラの部屋へと訪問する。
ティエラには前回、秘密の抜け道というか、隠し通路のようなものでカルローネ家本邸と、リアの屋敷が繋がっていると伝えている。
しかし、実のところアレは私の法術で一分もかからずに、突貫工事をして作った通路。
扉も即席の法術製なので、普段は扉は存在せず、法術使いにしか扱えない代物。
そのうえ大陸に十数人いると言われている法術士が、もしうちに来る事があっても見破れないレベルの高い隠蔽法術をふんだんに使っている。
私にとってティエラに関する事での優先事項はかなり高い。
ティエラの部屋は私の部屋と比べればかなり広いが、決して閑散としているわけではなく、なにやら棚にはたくさんの可愛らしいぬいぐるみが並べられている。
そのなかの一つに古くなったウサギのぬいぐるみをみつけて、懐かしく思う。
リアの屋敷で暮らしていた頃、小さなティエラがいつも抱きしめて持ち歩いていたウサギのぬいぐるみ。
前回来た時はミーランもリアもいたし、その後の予定も詰まっていたので、部屋をしっかりと見るのは今回が初めてだ。
カーテンから家具や小物まで、随所に見られる可愛らしい部屋。
いかにもティエラらしい部屋だといえる。
私の部屋に至っては、今では書庫かと思うほどの量の本で埋め尽くされている。
クーストースが持ってくる本では物足りず、いつだったか私が下界の本に興味があるとミーランに伝えたところ、後日馬車二台分の本が運ばれてきたのだ。
貴族のプレゼントというのは手渡しではなく、馬車を使って送らせるのが通例だそうで、今もティエラの元には大量のプレゼントが運ばれてきていることだろう。
そしてそのプレゼントは誰から送られたものなのか、どういったものなのか等、使用人達が検分する。
私が送ったものは、いかにじっくりと検分されたところで、秘密の隠れ機能について看破される危険はないが、問題は私のプレゼントを父であるツォルンが渡さないのではないかという危惧である。
それ以前に大量に届く贈り物は、事前に使用人たちによって目録として作成され、それに目を通すだけだ。
誰が何を送ったのかさえ分かれば、社交ではそれで充分。
贈り物が実際にティエラの手元に渡るのは、お披露目が終わった後。
そのためティエラが私からの贈り物を目録で見つけても後回しにする可能性もなくは……なくは……ない……。
できれば一番に開けて欲しいところだけど……。
ちなみに私からの、表向きのプレゼントはユキりんという事になっている。
「む。何奴かと思ったらルシフェル様ではないですかにゃ。さすがの隠形ですにゃ。我も索敵には自信があったのですが、まったく気づきませんなんだ」
白と黒の斑模様のぶち猫こと、猫の王ケット・シー……シーたんがずんぐりとした手で、器用に目を擦りながら近づいてきた。
索敵というか、普通に寝起きなんじゃないの?
「私はルーナ=カルローネよ。普段からそう呼びなさい。迂闊に正体がバレるのは避けたいもの」
冷ややかな視線をシーたんに向けると、あからさまに狼狽してしっぽをピンと立てて、毛が膨張する。
「そ、それは申し訳ないですにゃ! ルーナ様!!」
「……ええ、それでいいわ」
さて、ティエラはまだ睡眠中。
悪いけど、起こさなければ。
ティエラが起きたときに、どんな反応をするのか分からないので、扉前で待機中であろう寝ずの番にバレないよう、念のため部屋の中には防音結界を張ってある。
ティエラの眠るベッドに近づき、その華奢な体を揺らす。
「んっ……んん……あ、あれ。……おねえさま?」
視界を定めるように目を擦りながら、上半身だけを起こすティエラ。
絹糸のように細い白銀の髪がサラリと流れ、月に輝く蒼い宝石の瞳がゆっくりと開けられる。
しばらく状況を理解できずボーっとしていたティエラであったが、私もよく寝起きに使っている脳に魔力を集中させる技術を、実はティエラも使う事ができる。
リア曰くそれなりに高度な使い方らしいのだが、ティエラは少し練習しただけですぐに使えるようになった。
恐らくツォルンの実家であるメラーニ伯爵家の優秀な血筋がなせる技だろう。
そのため、つい先程まではふわふわとした面持ちのティエラだったが、魔力を操作したのか一瞬でシャンとした表情になる。
「あ、また隠し通路を使ったんですね?」
「ええ、ごめんなさいね、深夜に。どうしてもティエラに渡したいものがあったから」
首を傾げるティエラにそういって私が手渡したのは、普段遣いに適したデザインの指輪の魔道具。
「わあ、綺麗……!」
「お誕生日おめでとう、ティエラ。それは私とリアからの贈り物よ。必ず貴方のためになるものだから、お守りのようにいつも付けていて頂戴」
まあ、リアからというのは嘘である。
指輪に〝大切なもの〟だという重みを乗せるための方便だ。
悔しいけれどティエラはリアも大好きなのだ。ぐぬ。
「もちろんですお姉さま!」
「ふふ、ありがとう。ほら、私とお揃いなのよ」
そうして右の手のひらをティエラに見せる。
「本当だ……! とっても嬉しいです!」
親しい友だちや家族にはお揃いの指輪等の装飾品を贈り合う風習もあってか、特に訝しがることもなく、素直に受け取ってくれる。
喜んでくれたようでなによりだ。
そうして受け取ったばかりの指輪をティエラはさっそく指にはめると、自然とサイズが合うように自動で調整される。
その光景に「おぉ」と感動気味のティエラは、とても可愛い。
なんて呑気な事を考えていたら、思わぬ追撃をくらった。
「あ、あの、私もいつかお姉さまに何かアクセサリーをお贈りしてもよろしいでしょうか……?」
月明かりに照らされたティエラに、上目遣いで問われる。
「っ! え、ええ、もちろん。楽しみにしているわね」
内心、可愛さのあまり卒倒しそうになるところを、なんとか踏みとどまれた。
ティエラの頭を軽くなでた後、額にキスをする。
「ティエラ、起こしてしまって悪かったわね。もうお眠りなさい」
「……はい、お姉さま。おやすみなさい。明日、お姉さまとリアに会えるのを楽しみにしていますね」
「ええ、私も楽しみにしているわ。おやすみなさい、愛しいティエラ」
◇◇◇
当たり前といえば当たり前なのだが、カルローネ家の屋敷はとても広い。
カルローネ家は侯爵という高位貴族なのだから当然であるとも言えなくもないが、それは同じく他の高位貴族達や、爵位も歴史も上であるはずの三大公爵家の屋敷よりも、実際に見たことはないが二.五倍くらいは広いらしい。
同じ派閥の伯爵家のご令嬢等に何度かお茶会に呼ばれた時は、カルローネ家の屋敷より小さいのは、それがただの爵位の差が原因だと思っていたのだが、それが違うと気づいたのはミーランに教えられてからだ。
その理由は、準守護式神であるリアがいること。
それと代々魂魄を高めるために、他国の王族達が嫁いできたりした事も多く、そういった背景もあって、カルローネ家の屋敷はその格に見合った相応のサイズの屋敷となったらしい。
流石に王城のホールとは比べるまでもないが、それでもパーティー用ホールは国内有数の広さである。
私達のお披露目パーティーと違うところは、最初からティエラがホールに入場している点だ。
王城でのお披露目でティエラは最後に王家の一族として入場して、その後すぐに魂魄宣言の儀にうつったが、本来どうやら逆のようで、お喋りを一通り楽しんでから最後に魂魄宣言の儀で締めるらしい。
流石に主役だけあってティエラの周りには人が多い。
もちろん私の周りにも、その数倍の数の人間達。
そのためティエラと目を合わせる機会すらない。
思わず吐きそうになるため息をぐっと堪えて、笑顔で貴族達の相手をする。
しかし、そこで人垣の隙間。
遠目に思わぬ人物と目があった。
そう、私のお披露目の際に、やんちゃ王子の事を教えようとしてくれていた可愛い子だ。
流石に三年経てば姿も変わっているが、魂魄の形は同じであるので間違いようがない。
年齢はたしか私の一つ上だから、今は十二歳だったはず。
魂魄の高い高位貴族は幼い頃は成長が早く、歳を重ねれば老化が遅くなるので、平民でいったところの十五歳程に見えるため、出るとこは出て、引っ込んでるところは引っこんでいる。
順調に美しく成長しているようでなによりである。
「おや、ルーナ嬢どうかされましたか?」
表情に出していたつもりはなかったが、私の様子が変わった事を感じとったのか、年若い貴族の青年が問いかけてくる。
うーん、この青年なかなかやるな。
「ルーナお嬢様。まだこのように大勢の方々に囲まれる事に慣れていらっしゃらないでしょう? 少しばかし休憩されては如何でしょうか」
我が意を汲んだリアが、そう提案してくる。
「そうねリア、そうさせてもらおうかしら。皆さん申し訳ございません」
「いやいや我々こそ配慮が足らず申し訳ない」
「ルーナ嬢を私達だけで独占していては、他の者達にやっかまれますからな」
先程までの人垣が嘘のように割れて、通り道を作ってくれる。
「それでは皆様また後で」
中座の礼をして、私は以前と同じく変わらぬ金髪の縦ロールを目指して歩み始めると、彼女もこちらに気づいたようで、私が向かっている事に一瞬だけ少し驚きの表情をしたが、すぐに彼女は優しく微笑む。
さすが三大公爵家の一つである〝レッフラー公爵家〟のご令嬢だ。
「ルイーゼ=レッフラー様、お初にお目にかかります。カルローネ侯爵家が長女ルーナ=カルローネと申します」
上位者に対するカーテシーをする。
正確にはお初にお目にかかったわけではないのだが、貴族間では対面して会話をして、ようやく〝初めて〟と表現する。
本来貴族の社交では爵位が下の家の者は、上の家の者に話しかけてはいけない。
特に初めてであれば尚更である。
私は侯爵家、彼女は一つ上の爵位である公爵家。
しかし格という側面だけで見れば、爵位など目ではないほど私の身分は天元突破している。
けれども今回はそういった事ではなく、私から話しかけられた理由は、この場がカルローネ家主催であるからだ。
主催者の家の者は余程の事がない限り、格が上の相手に対しても此方側から話しかけてもよいという、暗黙のルールが存在する。
だからこそ貴族達はお金をふんだんに使って自身の家や、王都などに点在している貴族の社交用ホールを借りたりと、涙ぐましい努力で社交界を開くのである。
リアとミーランから、みっちり仕込まれた社交術の授業で覚えた知識だ。
「こちらこそ、お初にお目にかかりますわ。ルーナ=カルローネ様に名前を覚えて頂いていて嬉しく思います。ルーナ=カルローネ様。わたくしのことはどうかルイーゼとお呼びください」
豪奢な金髪縦ロールに、発育の良い身体、鋭い目つきに、王族の血筋が入っている空色の宝石眼。
第一印象は冷たそうな令嬢に見えるけれど、とても良い子であることが、彼女の魂魄から読み取れる。
「かしこまりましたルイーゼ様。私のこともどうかルーナとお呼びください」
「ええ、よろしくお願いいたしますわ」
ニコリと微笑むルイーゼ。
「今日は妹のお披露目に来ていただきありがとうございます。楽しんでいただけていますでしょうか?」
「お恥ずかしながらカルローネ家のお屋敷の広さに圧倒されてしまっていましたわ。これでも数多の社交界に顔を出していたのですが、カルローネ家に来たのは初めてですので……」
「なるほど。私なんかはあまり社交やお茶会に積極的ではないので、他のお屋敷がどの程度かはあまり詳しくはないのですが、ルイーゼ様がおっしゃるのならばそうなのでしょう」
「ええ、広いだけでなく調度品なども品性があってお見事なお屋敷ですわ。まさにルーナ様の格に見合ったお屋敷だと」
「そんな格だなんて。それよりもこうしてルイーゼ様に私をご存知頂けている事を嬉しく思います」
〝美しい〟は種族問わず目の保養なのだ。
特に魂魄の綺麗な美形の人種はとても良い。
ある意味私も貴族的価値観にそぐわっている。
とはいえそれは悪魔の本能由来のものだから、貴族教育でもなんでもないのだけど。
「あら、わたくしたちの世代でルーナ様の事を存じ上げない方なんていらっしゃいませんわ…………一人を除いて……ですが」
たしかに私の事を知らない貴族はいないだろう、とそう断言できるほどの知名度があるのは自覚している。
ほとんどがリア効果だが。
だからこそ当たり前のように、口から出たのだろうけれど、途中でヤンチャ王子の事を思い出したのか、徐々に言葉が尻窄まりになっていった。
「あー……そういえば、やんちゃ王子がいましたねー…………っ!」
ルイーゼの人当たりの良さに気が緩んで、つい令嬢の仮面が剥がれてしまった!
ど、どうしよう!
ルイーゼも目を見開いて驚いている! やばいやばい。
そもそも貴族として生きているのなんて十年やそこらなのだ。
それ以前は長い長い間、悪魔をやっていたし……こういう事になる気がしていたから今までお茶会や社交界なんかも最低限で済ませていたのに…………やってしまった!!
「ふっ……ふふ……や、やんちゃ王子……」
あれ? ルイーゼがツボにハマってる? 意外とお茶目なのかこの人?
「フフフ……たしかにやんちゃ王子でしたわね。いえ元王子なのですが。それにしてもフフフ……やんちゃ王子……。ルーナ様は意外とお茶目なお方なのですね」
「あ、いえ、あのなんといいますか……」
「わたくし、実は少しルーナ様とお話をする事に緊張しておりましたの。ルーナ様といえばあまり社交界に姿を現しませんが、ミーラン王女殿下と懇意であり、最強の式鬼神使いで、それでいて英雄の先祖還りですもの。ですが、そちらルーナ様の方がわたくしは魅力的だと思いますわ」
「そ、そういって頂けて幸いです……」
おお! パーフェクトコミュニケーションの文字が見えた!!
後ろの方でリアがルイーゼの言葉に頷いているがそれは無視だ。
「あら? ルイーゼと……それとルーナ様? なんだか楽しそうね」
横から声をかけてきた彼女は、なぜか両手にグラスを持っている背の低い少女。
灰色の髪のサイドを、編み込んで後ろに通すように結んだハーフアップが品と愛らしさを醸し出している。
空色とまではいかないものの薄い蒼の宝石眼を持っている。
そして何より特徴的なのは、両手の小指が欠損している点だ。
彼女はたしか――。
「お初にお目にかかります。フィーネ=マッテゾン様」
「あら、こちらこそルーナ様。わたしの事はフィーネでいいわよ」
三大公爵家のうちの一つであるマッテゾン家のご令嬢フィーネ=マッテゾン。
カーテシーもなく挨拶をするフィーネ。
少し尊大な様が目立つが、彼女には悪意の欠片も見当たらない。
これが通常運転なのだろう。
「こら、フィーネ。ルーナ様に対して少し失礼が過ぎますよ」
「あら、やだルイーゼってば。わたしがそういうのが苦手だって知っているでしょう?」
「知っていても、それとこれとは話は別です。初対面なら尚更です」
彼女達の姉妹のような仲に思わず微笑ましくなる。
少しミカイルの部下達を思い出す。
あの子達もみんな個性豊かで、騒がしい子達だ。
けど、この二人たしか同じ年齢だったはずだけれど……身長やスタイルのせいかフィーネの方が少し年下に見えるなあ。
態度は大きいけれど。
「フフ……かまいませんよ、フィーネ様。私も堅苦しいのは苦手ですし、むしろちょうど私の猫被りがバレた話で盛り上がっていたところでしたので」
「も、申し訳ございませんルーナ様」
「あらあら。色々な噂を聞いているから、どんな御方なのかと思っていたのだけれど、ルーナ様はなかなか面白い方なのね。わたしの態度に一切怪訝な態度を示さない令嬢は珍しいのよ」
くすくすと面白そうに笑うフィーネ。
身長は低いが、臙脂色のドレスが妙に似合っているからか、不思議と妖艶さがある。
基本的に貴族の間では赤は忌避される色であるが、赤に少し似た臙脂色のドレスをわざわざ選んでいるあたり、彼女の性格が少しわかる気がする。
マッテゾン家は変わり者が多いというミーランの話は本当だったか。
そういえばイケメン王太子も、前にそんな事を言っていた気がする。
それよりさっきから気になる事がある。
聞いてみるか。
「あの……フィーネ様はなぜ二つのグラスを?」
「ああ、これね。いちいち取りに戻るのが面倒だもの。どうせ飲み干すのだから構わないでしょう?」
ああ、紛うことなき自由人だ。
「申し訳ございません、ルーナ様。彼女はいつもこの調子でして……」
そしてなぜか代わりに尻拭いをするルイーゼ。
なんとなく関係性が分かってきたぞ!
「いえ、先程もおっしゃいましたが私も堅苦しいのは苦手なので、むしろこの方が気楽でいいです」
そう微笑んで言うと、フィーネがマジマジと私の顔を訝しがるように見つめてくる。
「本当に変わっているわね……わたしがいうことじゃないけれど。でも私はルーナ様みたいな人好きよ」
変わっている自覚はあるのか。
「ええ、ルーナ様のそんなところは、恐れながらわたくしもとても魅力的だと」
そのルイーゼの言葉にパチパチと拍手する人物。
いや、妖魔。
リアである。
「ルイーゼお嬢様でいらっしゃいますね。大変良くわかっていらっしゃる。フィーネお嬢様も少しルーナ様への態度は改めて欲しいところですが、ルーナ様の魅力を分かっている点は評価に値いします」
唐突に会話に割って入ってきたリア。
法術で気配を最小限に抑え込んでいたため、ルイーゼとフィーネにとってはいきなり現れたように見えたのだろう。
かなり目を見開いて驚いている。
「リア、お二人が怯えているでしょう。それに主の会話にメイドが割って入る事は許さないわ。気配を消していなさい」
「は、はい、ルーナ様。大変申し訳ございませんでした!」
そしてすっと気配を消すリア。
私には完全に感知出来ているけれど、流石にルイーゼとフィーネは感知出来ないだろう。
おそらく二人にはリアが消えたように錯覚していると思う。
ふたりは露骨にホッとしている。
「あれがリア様、ね。わたしには急に現れて、急に消えたように見えたけれど……どういった魔法なのかしら」
「ええ、大変興味深い魔法ですね。いえ、法術でしょうか? いや、それとも吸血鬼特有の特性魔法という可能性も……」
フィーネの実家であるマッテゾン家は、優秀な魔法師や、魄を極限まで高めたうえで魔法を絡めて戦う〝魔闘術師〟を多く排出しており、大国であるアビジオン帝国との国境線を領内に有している国一番の武の名家だ。
そのためか、リアの圧倒的な実力を前に冷や汗を流している。
対するルイーゼの実家であるレッフラー家は代々宰相を多く排出している名門公爵家で、知識を権威としている。
ぶつぶつと一人で考察している姿には、先程までの完璧令嬢のような面影はない。
そんな二人の様子を眺めていると、またしても声をかけられる。
しかし今度は少女の声ではなく、壮年の男性のもの。
「……ルーナ嬢の前でなにをやっているんだ二人は」
呆れた様子で声をかけてきたのは、フィーネの父である現マッテゾン公爵家の当主、ヴェルンハルト=エーレ=マッテゾン。
エリート主義の魔法至上主義者と噂される人物である。
貴族らしい貴族で、魔術師を見下しているとの噂もあるが、彼の場合は職務に忠実なだけ。
優秀な魔術師は評価し、魔法が使えない事で嫉妬に目を曇らせている魔術師を唾棄しているのだ。
おまけに常にムッとした表情で固定されているのも、そういった噂に拍車がかかっているのかもしれない。
……とミーランが言っていた。
八歳の頃の魂魄宣言の儀が終わった後、大司教のミヒェル=ゲーテと一緒に少年のようなキラキラとした瞳で、嬉々としながら色々と質問攻めにあった記憶があるのは気の所為だろうか?
いいや、気の所為ではない。
むしろ忘れられるものか。
そしてなぜか彼は爵位も持っていない私に対して、目上を相手にするような態度をとったりする。
その事についてリアに聞いてみたところ、マッテゾン公爵家は優秀な魔法師を排出する家同士という事で、メラーニ伯爵家とは懇意の間柄であった。
しかし無能と判断していたツォルンがカルローネに嫁いだ際、メラーニとカルローネという二つの優秀な名門貴族家が落ちぶれる様子がありありと浮かび落胆し、カルローネとは少し距離を起きながらの関係を続けていた。
しかしルーナが生まれてからは、カルローネとの関係を再開したいように思える、とのことらしい。
さらに言ってしまえば、究極の能力絶対主義の信奉者。
しかし合理主義的な側面もある。
と思えば、あえて非合理的な方法を取ったり、感情論を優先したりと主義主張がブレすぎているため、当主は複数人いるのではないかとの噂すらある。
あらゆる矛盾を含んだ上で、自身も矛盾を理解しながらそれを是としている。
いわゆる自分を信じ、自由を重んじる、気まぐれな人間。
マッテゾン公爵家は代々こういった変人が生まれやすいと言われている。
そんな彼の魂魄もまたおかしい。
ぶっちゃけて言えば、
「善とも悪とも区別がつかないし、思考回路もよくわからない」
ミーランも似たようなものだが、あれは何かを見つければどちらかに振り切るように、一気に善にも悪にも切り替われるような、ある種の純粋さがある。
彼にはそれがなく、善悪をスキップしながら往復している感じだ。
今まであった人間の中では、最も悪魔や天使に近い感性の人間なのかもしれない。
精神の怪物とでもいうべきだろうか。
「マッテゾン公、お久しぶりでございます」
「ええ、ルーナ嬢も息災のようで何よりです」
フッと笑うヴェルンハルト。
そこで近くにいた青年が声をかけた。
「父上。私にもルーナ嬢を紹介していただけますか?」
「ん。ああ、ルーナ嬢、こちらはうちの息子です。未だ経験不足ですが、戦の才能はあります」
そして紹介されたのは、ヴェルンハルトのそのすぐ後ろにいた人物。
マッテゾン家長男であり、フィーネの兄リーゼル=トロイ=マッテゾン。
女性のように腰にまで伸びた長い灰色の髪。
翠の宝石眼を持ち、片目は式鬼契約で使ったのか、眼帯をしている優男風の美青年。
「ルーナ嬢お初にお目にかかります。そこにいるフィーネの兄でもあるリーゼル=トロイ=マッテゾンと申します」
リーゼルはフィーネと違い、礼儀正しいようである。
左腕は腹部に手を置き、キッチリ90度で曲げ、そのまま右手で水でもすくうかのような流れで、優雅に手の平を自身の心臓の上にあたりで止める。
まるで本当にすくった水を、こぼさないようにしているかのような見紛うほど綺麗な所作。
相手が高位の貴族であったり初対面であれば、そのまま存在しない水をすくう流れに身を任せるように、頭も自然に下げる。
もちろん初対面で、私自身の価値もあってかリーゼルはキチンと頭を下げる。
少々古い挨拶だが男性が行う、礼式としては最大の礼である。
なんでも昔は魔素というものは見えないだけであり、そこに存在しており、それは水のようものであると考えられていたため、それをすくい上げる事で自身も同じ魔力を持つ仲間だと示す友好の挨拶であったとか。
これはミーランではなく、長生き吸血鬼のリアに聞いた情報だ。
彼はたしか今年で十七歳程だったはずで、戦場には出た事はあるのだろうが、ここ十数年大きな戦争もなく、国境線での小さな小競り合い程度のため、魔法師の名誉爵位である〝エーレ〟は持っていないが、剣技や、人を率いる戦場での才能はその若さで既に、国一番との呼び声も高い。
そして剣技だけでなく、魔法も絡めた個人の武も相応に高いらしい。
「こちらこそお初にお目にかかります。リーゼル=トロイ=マッテゾン様」
女性のカーテシーも面倒だけど、貴族男性の礼もなかなか面倒そうだ。
「どうぞ私の事はリーゼルとお呼びください。まだまだ精進の身であるのにも関わらず、英雄の先祖還り様に丁寧にされるのは少し落ち着きません」
「では私のこともルーナと。既にフィーネ様とは仲良くお話させていただいていますし、お友達のお兄様のようなものでしょう?」
私のその言葉に一瞬瞠目し、優しげにフっと笑う。
その笑う姿は父似だなあ。
「初対面でフィーネを友だちと言ってのけるか……流石英雄の先祖還り」
「お兄様、貴方おバカですの? 英雄の先祖還りも何も関係ないわ」
「強き者は往々にして器も大きいものだ」
「私は大きな器にしか乗せられないとでも?」
「ああ。よく分かっているじゃあないか。その通りだ」
じゃれ合う兄妹に微笑ましいものを感じながらも、ずっとウズウズが止まらない。
それこそマッテゾン公が来た頃からずっと気になっていた。
リーゼルが貴族の丁寧な礼をした時なんかはとってもハラハラした。
――どうしてリーゼルもマッテゾン公も両手にグラスを持っているのだろう。




