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魔神の受肉~悪魔が下界で貴族令嬢に擬態します~  作者: 烏兎徒然
ニ章 悪魔の冒険譚
18/25

悪魔の姉妹愛

ティエラを連れ出した深夜の森の中。

その際、私は法術で自身とミーランを同時に浮かしながら、滑るようにして森の奥の奥へと突き進む。

もちろんティエラには、浮遊の魔法と偽っている。


ミーランは既に法術を扱えるだけの魂器を持ってはいるのだが、未だまともに使える法術は少ない。

私とミーランの予定が会う日には互いに魔法と法術を教えあっているのだが、いかんせん私やミーランは時の人としてあまりにも知名度が上がってしまっているため、お茶会という戦場に引っ張りだこであり、互いの予定が会う日が少ない。

そのため、必然的に夜に隠れて会うようになっているのが現状だ。


法術を使っての深夜の転移法術は、堅牢強固な王城内にも容易く入り込む事ができる。

ミーランもカルローネ領と王都の行き来を楽にするため、転移法術を何より優先して覚えたいようである。


ティエラは、私が法術を使える事は知らない。

そのため『カルローネ家の正統後継者のみが知れる隠し扉』だと嘘をついて連れ出したが、実際そんなものはない。

ミーランの場合は私が悪魔である事を知っているため、転移の法術で一瞬で合流することが出来るけれど、ティエラに見せた扉は私が即席でそれっぽく(・・・・・)作ったものだ。

現代において法術とは、既存の魔術や魔法の理外にある隔絶した力であるため、まさにチートである。


さて、そんな法術チート移動のお陰で、お茶一杯分の時間で既に目的の場所に到着することができた。


そこは月明かりに照らされている湖畔。

この森は実は非常に危険な魔物が多く現れる。

しかし移動時はリアが魔力を放出して、全方位威圧していたため魔物は近寄って来ず、そのためスムーズに湖畔に到着する事ができた。

そしてちょうど湖畔の手前辺りでリアは魔力を抑える。


この森を踏破出来る実力者は限られるため、この湖畔には比較的温厚な精霊種の魔物や妖魔が多く住んでいる。


「わぁ……」


木々が立ち込める不気味な森から一度抜け出せば、そこは月明かりが照らす幻想的な湖畔。

水面には月の反射で光の道ができており、その周囲の木々は精霊種の魔力を多く蓄えているため、珍しい花々が咲き乱れており、まるでおとぎ話の絵本の中に迷い込んだかのような雰囲気だ。

ここを知ってからは、絶対に一度はいつかティエラを連れて来ようと心に決めていた。

念願叶って満足だ。


「どう? 素敵な場所でしょ?」

「……はい、お姉さま、とても美しい光景ですわ……」


ティエラの輝く瞳に満足していると、私が満足していることに満面の笑みで満足している二人の信者。

若干鬱陶しいと思いながらも、ティエラが喜んでいるのなら他の全ては些事である。

そんなティエラが湖畔の上に浮かぶいくつもの光を指差した。


「お姉さま、あの光を発してる小さな人形は精霊でしょうか?」

「ええ、ピクシーね。戦闘力も殆どないうえに、知能もあまり高くない悪戯好きの魔物で、あまり式鬼には適さないわね」

「そうなのですか? とても美しいと思うのですが……」

「貴族の好事家なんかは観賞用として飼っているところもあるみたいね」


その言葉にティエラが眉をひそめる。

貴族は美しい物を尊ぶと言うが、それでもあまりいい趣味ではないと嫌悪しているのだろう。

ティエラは幼い頃から妖魔であるリアと接してきたせいで、少し魔物や妖魔に対して同情心を寄せすぎているきらいがある。


「あら、あれなんて良いのではないかしら?」

「わっ! …………小さな雪だるま?」

「ええ、ジャックフロストという精霊種の魔物ね。氷属性の術を行使するから、水の日生まれのティエラと相性が良いかもしれないわね。なにより陽気で人懐っこい性格なのよ」

「わぁ、たしかになんだか可愛いですね……!」

「そう? じゃあ、捕まえてティエラの式鬼にしましょう。式鬼を入れるための亜空(ストレージ)の魔法はもう覚えていて?」


大型の式鬼等を収容するために、自身の魔力で擬似空間を作り出すのは、式鬼使いとして必須の技術であり、中位魔法に相当する。

魔法や魔術には、特位>高位>中位>下位と魔法の習得難度や危険度によって分けられている。


自身と繋がりのある魔物や妖魔のみが入れる疑似空間。

そのため他の生物を収納することは出来ない。

ただし死体は例外である。

広さは本人の魔力量に依存する。

魔物や妖魔だけでなく、荷物なども収納可能である。

ちなみに本人も入る事はできるが、出る事は不可能であり、もし制御を誤って自身を収納してしまった場合は帰らずの人となる。

そのため《ストレージ》と呼ばれるこの術式は、中位魔法の中でも危険な術に分類されている。

しかし天才であるティエラならば、すでに使いこなせるようになっている事は疑っていない。

というか、定期的にラウラからティエラの情報を集めていたので既に聞いている。


「…………はい、たくさん練習したので大丈夫だと思います……多分」


少し自信なさげなティエラに、昔を思い出しておもわず微笑んでしまう。


「ふふ、もし不安なら普段は放し飼いにして、比較的簡単な召命魔法か、召命の魔術陣を持っていれば距離を無視して呼び出すことも出来るけれど――」

「いえ、大丈夫です! ただ……」

「あら、どうしたの?」

「いえ、なんだか……あの」


そうしてティエラの視線の先を追うと、湖畔の上ではピクシーと無邪気に戯れているジャックフロストが楽しげに浮いている。

それを見て気づく。


「――なるほどね」


やはりティエラは少し魔物や妖魔に同情心をいだきすぎている。

恐らく可哀想だとでも思っているのだろう。

妖魔であるリアと幼少期から接してきたうえ、ティエラは箱入りの大貴族の令嬢だ。

他の貴族が使役している魔物や妖魔を見る機会はあっただろうけれど、恐らく野良の魔物を見るのは初めてなのだろう。


式鬼として使役していない、魔物や妖魔は危険だ。

ティエラも知識としては、使役前の魔物は危険なものであるという事自体は知っているはずだけれど、使役された魔物や妖魔しか見たことのないティエラは、真の意味で魔物や妖魔の危険性を理解していないのかもしれない。

いちいち魔物に同情心など抱いていては、いずれ足をすくわれる事になる。

…………どうしたものか。


ティエラの視線に合わせるように少しかがむと、目が合ったティエラはどこかバツが悪そうな表情。


「ティエラ、優しい気持ちがあるのは大事な事だわ。けれど貴方は貴族よ。民を守るためには強力な式鬼は必要。今、貴方がこの子を式鬼にしないという選択をして、もし将来誰かがピンチに陥ったとき。そしてそれがジャックフロストという式鬼を持っている事で、解決出来ることかもしれない――極論だけれども、そんな事がもしかしたら起こり得るかもしれないわよ。幸い貴方は多くの魔力を持って生まれたわ。その分たくさんの式鬼を使役できるでしょう。式鬼使いというのは、なにより手数の多さが強みになるのだもの。それでもティエラは感情の部分で納得できず、後ろめたい気持ちがあるでしょう? ならば式鬼を道具として扱うのではなく、友として相棒として、確固たる絆を後に築けばいいのよ――私とリアを見ていた貴方なら、ソレが出来るということも分かるわよね?」


少しうつむいていたティエラと視線があわさる。

その瞳は強い決意を帯びた瞳だった。


「や、やってみます! どうすればいいのか教えてくださいお姉さま!」

「ええ、もちろん。まず不意打ちも戦術のうち。魔法行使の予兆に気づかれないよう、出来るだけ魔力を隠蔽して、素早く魔法を行使するのよ。使役前の魔物は危険だからね、慈悲は無用よ。とりあえず十匹程捉えてみるのを目標にすればいいわ」

「十匹もですか?」

「特に魔力量の多い魔物でもないし、そのうえ小さい魔物だもの。ストレージにも充分収まるだろうし、なにより弱くとも、小さな精霊種は複数使役すれば色々と便利なのよ。私の侍女にラウラという子がいるのだけれど、彼女はコロポックルを複数使役して、色々な情報を集めてくれたりしてくれているわ」

「なるほど……勉強になります」

「よし、ではまずジャックフロストを弱らせてみせなさいティエラ」


ティエラは腰に下げている三本の杖のうち、白く品のある装飾が施された一本の短杖を抜いて、その先端を照準代わりに、ジャックフロストへと狙いを定める。


杖などの補助媒体といえば魔術師の領分と思われがちだが、だからといってまったく魔法師が使わないという事もない。

魔法師も魔術技術の恩恵を受ける事ができるため、杖等は良く使う。

魔法至上主義のプライドの高い人物でさえ、杖だけは例外と考えているほど。


しかし魔術師の使う杖とは違って、魔法師の使うそれは、特定の属性魔法の威力の底上げや、狙いが良くなる等、術式の発動ではなく魔法そのものに補助効果があるものを使う。

魔術師の使う杖は魔術を放つためのものであり、ひどく限定的な術式が施されているものばかり。

集中力もいらず画一的な術を出すことが可能でそれはそれで便利なのだが、魔法師が使う場合は自由度を阻害してしまうのだ。


ティエラが抜いた杖は、火の属性魔法の威力を底上げするものだ。

他にぶら下げている残り二本の杖は、ティエラの得意属性である水属性魔法の威力を底上げするものと、魔力制御がスムーズに行われる癖のない汎用型の杖である。

自身の得意属性と、苦手な属性の杖を持つのは、魔法師のセオリーとも言える。


火矢(ファイアアロー)!!」


ティエラの引っ込み思案の性格はまだ治っていないのか、此処に来るまでも会話する際は常に小さなか細い声であった。

しかし今ばかりは声を大きく張り上げて、意を決した力強い言葉を放つ。


その言葉と共にキュイィィンと甲高い〝攻撃魔法行使特有〟の大きな音が響き渡る。


曰く〝魔法音(まほうおん)〟と呼ばれるもので、〝無から有の物質を生み出すような魔法〟を行使をする際に音が鳴る現象。


〝法術や魔術には出ない現象〟であり、熟練の魔法師は殆ど音が鳴らないのだとか。

恐らく魂と魄の魔力を混ぜ合わせた際に、特有のエネルギー反応が起きて鳴るものだと思われる。


大きな音が鳴るというデメリットはあるが、魔法師の専売特許はその自由度と、無詠唱にある。

しかし、その自由度は無限に等しく、イメージに偏りがでるため、なにより高い集中力が必要となる。

ほんの少しでもイメージがブレると、その自由度の高さ故に魔法行使は失敗してしまう。


しかし〝同じ言葉を放ちながら同じ魔法を放つ〟といった行為を何度も繰り返す事で、イメージを確固たるものとして条件付けしていると、いつの間にか画一化した術を行使できるようになる。

これを〝短縮呪文(スペル)〟と呼ぶ。

短縮呪文(スペル)で放つ魔法は、魔術と同じく、良くも悪くも同じ結果しか出すことができない。

短縮呪文(スペル)で牽制して、集中した無詠唱魔法を駆使して戦うのが現代の魔法師だそうだ。


ティエラの唱えた火矢(ファイアアロー)は中級術に分類される。

比較的少ない魔力量で大きな破壊力を持つという、攻撃魔法として、とても便利な術。

そのため火矢(ファイアアロー)の術は魔力量の少ない魔術師でも重宝されており、彼らはティエラのような魔法師と違い、火矢(ファイアアロー)を放つ事を目的とした魔術陣を刻んだ杖を持つ。


魔術師ならば杖に刻まれた魔術陣に魔力を込め、一本の火が、矢の如く飛んで炸裂するだろう。

しかし魔法師はその火矢を状況によって、威力を抑えたり、威力を底上げしたり、あるいは二本や三本に増やす事も可能である。


――そして今、ティエラの周りに浮かぶ火の矢は三十本。


ティエラが杖を振りかざすと、三十本の火の矢が端から順に一斉に放たれ、ジャックフロストめがけて火の矢が追いかける。



…………静かな湖畔のうえで大きな炸裂音が何度も響き渡る。



お…………お姉ちゃん思うんだけど、ちょっとオーバーキルじゃないかな?

まさか三十本の火矢をスペル化しているとは思わなかった……。

ティエラはなにを相手にすることを想定して、三十本の火矢を短縮呪文(スペル)化したのか…………?

もしかして私じゃないよね?


運良く掠っただけのジャックフロストが一体いるが、もうすでに瀕死である。


「えー……ティ、ティエラ。と、とりあえず使役よ」

「あっ、えっ!? あっ!! はい! 支配使役(ヘルシャフト)!!」


ティエラにとっては初めての実戦。

想像以上に魔物が弱かった事に驚いているようだったが、すぐにやるべき事を思い出すあたり、やはり私の妹は優秀であるのだ。むふふ。


瀕死のジャックフロストが光り輝き、ティエラの胸から半透明の鎖が飛び出してゆき、ジャックフロストを締め上げる。

これで使役は完了だ。

完了……なんだけどなあ。


「あの……ティエラ……えっと、おめでとう?」

「いや、あの……ち、ちがうんです! お姉さま! 中級術でしたし、まさか、あ、あんなに弱いとは思っていなくて……」


ティエラは羞恥で頬を染め上げている。

恐らくティエラは周囲との実力差をまだ分かっていない。

高位魔法を多く覚えているせいか、中級術は弱い部類の魔法だと思っている様子。

たしかに火矢は消費魔力が少ないせいで、強い術と認識しにくいかもしれないが、実際充分な威力があり、習得難度も相応に高く、戦場でも良く使われる術の一つだ。


そんなティエラの様子を傍から見て、クスクスと上品に笑うミーラン。


「ティエラちゃんてば、あれだけ魔物を使役するのに葛藤していたのに、まさか殲滅するとは……」

「ミ、ミーラン様! ち、違います! いえ、違わないんですが!」

「ふふ、冗談よ。初の実戦だもの。加減が分からなくても仕方がないわ」

「も、もう! お、お姉さまみたいな冗談を言わないでくださいませッ!」


拗ねているティエラのなんと可愛いことか。

ティエラとミーランも、ここに来るまでで大分打ち解けてきたようにも見えた。

さて、ならばここらでサプライズだ。


「改めてティエラ、取り敢えずは初の式鬼の使役おめでとう」

「あ、ありがとうございます。お姉さま……」


頭を撫でてあげると、うつむき気味に顔を赤らめもじもじとするティエラ。


「そんなティエラに私からのプレゼントよ! リア!」

「はい、かしこまりました」


リアが森の奥の茂みへと迷いなく一人進んでいく。

まだ少し恥ずかしげなティエラだが、小首を傾げて森の奥へと進むリアの背を視線で追う。


アレを見たらさぞ驚いてくれることだろう!

ティエラは可愛いものが好きだし、きっと喜んでくれるはず。


「あの……お姉さま。リアは何処に?」

「ふふ、今にわかるわ。それよりリアが戻るまで、ジャックフロストに魔力を与えて、怪我を回復させておいたらどうかしら?」

「あっ! そうですね! ……失念していました」


ティエラは瀕死のジャックフロストに近寄り、そっと両手で救うように優しく持ち上げ、魔力を分け与える。

ジャックフロストは六級の魔物なので、少量の魔力でみるみるうちに傷跡が回復する。


そんなティエラの、絵画に描かれる女神のように美しい慈愛の回復を見つめていたら、ガサリと茂みから音がしてリアが戻ってきた。


「おまたせいたしました」

「わ、我の首の付け根を持たないで頂きたいのですにゃあ!」


リアが雑に持ってきたのは、黒と白の体毛を生やした身長は80cm程のぶちねこ。

ケット・シーという妖魔である。

無駄に立派な貴族的な衣装にマントを羽織り、金の王冠を被っている。


「私からティエラへのプレゼントよ! 精霊種妖魔のケット・シーというの! もうすでに話はつけてあるわ!! ティエラに一切デメリットない完全優位の血盟使役をすることを確約してもらったのよ! さ、早速ティエラの式鬼にしちゃいましょう!」

「えぇ………………」


◇◇◇


いつのまにか日課のようになっている、ミーランとの深夜の森の散策。

ミーランはどうにか法術を扱おうと研鑽し、私は私で魔術や魔法等の常識を覚えながら、魄の強化にも務める。

お互いが持つ知識を分け与えて、各々研鑽している。


そんな時であった。

結構離れているが、こちらを伺う妖魔の気配。

ティエラは気づかなかったようであるが、私とリアはすぐに気づいた。


「ルーナ様、妖魔がこっちを探っている様子です」

「ええ、特五級程度ね。魔力量はおおよそで三万程度かしら?」


さして驚異にもなり得ないが、もし誰かが使役している妖魔だとしたら、気配で探るだけでなく単純に私達の姿が見られでもしていた場合は、非常に面倒な事態になるかもしれない。

そんな事を考えていると、ティエラも同じ意見だったのか『姿を見られた可能性もありますのでこちらから出向きに行きましょう』と提案してきた。

私も同じ行動を取る予定だったので、もちろん否はない。


「それじゃあ、転移の法術で一気に対象の眼の前まで飛びましょうか」

「はい、ルシフェル様! もし危険だった場合はわたくしが盾になりますのでご安心ください!」

「いいえ、ルーナ様には私が盾になります」


私狂信者の肉壁宣言は置いといて、別に特五級程度の妖魔なら盾になる必要もないはずだ。


「そんな身構えなくても問題ないわよ。さっさと行くわよ」


リアとミーランが近くに寄ってくる。

足元には法術陣が展開され、一瞬で法術陣が私含めた三人を光で照らす。


そして瞬時に視界が変わる。

目の前にいたのは、木の枝の上でこちらを驚愕の表情で見つめる二足歩行のぶち猫であった。

その頭には、くるくると回って浮遊している金の王冠。

それだけでどんな妖魔か察する事が出来た。

かなり珍しい妖魔だ。

しかしそれにしては魔力量が低すぎる気もするが。


「不躾な視線を感じたので、私が自ら出向いてやったわ」

「にゃ!?」


瞬時に逃走を図ろうとしたぶちネコに対し、小さな甲高い魔法音が鳴り、私の周囲の地面から二本の鎖が飛び出し、物凄い勢いでぶちネコを捉える。


「にゃああああ!!!!」

「ルシフェル様、さすがの早業です! 魔法も随分と上達いたしましたね! 殆ど魔法音も聞こえませんでした!」


ミーランが言ったように鎖で捉えるための術には、法術ではなくあえて魔法を使って拘束してみた。

鎖で雁字搦めになったぶちネコに対し私は余裕のカーテシー。


「初めまして、ケット・シー」

「な、な、貴様、我の事を何処で知った! 何奴じゃ!」


やっぱりそうだったか。

姿かたちからなんとなくだが、察しはついていた。

ケット・シーの私に対しての発言に、後ろに控えるようにしているミーランとリアの静かな殺気が飛び、ケット・シーの顔色を悪くする。


「リア、ミーラン。ちょっと考えがあるから殺さないようにね」

「畏まりました」

「……ルシフェル様が仰るのならば」


リアは静かに殺気を消したが、ミーランは不承不承といった態度だ。

そして私の考えというのは、この妖魔をティエラへのプレゼントにしよう! という事である。

魂魄を覗いてみて分かったが、このケット・シーは誰にも使役されていない。

それに比較的温厚で悪い妖魔でもない様子。

ともあれ、ティエラに使役させるにはケット・シーを納得させなくてはいけないため、力技で屈服させる事とする。

それが一番手っ取り早い。


そうして私は普段の魂をルシフェルのものに切り替える。


「にゃ!!!!????」


さすが妖魔だけあって他者の魂魄を探る術は、人種とは比べ物にならない。

そしてルシフェルモードの私を前にして、気を失うこともない精神力。

顔は盛大に引きつったような、変な顔をしてはいるが……。

うん、ティエラの護衛としては及第点といった所だろうか。


「さて、改めましてケット・シー。私は悪魔族七大罪が一人、傲慢の魔神ルシフェル。受肉したこの人の身での名はルーナ=カルローネよ」


ネコの表情はなんとも読みづらいが、私の魂魄を感じたのなら嘘ではないと分かるはず。

緊張からなのか、威圧感に気圧されているのかケット・シーは何も言わない。

ならもう無理やり要件だけ突きつけよう。


「さて貴方には二つの選択肢が。一つは死ぬ事。もう一つは私の妹に絶対の忠義を尽くして式鬼となること。ソレ以外の選択肢はないわ、さあどちらにする?」


しばらく逡巡したあと、観念したように声を絞り出す。


「――――にゃ……し、臣従、いたします、にゃ……」


その答えが聞きたかった! 花丸満点をあげましょう!


「結構です! さあさあ、では血盟使役の条件を詰めましょうか」


手を叩いて鳴らし、魔法で出来た鎖を消すとケット・シーは逃げることもなく、項垂れたままである。


「にゃあ……」


そんなケット・シーと対照的な上機嫌の私はさっそく血盟使役の契約内容を告げた。


◇◇◇



という武力で脅した経緯はティエラには話せない。

私がルシフェルその人である事も、ティエラに告げる事は許さず、もちろん秘密厳守だ。

あれでもケット・シーは頭が良いので、下手な真似はしないはず。

なにせ私の不興を買えば、死後の魂も私が担当するとも脅したのだ。

つまりそれは死んだ後にも救いはなく、それでいて永遠の責め苦を味わうハメになるのだ。


ケット・シーは私の妹がどんな人物か知らなかったため戦々恐々としていたようだが、ティエラは少しだけ引っ込み思案な大人しい性格の、ただの超絶美少女である。


ケット・シーが血盟使役の契約内容を告げたりと、それに緊張しながらも頷くティエラを見て、ほんの少し会話しただけでもティエラの人となりが多少なりとも分かったのか、ケット・シーは露骨にホッとしている。

そんなケット・シーを見て、おどおどとした様子のティエラがケット・シーに手を差し伸べる。


「あ、あの、これからよろしくお願いしますね?」

「う? うむ。我が命に変えても主を守ろうではないか」


ケット・シーも差し出されたその手を握り返す。

ティエラはふわふわの手と肉球が気になるのか、心なしか瞳を輝かせて「おー……」と感動しながらケット・シーの手をもみもみしている。


ケット・シーも肉球をモニモニされている事に、嫌そうな様子は一切みられない。

まあ、それもそのはずで、死後の命運も全て私に握られているのだから、私が溺愛しているティエラに対しては寛容でいるはずだ。

ケット・シーはこれから文字通り命を賭けてティエラを守ることだろう。


ティエラとケット・シーの初々しい関係をほっこりと眺めていたら、ミーランがケット・シーを背後から抱き上げる。


「んにゃ!?」

「そういえばわたくし聞いていませんでしたけど、貴方は何が出来るのですか?」

「ん? 我か? 魔術や魔法に関してなら深い叡智はあるぞ。なにせそれなりに長生きしておるからな」

「叡智……あのケモノよりは道理を弁えてそうでいい感じですわね」

「ケモノ……? まあ、自分で言うのもアレではあるが、我はそれなりに珍しい妖魔であるのだ。なにせ我の種、ケット・シーとは我一匹を呼称するもの故にな」


ミーランにだらりと両脇を抱えられたまま、偉そうにドヤ顔をするネコ。

その様子をみているティエラは小声で、かわいい……、と呟いており宝石のような瞳がキラキラと輝いている気がする。

そんなティエラが可愛くてたまらない。


「ケット・シーさんは凄いんですね!」

「うむ。なにせ我は猫の王であるからして、各地の猫を全て従え命令する事が出来るのだ!」

「あまり使えなそうですわね」


ティエラの言葉に機嫌よく答えたケット・シーだったが、リアはバッサリと切り捨てた。

しかしミーランは、別の感想を抱く。


「それなら情報収集に関しては相当な能力、という事ですね……」


全ての猫を従えているならば、猫を飼っている貴族なんかの情報はほぼ筒抜けだ。

ネズミ狩りのために、猫を飼う貴族はとても多い。


「うむ、我の主がそれを求めるのならば、情報を集める事も出来るぞ」

「あ、ありがとうございますケット・シーさん」

「主よ、そのケット・シーさんというのは辞めた方が良いぞ。血盟使役であるが、契約の内容では主の方が優位なのだ。妙に謙る事もない、なにか呼び名が欲しいところだが――」

「で、では実は呼びたかった愛称がピピンときてたんです! シーたんとかはどうでしょうか!」

「それは――」


ティエラの頼みを断りそうな雰囲気を察知し、ケット・シーことシーたんを睨みつける。


「よ、良い名! よい名であるな!! 我は気に入ったぞ! 主殿!!」

「気に入って貰って良かったぁー。あ、この子はゆきリンにしたんです。シーたんと同じく私の式鬼なんですよ」


そういってティエラは両手にのせた一匹のジャックフロストを、猫の王シーたんに見せるよう紹介する。


「うむ、魔物ではあるが、我と同じく精霊種か。同輩よ、これからよろしく頼む」


ジャックフロストことゆきリンは、分かっているのかピョンと一飛して挨拶を返す。

精霊種の魔物は比較的他の魔物よりは賢く、人の言葉を多少なりとも理解出来ているとのことらしいので、本当に理解出来ているのかもしれない。


そうして目的を終えた私達はここに来るまでの移動方は使わず、帰路はゆっくりと歩いて帰る事にした。

もちろん理由はティエラと少しでも長くいたかったからである。


魔物避けのためにリアが全方位を魔力で威圧しているため、魔物は襲ってこないが、感覚の鋭いシーたんは終始ビビリ散らかしていた。

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