悪魔の修行
真っ暗な深夜の森の中。
魄を鍛えるための、魔物狩り。
「見つけたっ!」
身体を強化する法術を用いて、猿のような魔物との距離を一瞬で詰める。
そのまま右手に持った短刀を使って、その喉頸を掻っ切る。
本来ならば千変万化の法術を使えば、遠距離からだろうと瞬時で殺せる相手。
しかしそれでは意味がない。
首元から噴水のように溢れる緑の血液は常時展開している法術の結界により、一滴たりとも私のもとへ通すことはない。
流石に血に塗れるのは勘弁願いたいのだ。
魄は魂と違って、肉体を動かす事で器を大きくすることが出来る。
自身の魂魄は、両親の魂魄に影響される場合が多いというのが通説だ。
不変とされている魂器などは、分かりやすい例だろう。
大きな魂器を持つ者同士の夫婦の子は、それ相応の大きな魂器を宿して産まれてくる割合が高い。
そして魄器も同様に〝成長率〟という点で両親の魂魄の影響を受けているらしい。
故に武家生まれの貴族などは、学園で同じ訓練を受けていても、魄器が他より格段に上がりやすい傾向にあるとミーランが言っていた。
私の魂器は初代ルーナ=カルローネと同じく4万8000程。
それだけでも、今の時代では充分すぎるほど。
しかし私の本性は悪魔である。
その悪魔の魂も保持しているので、魂器に貯まる魔力量は無尽蔵といっても過言ではない。
だが魄に関しては初代ルーナ=カルローネと同じで、いわゆる『人間として優秀』程度なのである。
その莫大な魔力で強力な身体強化などの法術を扱えるといっても、本来の肉体的スペックは人間の令嬢のそれである。
身体強化の法術はかける強さを制限でもしなければ、自身の体を容易に自壊させてしまう。
初代ルーナ=カルローネ嬢の生家であるグラディウス家は領内に国境線を預かる、武家として名高い高位貴族であった。
そのため初代ルーナの体を持つ私も魄器の成長率は高い方だと思われる。
だからこうして早いうちから完全な身体強化の法術を扱えるように、今も魄を鍛えるべく朝から晩まで、暇をみつけては訓練漬けの日々を過ごしている。
そもそも身体を強化する法術はあるが、身体強化の魔術や魔法は存在しないのだ。
地道に魄器を鍛え上げて身体能力を上げるしかない。
正直なところ法術を扱える自分にとっては、肉体強度の底上げにあまり意味はない。
それでもただの人間に負けるのはそれはそれで悔しいものがあるので、除々に魄器の最大値を上げている。
その他にもミーランに手伝ってもらい、魔術や魔法の訓練も並行して行っている。
世界の理を知った者が扱える神術や、魂器が10万を越えなければ扱えないとされる法術しか私は知らないのだ。
そもそも法術の扱える条件が『魂器が10万を越えている事』という事すら初耳であった。
魔素から魔力へ変換する過程。
それは本人の渇望によって、いかようにも変質する。
特に魂器の高いものはそれが顕著である。
故に10万を越え、更に上を目指す高い克己心を持つ者は、魔力が圧縮するように変質する。
圧縮された魔力は、今の時代の一般的な魔力とは隔絶した力を持ち、別の理で動く。
それを理解して掌握し、扱える術式を構築すれば法術が発動する。
おそらく魂器10万というのは、殆どケモノと変わらぬ下級悪魔や下級天使が、確固たる自我と知恵を獲得する基準点が魔力総量10万(精神生命体には魄がないので魔力換算)であるのに関係しているのかもしれない。
システムさんでも人種全体の魂魄がここまで減るのは予想外だったのだろうか?
なんだか安易な対症療法というか、元々の精神生命体の世界のルールをそのまま転用したように感じる。
あるいはそもそもの世界のルールとして、初めからそうだったのかもしれないが……。
その答えを知るのには、世界を簡単に創造しうるような高次元種族になるしかないと思われる。
もともと法術は誰しもが、簡単に扱えるはずの技術だった。
今では神話時代とも呼ばれている時代では、人種だろうとみんな法術を扱っていた。
人種の魂魄が、時代が下ると共に徐々に小さくなっていったのには、キチンとした理由がある。
リアやミーランは詳しく聞きたがっていたが、そんな過去の話なんかよりも私には切実であり、切羽詰った事情があるので軽く話した程度だ。
その事情というのは、私が魔術や魔法を使えないという事。
厳密に言えば使えないわけではないのだが、その論理を詳しく知らないのだ。
人々の魂魄が徐々に小さくなっていき、法術を扱えない者たちが多く現れた時代。
法術の代わりとして扱えるように法術をベースとして人が作り出した、新たな理。
魂器の魔力だけで術を放出する法術だ。
しかし魔法は魂器に加えて、魄器も交えて1:1の魔力で術理を構成し術を行使する。
そして魔法行使すら行えない者が現れた時代に創られたのが魔術という、魔法をベースとして更に別の理に変えたもの。
魔術も魔法も人の手で生み出された技術であるため、私はそれを知らないのだ。
しかしそれでは貴族社会、ひいては人間社会で生きていくのは難しく、そして私には学園の入学も近づいている。
だからこそ今もこうして魔法や、魄器の成長を促す訓練をしている。
◇◇◇
上手く肉体を動かす事が出来た事に、少しばかし気分が高揚する。
今でこそ肉体に付随する過剰な感情に振り回される事も減ってきたが、それでも未だ慣れることはない。
短剣についた血糊を一閃して周囲に飛ばす。
その際、ミーランに教わった清浄の魔法を使って短剣からすべての血糊を落とす。
「ルシフェル様、最近はなんだか楽しそうですね?」
「ええ、なんていったってようやくティエラに会えるのだもの。日々が待ち遠しいわ」
そう、切羽詰まった事情というのは何も学園入学だけに限った話ではない。
私はティエラの素敵なお姉様であるために、魔術も魔法も完璧にこなして、ティエラから憧れるお姉様であり続けなければいけないのだ。
「ティエラちゃんと言うとルシフェル様の愛しの妹君ですわよね? 会いたければいかようにもやり方はあると思うのですが?」
そんなミーランの純粋な疑問に、私は少しバツが悪くなって苦虫を噛み潰したような表情で、ミーランの純粋な視線から顔をそらす。
リアもどう言っていいかのか、と少し困っている様子。
そんな私達の態度にミーランは小首を傾げる。
「ええと……?」
まあもともとミーランには情報を共有するつもりであったのだ。
今のうちに話しておいた方がいいか……。
◇◇◇
「つまりルシフェル様とティエラちゃんのアレロパシー? 魂魄が共栄作用していたせいで、ティエラちゃんの魂器が恐ろしい速度で上昇してしまっていたために、10万を越えないよう今まで接触を断っていた――というわけですか?」
「そういうことよ……。気づくのに大分遅れてしまったのよね……」
「なるほど、そんな効果があるとは知りませんでした。なぜあの白鐸はそれを伝えなかったのでしょうか?」
まあ、アレロパシーの情報が広がるのは良い事ばかりでもない。
国に混乱をもたらす事を白鐸は良しとしないのだ。
恐らくそんな理由で、敢えて教えてこなかったのであろう。
実は白鐸もアレロパシーを経験し、精神契約をした珍しい妖魔である。
その本心は私が知る事はないが、リアが私を慕ってくれるように、そして私がティエラに向ける愛情と同じような気持ちを白鐸は初代国王に抱いていたのだと思うと、軽々しく口にするのも憚れる。
「まあ、白鐸の事だから色々考えがあってのことでしょう」
「ルシフェル様がおっしゃるなら、そうなのでしょうね!」
やはり全肯定信徒だ。
ここまで全肯定されると盲信というか、そもそも思考を放棄している可能性すらある。
リアも同じ感じである。
だからこそ頭の良いはずの二人が、私にはとてもお馬鹿に見えてしまう。
「それに実は私達が受けた『魂魄宣言の儀』に使われている、あの魔道具はわりと面倒なのよ。私が使われる分にはいかようにもやりようはあるのだけれど……あの白杖はもともと魂器の数値が出てくるのは副次的効果のようなもので、その本来の使用目的は法術行使に耐えうる魂魄を探る魔道具なのよね。だからこそティエラには余計な騒動に巻き込まれる事もなく、平和な人生を送れるように、恙なく『魂魄宣言の儀』を終えてもらう必要があるの」
ほえーといった様子で目を瞬かせるミーランとリア。
ちなみにミーランは、私のシスコンぶりには特に何も思うことはないようである。
どうやらミーランも仲の良い兄妹がいるらしいので、もしかすると彼女もブラコンであるのかもしれないなあ。
そんな事を考えていると、ミーランは「あれ?」と小首を傾げる。
愛らしい容姿と相まってあざとい仕草だが、数年の付き合いでこれが彼女の素であるのは既に分かっている。
「けれど、今後は頻繁にティエラちゃんと接触する予定なのですよね? ならいずれ10万を超える事は確実ですし、今の今まで接触を断つような事をせずとも良かったのではないのでしょうか?」
最もな疑問である。
しかし、あの魂魄宣言の儀に使われている白い(杖に変形する)腕輪が問題がなのである。
「あの白杖に法術適正を見出された場合、自壊する仕組みになっているのよ。大勢の貴族の前でそうなってしまえば、確実にティエラは大陸で十数人としか行使出来ないとされている、法術士の道を進まされる事になるでしょ? あの厄介な魔道具に察知されずに儀式を恙なく終わらせれられれば、別に今後魂魄がいくらあがろうと、法術を正しく扱える知識を持つものが周りにいなければいいのよ。独学で法術の理を解釈できる人種なんて天才中の天才と呼ぶべき存在よ。法術の教え――理は先人に施されて、ようやくいっぱし法術士となるのよ。廃れた過去の術式の理なんて、師がいなければ知ることもできないし、なんの問題はないわ」
恐らく魂魄宣言の儀で法術行使が可能だとわかれば、大陸中にティエラの名が知れ渡る。
そうなれば最も高い予想としては学園理事と名高いプスタータあたりの弟子となるとか、それでなくても他の法術士が法術を教えようとティエラに近づく事もあるはず。
法術士は力があっても、その才のあるものに出会うことなど殆どないに等しい。
自身の編み出した法術を次世代へと繋いでくれる後継を育てたい、という気持ちがあっても不思議ではない。
もしそうなれば希少な法術士として、ティエラが面倒な立場に立たされるようになるのは必須。
カルローネ家の跡取りとして、後継者争いになるのも目に見えている。
私はティエラと争いたくなんてない。
しかし周りはこぞってあらゆる手を尽くし、私達姉妹を争わせることだろう。
私は力があっても、それらに対抗するような謀略には向いていない。
「まあそれでも、ティエラが天才魔法師として持ち上げられることは確かだろうけれど、そこは私がいるから問題ないわ。幾ら規格外の優秀さを持とうと、その上の規格外がいれば何も問題はないでしょう? そして最も確実性を高めるために、ミーランにもティエラより優秀な天才魔法師としての名声を確固たるものとしてもらうわ」
「なるほど。もしかしてそれでわたくしに加護をお与えになってくださったのですか?」
「もちろんそれもあるけれど、人種の協力者として最も私に近い位置にいる貴女が、相応の力を持っていないと足手まといになるでしょう?」
そうなのだ。
実は私は既にミーランに私の加護を与えている。
彼女は上位悪魔の加護を得て、魂器を5万1000という結果を出した。
悪魔の加護には信仰心の強さによって、同じ位の悪魔の加護であっても魂器の上がり幅は異なる。
ミーランのような狂信者であれば、上位悪魔の加護を上限いっぱいの恩恵を受けていた事であろう。
そして現在十一歳の彼女に、私は『七大罪の加護』を与えていた。
悪魔である私は他者の魂魄を認識できる。
あえて今の彼女の魂器を数値化しようとするのならば、12万といったところだろうか。
ちなみに複数の悪魔から加護を得る事は出来ない事もないがまずやらない。
薬も他の薬と混ぜれば毒となるように、他の悪魔の加護と一緒に私の加護を与えた場合、彼女本来の魂魄に二つの悪魔の力が混ぜ込まれる形となる。
それは決して良くない事であり、ミーラン自身の魂魄がひしめき合う二つの悪魔の力に耐えられきれず崩壊する恐れがあった。
そのため上位悪魔の加護を外して、私の加護を付与した。
悪魔や天使の《加護の付与》というものは、精神生命体の特性魔法の一つである。
他者に力を分け与えて、その者に下界の多くの生命を殺してもらい、魂魄を収集してもらう事は生贄の献上と同じ意味がある。
上位悪魔の知り合いは少ないので、まったく知らん悪魔の加護なんぞどうでもいいとペイっと放り投げるようにミーランの加護を外したのだが、その際分かったのがその上位悪魔の加護はニスロクという、私の城の料理長であった。
悪魔や天使は信仰や畏怖といった、下界の生命の感情によっても自身の存在力を高める事が出来る。
その他の方法で自身の存在力を高めるのには、精神生命体の特性魔法の一つである絶対遵守の《契約》を使い、一つ願いを叶える代わりに、贄を用意させるのがもっともセオリーなやり方である。
そしてもう一つは《加護》を与える事だ。
人種に加護を与える際には、自身の特性魔法を使った《契約》と《加護の付与》という二つの特性魔法を使って行われる。
人に加護を与えるのには、まず先に悪魔側が多少の魔力を渡す事になる。
先行投資というやつだ。
しかし、渡した魔力全てを人が完全に受けられる事はなく、多くて約半分程度。
2万の魔力を悪魔が渡すとしたら、加護を受け取った側は最大で1万の加護しか受けられない。
それも信仰心によっては1万以下にもなるのだ。
故に悪魔や天使は、特に信仰心の強い者を優先して加護を与える。
その加護を纏った人間が死んだ際には、加護を与えた其の者が奪った命――つまり加護を纏って魔力を使い、多くの魂魄――生命――を奪った魔力と、加護を与えた際の魔力が悪魔自身の元に帰ってくる《契約》をする。
人種にとっても悪魔にとってもWIN&WINの契約である。
そして《加護の付与》というものは、人種側から請われなければ、与える事が出来ない正当な《契約》である。
もし精神生命体の自由意思でポンポンと加護を大盤振る舞いすれば、悪魔や天使があちらこちらに、加護をばら撒いて下界は混沌となるだろう。
ちなみにこの加護の付与は魔物や妖魔には、与える事ができない。
そのため悪魔にとっては、悪魔を信仰している魔族はとても貴重な資源だ。
天使にいたってはアンヘル教の教えもあって信仰から多くの魂を得ている者が多い。
そして悪魔のように、本能で魂を奪いたいとも思っていないので、わざわざ物質界へ魂を刈り取りにいくような真似はほとんどしない。
それにしてもニスロクには申し訳ない事をしてしまった……ごめんよ、貴方の加護を受けていた熱心な信徒を横取りしてしまった……。
けれどそもそも、加護を外された事にニスロク自身気づいていない気がする。
なにせ、この加護の付与はかなり変則的なやり方で行われているからだ。
人種が悪魔の加護を他者に譲渡するというのも異常だが、その際適当な悪魔を見繕ってサタニストのトップが信徒に悪魔の加護を分け与えているらしい。
どういう方法をとって加護を分け与えているのかは憶測の域を出ないが、決して不可能なことではなく色々とやりようはある。
どうあれ私はニスロクの絶対遵守の《契約》を破ってしまった形になり、本来ならばミーランには《契約違反》により壮絶な死が待っているはずであった。
しかしそうはならない。
それはサタニストの制度にある。
サタニスト内で出世すると、契約する悪魔の加護もより上位のものに変わるので、サタニストは悪魔と変則的な契約を結んでいた。
『加護を与えた人物が死んだ際』ではなく『加護が外れた際』に、其の者がいままで奪った生命の魂と、借りていた加護という魔力を返却するという契約を結んでいるらしい。
サタニストでは、
《大司教》には《大悪魔の加護》
《司教》には《高位悪魔の加護》
《司祭》には《上位悪魔の加護》
《助祭》には《中位悪魔の加護》
《一般信徒》には《下位悪魔の加護》が与えられる。
そして精神生命体の特性魔法である《加護の付与》と《契約》という二つの特性を把握しており、変則的な《契約》を交わしたという事は、サタニストのトップは完全に悪魔という存在を熟知していなければ出来ない芸当をやってのけている。
そのうえこれは、サタニストという組織の制度自体に非常に高度な法術をかけて、悪魔との契約を成り立たせている。
むしろこれは法術というよりは、組織というごく小規模ながらも、『世界のルールを書き換える』という神術に近い術式だ。
サタニストのトップは間違いなく天才である。
いずれはそのトップと思われる大司教に直接会いに行くつもりであるが、今はまだ時期尚早。
その正体が何者なのかは、ある程度の検討はついている。
恐らく不老の存在である高位種族だろう。
それならば悪魔の知識が豊富なのにも頷けるし、悪魔を信仰するという理由も分かる。
その人種がなんの高位種族なのかまでは分からないが、対面する日が実に楽しみである。
○ ● ○ ● ○
主に黒を基調とした赤い刺繍に引きずる程長いローブが大司教の聖装。
魔神ルシフェルの長い黒髪と赤い瞳を模しているものである。
各大司教はそれぞれが、自身の縄張りを持つ。
しかし大陸規模での縄張りなので、国ごとで縄張りとして分けられている。
表向きは七人の大司教をトップとしているが、サタニストの実情は《巫女》という役割についている『魔神の加護』を持つ人物が仕切っている。
その事実を知るものは、七名の大司教しか知らない。
《巫女》というのは悪魔と人を取り持つ、教会でいう聖女の役割であり、遥か東方のイルシオン共和国の文化でそう呼ばれている役職があるらしく、そこからとったものだとか。
いつからサタニストが存在しているのかは、長命種でさえも知らぬと答える程であるため、大司教の役職も何度も代替わりを果たしている。
強国並の戦力に、大陸中に根を張り、あらゆる情報が届く。
そのサタニストの絶対的な力と権力に守られ、世界的な犯罪組織の大幹部であるはずの大司教が『年齢を理由』に自ら辞した者もおり、皆がなにかの冗談かと疑ったが、その後の彼は表の人生で静かに暮らし命を自然に終えた。
平和的に世代交代が行われる一方、失態による粛清などで席が空く事もある。
それらの選別は全てが《巫女》の一存に委ねられている。
地道な出世による優秀な司教や、大司教直々の推薦によって、大司教としての初めての席につく者はまず、みなが一様に、自身が他の六人をいかに出し抜き、組織を我が物とするか、という野望を持って円卓の席に座る。
しかし円卓の一段上には、玉座が佇んでおり、初めての会合に参加したものは、まずその玉座の意味を考える。
表向き対等な立場の七名ということで、円卓が必要なのは分かるが、それ故にその玉座はなんのためのものかが分からない。
そして知らされた事実。
サタニストの本当のトップは《巫女》というハイエルフの存在であるという事実を告げられ、同列の六人を出し抜いたとて、まだ上が存在するという落胆と共に、それを知らされるという事そのものが大幹部にまで登り詰めたという実感に震える。
そして次に巫女の正体を告げられると、頭が一瞬追いつかなくなる。
まさかこの御方は裏と表から世界を支配しようと企んでいるのか? 色々な考えが脳裏をよぎる。
そしてその次の瞬間には、ここに至るまで様々な修羅場を潜り抜けてきたであろう、どんな豪胆な人間でも必ずその顔は青ざめ、蒼白さを通り越して真っ白になった表情でカチカチと自然と歯を鳴らしてしまう程の恐怖を覚えてしまうのだ。
これは大司教という椅子に座るための、洗礼とも呼べるもの。
誰もがみな初めは同じ事を考え、この場にやってきて、そして同じように戦慄するのだ。
彼女が正体を告げるとともに被っている薄いベールをめくり顔をあらわにすると、その作りものめいた美しさよりもまず先に、その加護の強大さに畏怖を覚えてしまうのだ。
悪魔の加護を持つものなら、同じく悪魔の加護を持つものを判別でき、その加護の強大さで、上の人間か下の人間か分かるのだが、それは徹底した秘密主義組織の符丁という程度の役割としか認識していなかった。
しかし、その認識はあっさりと覆される。
今まで感じた事のない程の強大な悪魔の加護。
いや、悪魔などという生易しいものではなく、まず間違いなく魔神に連なるような存在から授かった加護であるのだろうと断言できる。
魔神ルシフェルの存在どころか、七大罪の存在すらまともに信じていなかった者であっても、彼女から発せられる強力な加護を感じ取れれば、ルシフェルという本物の神は存在するのだと実感出来た。
その後、彼女は慈愛の笑みを浮かべて優しく告げる。
『我らが神に心惹かれ、私や他のみなと同じ志で仕えようという気概を持つ若き新たな同胞よ、私達は君の大司教就任を歓迎する』
それは朗らかな歌声か何かに聞こえた。
朗々と紡いだその言葉は自然と心の奥深くに入り込むような。
他人のために自身を捧げるなど考えもしなかったはずなのに。
それが今では巫女様や神々のためならば、自身の存在をなげうってもいいとまで思えてしまうほどの神聖な何かを感じ取られた。
そうして感涙の涙がこぼれ落ちる直前、魔力の嵐が吹き荒れる。
実際はなにも起きていない。
唯一変わったのは巫女様の気配だけ。
それは巫女様が恐らく今まで、生涯を通して隠蔽していたのであろうその術を解き、その上でわざと見せつけたのだ。
自身の魂魄を――そしてそのうちに秘められている膨大な魔力を。
涙は引っ込み、一瞬で身体全身が強ばる。
加護だけではなく……実力も桁が――いや次元が違う。
この場に来れられるだけの優秀さを持つものならば、大陸に十数人といる何名かの法術士とは直接対面して話したこともあるが、それすら眼の前の人物と比べると、ドラゴンと小さなトカゲのような隔絶した魔力。
眼の前の彼女こそが悪魔であると言われても納得できる。
そうであればどれだけよかったか。
しかし違うのだろう。
悪魔は基本的には嘘などつかない生き物なのだという。
故に彼女は人種であり、その彼女が敬愛し、信仰する存在はこれを遥かに超えてくるのだ。
その規模はあまりにもスケールが違いすぎて、想像が追いつかない。
これは洗礼。
決して反抗せぬよう。
裏切らぬよう。
むしろ反抗や、裏切りなど考えもしないようにするために。
そうして、わざと自身との格の違いを見せつけたのだ。
そう理解した頃には目の前の少女からは、先程までの威圧感は綺麗さっぱり消え失せていて、未だ地に足がつかぬ感覚がのこっている。
ああ――ここで下手な野心等を持たず早々に心が折れて良かった……。
彼は心底そう思い、頭を垂れ、現れたな大司教として就任することになった。




