表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔神の受肉~悪魔が下界で貴族令嬢に擬態します~  作者: 烏兎徒然
ニ章 悪魔の冒険譚
16/25

ティエラの気付き

幼い頃のわたしはただ純粋にお姉さまを慕っていて、お姉さまが褒めてくれるだけで幸せで、たくさん甘えてきた。

小さな屋敷が世界の全てのように思えていたあの頃は、お姉様さえいればこの世に怖いものなど一つも存在しないという絶対的な安心感すらあった。


もちろん永遠なんてものがない事を私は知っている。


一生お姉さまと一緒にいたいと、漠然とした願いはあれど、それでもいずれは、各々の道を歩みはじめる日が来る事も理解しているつもりであった。

けれど考えてみてもやはり実感はなくて、お互いが離れ離れになるのは遥か遠い先の話の事なのだと。

そんな儚い幻想は一瞬のうちに音を立てて崩れた。


――私が五歳になった頃、唐突にお姉さまから引き離される事となったのだ。


本館に来て母上や父上と一緒にお食事を取ったり、たくさんお話が出来るのは嬉しかった。

貴族の子供は幼少期を別邸で暮らす事となっており、五歳になってようやく本館で家族と共に生活することが出来るのだとその頃に知った。


けれど、とうに五歳を過ぎているはずのお姉様はなぜか別邸で過ごされている。

そして私だけが本館で過ごしている事に疑問を覚えるのは必然であった。


もしかしたらお姉様は、別邸のほうが過ごしやすいからこちらに来ていないだけなのかもしれない。

そうであればいいと思う。

そうであってほしいと願う。

けれど、そうではないのだろうと直感が告げている。

父上と母上の会話から、一切お姉様の話題が出て来ない事がとても奇妙に思えたのだ。


◇◇◇


一度父上に「お姉様にお会いしたいです」と、おねだりした事があった。

父上はとても優しい人で、いつも私のお願いを叶えてくれる。


――だからきっと大丈夫。


そう思っていた私に、目線を合わせるように屈んだ父上は、私の両肩を掴んでまっすぐ私の瞳を見据える。

いつもの通りの優しい口調に、普段どおりに優しく微笑む父上。


「いいかい、ティエラ。君はカルローネ家の次期当主となるのだ。アレは何も出来ない出来損ないだから別邸にいるんだ。ティエラに悪影響があってはいけない。今後アレと会うのはもう辞めなさい」


背筋に虫が走るような怖気を感じた。

いつも優しいと思っていた父上の瞳に、とてつもない狂気を孕んでいるのが垣間見えたからだ。

私が幸せだと感じていた全ては、虚像であったのだと突きつけられる。


お姉様が出来損ない? そんな事は絶対にない。

お姉様はいつだって私にたくさんの事を教えてくれていたのだ。

それは父上の連れてきた教育係なんかよりも、ずっと分かりやすいものだった。

けれど、それを言ったところで父は意見を翻す事はなく、私を更に説得するだけなのだろう。

どうあれ、父上にお姉様の話をしてはいけない事だけは理解出来た。


「畏まりました父上。では、私は自室でお勉強していますね」

「おお! えらいぞティエラ、流石我が娘だ! 向上心があるのはよいことだな」


精一杯の作り笑い。

私の頭に大きな手を当て、よしよしと頷く父。

傍から見れば、さぞ理想的な父娘に見える事だろう。

頭の上におかれた手は、姉のソレとはまるで違う大きな手のひらで、その感触が妙に気持ち悪く思えてすぐにでも振りほどきたかった。


表情に出さず父上の書斎を出て、ゆったりと歩いて。

けれど徐々に足の動きは早まり、心臓も徐々に高鳴り、そして廊下を全力で走る。

私は自室へと駆け込むように逃げ込んだ。

わたしはいつも周囲の者達に甘えてばかりで、最愛のお姉さまの取り巻く環境にまで意識が及んでいなかった。

わたしは自分を恥じた。


お姉様はこの家では冷遇されているどころか、居ないものとされているのだとやっと気づいた。

別邸にいた時も、お姉様のメイドはリアの一人だけだった。

私にはたくさんの侍女達がいたのに、長女であるお姉様には一人も侍女はついていなかった。

今になって色々と考えてみれば、あの時も、あの時もと、欠けたピースが埋まるような出来事は常に身近にあった。

それなのに今の今まで気づけなかった。

それがとても悔しい。

それらに気づけず、呑気に笑って過ごしていた愚かな自分が憎たらしい。

ベッドにうつ伏せに倒れこみ、枕を強く抱きしめる。


あまりの己の不甲斐なさに歯噛みする。

力を入れすぎて唇が切れたのか、血の味が口の中に広がる。

この悔しさの血の味さえお姉様は味わう事なく、仕方がない事だと今まで受け入れてきたのだろうか。

そう考えると自然と涙が溢れた。


流れ出る涙は、お姉様への同情心ではない。

私の大好きな人が冷遇されているという事実が、とてつもなく悔しいのだ。


この屋敷でお姉様を思ってくれる人は私以外にいないのではないか、と考えたとき一人暗闇の中に放り込まれた気分になった。

味方がいないというだけで、人はこうも簡単に臆病になる。

きっとお姉様は常にこの暗闇の中にいて、一人で闘ってきていたのだ。


ベッドの上で横たわったまま一人考えていると、部屋の扉がノックされる。


「クーストースです。ティエラお嬢様少しよろしいですか?」


ベッドから起き上がり、急いで手ぐしで髪を整えて、ドレスのシワを伸ばして、淑女として最低限の身だしなみを整えた。

「どうぞ」と入室の許可を与えると「失礼します」と、一拍置いてクーストースが自室に入ってくる。


「それで、どうしたのかしら?」

「いえ大した用があるわけではないのですが……。なにやら只ならぬ表情で自室に駆け込むティエラお嬢様を見たと、屋敷の者が申していたので様子を伺いに来た次第です」

「…………そう」

「老骨の私如きでも力になれるような事でしたら何でもお話ください。姉君であらせられるルーナお嬢様からも、ティエラお嬢様の事を最大限気にかけるようにと、命をうけているので」

「お姉様が……?」


その言葉に衝撃を受けた。

そうだ、お姉様はいつだって私の事を気にかけてくれていた。

そんなお姉様が、私の事を頼んだという事は、少なくともクーストースはお姉様の信頼を得ている人物なのだろう。


私はクーストースとまともに会話をしたことがなかったので、その人柄はよくわかっていない。

白髪交じりの髪をピシっと後ろに流して固め、白いヒゲは綺麗に整えられている。

老齢であっても一切曲がっていないピンとした背筋。

それだけでも、なんとなく彼が真面目で几帳面な人物なのだろうと、ある程度の予測はつけられた。


クーストースはカルローネ家の家宰であり、同時に侍従達の纏め役もこなしており、とても忙しい立場の人間である。

けれどよくよく思い返してみれば、クーストースが別邸にいるのを何度か見かけた事があった。

あれはもしかしてお姉様の様子を伺いに来ていたのではないのだろうか?

事実お姉様は本館に立ち寄る事もないのにも関わらず、本館に収められている本を読んでいる姿を良く見かけた。

きっとクーストースが渡したものなのだろう。

……それならば、きっとクーストースはお姉様の味方なのかもしれない。


お姉様を慕う人物が私以外にも、この屋敷にいることに安堵した。

もう何も知らぬ無知な子供でいたくない。

未だこみ上げる口惜しさに、顔を伏せる。


「ねえ、クーストース……」

「なんでございましょうか?」


クーストースなら答えを知っているのではないかと、尋ねる事にした。


「お姉様はなぜ…………。なぜ、父上や母上との折り合いが悪いのでしょうか…………。私は口惜しいのです。なぜお姉様だけが理不尽な立場に追いやられているでしょう……教えてください、クーストース。お姉様と父上と母上の間に何があったのか」


クーストースは嬉しそうな、けれどどこか少し困ったような表情を見せる。

きっと幼い子どもに話す内容ではない、と考えているのかもしれない。

けれど、それでは駄目なのだ。

ずっと守られてばかりきた私に、お姉様へとなにか出来る事を探したいのだ。


「クーストース。私はお姉様の事が知りたいのです。どんな話を聞いても……私がお姉様以上に傷付くことはありません。お姉様の痛みを知り、理解し、共有し、そしていずれはお姉様を支えられる人間になりたいのです。クーストース、貴方もお姉様の境遇に何か思う所があるのではないのでしょうか」


今までのクーストースの行動と、お姉様について訪ねた時の表情でようやくわかったのだ。

私とクーストースは同じ気持ちである、と。

クーストースは少しのあいだ目を瞑り考える。

結論が出たのかゆっくりと瞼を開けば、碧い宝石瞳が表れる。

その瞳は決心した瞳にみえた。


「そうですね。私もルーナお嬢様の件に関しては常々口惜しいと思っているのは事実です。そこまでルーナお嬢様を慕っており、何より家族であるティエラ様が経緯を知りたいと願うのであれば、はぐらかす道理はありません。全てお話いたしましょう」


そしてクーストースはお姉様が冷遇される事となった経緯を教えてくれた。



◇◇◇



「それは……っ! それはあまりにも理不尽ですわ!!」


気づけば私はボロボロと涙を流しながら憤慨していた。


「ええ、その通り理不尽な事です…………」

「ッ! クーストースはそれを良しとしたの!? 今の今まで黙って見ていただけなのっ!?」


これは完全に八つ当たりだ。

従者一人が意義を申し立てたところで、当主代理である貴族の父上がそれを取りなす事はないだろう。


「…………ライポルト家は代々カルローネ家に忠誠を誓い、仕える一族です」


絞り出すような声でクーストースは語る。


「ティエラ様からすれば曾祖母と曽祖父に当たる御方と私は、従者として仕える一方で、御二方と幼馴染であり、友として仕えていました。そのお二人のお子である――ティエラ様の祖母様であるロミルダ様の教育係も務めあげた事もあります。そしてフィーリャ様と三代にわたって仕えてきた事は、私の誇りです。ルーナ様が生まれた時も、もちろん私が教育係を務めるものだとばかり思っていたのですが、旦那様はそれを許してはくれませんでした。それどころか屋敷の人間を極力近づけないように采配し、リア様しかルーナ様に近づく事は許されなかったのです。先祖還りであると分かる以前から、ルーナ様が特別な存在であるのはリア様を見れば一目瞭然。当初はそれ故の特殊な采配だと思っていたのですが、旦那さまはルーナ様を将来の政敵として、そして自身の立場を脅かす存在として認識しておられたのです。余計な知識を付けさせず、当主となれないように画策されているのだと、あとになって気付きました」


たしかにリアは妖魔であり、特殊な思考をしている。

そんなリアとだけしか関わりを持たない幼少期を過ごせば、必然的に偏った知識しか得る事が出来ず、カルローネの当主どころか貴族社会、果ては人間社会でも生きていくのが難しい事になる。

父上はそれを狙っていたのだろう。


けれど、お姉様はたくさんの知識を得ていた。


「え……でもお姉さまは…………」

「ええ、ささやかな抵抗として、私は毎日、屋敷の書庫から一冊の本をルーナお嬢様にお渡ししておりました。どうか正しい知識を得てほしいという願いからの行動です。そんな事しか出来ぬ自分を悔しくも思いました。……しかし、それは杞憂に終わります。ティエラお嬢様もご存知の通り、ルーナお嬢様は大変賢く育ってくれました。一を知れば百にも二百にも思考が及ぶ神童と呼ぶべき御方です。旦那様の目論見が潰えた今、ルーナ様は本邸であるこちらよりも、リア様のお屋敷で健やかに過ごしていただく方が良いのではないのかと、私は思っています」


クーストースも同様に苦悩して、葛藤していたのだ。

それなのにも関わらず、私はクーストースに八つ当たりめいた言葉を投げかけてしまった。


「ごめんなさい、クーストース。私は何も知らないのに、ひどい言葉を投げかけてしまったわ……」

「よいのです、ティエラお嬢様。なにより内気だったあのティエラお嬢様が、ルーナお嬢様のために声を荒らげるほどの怒りをもった事を私は嬉しく思っております」

「…………それはっ!」


たしかに今の私は少し感情的に過ぎた。

けれど、嬉しく思うと言うのはどういう事なのだろう?

そんな私の表情に気づいたのか、クーストースは微笑みながら答える。


「わたしはティエラお嬢様の事も心配していたのですよ。あの旦那様が選んだ教育者や側近達に囲まれ、その中で育てられてしまっては偏った思想になるのではないか、そう危惧していたのですが……とてもお優しい心を持って成長してくれていた事が、私にとってはなにより嬉しいのです」

「…………それは、きっとお姉様のおかげだわ」


私は自身の周囲の侍女達をあまり信用していなかった。

子供だから分からない、と思っていたのだろうか。

むしろ子供だからこそ良く観察しているものである。

それに魂器の大きい人間は赤子程の年齢であろうとも、周囲の言葉を理解するのだとお姉様が教えてくれた。

きっと私の魂器は大きかったのだろう。

侍女たちの不真面目さや、私が理解していないだろう、とたまに口にする悪意ある言葉の数々は、私を少し人間不信にさせた。

だからこそ私は余計お姉様に縋ってしまっていたのだけれど……。

あのリアのお屋敷のお姉様のお部屋には悪意は欠片も存在せず、私を心から愛してくれるお姉様とリアしかいない、とても優しい空間だったのだ。

私は生まれてから、ずっとお姉様に守られていたのだ。



◇◇◇



一度不信感を覚えてしまえば、なにもかもが信じられなくなってしまう。

成長するにつれて、父上のイヤな部分がたくさん見えてくるようになった。


今ではクーストースを通して、お姉様と手紙のやり取りをするのが唯一の心休まる時間である。

なんでもお姉様は、聖女と名高いミーラン王女殿下と友誼を結んだとの事で、頻繁にお互いの屋敷や城を行き来しているらしい。


私としては少し王女殿下に嫉妬してしまう。

けれど、お姉様が幸せに暮らしているのならばなによりだった。


今日もクーストースからお姉様の手紙を渡され、自室でゆっくりと手紙を読む。


『ティエラ、八歳の誕生日おめでとう。そろそろ魂魄宣言の儀が始まるわね。流石にこの時ばかりはツォルンも私を不参加にはさせないだろうし、ティエラの晴れ舞台が見られる事を楽しみにしているわ。それと誕生日のプレゼントにはやっぱり式鬼がいいと思うの。貴女を守ってくれるような、強い式鬼。だからこっそりと夜中に屋敷を抜け出して、探しに行きましょう。ティエラと相性の良い妖魔が見つかるといいのだけれど……。その際、私のお友達であるミーラン様も紹介するわね。詳しい事は直接会って話しましょう。あ、それと森に向かうから、歩きやすい森歩き用の格好でね。愛してるわ、ティエラ』


「え……?」


あまり意味が分からない。

いや、言わんとしている事は理解できるのだ。


まず魂魄宣言の儀に、お姉様が来てくださるのは嬉しい事だ。

それに、お誕生日のプレゼントを頂けるのも嬉しい。

けれどそのお誕生日に妖魔の式鬼をプレゼントする、という発想はどうなのだろうか?

まだ百歩譲って魔物の式鬼なら分かるけれど、妖魔は危険な者が多く、たとえ温厚な妖魔であっても、殆どは対等な契約を交わす間柄であるため、他者から譲り受けるというのは、滅多な事でない限りありえない話である。

そして屋敷を抜け出す? どうやって?

そして何よりこの式鬼探しには、どうやら王女殿下も参加されるらしい。

夜中に私達が出歩く事でさえ大問題なのに、そこに王女殿下が加わってしまえば、それはもう国家を揺るがす大事件レベルなのでは……?


やっぱりお姉様は父上のせいで、少し常識から逸脱してしまっているのかもしれない……。



◇◇◇



わずかな月明りが照らす深夜。

部屋には魔石のランプの明かりだけ。

そんな屋敷の人間がみな寝静まったであろう時間。


突如自室の壁の一部が扉に代わった。

私はなんの変哲もない壁が、いきなり扉に変わる瞬間をちょうど見ていたので驚いた。

声を出さなかった自分を褒めたいくらいだ。


お手紙を頂いて、今日いらっしゃるとは聞いていたがそれも半信半疑。

しかしどうやら私もしらない、魔法的な細工が施されていたのであろう隠し通路があるらしかった。

そして扉がゆっくりと開かれ――お姉様が現れた。


「ティエラ、久しぶり」

「ッ……!! お姉様……お姉様っ!」


両手を広げるお姉様は、私の記憶の中よりもとても美しく成長していて、同性であるのにも関わらず一瞬ドキリとしてしまう程であった。

されどその私を見つめる瞳も表情も、記憶にあったお姉様そのもの。

何ら変わりない愛情を向けられているのを感じて、驚きよりも先に喜びが飽和して、お姉様に駆け寄って勢いよく抱きつく。


「ずいぶん大きくなったわね。ずっと会いたかったわ、ティエラ」

「……私もです、お姉様」


優しくも懐かしい手付きで髪を撫でられる。

お姉様の懐かしい匂いと、その体温を感じて、つい涙がこぼれそうになる。


「ティエラお嬢様、お久しぶりでございます」

「リア!!」


お姉様の後ろから現れたリアは、記憶の中と一切変わらぬ姿であった。

リアの屋敷で暮らしていた頃は、リアが妖魔であるという実感は薄かったものの、こうしてまったく変わらない姿を見れば、やはり妖魔なのだと改めて思う。

けれど、妖魔だろうとなんだろうとリアはリアで、私にとっては第二のお姉様のような存在だ。

お姉様から一度そっと離れ、大好きなリアにも抱きつく。

リアもお姉様と同じく、優しく背に手を回してくれる。


父上と母上を嫌悪するようになって以来、誰かに甘えるような事はなかった。

だからこうして久しぶりに誰かに甘えられるという心地に、かつての幼き日の絶対的な安心感が蘇ってくるような気分であった。

感情が溢れ出て涙がこぼれそうになった直後、聞き慣れない声がして涙が一瞬で引っ込む。


「ティエラちゃん、初めまして」


リアの後ろからひょこりと顔を出した人物を見てギョッとした。

あまりの驚きに、リアを半ば突き飛ばすような形でリアの腕の中から離れる。

直接見た事はなかったが、特徴は知っている。

緩いウェーブがかったホワイトブロンドの髪に、空色の宝石眼。

王家の血が少なからず入っているものは、空色の瞳を持つものが多い。

その愛らしい顔立ち、お姉様と同じ年頃に見える少女。

聖女と名高い第三王女殿下の特徴であった。

手紙にはたしかに第三王女殿下もいらっしゃると書かれていたけれど、まさか本当にこんな簡単に表れるとは思わなかった。

そもそも王都ではなく、カルローネ領にいることすら知らなかった。


「あっ、は、初めまして王女殿下。か、カルローネ侯爵家が次女のティエラ=カルローネです」


一瞬固まってしまうも、なんとか体面を取り繕って礼をする。

式鬼探しということもあって、エプロンドレス姿のリア以外はみんなドレス姿ではなく、乗馬用のパンツスタイル。

お手紙にはそのような格好でとの事だったので、私も例に洩れずパンツスタイル。

存在しないドレスの裾をつまんで慌てて頭を下げる。

本来この姿での正式な礼であれば、右手を心臓に当て、左腕を背に回して礼をするのが正しい最敬礼なのだが、咄嗟の出来事に思わずヘンテコな礼をしてしまった。

その私の混乱ぶりに、クスリと笑う王女殿下はとても愛らしい。


「ふふっ、ミーランでいいわよ。ルーナ様の大切な妹君のお話は良く聞いていたわ。お会いできて光栄ですわ」

「こ、こちらこそ、え、えとミーラン様? にお会い出来るなんて、光栄でございます」

「ええ、ぜひそう呼んでちょうだい。変に殿下だなんて呼ばれたら、わたくしがルーナ様に叱られてしまうわ」


その言葉にまたギョッとする。


「ミーラン様ったら、妹の前で誤解されるような言動はやめてください」

「あら、失礼」


もう、と拗ねる美しく成長されていたお姉様は少し幼く見えた。

親交を深めているとは聞いていたが、ここまでの仲であるとは思いもしなかった。


「さあ、それじゃあさっそくティエラにあった式鬼を探しに行きましょうか」

「あ、あの……お姉様? ミーランお……様もご一緒で本当に大丈夫なのでしょうか?」

「大丈夫よ、ティエラちゃん。こう見えて私とっても強いのよ?」

「そ、それは存じておりますが……」


ミーラン様は元々回復魔法を扱える魔法の天才児としての評判もあったが、八歳の魂魄宣言の儀で魂器が五万を越える、とてつもない数字を叩き出した。

その頃から魔法の研鑽を積んでいるのならば、それは確かに下手な魔法師より余程強いのかもしれない。

魂器の高さとは蓄えられる魔力量だけでなく、その魔力の制御力や魔法の攻撃力などに直結するものである。


「実はね、今まで何度もこの時間帯にルーナ様とはご一緒に、深夜の魔物狩りをしているのよ」


そう言ってお茶目に片目を瞑るミーラン様。

お姉様も奔放な性格な方だとは思っていたけれど、ミーラン様もそうであったらしい。

そう考えると、この二人の仲が良くなるのは必然だったのかもしれない。


◇◇◇


お姉様達の後をついて、今の今まで存在すら知らなかった隠し通路を使って屋敷の外へと出る。

どうやらお姉様いわく、正統なカルローネ当主のみが使える事の出来る隠し通路なのだとか。

現在の当主は母上だけれど、この場合の正統な当主とはきっと〝リアに認められるか否か〟ということなのだろう。


外は魔石を使った街頭が薄明かりを照らして整然と立ち並んでいるが、お姉様方の選ぶ道は比較的街頭の光が届かない道。


高位貴族の嗜みとして、ある程度の(ハク)を鍛えているため、暗がりでもかろうじて周囲を見通せる。

それからお姉様とミーラン様は迷いなく、人通りのない街の路地を進んでいく。

その慣れた足取りから、本当に何度も魔物狩りに出かけていたという事が窺える。


カルローネ領は治安の良い方ではあるが、それでも深夜に外に出るものはいない。

貧民層が住まう地区であればもう少し人通りがあるのかもしれないが、富裕層が住まうこの地区では一切人は見当たらない。

何度も路地を曲がって、また隠し通路のような場所を通り、ようやくカルローネ領都の外壁にまでたどり着く。

そして壁の一部にお姉様が手をかざすと、先程突然自室に現れた時と同じように、外壁の一部が扉に変わり、領都の外へと出られるようになった。


領内ですら外出する事は稀であるのにも関わらず、誰もが寝静まった深夜に領内から出るのという初めての体験にドキドキして一言も声を発せない。

普通の貴族令嬢であるのならば恐怖が勝るはず。

それは例え、リアという最強の式鬼神がついていても変わりないと思う。

けれど、目の前にお姉様がいるという事実だけで、私には一切の恐怖心はなく、むしろワクワクとした高揚感でいっぱいだった。

それだけ私にとってのお姉様は、絶対的な存在。

本来であればお姉様より、リアの方が頼りがいがあるはずなのだけれど、なぜだか私はリアよりもお姉様にその絶対を見出している。

どうしてもお姉様がなにかに負けるような想像がつかないのだ。

この盲信が理性では危険だと訴えているのだが、私の中の本能のような何かがお姉様の側にいることこそが、最も安全だと告げている。


領都の外壁を抜けて外に出るまではコソコソと慎重に動いていたお姉様達も、一歩外に出れば伸びをしたり、雑談したりと、むしろ安全な領内よりも余程開放的な気分になっているようであった。


「ミーラン様、とりあえずいつも通りに急いで森まで移動しましょうか」

「そうですね。ティエラちゃんはリア様が抱えて?」

「ダメよ、ティエラは私が抱えるわ。ね?」

「え? あ、えと……はい?」


お姉様とミーラン様が何事か相談しているものの、いまいち理解が追いつかない。

そのため曖昧な返事を返してしまったが、それを了承と受け取ったお姉様は私を軽く横抱きに抱える。


「わっ!」

「うふふ、ティエラはまだ移動魔法を鍛えていないでしょうから、森までの移動は私に任せてね」

「あらあら、仲良し姉妹ですね」

「ルーナ様がとてもご機嫌なようで、わたしも嬉しいです」

「だって久しぶりに会ったティエラは一層愛らしく成長していたのだもの、仕方ないでしょう?」

「ぁぅ……」


横抱きに抱えられるとお姉様のお顔が近くに寄って、少し気恥ずかしくなってしまう。

元々美しいお姉様だったのだけれど、この三年でお姉様はいっそう女性的な魅力が磨かれている。

以前よりずっと美しく成長されていて、彫刻品のようで神秘的なその容姿には、同性で、そして姉妹であるのにも関わらず、思わずドキドキと胸が高鳴ってしまい、妙な背徳感を覚えてしまう。

あら? あらら? 私、大丈夫かしら……?

火照った顔に当たる夜風が、とても冷たく感じる。


「では、そろそろ行きましょうかルーナ様」

「ええ、とりあえずいつもどおり、森の半ばくらいまで入ってしまいましょうか」

「今回はティエラ様の式鬼探しですし私は少し魔力を抑えて、魔物や妖魔の類いが逃げないようにしないとですね」


軽く打ち合わせると、三者三様物凄いスピードで走り出す。


「わっ!」


馬よりも早く走るお姉様と、ミーラン様のあまりの早さに驚く。


「す、凄いです。お姉様もミーラン様も。魂だけでなく魄までこんなに鍛え上げているなんて……」

「それはちょっと違うわティエラ。リアはともかく、私とミーラン様は魔法で自身の体を少し浮遊させたうえで、空気抵抗を調整して移動しているのよ。現に揺れがないでしょう? 流石にそこまで魄は鍛えていないわよ」


たしかに言われてみれば、抱えられて走るのならば少なくない揺れがあるはずなのにそれがない。

浮遊魔法はとても高度な魔法である。

空の日生まれでないのにも関わらず、お姉様もミーラン様も、完璧以上に浮遊魔法を制御出来ているようであった。

地面スレスレで浮遊して移動するなんて、普通に高高度を浮遊するより遥かに難しい技術であるのは疑いようもない。

そもそも、そんな話は聞いた事もなかった。



――…………やっぱりお姉様は凄いです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ