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魔神の受肉~悪魔が下界で貴族令嬢に擬態します~  作者: 烏兎徒然
一章 カルローネ家の令嬢
11/25

悪魔の新たな従者


本館に隣接された別邸、通称リアの屋敷。

つい数ヶ月前までは、妹であるティエラもこの屋敷に住んでいたのだが、晴れて五歳を迎えたティエラは、慣習通り本館へと移動し、そちらで暮らす事となった。

その際に、ティエラ付きのメイド達も同時に本館へと移動したため、今この屋敷にいるのは私とリアの二人だけだ。


正直ティエラに会えなくて寂しいことこのうえない。


しかし、今日は王族からのプレゼントが届く日である。ワクワクなのである。

そのため普段使っているフカフカのソファには座ることはなく、プレゼントの到着を待ちきれない思いが溢れ、窓際で本を読んでいた。

少しばかしお尻が痛くなってきたと感じてきた頃、こちらへと近づく馬車に気づいた。


「どうやら来たようね!」

「………………そのようですね」


膨れっ面のリアは屋敷に人が増えるのが、面白くないようだ。

賑やかな方が、絶対楽しいはずなのに。



◇◇◇



たとえ王家から派遣された人間であろうとも、この屋敷への滞在権限はリアにあるため、本人の許可が必要となる。

その交渉役にと赴いてきたのは、先日のお披露目でミーラン王女と一緒に同行していた、年若き青年従者のロスガストだった。

面識がある、という理由で選ばれたそうだが、本人は絶望の表情で屋敷にやってきた。

金髪碧眼のイケメンであるのにも関わらず、どこか苦労人気質のような気配を常に漂わせており、顔面の魅力は半減している。


王家からの私専属の従者が派遣されるのには、様々な理由があるが、表向きには《国家の重要人物の護衛を兼ねた従者》という事で派遣される。

意外にもこの件は、父ツォルンの絶対の反対を受けたのにも関わらず、母であるフィーリャが半ば強引に承諾したらしい。

所詮ツォルンは婿入りの代理当主であり、本来のカルローネ家の現在の当主はフィーリャなのだ。

イマイチ何を考えているのか分からない人である。


しかし、その護衛兼従者の派遣に反対した者はツォルン以外にも、もう一人いた。

もちろんリアの事である。

リアの返答は『ルーナ様は私が守るので護衛などいらない』『ルーナ様のお世話は私の生き甲斐です。貴方はもしや私を殺そうと企んでいるのですか?』等と頑として認めないどころか、話も通じないレベルであった。


リアの威圧によって、ほとんど涙目のロスガスト君が、いい加減少し可哀想になってきたので『私が欲しいのよ。王家からの従者が来なければ家督を次ぐのに時間も掛かるし、色々な面倒と手間が省けるのよ? わかっているの、リア? それともリアは私をカルローネ家の当主にしたくないのかしら――……』この言葉と同情を誘う上目遣いだけで、リアはアッサリ陥落。

ロスガスト君は何度も私にお礼を述べて、最大限の感謝の意を示してくれた。


客人なんてティエラ以外では初めてなので、少し嬉しく思った私は、リアにメイドらしい対応を命令する。

そうしなければ、どこかで絶対に口を挟んでくるに決まっている。

リアは私が『メイドとしての対応を求める』と、完璧にメイドとして、その役をしっかりまっとうしてくれるのだ。

そうしてお茶を飲みながら少しばかしのお喋りをしたのだが、ロスガスト君はなんというか有能な苦労人といったタイプの人物だった。


元々はトルトラントの学友であり、『信がおける』との理由で子爵家の次男坊でありながら、王太子の側近として召し上げられ、細々とした雑事を任されていたらしい。

その頃は大出世に喜んでいたようだが、その仕事ぶりが有能に過ぎたようであった。


『どうせ無理だろうけど、出来れば』といったような仕事の案件は、どこにでもよくある。

一応の顔見せや、誠意の表明など、そういった意味合いでの出頭命令だったのだが、なぜか契約を結んで帰ってきた。

以来トルトラントがその類の仕事を任せると、やはりしっかりと結果を出してくる。

二度、三度と続けばそれは偶然ではなく必然。


あらゆる無茶振りを頼んでも、完璧に熟してしまうロスガスト君は、次第に王や宰相にもその有能さが知れ渡り、今では王族専用の雑務係として、あらゆる仕事に忙殺されているらしい。

『もう自分がなんの役職についているのかも分かりませんよ……あははは』と真顔で笑い出すレベルで無茶振りされているようである。

彼の瞳の下には、くっきりとした黒いクマが浮かんでいた。


最後の方などは、ほぼ王族への愚痴のような話になっていた。

不敬罪が適用されるレベルの愚痴だ。

私はというと『なるほど、なるほど。大変だったんですね』と相づちをうっていただけであるのだが、帰り際にはなぜかロスガスト君は清々しい笑顔を見せて帰っていった。

おもてなしは成功したといえよう……。

もしかすると、ちょっと仕事に疲れたサラリーマンが、キャバ嬢に話を聞いてもらって、心が癒される――そのような感覚だったのかもしれない。



「……ロスガストの時のように、変に威圧したりしないでよね」

「ルーナ様に害を成す存在であれば、即刻消し炭にして差し上げます」


会話が通じていないな、これは。



◇◇◇



プレゼント達はまず、一度本館の方に出向くらしいので、暇な私は自室で自堕落に本の虫になっている。

下界の本というのは中々に面白いものだった。

《本》といっても物語のような物を読んでいるわけではない。

実のところ物語調の本は意外にも少なくて、とても希少な存在なのである。

この下界で『本』といえば、あらゆる真理の探究を書き起こした、いわば論文のような内容や、歴史を物語ったものなどが殆どだ。

正しく知識の継承という理由で使われている。


だからこそリアと初代ルーナの恋愛が絡んだ英雄譚の本や、現国王のヴィルヘルムが現正妃であるアウレーザに迫られるという恋愛物語はとても人気がある。


アウレーザが九歳の頃に当時11歳上だったヴィルヘルムに恋をして、熱烈にアタックしていたが、友達の妹であるとしか認識されていなかった。

それでもめげずに、知の家と名高いレッフラー公爵家ならではの恋愛戦術で、アレコレと画策し続け、ついにアウレーザが17歳になった頃、正式に正妃の座を射止めた。


多少の脚色もあるのかもしれないが、私もアウレーザ王妃の婚約が決定した際には思わず涙腺が緩んだ程であった。

ちなみにその本に書かれていたレッフラー家ならではの恋愛戦術は、世の女性達にとって、意中の相手を落とすためのHowto本のような扱いを受けているらしい。


アウレーザ王妃はその経緯から『愛の人』と呼ばれ民衆にも慕われており、この恋物語はティグレル王国にいれば知らないものはおらず、劇として頻繁に上演していたりと人気の物語であり、リアと初代カルローネの恋物語に次いで人気が高い。


他には、かつての英雄冒険者の英雄譚等が少々ある程度で、あのような恋愛を主題とした物語を、本として書き上げたのは恐らく新鮮で画期的な事だったのかもしれない。

そもそも大陸ではまだ印刷技術が確立しておらず、本は高級品である。

そのうえ本とは魔道具として使われる事も多い代物でもあるのだ。

それなのにも関わらず、大量の写本職人を集めて恋物語を書き上げるのは、ちょっと常識としてどうかと思う程であるが、それはティグレル王国が豊かな国である事に起因しており、同時に豊かな国である証明とも言える。


ティグレル王国では本が他の国に比べて格段に安い。


肥沃な土地が豊富であるティグレル王国では、アンデッドを式鬼として働かせている。

二十四時間、食事いらず、疲れ知らずの労働力によって、農業や採掘、伐採など、普通であれば平民が行う仕事の大半がアンデッドと、その式鬼使いが行っている。

そのためティグレル王国に農家や鉱夫などの平民は殆ど存在しない。


ならば平民は貧乏なのではないか、と初めリアに聞いた時に思ったが、どうやらむしろ逆であるようであった。


手に職の薬師や職人、一族で運営している商人達のような特殊な者以外の、一般的な平民は《代筆人》《写本人》《公示人》《徴税請負人》等、いくらいても足りない程であり、貴族からも必要とされるような花形(エリート)職に就く者が多くいた。

多くのマンパワーが必要な作業をアンデッドが補っているため、土台が豊かであり、食材は安く値段変動も少ない。

そのため、食は隅々にまで行き渡っており、時間もある。

子供を働き手として数える事もないため、勉強の時間はいくらでもあった。

そして、花形職の子は幼い頃より親から勉学を教えられて育つ。

それだけではなく《放浪教師》という知を売って回る商売人までいる。

飢饉や流行病は白鐸(ハクタク)と王族が迅速に対処する。

結果、王国の平民たちの識字率は大陸でも頭一つ二つは上というレベルで高い。


しかしそれでも孤児であったり、文字を教えて貰えなかった子供ら等、安定職につけないものは、やはり一定数は存在する。

煙突掃除人であったり、汲み取り人であったり、果ては剣闘士になるしかない者も。

しかしそれらは少数であり、知識の享受を得られなかった平民のその殆どが冒険者家業につくこととなる。

それは物語として、リアと初代ルーナ=カルローネのような武名で成り上がる英雄譚が身近であり、多くの写本人が書いた英雄冒険者の冒険譚に触れる者が多く、その話を聞いた子供は憧れを抱き、一部の他国では底辺職と見られている冒険者は、ティグレル王国においては憧れの職の一つとして見られている。

国内の冒険者の数が増えると、結果的に国中の魔物や妖魔の被害も少なくなり、交易商人の安全性も高くなることで交易も盛んに行われ、潤沢にお金が回っている。


ティグレル王国は戦争の際、志願制を用いていているが、冒険者の多い土地柄ゆえ、その戦力は民兵であっても強く、そして賢い者も多くいる。

肥沃な大地に数多の鉱山を持つ超お金持ち国家でもあるため、武具も豊富で、一兵卒に至るまで(品質はともかくとして)全ての武具が行き渡る程である。


そんな平民達の花形職の一つには、冒険者ギルド職員があげられる。


冒険者ギルドは一応国の管理下に置かれているため、国家運営事業の職員というのは魅力的である。

国内どころか大国複数に支部を持っていることで、たとえ今の支部がなくなっても、国が滅びたとしても、別の冒険者ギルドで即戦力として働く事が可能になるのだ。

大組織だけあり給金も豊富で、最も安定した職とも言える。


しかしそれには豊富な魔物と妖魔の知識を持ち、鳥系や小型の魔物や妖魔などを使役し、《視界共有の魔術》が使える事が大前提。

依頼の危険度を正確に見極める必要があるのだ。


冒険者養成学院も存在するが、そこでは冒険者を目指す者と、ギルド職員を目指す者の二つの専門科に分かれており、やはり後者は圧倒的に人が多く人気である。

ギルド職員になれなかったものも、やはり他国の平民より余程教養があるため、他の職探しにも、あまり困る事はない。


そんな背景もあって大陸でも稀な恋愛を主題とした本が、多く出版されていても不思議ではないのがこのお金持ち国家クオリティ。

識字率の異常な高さから《写本人》が多いため、ティグレル王国には本が多く存在しており、カルローネ家も歴史ある名門貴族家だけあって、多くの書物が集まっている。


そんな中で今、私が一番気になって読んでいる本がある。

それは妖魔に対する、その中でも吸血鬼を主題にした仮説を書いた本であった。


例えば、本来妖魔は群れを為さない生物とされている。

しかし、そんな妖魔が国まで立ち上げた事例が存在する。

――それこそが吸血鬼である。

人種からしたら妖魔の国など危険極まりない。

そのため当時の吸血鬼狩りは徹底していたものだったらしい。

そして彼らはリアを残し、その種としては終わりを迎えてしまう。

すると今度は鬼という妖魔が良く現れるようになり、次第にその存在感を強め、大陸全土へと台頭し始める。

そして不思議な事に、彼らもまた吸血鬼のように組織を形成する生き方をする。

これらの関係性には何らかの因果関係があるのでは、といったような内容が今読んでいる本の内容である。


『もしかすると鬼を滅ぼせば、また新たな組織を形成する妖魔が現れるのかもしれない』とその本は最後にそう綴られていた。

それはたしかに可能性としては大いにありえそうだ。

恐らく吸血鬼や鬼は、『人種に対する恐怖心』から生み出された妖魔なのかもしれない。

システムさんなら、そういった妖魔を生み出してもおかしくはない。


魔物や妖魔は、魔素から生まれる存在だ。


人種が死に絶えた時には、魂魄に定着していた大量の魔力が魔素となって解き放たれる。

それだけではなく、魂魄の魔力変換効率などによって多少変わるが、普段通りの生活を送っていても、魂魄に宿った魔素が100%魔力として定着するわけではなく、そのまま魔力になりそこなった魔素として、素通りしていく事も多いため、人種は常に魂魄から微量な魔素を漏れ出している状態にある。


そして魔力を使えば、使い終えた魔力はまた魔素となって自然に帰る。

魔素という0のエネルギーが魂魄に定着して、魔力という1のエネルギーとして変換され、魔力をもってして術を行使すれば魔力は消えるのではなく、また0のエネルギーである魔素へと戻る永久機関の∞エネルギー。

そして魔素は魂魄に一度宿れば、人種の欲や恐怖などといった〝感情〟を記憶する。


――つまり人種は生きている限りは絶対に、人の欲や恐怖などの強い感情が定着した魔素を放出し続けている状態にある。


本来0のエネルギーであるはずの魔素は、あまりにも多くの感情を記憶し情報を蓄積すると、人種の魂魄を通さず、そのまま一つのエネルギーとして自己進化を遂げる。

その際の急激なエネルギーの変化で、魔素は質量を持ったエネルギー体である魔石と呼ばれる核へと変質し、それを中心に宿した妖魔や魔物が生まれる。


その際どういった者が生まれてくるのか等の、取捨選択は恐らくシステムさんのお仕事なのだろう。

故に人種に対して強い恐怖心を覚えた魔素から生まれた妖魔が、吸血鬼や鬼であってもおかしくはない。


そんな二つの妖魔の共通点として、彼らの殆どは人種とさして変わらない見た目をしている事が一つ。

組織的に行動する点が一つ。

そして最後に、彼らは人種のみを獲物として認識する。


――個人的にはこの本の著者の仮説には賛成派である。

どんな人物が書いた本なのだろうかと、最後のページに記されるサインを見る。


《著者名 プスタータ=シエール》

あら、またこの人だ。

中々良い仮説を書いている本の著者は、大体この人の名前が記されている。

その特徴的な名前も相まって良く覚えている。

もしも、まだ存命なら一度話し合ってみたいものだ。



こちらに人が近づく気配を感じて、ふぅーっと一息つき本をパタリと閉じる。

ついに王家からの派遣従者組がやってくるのである!

本館からこちらへ向かって来るのが感じ取れたので、間違いなく挨拶に来るはずだろう。


「リア。私の最も信頼する第一の専属メイドとして、恥じない作法で新たな私の従者達を教育してあげてちょうだいね」

「――っ! はい! お任せください」


チョロいぜ!!

『リアが一番よ』『そしてこれからくる従者の所有権は私のモノだよ』と認識させてあげればいいのだ。

妙な対抗心や嫉妬心さえなければ、リアは普通に優秀なメイドなのであるのだから。



◇◇◇



しばし自室で待機すること数分。

部屋の扉がノックされる。


「ルーナお嬢様。王家より派遣されたメイドと執事がご到着されたので、一度彼らへと御目通りの機会を頂戴してもよろしいでしょうか」


この声はクーストースかな。

我が家の執事長兼家宰という、従者達の纏め役であり、今は亡き曾祖母(そうそぼ)の幼馴染だったそうだ。

シルバーブロンドの髪をキッチリと後ろに流し、整った白いひげに、柔和な笑みを常に浮かべている。

もう人間の平均寿命である60歳は軽く越えていると思うのだけれど、そのピンと伸びた背筋と、着痩せしているがそのスーツの下はまさしく筋肉の鎧であり、未だバリバリの現役に思える。

魂魄の大きいものは200年と生きたりする人間もいるらしいから、もしかしたらクーストースはその類いの人物なのかもしれない。


クーストースは私の事を『両親に愛されず、酷い扱いを受けている』と物凄く同情的に思っている様子で、時々思い詰めた表情をしている時がある。

そのため本館からわざわざ別館まで移動して、一日に一度は私の様子を見に来てくれる。

私の読んでいる本は殆どクーストースが、本邸の屋敷の書庫から持ってきてくれたものだ。

もちろん先程まで読んでいた本もそうである。

……けれど一体どんな基準で選んでいるのやら。


正直なところ私はツォルンとフィーリャに関して、さしたる情もないので、なんとも思っていないのだ。

フィーリャは別に私を嫌っているというわけではないと思う。

しかしどう扱っていいのか困り果てているようで、少なくとも目の前にいて欲しくない相手だとは思われていることだろう。

ツォルンに至っては確実に私を殺す機会があれば、やってのけるくらいの狂気をはらんでいる。

私以上に、私の事で思い詰めているクーストースと接するのは意外と気を使う。


「ええ、もちろんよ。リア、扉を」

「はい、ルーナ様」


リアが扉を空けると、クーストースの後ろには六人のメイドと二人の執事。


「全員入室を許可するわ。クーストース、私に皆を紹介して頂戴」


――中々面白い人材達が来てくれたようで結構な事である……ああ――そうだ。


彼らはプレゼントであっても協力者なのだった。

遊んでいい相手じゃない。自重しないと。自重、自重。



◇◇◇



「うーん……」


八人の新たな従者達の紹介を一通りしてもらい、少しばかし考える。

ぶっちゃけこんな人数で、お世話されても――って感じである。


「ルーナお嬢様、何かお気に召さなかったでしょうか?」


クーストースが告げると、恐らく六十歳程であり、一番の年長者であるノンナ=リーネルトの顔が一瞬こわばった。

いや、そんな贅沢な事は言わないよ。

地盤固めの協力者だもの。

でもお世話係は二、三人くらいが丁度いいと思うんだよなあ。

常に甲斐甲斐しく何かと世話を焼きたがる、リアもいることだし……。


「いえ、そういうわけじゃないのだけれど――あまり大人数の側近がいても、むしろ気が休まらないと思うのよね。だから私について回る専属従者は二、三人でいいかしら? 他の皆は屋敷の管理や、サポートなんかで(おも)に裏方として支えて貰った方が助かるわ」

「――彼らは従者としての仕事だけではなく護衛も兼ねているわけですが……まぁ、それに関してはリア様がおられるので問題はないでしょう」

「もちろんですよ、クーストース。ルーナ様に触れる者は一瞬で干物にして差し上げます」


胸を張って答えているリアの話はおいといて、何やらクーストースが言うべきか言わざるべきかと、言いづらそうな表情をしている。


「どうしたの? クーストース?」

「……恐れながら、本来であればルーナお嬢様の側近はこれだけでは足りないくらいなのですよ。なにせルーナお嬢様は名門侯爵家のご令嬢なのですから」


そう言われてみれば、ティエラにもいっぱい周りに従者がいたような気がする。

なるほど――……でも私は自分の言を翻すつもりは毛頭ない!

プライベートくらいは好きにさせてもらう!!

従者の数でマウントを取るような、メンツや体裁なんてどうでもいいよ……リア一匹いれば済むでしょ、それ。

そもそも殆ど私、外出しないしね。

もう決定事項のように決めてしまえば、クーストースも諦めてくれるかな?


「それでもやっぱり私の気が休まらないから却下するわ。これは決定事項。取り敢えずはリアと一緒に専属メイドをしてもらうのが――……」


クーストースの二、三歩後ろで横一列に並んでいる八名の顔を一人ずつ覗く。

――同時に彼らの魂魄も見ながら。


「うーん――じゃあ、フェーレとノンナに私の専属メイドとしてもらって、その二人の補佐役をラウラにお願いしようかしら。他の方々は細々とした雑務や裏方での支援なんかをお願いね。それと取り敢えずは年長者のノンナを侍女頭としておくわ。それじゃあ一先ず供回り以外の従者達に屋敷の案内を頼めないかしら、クーストース」

「はっ、かしこまりました」


クーストースと共に一斉に礼をする従者たち。

そしてノンナとフェーレとラウラ以外の従者はクーストースと共に部屋から退室する。


この三人を選んだのには、もちろん理由がある。

あの八人の中では、この三人が一番まともな戦力となりえそうな者だったからだ。

ラウラに関しては魂魄量こそ低いものの、その魂魄の本質を覗けばとても優秀であることが伺える。

表向きの情報収集にはラウラを使って、裏での情報収集は――まあある程度私の自由が効くコマを揃えてからかな?

うん、完璧だ!


それにノンナも優秀そうであるし、フェーレは顔が整っている。

やっぱり美しい者は側に置いておきたくなる。



●   ○   ●   ○


フェーレ=リーネルトside



私の一族はフェーゼラと呼ばれる天眼の秘術を宿す呪術師の一族であり、代々王家に仕える暗部の一族です。

しかし、それすらも偽りであり、フェーゼラ一族の真の(あるじ)白鐸(ハクタク)様です。

これは恐らく王家の人間でも知り得ない事でしょう。

白鐸(ハクタク)様に忠義を尽くす一族であるのが、我らフェーゼラの一族。


他にもう一つ、暗部所属の呪術師一族であるエラート一族もいますが、彼らは真に王家に忠誠を尽くす一族です。


正直、白鐸様に忠義を尽くす事も、王族に忠義を尽くす事もほとんど違いはありません。

しかしごく稀に、白鐸様より密命がくだされる事があるのです。

それは恐らく、白鐸様が王家にも隠したい事。

それが何なのかは私達が知る由もなく、考察することすら烏滸がましいのです。

ただ、白鐸様の命令に忠実に従う。

それが、我らフェーゼラの生き方。


私は暗部でも常に一番を目指し、日々研鑽してきました。

自分で言うのも憚られる事ではあるのですが、暗部の同期の中ではズバ抜けて優秀な成績を誇り、まだ十代であるのにも関わらず、既に一族からも次期頭目候補筆頭として扱われています。


建国当初から日の目を浴びることなく、常にどんな依頼であろうと完璧にこなせるよう、何百年とかけて研鑽され続け出来上がった技は、魔術も魔法も一族独自の技術が盛り込まれており、一般的な術式からは、かけ離れたような技術になっています。

正統なフェーゼラの一族のみが継承を許され、使える秘伝の技術であり、それらすべては既に習得済みです。


それに加えて、敵性脅威度五級の魔物『(ぬえ)』、四級の魔物『コカトリス』、三級の魔物『マンティコラ』。

普段は一族の所有している土地にて放し飼いにしており、必要とならば魔法でいつでも呼び出せます。

これらの魔物を使役し、自身の天眼と一族独自の術を行使すれば、どんな依頼をも完遂してみせるでしょう。


そんな私に今回与えられた王家側からの密命は『今、話題のルーナ=カルローネ嬢の護衛兼監視を兼ねたメイド』です。

それに加えてルーナ嬢が十五歳の成人となった際に、速やかに当主交代を出来るようにする地盤固めと工作を行う事。


なるほど、たしかにカルローネのご令嬢に監視と護衛は必須でしょう。

護衛の方は、かの名高い妖魔であるリア様がおられるので、あまり意味がない気もしますが。


そして後日、白鐸様からの呼び出しでフェーゼラの一族としての、密命を授かりました。

それは『ルーナ様のすること、やることの一切に目を瞑り、絶対の忠誠を誓う従順な従者としてありなさい。王家へはいらぬ報告はしないように。かの御方を煩わせないよう、頼むぞ』との事でした。


誰もが目を見開いた事でしょう。

建国より守護式神として、王であっても頭の上がらない知恵の神である白鐸様が、幼い少女をまるで自身の主人であるかのように語るのです。

しかし白鐸様の(めい)は絶対。

白鐸様がそのようにおっしゃるのであれば、ルーナ様を白鐸様より高位の存在と認識して忠誠を誓います。


そして集められた私を含む八名の精鋭達。

現暗部の精鋭だけでなく、フィーゼラとエラートの既に引退した元頭目もいます。

そして私と同期であり、エラートの次期頭目候補のナタリーも。

あまりの大物達ばかりの人選に、やはりただ事ではない任務なのだと確信します。


今日より私の名は、フェーレ=リーネルト。

先代の頭目であるマルタ様がノンナ=リーネルトという名で活動し、その孫という設定で私はメイド業をするのです。

ナタリーもラウラと名を変えて、活動するようですが、正気なところ白鐸様の命には『王族には、かの御方の動向を細かく伝える事はしないよう、当たり障りのない内容で報告するように』と言われているのです。


しかし、ラウラはエラートの一族であり、我々とは違い王家に忠誠を誓う暗部。

祖母という設定のノンナ様と他のフィーゼラの一族と共に、エラートの一族をある程度退けながら、今回の指令を完遂せねばなりません。


しかし優秀な私です。

今回の依頼(ミッション)で同期のラウラも、先代頭目のノンナ様も目を瞠る働きをして、一族の頭目としての席を確約するような実績を積んでみせましょう。


そのためにまずは主であるルーナ様に、気に入られる所からはじめるべきでしょうか。


○   ●   ○   ●


sideノンナ=リーネルト


幸いにして顔合わせの際、ルーナ様が専属侍女としたのは私と、その孫娘という設定のフェーレという次期頭目候補という優秀らしい人材。

補佐役にラウラというエラート一族の者がいることが少しやり難いですが、いくら優秀とはいえまだ十六の娘。

人生経験も暗部としての経験も豊富な私であれば、なんとかしてラウラの目を誤魔化すよう誘導するのも容易いこと。

更に幸いな事に年長者であるという理由から、侍女頭としての役目もルーナ様が指名してくださったので、いくらでもやりようはあります。


白鐸様が既に引退した私を呼び寄せたのは、やはりそれだけの重大案件であるからでしょう。

既に引退の身故、同じ一族といえどフェーレの事はあまり良く知りませんが、かなり優秀だと話は聞いています。


なんでも天眼を宿し十六にして、一族の術を全て網羅しているとのこと。

これくらいならば少し優秀程度ですが、彼女の操る式鬼『鵺』『コカトリス』『マンティコラ』と、どれも合成獣(キメラ)タイプの魔物です。

なにより一人で三級の魔物『マンティコラ』を式鬼として使役した実績には目を見張るものがあります。

合成獣(キメラ)タイプの魔物の強みはその手数の多さ。

それを三匹も使役し、天眼に加え一族独自の多数の術を操るという事は、どんな状況にも対応出来るという事。

自身の役割をきちんと俯瞰し、式鬼する魔物を選んでいる。

既に裏の界隈では『女団長』との二つ名も得ているらしいです。

冒険者や裏社会の人間にとって二つ名とは、貴族の名誉爵位のような誉れ高いもの。

なんと頼もしい後輩でしょう。


優秀な彼女と上手く連携を取りつつ、エラートであるラウラをあしらいながら、今後ノンナとしてルーナ様に忠誠を誓う覚悟で、今回の依頼を完遂してみせましょう。


○   ●   ○   ●


side ラウラ=デルリーン


今回の密命には『カルローネのお嬢様』を監視し、護衛する。

そしてカルローネ家内でルーナお嬢様が成人後、速やかに当主となれるよう地盤固めと工作を行うということが裏のお仕事。

表のお仕事はルーナ様のメイド業。


とても美しい方を主として崇めていられるのは、とても幸せなことだと思うんス。

正直私は暗部としての生き方はあまり好きじゃないうえに、護衛としても役に立たないタイプっす。

ただただ普通にルーナ様のメイド業に勤しみたい所なんすよね。


けれど、変装能力と情報収集能力に関しては、我ながら優秀といっても良いのかも知れない。

今回の私は健康的に焼けた肌に、赤い髪を後ろで一つに結び、よく目立つ犬歯をつけてるっす。

名前や容姿だけでなく、訛りから普段の歩き方、利き腕やさりげないクセまでも変えての本気モード。

今回の大物依頼を遂行するのは、正直なところ、ちょー燃える熱い依頼っすね。

実の両親でさえ私の擬態を解いたスッピン姿は知らない、と言わしめる程の変装の達人! それがこの私っす!


――正直に言えば変装はただの趣味なんすけどね。

でもそれが、一族の間ではなぜか評価されて結果に繋がるんすよ。


諜報能力に関しても、私の魔力のつまった髪の毛を対価に、数匹の指先サイズの精霊種『コロポックル』を式鬼として使役しているんすけど、これもまた趣味の範疇というか、ぶっちゃけ可愛いから契約したんっすけど、結果的に諜報の役にたってしまい、なんだか気づけばエラート一族の次期頭目候補とかにされていて、正直気が重いっす。


同期のリリー……じゃなかったフェーレはたしかに戦闘能力がズバ抜けているから、一族の頭目候補というのは納得出来るんすけどね。

でも、私としてはフェーレが一族の頭目になることにはとてつもない不安を覚えるっす。


幼い頃から暗部の同期として、割りと気のおける仲だからこそ分かるんす。

彼女の青みがかった白の短い髪。若干ツリ目がちで、少し冷たいような印象をうける薄い灰色の瞳。

天眼を持つ者はみんな薄いグレーの瞳らしくて、元頭目のノンナさんも同じく薄い灰色の瞳っす。

フェーレの表情に機微は殆どなく、常に冷静沈着、出来る女! ってイメージすけど、その実態は相当なポンコツなんす。

優秀は優秀なんすけど、大事なとこで良くポカをやらかすような感じっすね。


合成獣(ごうせいじゅう)が総じてキメラと呼称される所以になった『キマイラ』という虎型の魔物。

それになぜか、極度の憧れを抱いているのがフェーレっす。


キマイラを式鬼として契約するため各地を探し周り、ようやく見つけて契約した最初の式鬼は、主に山岳地方からは恐ろしい存在として知られている猿の顔、虎の胴体で尾がヘビの『鵺』という五級相当の魔力を持つ魔物だったっす。

一対一の戦闘によってフェーレが勝利した際、フェーレの存在の方が上だと認識したのかすんなり懐いてしまい【支配使役(ヘルシャフト)】を使ってフェーレの初の式鬼となったんすけど、結局キマイラと勘違いして使役する事になった、それだけっす。


それでも諦めきれなかったのか、合成獣の噂をかき集めて、次に見つけて契約した式鬼は『コカトリス』という、鶏と蛇の尾を持ち、目を合わせるだけで人を石にする特性魔法を使ってくる危険度四級相当のかなり厄介な魔物っす。

けれど、フェーレの持つ特別な『天眼』は瞳術に対しての高い耐性があるので、コカトリスの瞳術は一切、効かず楽に倒せたそうっす。

そして鵺と同じく支配使役(ヘルシャフト)で式鬼として契約し、一族の里に戻って私に見せびらかしに来たっすけど、これもキマイラではないと告げると意気消沈。


暫くの間は死んだ目をしていたっすねー……。


ついには私に本格的な依頼を出してまでして、キマイラの目撃情報を教えてくれと懇願する始末。

数年後キマイラの目撃情報が耳に入り、その噂をフェーレに伝えると、颯爽と飛び出していったっす。


そうして相対したのがライオンの体にサソリの尻尾、蝙蝠の翼を持ちヤギの角を生やした魔物。

強力な魔力量を持つ『マンティコラ』という三級相当のちょー危険な魔物でした。


二体の式鬼による合成獣(キメラ)ならではの手数の多さと、フェーレ自身も天眼を含めた、多くの術を会得しているため、三日三晩戦い、幾度も死線をくぐり抜け、相性の良さもあったっすけど、数多の幸運に助けられ、ようやく支配使役(ヘルシャフト)で討伐完了したフェーレは意気揚々と私に自慢気に披露しにきました。


「特徴はたしかに『キマイラ』に近いっすけど、これ別の魔物っす。たしか――ああ、マンティコラっすね。というか良く使役できたっすね、これ。超おっかねーんですけど? あれ? リリー? リリー!?」


しかしこれもキマイラではないと告げると絶望して、その後、3日間寝込んだんすよね。

それは肉体的疲労ではなく、精神的疲労の方で寝込んだんすよ。

あのリリー……じゃなかったフェーレがメイド業なんて出来るのかちょっとばかし同期の幼馴染としては心配っす。


裏社会にて二つ名を得る事は優秀な証として、誉れ高いモノとされているのですが、フェーレは既に『気狂いサーカス団の女団長』と半ば揶揄された呼ばれ方で恐れられているっす。

その二つ名を本人は心底嫌っているみたいっすけど。

まあ、私もそんな異名は付けられたくないので、気持ちは分かるっす。

でも、正直あのキメラ三体を使役して、特殊な動きや術を行使する姿はまさにその異名そのもの。

名付けた者のセンスは抜群っすね。


戦闘能力は優秀なんすけどねー……。

時々ポカをやらかしてしまうんすよ……。


幸運な事に補佐役に任命されたんで、フェーレのポカで美しいルーナ様に被害が及ばないよう全力を尽くしてお仕えする所存っすよ!!

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