襲撃
依頼人の手配により、俺たちは仮面の貴族として侵入することになり、俺は白、橘は赤、光琳とバンバは黒の仮面をつけて、ロビーでパーティーの開始を待っている。
「入る瞬間にこの仮面を渡されましたけど、この仮面...口とか鼻見えてますけど、大丈夫なんですか?」
橘がそう言いながら、俺の横顔を覗くように見る。
「別に大丈夫だ。実際、口と鼻が見えていようとも、目元が見えていないだけで、案外誰かわかりづらくなるものだ。」
「....意外とそうなんですね... (折角見れなかった顔が見れると思ったんだけどなぁ...)。」
俺の返事に橘は納得したような言葉を言いつつも、少し残念そうな表情を見せた。
「それにしても...いざ護衛依頼となると、ここにいる全員が怪しく見えてくるな。まぁ今のところは、特に不審な動きは見受けられないが...。」
「師匠。私は具体的に何をすればよろしいので?」
「そうだな。お前は一応、橘の護衛をしながら周りを警戒しておいてくれ、怪しい人物を見つけたら、橘から目を離さずにしながら、俺に連絡しろ。」
「了解しました!」
バンバの指示を受けた光琳は敬礼して返事をした後に、薫の隣に行って他愛もない話を始める。その様子を見た後に俺は周りの人物を見ていく。
「(こう数が多いと、護衛対象を護り辛そうだ。今ここにいる出席者の中に、不審な行動をしている奴はいないか...。) ん?」
キーン
そうしていると、2階のロビーからマイクのスイッチを入れる音がした。俺たち含め、パーティーの出席者たちは、酒の入ったグラス持った状態で、その方向に目を向ける。すると、依頼人の主人と思われる、この客船の船長が現れた。
「本日は、私の開く船上パーティーにご出席いただき誠にありがとうございます。」
護衛対象が軽く挨拶すると、後ろにいる依頼人が深く頭を下げる。その後に、護衛対象は船上パーティーを結婚記念の祝いと、船が造船されてちょうど10年経つ記念日だと、少し嬉しそうに話す。それを出席者たちは、護衛対象に尊敬の眼差しを向けるとともに、同じように嬉しそうにその話に耳を傾けていた。同時に橘と光琳もめでたい日として、静かに話を聞いている。バンバは相も変わらず、出席者たちを監視し続けている。
「なぁクリード。」
「ん?」
「不審人物って程じゃないが、あの男、他と違和感ないか?」
監視していたバンバは俺の肩を叩いて、人混みの中に紛れる白い紳士服の男を指差した。俺はその方向に目を向けて、男と周りの出席者を見る。
「そうだな。他の男性の出席者はお前含め、黒の紳士服なのに対し、白の紳士服とは目立つ格好してるな。だが、護衛対象を暗殺するのなら、あの格好は不適合だ。今のところ怪しい動きをしているわけでもない。今のところは気にする必要性は感じないな。」
「そうなんだが、つい気になってな。すまん。」
俺の返答にバンバは同意しながら、無駄な時間を割いたことへの謝罪を述べる。すると、話が終わったようで、護衛対象は酒の入ったグラスを手に取っていた。
「では、乾杯!!」
そう言った瞬間、出席者たちも一斉に「乾杯」と口にした後に、本格的にパーティーが始まる。
「バンバ、俺はしばらく一人で行動する。お前は光琳と橘に気を配りながら、情報を集めてこれで随時報告してくれ。」
「了解。」
そう指示した後に、耳に付ける小型の通信機械を渡して、バンバたちから離れる。
俺は歩きながら、ドレスの下に隠した武器を確認して、出席者の間を通り抜け、依頼人と護衛対象の近くまで向かう。その最中...すぐ隣からヒールの足音が反響したような音が聞こえた。
「ん?」
だが、隣を見ても、そこにはシャンパンタワーや豪勢な料理が並べられた白いテーブルで、誰もいなかった。
「(気のせいか...。)」
俺はそう考え、再び依頼人と護衛対象の近くまで歩き始めた。そうすると、先ほどより鋭く、あらゆる位置から出席者たちが談笑している声が聞こえる。だが、あの白服の男の周りの出席者は一切と言っていいほど談笑せずに、黙々と食事を楽しんでいる。
「(怪し過ぎて、逆に何とも思わんな。)」
俺はそう思いながら、ふと船内の窓から空を見る。そうすると、満月であるはずの月もせっかくの星空も、空が曇っていて何も見えない。
「(組織の裏切り者よ、大雪の満月の午後10時に貴様をこの世から消す。抵抗すれば家族の命はない。甘んじて滅びを受け入れよ。今の時間は9時半...手紙に書かれていた時刻まで残り30分...) もう30分も経ったのか...始まるのが遅かったのか、単に俺が無駄な時間を食ったかのどちらかだな。」
そう言って、俺は護衛対象の近くで周りを警戒しながら、依頼人と護衛対象の会話を聞きながら、手紙の文の意味について考える。
「...組織の「裏切り者」貴様を「この世」から「消す」抵抗すれば「家族の命」はない。「滅び」を受け入れよ....。(護衛対象も依頼人も心当たりがない。じゃあ息子が裏切り者である可能性があるが、護衛対象の方が血が濃く滲んでいたのなら、護衛対象が敢えて噓を吐いて、本来はその組織とやらに何かしらの関係を持っていた可能性がある。
...「この世から消す」という言葉...単に殺しに行くという意味ではない気がする。殺しに行くのなら、別に「殺しに行く」とそのまま書いてもよかったはずだ。この言葉にしたのは、護衛対象や依頼人に「殺しにやってくる」という固定概念を持たせたかったのか。
...「抵抗すれば...『家族』の命はない」という言葉。家族全員に手紙を送っているのなら、どのみち家族3人とも襲うつもりなのだから、この一文はいらないはずだ。依頼人が言っていない、他に血の繋がった家族がいるのか....。
最後の「滅びを受け入れよ」...この滅びというのは、肉体的な死による滅びなのか...精神的な死による滅びなのか、単純に「この世から消す」という言葉自体がそのまま滅びなのか...。
そして、気のせいかもしれないが、俺がここに来るまでの間に聞いた、ヒールの足音が反響したような音...あれの正体は何だ?) 無駄に考えすぎて訳がわからなくなるな。」
俺は頭の中で今考えたことを整理し始める。
その頃、バンバたちは...
「お腹が空きました。」
光琳が俺に訴えるようにそう言うが、
「だが、ここに出されてる料理を食べるなよ。」
と返すと、あからさまに残念そうな顔をする。
「何でですか?」
「食事に罠が仕掛けられていない可能性がゼロじゃないからだ。もし、食べて罠があったらこちらも命を脅かされかねない。守る立場の人間が、一転して守られる立場になったらお笑いものじゃすまないぞ (実際、何故か水ばかり飲んでいて食事をとらない出席者も何人かいる。)」
「でもお腹が空いて、全力で戦えるかわかりませんよ?」
「その言葉は何度も聞いてきた。だが、結局命に危険が迫れば、否が応でもそれなりに戦ってきたろ? 我儘言わずに橘を護っておけ。」
「ぐぅ~~。...はい。」
光琳は俺の指示に鳴き声のような声を発しながら返事をして、橘の方に目を向ける。すると、橘も光琳と同じように食事をしていなかった。それを見た光琳は橘に近づいて行って訊く。
「あなたも食べないんですか?」
「はい。バンバさんがそう言っているので、食べるのは止めておこうかなと...。」
「...私より我慢強いですね。」
「え? 我慢?」
橘は、自分の返答に返した光琳の言葉に、困惑した表情を見せる。それを見ていた俺は少し呆れ口調で言う。
「光琳...橘とお前の食べる量が一緒だとは限らんし、橘は腹が減ってないかもしれないだろ。」
「あっ...それもそうですね!」
「声を大きく出し過ぎだ...! もうちょっと抑えろ...!」
「あっ...!! すいません...。」
「(入町さんって...意外と天然だったりする?)」
光琳とのやり取りに少し疲れた俺は、光琳と橘をいつでも守りに行けるような距離を保ちながら、周りの出席者に話しかけて情報を集め始める。
20分後
俺は出席者に話しかけて得たもの、思ったことを橘と光琳に話す。
「目新しい情報はあまりなかったな。どこも護衛対象の人柄の好さや依頼人の細かいところにも注意が及ぶところを延々と話された。ただ、気になったのは殆どが息子の話題を避けたがる。俺が息子と発音しようものなら、すぐさま別の話題を切り出して、他の出席者もそれに乗っかってくる。」
「息子さんは嫌われてるんでしょうか?」
橘が少し沈んだ表情で訊いてくる。
「いや、そんな感じはなかったな。事実として、息子の話題を避けなかった奴らもいた。そいつらは息子の事を親に似て良くも悪くも達観した奴だと言っていた。嫌いな奴と親とは言えど、敬っている人間に似ているなんて言わないと思うからな。」
「そうなんですか...。それは良かった...。」
俺の答えに安心したのか、橘は胸をなでおろしていた。そこに光琳が口を挟むように
「目新しい情報はあまりなかった...。新しい情報が何個かあったんですか?」
と訊いてきた。俺は橘の方を一瞬見た後に光琳の方に目を移す。
「あぁ、1個だけな。それは...」
「それは?」
―――1人だけ、見たこともない装いをした女がいたそうだ。
俺がそう言うと、光琳は少し首を傾げて、疑問に思ったことを訊く。
「見たこともない装いをした女? だったら、船内に入るときに怪しまれそうなものですが...?」
「あぁ、実際俺もそう思って、他の出席者にも訊いてみたところ...。女を知っている奴らは全員口裏を合わせたように、船内に入る前、入る際のどちらもその女を見たことがなく、船内に入って初めて見たそうだ。だから、この船内に元からいる人物か、それとも特殊な従業員なのかと思って、何も考えなかったらしい。そして、そもそもその女を知らない出席者たちは、俺に「そんな人いたんですか?」訊き返してきた。」
「そうなんですか...何か不気味ですね。」
「そうだな。俺たちが見ていないのも、何となく不気味だ。」
俺の答えに対する光琳の感想に同意しながら、その「見たこともない装いをした女」が周りにいないかを怪しまれない程度に視線を動かして探した。
「他には何もなかったんですか?」
俺がそうしていると、橘がそう訊いてきた。それに、俺は出席者たちと話しているときに感じたことを言う。
「たまに、妙な視線を感じた。それも、船内からじゃない...船外からだ。」
「え? それって....」
俺の言葉に橘が何かを言おうとした...その瞬間....
バチッ
という音とともに、船内が停電し、辺りが暗くなり、見えなくなった。出席者たちも突然の停電に混乱している。だが、その状況で落ち着いている出席者たちが、声を掛け合って復旧まで待ち始めた。だが微かに、その中の何人かが、即座にその場から離れ、依頼人と護衛対象のいる、2階に走っていく音がした。それに混ざるように、ヒールの足音が反響したような音がこちらに歩いて来ている。
「...!!」
俺がその足音に警戒して、橘と光琳の方を少し気にすると、光琳はいつも通りだが、橘は明らかに恐怖してそこにうずくまっているのを感じた。。
「どうした?」
「....似てる...気配が....似てる...。」
「似てる?」
橘のあまりの様子に、光琳が橘に駆け寄る音がする。目も慣れてきて、それなりに辺りが見えるようになると、俺も心配になり、橘の方に目を移した。
「あの〝男〟に...。」
その時、俺は警戒を少し解いてしまった。いつの間にか足音がほとんど聞こえなくなっていることに気づかずに....。
―――みぃつけた。
ザシュッ...!!
10分前
その頃の、クリードは...
「こんばんは。」
「あぁ、こんばんは。」
俺は護衛対象に依頼人の許可なく、自ら接触した。1階のロビーからはあまり見えなかったが、護衛対象...依頼人の主人は年を取っていることを感じさせない若々しい容姿をしている。
「ご主人、私は奥様から招待されて出席した、セレンと申します。」
「これはこれはご丁寧に、私はアルベルト・マキュレルです。今日は私たちのパーティーに来てくれてありがとうございます。」
「いえいえ、奥様からの話では、息子さんもご出席なさると伺っていたのですが...。」
俺とご主人が軽く挨拶を交わした後に、俺がすぐさま息子の話題を切り出す。すると、ご主人は一瞬黙った後に、聞こえるか聞こえないかの境目の大きさの声で言った。
「息子は...来ません...来れません....。」
「来れない?」
「...!! いえ、息子とは最近連絡が取れていなくて...行方が分からない状態なんです。妻も、このパーティーに息子が現れてくれるのだろうと...期待して言ってしまったのだと思います。」
「?」
俺がご主人の言葉に首を傾げていると、ご主人は驚いたような表情をして俺の目を見た後に、誤魔化すようにそう言った。その様子に依頼人は少し驚いたような表情をしている。
「(反応から察するに...やはりご主人とその組織というものには、全く無関係ではないな。だが、依頼人は心当たりがなさそうだ。...じゃあここにいない息子はどうだ?)」
俺がそう思考していると....
カツン....
また隣から、ヒールの足音が反響したような音が聞こえる。当然、そちらに目を移しても誰一人おらず、影も形もない。
「どうかしましたかな?」
俺の様子に違和感を覚えたのか、ご主人が心配そうに訊いてくる。それに対して、俺は優しく微笑んで答える。
「いえ、お気になさらず。」
それから、ご主人と少し話をしたが、それ以降のご主人は息子の思い出話ばかりで、俺に質問の余地を与えようとしなかった。
「...息子は...人が好過ぎました...。」
息子の思い出話が終わりに近づくと、ご主人はどこか遠くを見るような目で噛み締めるようにそう言った。...その直後、船外から妙な視線を感じた。俺はその方向を見たが、周りは海だらけで、陸地はほぼ近くには見えない。だが、俺は少し警戒して、ご主人に確認をとった。
「つかぬ事を訊きますが...ご主人、この船のブレーカーはどこにありますか?」
「...ブレーカーですか? この階の一番奥の部屋にあります。」
ご主人そう答えた瞬間....俺とご主人の間を目に見えない速度で矢が通り過ぎ、ブレーカーに直撃した。
「(予告の10分前に仕掛けてきたか...。)」
当然、客船は停電し、辺りは完全に真っ暗になった。その瞬間に、ご主人が席を立ちあがり、マイクを持って混乱する出席者たちに言った。
「すぐに予備電源が作動しますので、しばしお待ちください!!」
混乱していた出席者たちも互いに声を掛け合い、停電による混乱は収まった。その間に、俺は撃たれたブレーカーを見に行き、刺さった矢を手に取る。
「ん?」
しかし、手に取った矢はすぐさま砂のように朽ちていき、目の前から跡形もなくなった。と、同時にご主人と依頼人のいた場所の近くに向かって近づいてくる足音が複数聞こえた。俺はすぐさま気配を消して、2本の短剣を手に取り、ご主人の近くに向かった。