涙を流した日
――やっと起きたね。
真っ暗な空間の中で、男かも女かもわからない声が囁くように言った。私はその言葉に答えようとしたが、声が出なかった。
――あの時と違って声が出せないようだね、やっぱりまだこの世界に完全に干渉するには、まだちょっと厳しいね。
声は私に言い聞かせるように言った。私は声に対して何かを訊こうと必死にもがいた。すると声は私の行動に何かを察したように言った。
――君がこの世界に完全に干渉できた時、それは君が〝普通〟じゃなくなった時だよ。
その言葉と共に、真っ暗だった私の視界が綺麗な星空と何本もの木々が並ぶ森に変わった。その瞬間に隣から女の人の声が聞こえる。
「おはようございます。」
「おはようございます...。」
私はその声にゆっくりと起き上がりながらそう返した。
「私は入町 光琳と言います。そして、あなたが助けを求めた人は今、私の師匠である、バンバ・キルラエルさんと一緒に話している最中なので、少々お待ちを。」
「あぁ...はい...。... (私は確か、家で昼食を作ろうとしたときに、チャイムが鳴って、玄関に行ったら...。)」
起きたばかりで曖昧だった私の記憶が少しずつ鮮明になっていく....。
「(そうだ。私はあの後、玄関で血だらけの人に出会って、交番に逃げたら、あの男に襲われて...。) 入町さん!」
「はい?」
「私を襲った人は? あの血だらけの人の集団は? 私がいた国は?」
私は記憶が鮮明になると、女の人...入町さんに立て続けに質問した。それに対して入町さんが私に「落ち着いて」とジェスチャーした後に一つずつ答えてくれた。
「あなたを襲った人は私の師匠が撃退しました。血だらけのゾンビのような集団はあなたが助けを求めた...金髪の女性が全て倒しました。そして...あなたがいた国ですが....。」
入町さんが3つ目の質問の答えに詰まったと同時に、私は唾をのむ。
「...滅びました...。」
「...ほろ...ん..だ...?」
「師匠と金髪の人が確認したところ...生き残ってる人もいません...。恐らく、皆血だらけのゾンビになったんだと思います...。」
「人も皆....死んだ...?」
入町さんから発せられたその言葉が私には到底信じられなかった。
「嘘だ...。毎日、会っていた同級生が...皆もう...この世にいない...? さっきまで...会って話していた人たちが.....皆..いない..?」
私は途切れ途切れの言葉でこの事実を必死に嘘だと考えようとした。すると、入町さんがゆっくりと立ち上がって言う。
「見に行きますか? 国の跡地を...。」
その言葉に私は静かに頷いた。
「じゃあちょっと待っててくださいね。師匠に向けて置手紙をするので...。」
入町さんはそう言って、手紙を書いてさっきまで私の寝ていた場所に置いた。
「では、行きましょう。」
入町さんはそう言って私の手を取り、私の歩くペースに合わせて歩き出す。
・・・30分後
「到着しましたよ。ここが...あなたの国だった場所です。」
入町さんは少し視線を下に向けながら私に目の前の光景を見せる。
「......。」
そこには、私が18年も暮らしていたとは思えないほどに、建物は崩壊し国の半分が抉れている。同時に散らばっている肉片からするとてつもない血の臭い...私はその光景に膝から崩れ落ち、吐きそうになった。当たり前だった光景が、当たり前の日常を過ごしていた場所がこうもあっさりと、崩れるのかと...。それから、今まで生きてきた18年間の思い出が次々と頭に浮かんでくる。今は亡き、厳格で根は優しい父と体が弱くても心が強かった母との思い出、行方不明になった姉と外国の学校に移された弟との思い出、数少ない同級生の友達との思い出、国中でのお祭りでの思い出、嬉しいこともあれば、悲しいこともあって、楽しいこともあれば、怒りたくなる時もあった。そんなたくさんの思い出の詰まった国が、もうない...。それだけで、私の目から涙が次々と溢れ出てくる。
「...。」
そんな私を入町さんが優しく抱きしめる。それでも私は泣き続けた。どう頑張っても嘘にならない事実を必死に受け入れる為に、今までの思い出を全て過去にして乗り越える為に...。
10分後...私は服の袖で涙を拭って、右手の中指にはめられた指輪を見る。
「どんな困難に打ちひしがれても...諦めなければ...この指輪が..打開できる方法を示してくれる。」
私はそう言って、入町さんの方に目を向ける。
「入町さん。」
「はい...。」
「あなたの師匠と、私が助けを求めた人はいつ、戻ってくるのか..わかりますか?」
「え...。」
私の突然の質問に少し入町さんは言葉が詰まっていた。その反応に対し、私は質問の理由を述べる。
「お礼がしたいんです。今の私に何ができるかわかりませんが...。私には、何か...力があるかもしれないんです。」
「力?」
「深天極地というものの純血らしいので...。」
私がそう言った瞬間、入町さんは数秒間、動きが完全に固まる。
「入町さん?」
私は心配になり、そう訊くと...入町さんはものすごい勢いで私の両肩を掴み。
「深天極地の純血!?」
と目の前で叫んだ。私はそれに対してすぐに耳を塞いだ後に....戸惑いながら
「はい...多分ですけど...。」
と答えると...入町さんは両肩から手を放し、顎に手を当てて私にギリギリで聞こえてしまう声で言った。
「だから師匠は、私をこの子と一緒にさせたのかな...。同じ...深天極地の純血だから...。」
「え?」
その発言に私は静かに驚いた。その声が入町さんの耳に入る。
「あっ...え...? 聞こえてました?」
「はい...。よく聞こえてました。」
入町さんは目を何度も瞬いた後、長く息を吸ってから言う。
「とりあえず...戻りましょう。師匠と金髪の人が戻ってくるまで待つ事にはなりますが...。」
入町さんはそう言って、少し早歩きで元の道を戻っていく。私はそれを追うように着いて行った。