無辿輪廻
あの一件から3週間経った現在でもクリードさんは眠ったまま一切起きないでいる。毎日、眠っているクリードさんの面倒を見ているバンバさんに「手伝いましょうか?」「食事は大丈夫なんでしょうか?」と訊くが、バンバさんの答えは「手伝いは大丈夫だ。今は自分の負った怪我を治すことに専念すると良い。」という答えばかりで何もさせてもらえず...依頼人とそのご主人の連絡が来るまでただ待っているという状況になっている。ただその間、私と光琳さんは自分たちが得た情報をバンバさん話した。
その情報とは、
・深天極地はかつての科学者が数万に及ぶ実験として生み出された元々は存在しない力だということ
・血に関する力ではあるが血統で受け継がれることはないこと
・伝染病のように広がっているから混血と純血の二種類が存在するということ、そしてその力を確実にものにする方法が深天極地の血をのむことだということ、更に深天極地の力には元々の素質や力を使うに値する体 がなければ完璧に使いこなすことはできないということ。
そして、
・白い服の男性に助けられたということ
・その男性は冷気を操っているようだったということ。
それを聞いたバンバさんは自身の知っている深天極地の情報を話してくれた。
「まず、深天極地の力というのは、普通に使いこなせた場合、一時的な戦闘能力の大幅な増幅が可能だ。例えば、走力が音速と同等になったり、一度の跳躍で別の島に移ることができたり、片手で10tの重りを持って野球のように投げたりな。だが、これはあくまで普通に使いこなした場合だ。完璧に使いこなせるようになった場合....深、天、極、地という」それぞれの力に対応する元素を操ることができる。深ならば水を、天ならば風を、極ならば火を、地ならば土をという四代元素をな。これらは混血には一つも出来はしない。希少な純血でしか可能性はない。その純血でさえ絶対に手に入れられるかは怪しい力だ。ほぼ運だな。」
「生み出された理由は知らないんですか?」
「それは知らないな。まぁ予想するとすれば大方武器を使わずに、人間そのものを強化して軍事利用しようとしてたんじゃないか?」
私の質問に答えた後に、バンバさんは自身の考えを話してくれた。それを聞いて、私はクリードさんからも何か知らないか訊きたいと思ったが、やはり起きる気配は無かった。次に私は、白い服の男性の事を訊いてみると、バンバさんは同じようにその男性についての予測を話してくれた。
「恐らく...というかほぼほぼ確定でスペアネル....じゃわからないか...つまり異能力者だ。」
「スペアネル、イコール異能力者...。」
「その通り、異能力者はその名の通り、特異的な能力を操る。まず異能力とは人間の持つ潜在能力...超能力や魔法とか、気とかだな。その分類とはまた違うものであり、深天極地の力のように病気みたく、何の前触れもなく、年齢関係なく、突然発現するものだ。それで発現した奴らを異能力者、一般的にはスペアネルと呼ばれている。スペアネルは言ってしまえば人の形をした化け物という表現が正しい。力が発現した瞬間にほぼ不死身の再生能力と天体規模の能力...生きた宇宙災害...。」
「(生きた宇宙災害...。) その白い服の男性が、スペアネル? だと...?」
「まぁ多分そうだろう。扱うのは、冷気とそれによる雪と氷だろうな。」
バンバさんは腕組みしながらほんの少し眠たそうに答える。
「...橘。」
「はい。」
「その男に会ったとき、何か感じなかったか?」
「何か?」
「あぁ。さっきの話を聞いてて、君は深天極地の力の影響なのかはわからないが、感覚が研ぎ澄まされているように感じる。特に気配を感じる力がな。だからこそ、そいつに会った際に何かを感じ取れたんじゃないかと思ってな。」
そう言われて、私は男性と会った時のことを思い出す。
「何もされてないのに、妙な寒気がして、ずっと警戒してました。」
「...本能的に危険だと感じたということか。...明確な敵意を向けられたか?」
「いえ、敵意は感じませんでした。ただ、自ら自分は中立だって言ってました。敵にもなるし、味方になるって...。」
「自分から...。...味方と言って騙すことも出来たろうに、それをせずに素直に自分の立ち位置を言うのか...? 何が目的だ?」
私の答えにバンバさんは視線を下に落として考え始める。それを見て、私はふと眠っているクリードさんの方に視線を移した。
???
―――暗い
剣の力を使って眠り込んでしまってからどれくらい経ったのかわからないが、目を覚ますと果てしない暗闇が延々と続く空間にいた。すぐに現実ではなく夢だと気づいた。すぐに目覚めようと思ったが、この空間の事が気になり、俺は方角も何も見えない空間の中を歩き始めた。ひたすら、歩き、歩き、歩き、歩き続けた。
「ん?」
しばらくして、真っ暗な空間の中に、見覚えなど無いはずなのに、知っている雰囲気を持つ影が見えた。、俺はその方向に向かってまた歩き続ける。近づいていくと、その影はただ一つの方向を、じっと見つめていた。その方向には何もない。ただ、俺はこの陰に何か見えているのだろうと思い、人間であれば同行がある位置を覗き込んだ。すると、その位置から目が現れ、そこから広がっていくように影が形と色を持った実態となっていった。現れたのは、白衣を着た男性だった。男性は疲労と絶望を混ぜ合わせた表情で俺の方に目を向けた。
「君は...。」
「...。」
俺は男性が誰なのかわからず、黙って男性の顔を見つめる。その顔からはどこか知っている気配を感じた。同時に男性はその答え合わせをするように自身の〝名〟を名乗った。
「私は、雲沼 修司...。君等の前では、アカザサと名乗っていたものだ。」
そう言われた瞬間、俺は静かに男性から距離をとった。それに対し、男性は無理に距離を詰めずに、あの船内で聞いた声音とは反して落ち着いた声音で言う。
「私はかつて、精神科医だった。」
「...。」
男性の話が始まるのを感じた俺は黙って男性の声に耳を傾けた。
「私は、争いによって傷つく人たちの心の支えになりたかった。私はそのために長い長い時間をかけ、精神科医となり多くの人々の心の病を治してきた。楽しかった。嬉しかった。辛く、苦しく、生きることをあきらめようと思っていた人たちが、また前を向いて新たな一歩を踏み出すのを見るのが、私の一番の生きがいだった。」
男性はその思い出をかみしめるように語った。
「だがある日、父が深く心を病み、まるで抜け殻のように動かなくなった。その時の私は、何とか父を救おうと必死にその病気を治そうと思った。あらゆる医者のつてを頼り、治そうとした。しかし、3日後に父は亡くなってしまった。だが悲しむ暇もなく、そうしている間に、父のような心の病を持つ人々が加速度的に増え始めた。戦争に出向く兵士だけでなく、国民までもが抜け殻のように動かなくなってしまった。そうやって次々と国民たちが父のようになくなっていく。だが、長い長い時間をかけて、ようやくこの病を治す方法が見つかった。」
男性の目はどこか遠くを見ているように感じた。その後、男性の目に少しずつ怒り宿っていくのが見える。
「その矢先、あいつが現れた。ルスティアナ最強の男。ヴェルウォルク・バーグマン。奴は助かるはずだった国民を皆殺しにした。私に理解ができなかった。国民を護る軍人が国民たちの希望の星が、国民たちを殺していたのだから。私は当然、なぜ殺したと訊いた。その際の奴の答えは。まずこの心の病自体が国で行わている実験だったというものだ。この事実を知ったこの日ほど、私は腹が立ったこちはない。より大勢の国民を護る為に、少数の国民を実験体にした事実が私には許せなかった。...。しかし、私には戦う力はなかった。特効薬を作ることができるところまでいった私を奴は情け容赦なく殺した。」
男性は拳を強く握りしめる。普通ならば血が出そうなものだが、夢の中だからだろうか、一切血は流れなかった。
「私の命運はここで尽きたと思った。だが...その俺の元にある男が現れた。男の名前はなぜか忘れてしまったが、男は私にチャンスをやると言った。」
「チャンス?」
「そう、そのチャンスとは内戦で亡くなった全ての村民たちと、私が助けようとしていた国民たち、そして私を支えてくれた医師としての仲間や弟子...これら全ての死を無かったことにし、もう一度私という物語をやり直すチャンスを与えるというものだった。」
「何?」
急な突拍子もない話に俺は眉間にしわを寄せ、首を傾げる。
「あぁ。あり得ん話だ。だが、当時の憎しみに捕らわれ始めていた私には願ってもない話だった。だから私は深くも考えずにこの話に乗ってしまった。」
ーーーそれが、アカザサと言う人格の始まりだった。
「それからの記憶はひどく曖昧だ。ただ、私の心の奥底に眠っていた何かが私の人格に強く作用した感覚は確かにあった。だがそれに抗う理性ほとんどなかった。正気に戻ったときは、いつも死体の山が目の前にあった。その度、自身の選択を悔いた。争いで傷ついた心を治す医者となったにも関わらず....それ以上の命を自らの手で葬ったのだからな。」
「当時の記憶は曖昧か。では、男の容姿も名前も全く覚えていないか?」
俺がそう訊くと男性は申し訳なさそうに首を横に振った。それを見て俺は少し考えた後に違うことを訊く。
「俺が来たとき、何もない方向をじっと見つめていたが、何が見えていたんだ?」
「恋人や、仲間、弟子、父、救おうとしていた国民たち、村の人たちの死を繰り返し見せられていた。まぁ、見ていると言うよりかは体験していたと言うのが正しいのかもしれないが。」
男性は遠い目をして先程見ていた方向に目を移す。
「恐らくあれが私にとっての最大の苦しみなのだろう。あれが少し違った形で何度も、何度も、何度も、何度も、繰り返される。まさに永劫の苦しみだ。君がいなくなったあと、またあれが始まると思うと死にたくなってくる。死んで逃げたくなってくる。だが、この空間では死ねず、心が壊れることもない。だが、これが私のしてきた罪の償いだと思えば辿る結末としては正しいものだろうな思えば仕方ないと割りきれてしまう。」
「体験しはじめてどれくらい経った?」
「私の体感としては、ざっと八万年は経った気がする。だが、君の姿を見ると、1ヶ月も経っていないんだろうな。」
男性は全てを諦めたような表情でそう答えた。俺はその姿を見て、さっきまで持っていなかったはずの剣を抜いた。無辿輪廻の剣だ。
「(ここは、ほぼ確実に輪廻の虚空の場と言う場所だろう。ここに俺がいて、使った相手であるこの人がいると言うことは...。)」
「どうした?」
男性が剣を抜いた俺を見る。
「(剣を使った俺に、この人の過去を知った俺に、このまま罰を与え続けるか、償う機会を与えるかを選べと言うことか。)」
脳裏に、かつて俺のそばにいてくれた大事な人の笑顔がよぎった。俺は剣を強く握り、男性の方に目を向ける。
「この輪廻の虚空の場で己が想う永劫の苦しみを味わったものよ。そなたに新たなる機会を与える。」
俺がそう述べると剣は緑色に光り出す。
「己が辿った結末を胸に、己が人生をやり直せ。無辿輪廻。」
俺はそう言いながら緑に光る剣を男性に突き刺す。
「何をしたんだ?」
男性は突き刺されている状態で俺にそう訊く。その後、俺は剣を抜いて暗い空間にヒビが入り、そこから光り漏れ出ているのを見て、答えた。
「あなたはこれから過去に戻る。今の記憶をそのままにして。」
「何?」
「そこであなたは自分の記憶を頼りに、自分の大事な人たちを救うといい。そうすると、ここの世界とは異なる並行世界が出来上がる。そこで、自分の人生をやり直すといい、もちろんこの世界で行った罪を償いながら。」
その言葉を聞き、男性は俺の目をじっと見つめる。
「なぜ私にそんなことをしてくれる? 私はこの世界でたくさんの人を殺したことは事実だ。この永遠に辛いことの思いでを追体験させて尚且つ心が壊れない空間で、永遠に生き続けるのが私への罰としては正しいのではないのか? それに、そんな簡単に並行世界と言うものを作っていいのか?」
男性はそう俺に訊いた。それに対して俺は無言で頷いた後に答える。
「確かにそうなのかもしれない。でも、俺も償いきれない業を背負っている。それなのに、今償う機会をもらってしまっている。ならば、一時は敵だったとしても、償う意思があるのならば、俺は自分が償う機会を与えてもらったように、そういう人たちにも与えたいと思っている。あと、並行世界のことは気にしないでくれ、いつか報いが来る。」
俺の答えに男性はまだ質問をしようとしたが、途中で止めて俺の目を見て言った。
「...ありがとう。この恩はきっと返す。君にもらったチャンスを今度こそものにして見せる。そして、そこの仲間たちと共に、争いをなくし、倍以上の大勢の人を救う。約束する。信用できないかもしれないが。ありがとう...ありがとう...。」
男性は涙を流しながら深々と頭を下げた。それと同時に、暗闇しかなかったこの空間が真っ白な光に包まれた。
ーーーうわあ!!
目を覚ますと、目の前にいた橘と目があった。橘は驚いてその場から立ち上がって距離をとったその反応を見て、目線を落としていたバンバと別の部屋から入町がやって来て俺を見る。
「おはよう。3週間ぶりだな。」
その後、バンバは俺にさりげなくあの後どれくらいの時間が経ったかを教えてくれた。俺は無言で頷きながら驚いた橘の状態と駆け寄ってきた入町の状態を見ると、手当てはしているものの2人ともそれなりに傷を負っていた。
「今さら遅いだろうが、怪我は大丈夫か?」
俺がそう訊くと、橘と入町はお互いの顔を見合わせた後に答える。
「「大丈夫です。」」
「2人ともあの船のなかで仲良くなったらしい。共に危機を乗り越えたからだろうな。」
2人の様子を見て俺が思ったことを察したのか、バンバは補足するように言った。
「よかった。正直、大怪我を負って、最悪死んでしまったらどうしようかと思っていた。単独行動が多すぎた。すまなかった。」
「...。」
俺の言葉を聞いてバンバは目を丸くする。それに対して俺が首をかしげると、バンバは少し微笑みながら目を逸らした。
「まぁ今回は護衛と言う名目だったとはいえ、クリードは単独行動が多くなりすぎで、俺は戦闘に注力しすぎで、護衛対象と依頼人と同じように守るべき君をを完全に光琳に任せて、その結果、危険な目に遭わせた。すまなかった。次からはそういうことがないように俺かクリードが近くにいるようにしよう。俺もクリードも単独行動に慣れすぎているのも問題だな。」
その後に、今回の橘に対する対応の反省点を話して謝罪した。それを見た橘は少し慌てた様子で言う。
「いえいえ、そんなことはありません。危険な目には遭いましたけど、こうして生きていますし、何より....今回のことで考えたことがあるんです。」
その言葉に俺とバンバはお互いのかおを見た後に、橘の目を見る。同じように入町も俺とバンバの間に入って橘の目を見る。
「ユーフォリアまで行く間、私を何でも屋の一員にしてくれませんか?」
「何?」
橘の口から出た言葉に、俺は思わず怪訝な表情をする、
「今回の戦いを経て思ったんです。私も何かの役に立ちたいって、守られるだけじゃ....凄く申し訳ない気がして、もちろん自分の身は自分で守れるようにはします。危なくなったらすぐに逃げますし、足を引っ張りそうになったら言い訳せずに退散します。だからお願いします!! 私を何でも屋の一員にしてください!!」
俺の表情を見て、橘は真剣な表情で話した。
「熱意をもって話してくれているのも、それなりの覚悟があるのも言葉からは伝わった。だから、簡単にダメだといっても聞きはしないと思う。だが、今一度確認するために、危険性を伝えておく。」
「....。」
「一員になれば、俺やバンバが君を助けたり、守る義務がなくなる。場合によっては見捨てる選択も増えると言うことだ。強くなれなければ、そうなる可能性は高くなる。」
「はい。」
「役に立ちたいと思ってくれるのは嬉しい。だが、それが空回って足を引っ張ってしまい、仲間を危険にさらした場合、君はそれによる結果を受け入れて、前に進む覚悟があるか? 自分の選択で仲間が死んでしまったとしても、その重圧に押し潰されずに、受け入れて、乗り越える覚悟はあるか?」
俺の言葉に、橘は真剣な目をして、下唇を強く噛み締め、深く頷く。それを見た俺はバンバの方に一瞬視線を向けると、バンバは無言で頷く。それを見た後に、俺は橘の肩に手を置く。
「改めて、何でも屋にようこそ。橘 薫。これからは仕事仲間として、薫と呼ばせてもらう。入町 光琳、お前もこれを期に光琳と呼ばせてもらう。よろしく。」
俺はそういって立ち上がりながら手を差し伸べる。その手を薫は握って何度も頷く。同じように光琳が俺の手を握って来て、薫と同じような動作をする。
そうしていると、扉をノックする音が聞こえ、バンバが扉をゆっくりと開けると、そこには依頼人とそのご主人が立っていた。ご主人は扉越しから俺を見ると、少し安心したような表情を浮かべた。
「身辺がかなり落ち着いてきたので、私が隠していたことを話に来ました。」
入って早々、ご主人は依頼人だった妻と一緒に俺たちの前に正座する。
「まず、息子は亡くなっておりません。」
ご主人は妻にもう一度言うように、話し始める。
「まず、息子の名前は虎牙 奈終夜と言います。とある夜、息子から呼び出され、そこで深天極地の純血を餓狼鬼虎が生贄として狙っていると言う話を聞きました。その時の私は、自分から餓狼鬼虎という単語を出したことも無ければ、深天極地の純血の話もしたことはありませんでした。普通であれば、知るはずのないことだったので、だからこそ息子からそのような話題が出たことに非常に驚きました。ですが、息子は頑なに話の出所を教えてはくれませんでした。だから最初は信じなかったのですが、それから深天極地の混血だったり純血だったりの疑いがかけられた人間が多数殺害されているという証拠と純血だと判明している人間の名前が書かれた紙を見せられ、私は話を信じることにしました。それに、昔から息子は変な嘘をついたことは無かったので、それが拍車をかけて、話を疑う気がほとんどありませんでした。」
「純血だと判明している人間の名前は?」
俺は話を遮る形でそれを訊くと、ご主人は少し考えた後に答えた。
「1人は書かれていませんでしたが、3人書かれていました。」
「3人。」
「立神 獅業、入町 光琳、虎牙 奈終夜。」
「私の名前!!」
自分の名前が出たことに少し嬉しそうな光琳をバンバが無言で諫める。それに目もくれずに俺は顎に手を当て考える。
「(なぜ、他の深天極地の純血がわかっているのに、先に薫を狙った? 一番手薄だったから? だが、あの時の薫はまだ深天極地の力の兆しすら無いはずだ。何か他に純血だと確定付ける何かがあるのか?)」
「話を続けても?」
「ぁあすまない。頼む。」
俺は一旦考えるのを止めご主人の話に集中するようにした。
「そこからしばらく問答が続きました。」
「父さん。俺は2人に危険が及ばないように、2人のもとから離れる。母さんには、俺は死んだって言っておいて。もし、餓狼鬼虎の奴らが来たら、同じように言って、それで駄目なら...。」
「何を言ってる。まだ成人もしていない子供が自分から親元を離れると言うことがどういうことかわかっているのか? 狙われてるからと言って、そんな無茶を許すような親に見えたか? 命懸けでも守ってやるさ。大体、息子が死んだと言われた母さんの身にもなれ、お前をどれだけ大切に思っているか、お前が一番わかっているだろう。別の方法を探そう、時間はまだあるはずだ。」
「どれだけの無茶を言ってるかはわかっているつもり。それに、母さんが、父さんが、俺をどれだけ大事に思ってるかもわかってるつもり。でも俺、これが最善だと思うんだ。それに、別の方法を探す時間なんて無いんだ。もう名前もばれてる。逃げるしかない。それに、命懸けで守ってほしくもない。生きてて欲しいんだ。頼む父さん!! 必ず生きて戻ってくるから、絶対に生きて父さんと母さんの元に帰ってくるから!! お願い....!!」
「息子の必死の頼みに私は止めることができず、息子に言われた通り、妻に嘘をつき、ここまでのうのうと生きてきました。」
ご主人はそう言った後、妻の方を見て土下座する。
「改めてすまない。ずっと息子を死んだと嘘をつき続けすまない。」
「頭をあげて、私からすれば、あなたも奈終夜も生きているというだけで半ばご褒美のようなものなのだから。」
頭を下げているご主人の顔を上げさせ、妻は優しく微笑みかけながら言った。
「餓狼鬼虎についての情報は何かありませんか?」
俺がそういうと、ご主人は少し考えた後に、申し訳なさそうに首を横に振り、一言だけ呟く。
「ですが、あの中で話し合いができる可能性があるのは、バラガラさんだけです。」
「...わかった。」
ご主人の言葉に俺はそう返事をすると、もう話すことはないだろうと思い、返そうとした矢先、バンバが口を挟む。
「ちょっと待て。頼んでいたものは持ってきていただけましたか? ご主人。」
「...あぁ! もちろんです。」
ご主人はそう返事をすると、扉を開けて外に俺たちを連れ出した。すると、目の前に車が置いてあった。
「こちら、住宅魔工車・レグスです。」
「住宅魔工車...って。」
「はいその通りです。こちらのレグスは、陸空海兼用の魔力と電力を使ったガソリン補充、充電に要らずのこの世に2台しかない高級車です。それに耐久性も抜群です。隕石に衝突しても無傷ですみます。それに、住宅魔工車という通り、魔法の力でこの見た目からは想像がつかないほど中は広々としていて、2階と3階、地下までございます。」
ご主人は急に流暢な喋りで説明し、俺たちの方を見た。
「こちらを差し上げます。」
「ちょっと待ってくれ、もらうはずだった依頼料の額を遥かに越しているんだが...。」
「妻を助けてもらっておいて、依頼料も無くしてもらい。ここまでされて普通の車を渡しても申し訳ないので、貰ってから勿体無くて使うことのなかったこちらを差し上げたいのです。」
「...そうか。」
バンバは流石の困惑しているのか敬語がなくなっている。だが、なんとか自分を納得させるように何度も頷きながら俺たちの方を見る。俺たちは同じように頷いてご主人の方を見る。
「ここまでのことはさすがに予想外だったが、ありがとうございます。大事に使わせてもらいます。」
バンバはそう言ってご主人と握手した。その後に、ご主人と妻は笑顔で手を振りながら帰っていった。
「運転できるやつは?」
「俺とお前しかいないだろう。」
「まぁそうだろうな。光琳、薫、取り敢えず乗れ、くつろいでいる間に俺とクリードで調整しておく。」
「「はい。」」
バンバの指示に薫と光琳は同時に返事をして車の中に入る。
ここから、新しい何でも屋の旅が始まる。