つき人
3階 ラウンジ
「事実?」
「私があの男に頭を掴まれたときに私は、乗船客の方々が聞いている話とまた違う話をされていました。」
ご主人の言葉に依頼人がそう問い返すと、ご主人は深く頷いた後にあの会話の中で起こった出来事を話し出す。
私はアカザサに頭を掴まれた瞬間、まるで別の空間にでも移動したかのように、真っ暗な場所にいる感覚に陥った。
「...ここは?」
「哀れだなぁ...アルベルトよぉ...。お前が組織にいた頃は...もっと冷徹で、躊躇がなく、まるで人形みたいだったなぁ...。それが、1人の女に魅入られて、感情を取り戻しちまったから、地獄を見ることになった...。」
「何だと?」
「結果、無関係なはずの客を巻き込んで、1人死なせた...。」
「放っておいてくれれば...元よりこんなことになってなどいない...!!」
私は拳を握り締めながら、苦し紛れの反論をした。それにアカザサは冷たい眼差しで私に目を向け、こう言い放った。
「お前の息子が深天極地の純血として生まれてきて、それを無断でお前が殺害した時点で、俺に目を付けられるのは大方予測できる範疇だと思うが。」
「深天極地の純血の何が大事なのだ!! 何故、深天極地の純血を生贄に捧げるのだ!! 元より生贄に捧げるのは〝四節の巫女〟だろう!?」
「状況が変わっちまったんだよ。四節の巫女の生贄より、力を手にするんだったら深天極地の純血の方が効果的だとわかったことによってなぁ。」
「何?」
その言葉に、私は知りえなかった情報に困惑しながらも、そう返した。
「まぁどう効果的かは、もう仲間でもねぇてめえに話す義理はねえ。」
「...。」
「随分とお前のことを高く買ってくれる奴がいたようだが...どうやっても過去は変えられねえぜ?」
「だから今を変えるんだ。」
私は奴を睨みつけながら言い返す。
「今を変えたって、蒸し返す奴はいるもんだ。その中でも俺は良心的にわかりやすくお前一人だけを狙った手紙を送ったはずだ。お前なら、嫁宛てと息子宛てのものがフェイクだってことぐらい気づいていたろ。だから自分一人が抵抗せず犠牲になることで、できる限りの犠牲を最小限に留めるつもりだった。」
「...。」
「でもうまくいかなかったなぁ。...なんでだろうなぁ....?」
「「何でだろうなぁ?」だと?」
私がアカザサの方に目を向けた瞬間に、アカザサは何度も見た笑顔を浮かべる。
「お? なぜかわかったか? アルベルトぉ...。」
「(こいつ...!!)」
その後に考えうる仮説に絶望し、そのままの状態で元の空間に移り変わるように戻された。
ご主人がそう話し終わると、依頼人はご主人の肩を掴んで声を震わせながらも抑えて質問をし始める。
「あの子を殺したって何? 生贄って何? あなたは脅迫相手と関わりがなかったんじゃなかったの? それに、殺されるのを待ってたって何なの?」
「...すまん。...返す言葉もない。」
ご主人は申し訳なさそうに、俯いた後に依頼人の目をじっと見る。
「...ん? 何?」
「...いや...何でもない。」
「え?」
ご主人と依頼人がそう会話を交わしていると、こちらに向かって一直線に走ってくる音が聞こえてきた。
「2人とも、一旦ここを離れます。」
俺はそう言って、2人を抱えてその場から走り出す。その様子に気づいたのか、その音も一旦止んで少し経った後に、俺の方に走ってくる。
「...(俺の動きを捉えているのか?)」
「今のままじゃぁ...俺の目から逃れられねぇぞぉ~?」
正確にこちらの動きを捉えているのか、どんなルートを通っても先回りするような動きで距離をとることができない。
「(おかしい、俺が一人で行動していた時は、こんなことはなかったはずだ。)」
俺はそう思いながら一瞬で思考を巡らせる。
―――仮説に絶望した。
「...(仮説に絶望...。)」
―――犠牲は最小限に留めるつもりだった。
「(最小限に留める...つもり...だった...。)」
―――でも、うまくいかなかったなぁ。...何でだろうなぁ...?
「(なぜか、うまくいかなかった...。何でうまくいかなかった?)」
―――お前のその雰囲気ぃ....知ってるぅ~。でも思い出せねぇなぁ...だぁれだっけなぁ~。
「(誰かも思い出せない相手に、わざわざお前の雰囲気を知っていると断言できるものなのか? 断言できる自信があるのなら、誰だったかはおおよその検討をつけることはできるはずだ。そうすれば、相手がどんな戦い方をするのかも予想を立てることができる。だが、さっきまでの俺の行動に対する反応を見ると、俺のことは深く知らないように見える。実際、俺は過去のことを振り返ってもあんな奴は知らない。)」
―――憑き人のアカザサだぁ~。
「(憑き人...憑き人? そういえば...依頼人と共に迎えに来た...あの付き人は一体いつから俺の前から姿を消した? というか、一言も発していなかったために...印象が妙に薄い。いや、一言も発していなかったら、バンバくらい俺に何か言うんじゃないか? あの付き人を見て、警戒している素振りは一切なかった。)」
―――そもそも依頼人の付き人なんていたのか?
「(...依頼人が迎えに来た時に、俺もあの時しか付き人を見ていない...。そして、俺はなぜ今の状況まであの付き人を忘れていた?)」
俺は背後に気を配りながら更に思考を巡らせる。
「(違和感のある白い紳士服の男に、反響するヒールの足音、船外からの妙な視線...からの間髪入れずに停電が起こり、その後に伯爵の爆発...そこからのアカザサの登場...。俺が情報を集め、そしてそれ整理し思考する暇を見事に潰されている。それにだ...アカザサの能力はほぼ相手の体を乗っ取ることで間違いない。その条件として、相手の意思で自分に頼ってもらうこともそうだろう...。だが、あそこまで簡単に知らない奴どころか、自身の主人を殺されたような奴らが、自分の意思で頼るのか? そして、伯爵の時は特に気に留めなかったかったが、護衛の内2人の体を乗っ取り、男女に分かれたアカザサの男の方は、何故迷いなく、ご主人と依頼人の元に辿り着けた...? 今もそうだ、相手から離れたのに対し、迷いなくご主人の方を狙ってくる。...まるで最初から位置を特定できているかのように...。)」
―――嫁宛てと息子宛てのものがフェイク。
「(嫁宛てと息子宛てのものがフェイク? いや...どちらにも意味がある。息子宛てのものを送って混乱すれば、ご主人が無断で息子を殺したということは嘘ということになる。嫁宛てのものを送れば自然と依頼人も自分のせいで狙われてしまっていると考え、焦ってまともな判断を下せなくなる。)」
―――仮説に絶望した。
「(なるほど...なるほど...。消えた付き人に、3人宛ての手紙...ご主人の位置の特定...。)」
―――ほらぁ...握りつぶしちまうぞぉ~?
「(なぜか...依頼人の頭を掴んで...殺そうとしてたな...。その奪い方よりも、目の前で依頼人がご主人を助けるためにアカザサを頼り.....乗っ取った方が...心が折れると思うが...それをせず...殺そうとしていた。しかも...変に時間をかけて...俺が助けられるように時間を確保したかのように...。)」
俺はそうして抱えている依頼人の表情を一瞬だけ見る。
「(最初から殺す気なんてなかったんじゃないか? 依頼人が...)」
俺が結論を出そうとした瞬間、相手は一瞬でこちらまで距離を詰めて、攻撃を仕掛けてきた。
「おぉ~ちゃんと避けたなぁ...。」
「(まぁいい。このまま、橘と入町の方まで誘導して、2対1になる危険性があるが、2人を助けてバンバと合流した方がいい気がするな。まぁ、3対1でも、あいつだったら死ぬ可能性はほとんどないはずだ。)」
俺は相手...アカザサの目を見ながらそう考えた。
5階 ホライゾンデッキ
「よくぅ、逃げるなぁ~。」
私は現在、入町さんを背負って気合で女性から逃げている。
「(なめられてる。...でもおかげで、入町さんを背負いながらなんとか逃げることができてる。まぁ...会話して情報を搾り出すとか考えた割には、ひどいものだけど。)」
「(歯向かう意思見せたと思えばぁ...なんだこりゃあ? ただただ動きもしねえ女を背負って必死に逃げてるだけじゃねえかぁ...。拍子抜けっつうか...一体何の覚悟だったんだぁ? ありゃあ...。)」
一瞬だけ女性の顔を見ると、その顔は完全に呆れたようなものだった。そして、その状態から女性は近くのドアを踏み倒し、それを掴んで勢いよく投げてきた。
「...!!」
私は転ぶように避けながらも、すぐに立ち上がってドアを開けてそれを物陰にしながら逃げる。
「その意味ねえ行動は何だぁ? いっそ助け呼んじまえよ...流石につまらねえぞぉ。」
「くぅっ!!」
そして、開けられたドアを逆に武器にされ投げつけられる。
「うぁ...!!」
何とか避けてきたけど、ついに額の部分に直撃し、そこから血が流れだす。
「痛い...。」
直撃した衝撃で体から離れてしまった入町さんを私は背負い直すために、歯を食いしばりながら立ち上がって、近づくと...
「...?」
ポケットの中に何かを入れていることに気づいた。私はそこに手を入れて入っているものを取り出す。
「...これは...ナイフ...? でも...なんか変な形状...折りたためるけど...持ち手が2つ? これ...バタフライナイフってやつ? 映画とかでした見たことないけど...。でも...入町さん...これ借りますね。」
私はそう言いながら入町さんを部屋に入れて、廊下の真ん中に女性と相対するように立って、バタフライナイフを構える。
「ど素人がそんなナイフ一本で何とかなるとでも思ってんのかぁ?」
「(使い方を間違えれば、自分の指を切り落としてしまうけど...そんなの...気にしてる場合じゃない。私がこの人と会話することで情報を得られるかわからない。だから...戦いの中で...情報を聞き出せるときは聞き出して、それ以外はこの人の...一挙手一投足を見て、それらを情報として、どうにか...クリードさんとバンバさんに伝える。そして、死なない。)」
私は心の中でそう言った後に、走って女性の元に近づいていく。その中で、神経を尖らせて、攻撃一つ一つを即座に察知し、避ける。
「おぉおぉ、必死に避けるなぁ。」
女性は心底つまらなそうな声色で向かってくる私を見ている。そのまま懐にまで入り込むと、私はナイフを勢いよく切り上げて攻撃する。しかし、女性が少し体を逸らしただけで避けられ、そして手首を掴んだのちに腹部を膝蹴りされ、体が浮いたところを即座に右手の殴打で床に叩きつけられた後に頭を蹴って吹っ飛ばされる。
「うっ...ぐ.....うぅ!!」
私は痛みをこらえながら立ち上がってすぐに走り出す。
「(真正面からの殴打、その後に回し蹴り...。)」
そうして、動き察知して女性に近づいて、真正面からの殴打は避けられたものの、回し蹴りは避けられずにまた吹っ飛ばされた。
「ぐぅぅ...。」
「まぁ碌に戦ったこともねぇのに、攻撃が読めたところで体がついて行けるわけねぇわなぁ。」
「...!!」
「たりめぇだよなぁ。別に走って近づいたところで、その後の攻撃や防御が速くなるわけでもねぇ。手慣れた細かな動きと大雑把で我武者羅な動きの速度じゃ天と地の差があるのは当然だなぁ。ど素人がプロ格闘家に挑んで勝てねぇのと同じくれぇ当然だなぁ。」
私は女性の言葉を聞きながら、また立ち上がって、走って近づいて攻撃をする。そしてまた反撃を受け、吹っ飛ばされる。そしてまた立ち上がり、近づき、攻撃し、吹っ飛ばされる。また、また、また...。
「己が深天極地の純血だからぁ...力を行使する兆しみてぇなものが起こったからぁ...。実戦経験がなくても、実践に手慣れてる奴とまともに戦えると勘違いしたのかぁ?」
つまらなさそうだった声色がだんだん、私を嘲笑し憐れむような声色に変わっていく。
「現実なめすぎだなぁ。」
「くぅぅ...ぅぅうああ!!」
そしてまた、攻撃しに行って、吹っ飛ばされて、元の場所に倒れこむ。
「そろそろ連れてくかぁ。飽きたしなぁ...。」
その後、間髪入れずに女性は私の元まで近づいてきて、私を蹴り飛ばそうとしてくる。
「くぅぅ!!」
私は歯を食いしばってそれを耐えようとした。その時...
「はぁぁ!!」
「...!?」
横から私と女性の間を割って入るように一本の剣が現れ、素早く女性に切りかかった。しかし、女性は難なく後ろに跳んで避け、自身に切りかかってきた者を見て、少し笑みを浮かべる。
「...入町...さん。」
私がそう言うと、入町さんは私の方を見て、その次に女性の方を見る。
「勝手に気を失ってしまい、すみません...。本来は私が守る立場なのに...守らせてしまって...。」
入町さんは私にそう言いながら、剣の柄を両手で握りしめる。
「それで、本当に申し訳ないんですけど...。私も一人じゃ無理だと思うので....二人で...協力して倒してみませんか?」
「二人で...。」
「はい。私があの人に攻撃をするので、たち...薫さんのその危険を察知する力でさっき矢を避けたように...教えてください。」
「...はい。」
その指示に私は素直に返事をすると、入町さんは一度瞬きをした後に、もう一度女性の方を見る。
「あと...」
「...?」
「私は今出せる全力であの人に挑みます。しかも、その全力は5分しか持ちません。」
「...はい。」
「...その5分で、あの人の弱点とか、特徴をできるだけ多く探してください。その弱点と特徴を、師匠か、クリードさんに伝えます。」
「...了解しました。」
その指示に私は頷きながら同意した。すると、入町さんの女性を見る目が鋭くなり、剣の構え方が変わる。
「ぉお? やっと来るかぁ?」
「お待たせしてすみません。」
女性の発言に入町さんは少し低い声色で答えた。その後に、静かにこう言った。
――刹鬼