出会い
――君は神に選ばれた。
真っ暗な空間の中で、男かも女かも判断のつかない声で、脳内に囁かれるように響く。
――神に選ばれた?
私は声に対してそう聞き返すと、声は今度は耳元で囁くように言った。
――そう、君は神によって、『深天極地』に選ばれた。
!!
答えられた後、私は目を覚ました。
「何の声だったんだろう?」
私はそう口に出しながら、布団から出て風呂場に行き、シャワーを浴びる。その後、顔を洗い、髪をセットして朝食を作る。
「いただきま~す。」
私は変な夢を見たと思いながら、少しテンションを上げて食事をした。そして、自分の部屋に戻り、高校の制服に着替え、ルビーの指輪を中指に着ける。
「今日は卒業式だ。今日の夢の事は忘れて、最後の学校を楽しもう!」
私は近所の迷惑にならない程度の声でそう言って、家を出て、鍵を閉める。そして、いつも通りの自転車に乗り、鼻歌を歌いながら、学校に行く。
このときの私は知らなかった。今日が、普通に暮らすと言う事の最後になるという事を....今日が全ての始まりになるという事を...。
・・・5時間後
「はぁ~!! やっと終わったぁ~!! 帰りに今日の晩御飯と昼御飯のおかずを買って帰ろうかなぁ~!!」
私はそう言ってスキップしながら、いつも立ち寄っている店に入って行き、野菜や果物、1、2個程のお菓子を買って、店を後にした。
「友達は皆大学行っちゃうし...私は就職先が一向に見つからないし....私の人生..これからどうなるんだろ。」
帰りながら、高校の卒業を改めて実感した私は、今置かれている状況に抱えていた不安と焦りを無意識の内に吐露していた。
「就職先見つからなかったら...バイトで稼ぐようになるのかなぁ...。そうなったら..皆に何て言われるだろ。皆は気を使って、その話、全くしなかったしなぁ...。いつも他の人に気を使ってたけど...分かりやすく気を使われるって....こんなに息苦しいんだなぁ。」
私は帰りの公園のベンチに腰を下ろして、買い物袋を隣に置いて、両肘を両膝の上に置いた状態で俯く。
「子供の頃...何でもできると思ってたのになぁ。意外とそうでもないんだなぁ...。」
そう言ってると、突然今日の夢の内容がフラッシュバックした。
・・・〝深天極地〟に選ばれた。
「深天極地? 何それ...聞いたことあるような...ないような。」
私はポケットの中に入れていたスマートフォンを取り出して、検索をかけた。
「出て来た....! 『都市伝説! 深天極地と呼ばれる謎の力!!!』ほぉ~..えっと...『深天極地:深海ノ羅刹、天空ノ修羅、極限ノ鬼哭、地底ノ刹鬼...特殊な血流によって生み出される、神秘の力。修羅は天空を司り、羅刹は深海を司り、刹鬼は地底を司り、鬼哭は極限を司る。使用している間は、身体能力が飛躍的に上昇し、精神力も数倍強くなる。』....もし私に、これのどれかの力あるとすれば...この力を使えば.....何かの役に立つことができる...!!」
私は深天極地が説明された文章を最後まで読まず、18歳にもなって無駄にはしゃぎながら、買い物袋を持って家まで走った。
「ただいまぁ~!」
家に着くと、いつも通りそこには誰もいない。父と母は病死、姉は行方不明、弟は学校の宿舎で暮らしている為、家には滅多に来ない。静かな空間が家全体に広がる。
ピンポーン
ご飯を作ろうとしていた時、玄関からチャイムの音がした。
「は~い。」
私は返事をしながら玄関の扉を開ける。しかし、玄関の前には誰1人いなかった。
「いない...?」
私はそう言って玄関の扉を閉めようとすると....
ポタッ
という水滴が落ちる音と共に、私の頭に液体が落ちてきた。液体で濡れた髪の毛を手で触ると....
「....血?」
赤い鮮血が指についていた。
「...!」
私は絶叫しそうになったが、ぐっと声を抑えて、血が落ちてきた頭上を見る。そこには....全身血だらけの、性別すら判断できない人間の死体があった。
「....ぇ?」
私は膝から崩れ落ちて玄関前で座り込み、口を抑えて泣きそうになる。
「....!!!」
同時に、全身に激痛が走る。あまりの痛みに、その場に倒れこんでしまう。すると、また足に血がダラダラと垂れて来た。頭上を見ると、血だらけの人間の死体が動き出し...
「血を...血を....分け..て....くれぇ....。」
と言って、屋根から落ちるように降りて、まるでゾンビのような歩き方で、こちらににじり寄って来る。その瞬間、私の本能が叫んだ。
「(殺される!?)」
私は全身の激痛を我慢し、血だらけの人間から一目散に逃げ出した。そして、交番に助けを求めようとした。その瞬間....
「逃げちゃ駄目だぁ。ちゃんと、『血』を覚醒させねえと...。」
目の前に突如男が現れ、私にそう言った。
「お前は『深天極地』の『純血』何だからな。」
男は視認できない速さで殴りかかり、私の頬を掠る。その瞬間、男の背後から湧き出るように血だらけの人間が、「血をくれ、血をくれ」と言いながら、こちらに来ているように見えた。私は声も出せず、ただ恐怖してその場に座り込んでしまった。男は不敵な笑みを私に向けながら、爪を伸ばし、私の頬に手を当てる。その瞬間、頬から血がダラダラと流れ出す。
「...!!!!」
形容し難い、激痛がまた襲ってくる。
「(あぁ...死ぬんだ。私ここで....死ぬんだ...。)」
さっきとは比べ物にならない痛み、私は動けずその場で諦めかけた。
「薫。」
その瞬間、母さんの声が聞こえた。
「薫、この指輪を肌身離さず着けておきなさい。これは...あなたを護る盾になり、あなた支える剣になるもの。どんな困難に打ちひしがれても、諦めなければ、その指輪が打開できる方法を示してくれる。」
「諦めなければ...。」
私は自分の右手の中指に着けたルビーの指輪を見て、男の手をどけて、激痛に耐えながら...立ち上がる。
「打開できる...!!」
私はそう言いながら、目の前にいる男に向かって精一杯のパンチを繰り出す。
ペチッ
でも、その行動は虚しく、あっさりと男に受け止められ、鼻で笑われる。
「諦めなければ、打開できる....。ただの根性論だ。根性だけで何でもできたら...人間は何一つ苦労しない。」
男はそう言って私の手首を掴み、真上に投げる。
「うっ....!!」
その後、男はひとっ飛びで私の真横に来て、勢い良く腹部を蹴る。
「グヴァァ...。」
その衝撃で吹っ飛ばされた私は、地面に激突した瞬間に大量の血を吐く。その状態の私を見て男は見下すような視線を向けている。私は這ってでもその場から逃げようと、必死に動く。
そうして手を伸ばすと、誰かの足を掴んだ感触があった。私はその方向に目を向けると...
「...。」
マントで体を覆っていて、フードを被っている為、顔も見えない人がそこにいた。私はその人に泣きながら、声を振り絞って助けを求めた。
「...すけ...助け...て...ください...。..何万..でも....出し....ますから.....。」
「...何万もいらない。5000円で充分だ。」
その人は私の声にすぐに答えてくれた。その事に安心して、私はその場で気を失った。