ギリシャ神話詩『ゼウス讃歌』
古代ギリシャ研究家の藤村シシン先生を中心に、2020年4月29日(水)にtwitter上で開催された「エアアポロン誕生祭」に投稿した『アポロン賛歌』に続く、ギリシャ神話詩第2弾です。今回は、ギリシャ神話の主神ゼウスを讃えつつ、世界の平和を願う歌となっております。前作同様、古代ギリシャの詩人ホメロスの叙事詩『イリアス』『オデュッセイア』などを参考に、自己流でつくりました。
詩女神よ歌え、オリュンポスの峰に座し、
この世見はるかす神々の 中でもわけて偉大なる、
大神ゼウスの讃歌を。
おお、狡知のクロノスが御子、神々の王。 ※1
かつてギリシャの民が崇めし父神にして、
雲を集め、雷閃かせる天空の神。
獅子の毛皮まといしヘラクレス、かの英雄が父君よ。 ※2
ドドナの樫の枝葉を鳴らし、巫女に神託ささやく御方。 ※3
愛の狩人、恋の虜囚、美女と美男を好む君。
メティスにテミス、ムネモシュネ。イオにエウロペ、アルクメネ。
レト、レダ、セメレ、エウリュノメ。マイアにカリスト、ガニュメデス。 ※4
妻たるヘラの目を盗み、口説きし相手は数知れず、数多の浮き名を流せし神よ。 ※5
御身が治めし神代より、時を経ること幾千年。
オリュンピアの神殿は朽ちて、主神の像も失われ、 ※6
神への信仰崇拝も、廃れて久しき今の世を、御身はいかがみそなわす?
今日、世界の彼方此方では、
地震に洪水、火山の噴火、
忌まわしき疫病、飢餓、貧困――災いの数々猛威を振るい、
人々苦しめ、悩ませたり。
戦の炎も燻り消えず、時に激しく燃え上がり、
数多の人命奪われて、アレスとエリス、ハデスの三柱さえも驚かせたり。 ※7
艱難辛苦果てなく続き、混迷深まる今の世を、神はいかに思し召す?
これはまことに良い見物、死すべき運命の人の子ら、さらに苦しみ、悶えよと、
雲の上にて呵々大笑、諸神こぞりてお笑いか。
あるいは無情に顔背け、ちらりと冷たき一瞥投げて、
神への畏れと敬い忘れ、思い上がりし人の子ら、現在の苦難は過去の報い、
救うに及ばず捨て置けと、素知らぬ顔をし給うか。
はたまた助けてやりたし、救いたし、そうは胸の内にて思えども、
オリュンポスの神々に、かつての力はもはやなく、
どうにもならぬと肩落とし、深々嘆息し給いたるか。
神の御心 何処にあるや。ゼウスの御心 奈辺にあるや。
人は知り得ず、神のみぞ知り給う。
されど我ら、あえて今、御身に願いたてまつる。
いまだ御身が胸の奥底に、我ら人間への憐みあらば、
しかと見守り給え今の世を、オリュンポスの頂より。
かつて御身が愛で、守り、助け給いし人間の末裔、その生き様を照覧あれ。
我ら人間、死すべき運命の人の子ら、
たとえ力は弱くとも、必死に生きんと勤めに励み、
たとえ知恵は浅くとも、賢くならんと学びに努む。
ご覧になられよ、その様を。
そして、いつの日か人の世に、平和が戻ることあらば、
どうか嘉し給え、天空真白に照らす雷と、大地潤す雨をもて、
苦難乗り越えし人の子ら、我らが強き生き様を。
ではこれにてさらば、オリュンポスの峰に座し、
この世見はるかす大神ゼウス。
雲を集め、雷轟かせる天空の神。
狡知のクロノスが御子、神々の王。
今宵この歌、御身に捧げ、世界の平和を祈願せん。
【注釈】
※1 クロノス
ゼウスの父で、古き神々=ティタン神族の王。「自分の息子に王位を奪われる」という予言を恐れ、生まれた子たちを次々と呑み込んでいたが、末子のゼウスは母レアの計らいで逃がされ、父の目が届かない祖母ガイアの許で育てられた。成長したゼウスは兄や姉たちを救い出し、ティタノマキアと呼ばれる大戦の末に、父が率いるティタン神族を倒して、新しい世界の支配者となった。
※2 ヘラクレス
ゼウスの息子で、ギリシャ神話最大の英雄。不死身のライオン、ネメアの獅子を退治し、その毛皮を身にまとって数々の難行を成し遂げた。
※3 ドドナ
ギリシャ最古の神託所があった地。この地では樫の枝葉のざわめきに耳を澄まし、それをゼウスの言葉として解釈する巫女が、訪れる人々に神託を伝えていた。
※4 メティス・テミス・ムネモシュネ・イオ・エウロペ・アルクメネ・レト・レダ・セメレ・エウリュノメ・マイア・カリスト・ガニュメデス
いずれもゼウスに愛された女神やニンフ、人間たち。ちなみに一人だけ、男性(美少年)がまじっている。
※5 ヘラ
ゼウスの姉にして妻、結婚の女神。大変嫉妬深く、夫のゼウスが別の女性と浮気しないかと、常に目を光らせていた(そして浮気が発覚すれば、相手の女性や生まれた子に苛烈な迫害を加えた)とされる。
※6 オリュンピア
古代オリンピックの舞台となったゼウスの聖地。この地のゼウス神殿には、建築家にして彫刻家のフェイディアスによってつくられた巨大なゼウス像が本尊として祀られていたが、後にローマ帝国に持ち去られ、焼失した。
※7 アレスとエリス、ハデス
アレスはゼウスの息子で軍神、エリスは諍いの女神、ハデスはゼウスの兄弟で冥界の神。
歌の大意は以下のようになるかと思います。
詩神ムーサよ、オリュンポスの峰に座し、この世を見渡す神々の中でも特に偉大な神ゼウスの讃歌をお歌いください。
おおクロノスの御子、かつてギリシャの民が崇拝した父なる神にして、雲を集め雷を閃かせる天空の神、ヘラクレスの父君よ。
妻であらせられるヘラ女神の目を盗み、数多の浮き名をお流しになった神よ。
貴方がお治めになった神々の時代から幾千年の時を経て、神への信仰崇拝も廃れて久しい今の世を、貴方はどのように見ておいでですか?
今、世界のあちらこちらでは、疫病や貧困、飢餓など数々の災いが猛威を振るい、人々を苦しめ、悩ませています。
戦火も消えることなく、時に激しく燃え上がって多くの人命が失われ、戦いの神アレスと争いの女神エリス、冥界の神ハデスさえも驚かせる有様です。
苦難が果てなく続き、混迷深まる世の中を、神はどのように思っておられるのでしょうか?
これは良い見物、人間たちはさらに苦しみ悶えよと、雲の上で神々はそろってお笑いでしょうか。
あるいは無情にお顔を背け、冷たい一瞥をお投げになり、今人間たちが苦しんでいるのは、かつて神への畏敬を忘れ、思い上がった報いであるから救うには及ばない、放っておけと素知らぬ顔をなさっておいででしょうか。
はたまた助けてやりたい、救いたいとは思っても、オリュンポスの神々にかつてのような力はもはやなく、どうにもならないと肩を落とし、深々と嘆きの溜め息をついておいででしょうか。
ゼウスの御心はどこにおありでしょうか。人間にはわからず、ただ神のみがご存じです。
けれど私たち人間はあえて今、貴方にお願い申し上げます。
貴方の胸の片隅に、一片でも憐みがおありでしたら、オリュンポスの頂から、しっかりと今の世を見守ってください。
かつて貴方が愛し、守り助けた人間たちの末裔である私たちが、たとえ力弱くとも、生きようと必死に仕事に励み、たとえ知恵浅くとも、賢くなろうと学びに努める様をご覧ください。
そしていつの日か、人の世に平和が戻ることがありましたら、天空を雷で真っ白に照らし、大地を雨で潤して、私たちの生き様をお褒めになってください。
では、これにて失礼いたします、この世界を見渡す大神ゼウス、雲を集め雷を轟かせる天空の神、クロノスが御子、神々の王。
今宵この歌を貴方に捧げ、世界の平和を祈願します。