1-3
選択:♥4.7.9の3枚を捨てる
ここは無難に行くべきだ
碇石は負けにくいと言うし、それに今回は様子見だ
小林さんの手にもよるが、俺が賭けているのは200万円だ
大きく痛手を負うことは考えにくい
来たカードは…♧3、♦6、♤2
これで2のスリーカードが出来た
カード自体は弱いが、役としてはそこまで弱いわけではないだろう
出来やすい役の中では一番強い
それがポーカーを初めてやる俺の印象だ
それに、もし1枚交換だったらノーペアになるところだった
ただ、それは俺だけの結果であり、俺が1枚交換にすることによって小林さんの狙っている役が出来ない可能性もある
だからどちらが良かったのかは、まだ分からない
「後攻の小林様、交換するカードを選択して下さい」
小林さんは悩むことなくさっさと操作を終わらせると、タッチペンを置いた
考える時間は今までに沢山あった
俺が直前になっても悩んでいるということは、それだけ様々な可能性のある手なのだと思われるだろう
「プレイヤーの手札を公開いたします」
♤7、♥8、♦9、♤10、♦J
ストレート…
負けだ
「綾辻様2のスリーカード、小林様ストレートで1ゲーム目は小林様の勝利です」
小林さんはそれが当然だとでも言うかのように、なんの反応も示さない
俺の損失は200万円×4で800万円
賭け金と合わせると1,000万円
小林さんは最低400万円は賭けているだろう
400万円だとすれば、参加費を引いて儲けは1,200万円
所持金は6,700万円はあるはず
もっと賭けている可能性だってある
勝たなければマズい
というか、♥最初の方に固まり過ぎだろ
これで♥は残り7枚
なんとかストレートフラッシュなんていう難易度の高い役を作るつもりはないが、小林さんは分からない
♤と♦が出来なくなったことを覚えておこう
「さっき見てて思ったんだけど、白金さんって左利きなんだね」
「ええ、そうですわ。この距離ですからぶつかってしまうことはないとは思いましたが、念のため左側に着席させもらっていますの」
「そうなんだ。村田さんは右利きだね」
「そうですけど…」
そう言った瞬間なにかを閃いた様子で白金さんを見る
白金さんが微笑むと村田さんが小さく頷く
その様子を見て小林さんも小さく微笑む
「あ、ゲームと関係ない話ししてごめんね?」
「構わないが、随分と呑気だな。勝ったからか」
「違うよ。それに、鈴はまだ勝ってないよ。あなたもまだ、負けてない」
「それはどうも」
利き手なんてどうでも良いことを聞いてどうするつも……
左と右、なにか閃いた様子
小林さんは村田さんに右から、白金さんに左からカードを見てほしいと言い、それを2人は了承したということか
俺が気付くことを承知でそんなことを言ったということは公開された手札が少なかったのだろうか
どこを見られているか考える材料を与えてまで、見る場所を指示しなくてはいけなかった
それは恐らく公開された手札が少なかったからだ
どちら側を見られたかは分からないが、左か右の2枚を見られている可能性が高い
左だと良いが、そこはなんとも言えない
♥7.9を把握されているつもりでいた方が良いだろう
「第2ゲームへ移ります。小林様、綾辻様は参加費を決定して下さい」
200万円だ
チキンと言われても仕方がないが、負けたときのことを考えるとやはり多く賭けるわけにはいかない
初めてやるゲームに命をかけることになるとはな
こんなことならもう少しトランプを触っておくんだった
「残りのカードは27枚です」
さっきのゲームでは5枚交換されているのか
俺が3枚交換したから、小林さんは2枚
公開されたカードは勝負したときになかったから、捨てられたカード2枚の内1枚を見ていることになる
今の手札は…♧A、♧6、♧4、♤6、♦A
ツーペアだ
6かAが来ればフルハウスだ
どこにどのカードを配置するかだが、あの様子では2人とも200万円しか賭けていないとも考えられる
少なくとも片方は200万円だろう
つまり、中央に置いておけば見られることはない
♧A、♦A、♧4、♤6、♧6
こうしておけば、♧4は捨てるから出ていることを隠せる
残りの4枚はなにがあろうと相手に見られる
小林さんが勝負を降りることはないだろう
であれば、役が出来そうだと分かったところでなにをすることも出来ない
認識されるカードを減らしておくに越したことはない
『カードを伏せる』を押すとタッチペンを置いた
「白金様、久住様、村田様は公開するカードを選んで下さい」
3人がタッチペンを置くと画面に『♤5』のカードが表示される
「へぇ、意外と面白いね」
「そりゃどうも」
「先攻は綾辻様です。交換するカードを選択して下さい」
どういう意味か知らないが、俺が交換するカードは決まっている
来たカードは♤Aだ
フルハウス!
なんとかストレートフラッシュは♥しか出来ない
ストレートフラッシュも♧だけ
フォーカードは5だけ
よっぽど負けない
「後攻の小林様、交換するカードを選択して下さい」
さっきと同じく、迷いは見せない
「では、プレイヤーの手札を公開いたします」
♤3.5.9.Q.K
「綾辻様フルハウス、小林様フラッシュで2ゲーム目は綾辻様の勝利です」
勝ったは勝った
だが、フラッシュだって十分強い
どうしてそうも強い手が来るのか…
ともかく、今回勝ったことで俺の所持金は2,500万円と元に戻った
小林さんは今回、前回よりも多く賭けているかもしれない
500万円だと仮定すると、3,200万円
最初の差を考えれば追いついたが、こうも強い役ばかりで来られては、不安になってしまう
「小林様、綾辻様は参加費を決定して下さい」
残りのカードは少ない
勝負を仕掛けるならここだろう
だが、ここで今まで通り役が出来るとも限らない
300万にしておこう
「残りのカードは15枚です」
俺と同じ1枚交換…
操作しているのかと思ってしまう
だが、ここはしないだろうという謎の、信頼とは違うなにかがあった
純粋に殺し合いを楽しんでいる
誰かを庇うことなど、誰かを陥れることなど、しない
「まだ?」
「あ、悪い。まだ確認していない。もう少し待ってくれ」
そんなに長い間考え込んでいただろうか
とにかく、今は手札を確認してセットする順番を決めなくては
♧Q、♧9、♧K、♦5、♧8
♧は10がまだあるはずだ
それに、♧はまだ4枚残っている
残りが15枚だから、約26%の確率で♧が来る
約6%は♧10だ
十分可能性はある
逆に言えば、3/4の確率で他のマークが来ることになる
だが、今ストレートフラッシュやフラッシュを狙わないなら、なにが狙える
確率もなにも分からないものに賭けるより、ずっと良い
まだ次の勝負があることも考えて勝負のときに見せないカードを真ん中に置いた方が良いだろう
「まだー?」
「決めたからもう少し待ってくれ」
♧Q、♧9、♦5、♧K、♧8
左右一枚ずつは必ず見られている
残りがないと俺しか知らない可能性のある9は中央寄りで確定だ
あとは…これで良い
『カードを伏せる』を押すとタッチペンを置いた
「白金様、久住様、村田様は公開するカードを選んで下さい」
3人がタッチペンを置くと画面に『♥J』のカードが表示される
「遅いと思ったらそういうこと」
「悪かったって」
少し遅かったからってそんなに文句を言わなくても良いじゃないか
「先攻は綾辻様です。交換するカードを選択して下さい」
今回は俺も迷わずさっさと操作を済ませる
来たカードは…♧K
♧10ではなかったが、フラッシュだ
十分強い
「後攻の小林様、交換するカードを選択して下さい」
相変わらず迷いは見せない
「プレイヤーの手札を公開いたします」
♥10.J.Q.K.A
「綾辻様フラッシュ、小林様ロイヤルストレートフラッシュで3ゲーム目は小林様の勝利です」
なんで?!
なんでここで一番強い役を?!
それより、300万円の20倍なんてない
「綾辻様は今の勝負で所持金が-3,800万円となりました。貸し付けが可能ですが、」
「久住さん!」
「僕は貸せないね」
「どうして!」
「綾辻くんが勝ってくれないから所持金が増えていないんだよ」
小さく笑っているのはいつものはずなのに、妙にイラついた
残りの2人に言っても無駄だろう
仮にあったとしても貸すメリットがない
むしろ自分の所持金もギリギリになるというデメリットまである
「茉莉…ごめんな…」
俺、駄目だった
ここで死ぬんだ
…また会えるかな
例え同じような未来が待っていたとしても、俺はまた茉莉に会いたい
「裏切った子の名前かな」
「そうだな…守ると誓ったのに殺させてしまった。そういう意味では、俺は茉莉も裏切っている」
「美しいかもしれないけど、ここには必要のないものだね」
もう言い返すのも面倒だ
「そうだ。あいつはどうなった」
「あいつ、と言いますと?」
「俺が参加していた「名前当てゲーム」のゲームマスターだ。あいつ、銃で撃たれたんだよ。ちゃんと治療したんだろ?大丈夫なのか?」
「ああ…彼ですか。彼は選択肢を間違えたのでゲームオーバーで死にましたよ。今の綾辻様と同じです」
言っている意味が分からない
ゲームマスターが同時に別のゲームに参加していたってだけでも意味が分からないのに…
「選択肢…?」
「はい、最初にフラッシュを狙っていたらどうなっていたと思いますか?」
「へぇ、あのときそんな手だったんだね」
「少なくとも、なんとかストレートフラッシュは出来なかっただろうな」
「なんとかストレートフラッシュって…もしかして、やったことなかったの?」
「ああ、そんなゲームに命を賭けるとは思わなかった」
少しの静寂ののち、小さな拍手が反響して、大きく響いた
「初めてやったゲームであれだけやったんだね。すごいよ。確かに、初めてなら保守的にもなるよね」
「自分もすごいと思いますけど…」
「いくら素晴らしかろうと負けは負けですわ。大人しく死んだ方がよろしいのではないでしょうか」
「では、出来るだけ楽に殺して差し上げましょう」
俺の方へ真っ直ぐ向かってくる
恐らく扉は開かないだろう
逃げても無駄だ
俺の目の前に立って、胸ポケットから拳銃を出す
「逃げないのですね」
「どうせ無駄だろ。お前たちは殺すと言ったら殺す」
「諦めが良いのですね。いたぶれないので残念です」
「そりゃ良かったよ」
銃口を口に入れられる
角度は斜め上
なにかの映画で見た
一番苦しまない死に方らしい
「――どうか安らかに」
耳元で俺にだけ聞こえるように言って引き金に視線を移す
指先が震えている
―――本当の悪人なんて、この世にはいないのかもしれないな
ケース①:1ゲーム目で敗退