厨二病聖女は闇堕ちしたい
その日、大聖堂は厳かな雰囲気に包まれていた。
騎士団長であるアランは息を呑んだ。
目の前の魔法陣に名うての魔術師たちが集まり、異世界から聖女を召喚しようとしていたのだ。
「これで我が王国は救われるのだな……」
拡大する瘴気に対抗するためには、異世界から呼び寄せた聖女に頼るしかない。
そのため王国では数十年に一度、聖女を召喚しているのだ。
「せ、聖女様が召喚されるぞ!?」
描かれた魔法陣が輝き、魔力の流れが地球とのルートを繋ぎ、人影を映し出していく。
徐々に実体化していき、ショートカットの見目麗しい金髪少女が現れた。
「こ、ここはどこですか……?」
「聖女様の召喚が成功したぞー!!」
「きゃっ!?」
少女は驚いて仔ウサギのように跳び上がり、周囲を警戒していた。
「おっと、失礼。召喚する側の私たちは慣れているもので、つい……。ここはあなた方の地球とは違う、異世界と呼ばれる場所です」
「しょ、召喚……? 異世界……?」
「聖女様、身勝手な願いとは存じていますが……どうか我らの世界を滅びからお救いください……!」
少女は少し悩んだあと、コクリと頷いた。
「わ、わかりました……。わたくしもシスターの端くれ。たとえ異世界の御方でも、お困りなら助けなければなりません! わたくしの名前はホーリィ、どうぞお見知りおきを……」
その場にいた全員が、新たな聖女に向かって跪いた。
ホーリィは最初は小動物のように震えていたのだが、他者を救済するという目的を持った途端に意思の強い表情を見せた。
聖女の才能ありと、誰もが認めたのだ。
――そのまま召喚の儀式を終えようとしていたのだが、なぜか再び魔法陣が光り出していた。
「お、おい。アレを見ろ。まだ誰か来るようだぞ!?」
ホーリィのときと同じように、人影が現れ、実体化していった。
現れたボサボサの長い黒髪の少女は、プルプルと震えていた。
「な、なんと!? 二人目だとーッ!? ……失敬、また怖がらせてしまうところでした。ホーリィ様も最初は怯えていたというのに……」
騎士団長アランは心を落ち着けて、震えている少女に跪いた。
「ようこそ、異世界へ。ここはあなたの地球とは違う場所で――」
「ふ、ふふふ……フゥーハハハハハハハッ!!」
突然、高笑いをし始めた少女に、アランはビクッと驚いた。
そして、気が付いた。
少女は怯えていたのではなく、歓喜に打ち震えていたのだと。
バッと両腕を大きく広げて、特に何もない頭上を見ていた。
「そうか! 私は異世界に召喚されたのか! 特殊なスキルで活躍するために!」
「は、はい……。飲み込みが早いようで……。というか異常に早い気もしますが」
「そんなの当たり前だ。日々、想像していたからな!」
「なんと!? 準備されていたので!?」
少女は、ビシッとアランを指差した。
「ああ、そうだとも! 学校にテロリストが襲ってきたときのシミュレーションとか考えたり、傘で必殺剣を練習したり、手からビームとか、魔法少女に変身とか、悪魔の執事とか! 異世界召喚も寝る前に想像しまくったさ!」
「は、はぁ……。よくわかりませんが、何事にも備えるのは武人の常。それはそれはお凄いことで……」
「で、私は勇者として召喚されたのか? それなら王女の罠にハマって追放されてからの闇堕ち復讐コースが――」
「いいえ、違います。勇者ではありません」
「ふむ。それなら賢者か。孫でも名乗って禁忌の術に手を染めて闇堕ち――」
「いいえ、違います。違いますとも。あなた様は聖女として召喚されたのです」
少女はピシッと石化したかのように固まった。
「せ、聖女……?」
「はい、聖女様」
「聖女ってあれか。清らかな感じの……?」
「その通りでございます。瘴気を浄化して頂きたく……」
「ふ、ふふふ……このダークネス闇子(真名)が聖女とはな。いいだろう、聖属性というのも乙なものだ! 瘴気を浄化してやろう!」
「おぉ!!」
「ただし、条件がある。まず衣装をだな――」
***
――数日後。
騎士団長アランは、瘴気漂う森の中でため息を吐いていた。
原因は目の前の闇子のせいであった。
「どうした、我が眷属よ?」
「いや、俺は眷属じゃなくて、聖女様の護衛ですからね……」
「フゥーッハッハッハッハ! この闇堕ちした聖女の護衛なら、眷属と言っても過言ではないだろう!」
闇子は黒いドクロの杖を握り、黒いコウモリのような翼リュックを背負い、黒く染めた聖女服を着て、とにかく黒一色で上機嫌だった。
「聖女様は見た目黒くしただけで全然闇堕ちしていないし、それに眷属は過言ですからね……」
「恥ずかしがりおってからにー!」
「ある意味恥ずかしいです。はぁ~。もう一人の聖女様、ホーリィ様はあんなにマジメに魔法の練習をして、こちらより早く別の場所を浄化しに向かったというのに……」
アレンはがくりと肩を落とした。
「ふんっ。要は聖女より手早く済ませてしまえばいいのだろう? この闇堕ち聖女のダークネス闇子に任せておけ!」
「浄化作業は時間がかかりますし、それにまともに魔法の練習だってしてないのに……」
「練習? そんなモノはいらん。最初に言ったではないか。すでに準備していたと――な」
「……ッ!?」
瘴気漂う森の中、闇子はあるポーズを取った。
脇を締めて、手のひらをバッと広げて上に向け、凶悪な笑顔を放つ。
そう、俗に言う支配者のポーズである。
「永久に眠る黒海よ、人類に潜む善悪の彼岸よ。妖精郷の女王が嗤うとき、ヘルヘイムから大いなる闇を放て――“浄化”ァ゛ァ゛ア゛ア゛!!」
「この聖女、なんか呪文が邪悪すぎるぞー!?」
呪文は邪悪だったが、なぜか森は一瞬で浄化されたのであった。
普段から厨二病を患っていた闇子のイメージトレーニング力が、この世界の魔法の領域に達していたのであった。
「嘘だろ……歴代聖女の中でも最強の部類だ……」
「フゥーハッハッハッハ! これが闇堕ちした聖女の力よ!」
「だから服を黒く染めただけで……してませんからね、闇堕ち」
厨二病聖女が本当に世界を救ってしまうのは、また別のお話である。
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そちらも是非お願いします。
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