オードリー
昔はよくいた悪ガキが現代にいたらこうするんだろうなと思い書いてみました。
現役学生が読んだら現実感がなくシラけるかも知れませんが、昔の子供・今の中高年のバイタリティーをちょっとだけ理解して貰えると嬉しいです。
彼は大阪市内の外れに住んでいる。
古い2階建てのアパートの一階奥の部屋に小学4年生から母と二人で暮らしており、髪は若白髪が多く癖っ毛で大きなウエーブを作っている。
背は高いが身体の線が細くひょろっとしていて目だけが大きくギラギラと光っている野良犬のようで、歩いて30分ほどの所にある公立高校に通っている。
中学を卒業する時に就職を希望したが同期ではそれが彼一人だったため担任の他、学年主任や教頭、校長まで巻き込んで説得された。
「高校の友達は一生の友だちになる」
これには多少の疑義がある。
「高校ぐらいは出とかんと苦労するよ」
これは多分本当だと思った。
「高校も今は授業料いらんから行っとかな損やよ」
これも本当、税金でまかなわれている以上確かに受けられる助成は受けておかないと損で、彼もコンビニでアンパンを買っても軽減税率とはいえ消費税8%は払っている。
「給食のでる高校あるで」
バイトのまかないかぁ〜、
「高校卒業して大学行ったら幸せな人生になる」
これは嘘、周りの結構な人数の大人がそれを証明している。
「高校行ったら周りの半分は女子高生やぞ」
この先生はちょっと危ない人かもしれない。
最後には
「取りあえず入学して嫌やったら辞めたらええから」
と、入れ替わり立ち替わり説得にやってくる。
この人達は彼の人生よりも本当は進学率を100%にしたかっただけではないかと今でも思っている。
その証拠に定時制の可能性を聞いてみると、
「4年も掛かるよ」
4年も3年も彼にはあまり変わりがあるようには思えなし、全日制高校を卒業するのに5〜6年掛かることもあり得る。
「基礎的な学力が不足するから大学行くのは難しいかな」
高校行くのを渋ってる奴に大学の話をするなと思う。
「結構歳いった人とかと同級生になるぞ」
別に気にはしないし、それはそれで面白い事があるような気がした。
ただ解ったのは定時制高校は進学率にカウントされないようであると言う事だけだ。
それに彼は受験勉強どころか普段の授業さえまともに受けておらず、素行不良で受け入れてくれる高校は無いだろうと勝手に思っていた。
それでも特別に受験勉強をせずに今のままでも入れる高校が徒歩圏内にある事を担任の先生に教えられる。
「先生ここの高校って校則厳しないの」
「うちから行ってるのも結構おるけど・・・」
校則の質問には答えていないがまぁいい。
「いてるんですか」
「卒業できてんのかな?」
彼の担任の教諭は正直だった。
「高校中退って最終学歴は中学卒業ですか?」
「そう言う事になるな」
「それやったら中途半端に行かんと早い事、手に職着く事やりたい」
そうは言ってみたものの彼自身何をしたいのか決めていない所を突かれないか内心焦る。
「それは高校に入ってみてからでもええやろ」
正直な担任教諭は彼の言葉の穴を見逃す、この人はディベートには向いていないと思いながら逆に彼が言葉尻を掴む。
「そこは卒業してからでもええやろとはちゃうんですね」
「痛いとこ突くな」
「そんなん無責任でしょ」
「まぁそう言うなよ、行ってみたら結構楽しいかもしれんぞ」
そんな人の良いaboutな担任教諭の勧めに彼の考えが少し動いた。
夜の勤めでちょっと男好きがし、新しい彼氏ができると母子二人暮らしのアパートにあまり帰っててこなくなる母にも相談してみるが、
「今まで生活とあんまり変わらんのやったら行っといたら」
みたいな感じで今は新しい彼氏の事で忙しそうだった。
今まで興味がなかったと言うか、彼が情報を一方的に遮断していたので知らなかったが、小中と一緒の浩太もその高校へ行くと言っており、彼も受験してみた。
まぁなんとか合格し、少しは喜んだりもしたが後で定員割れだった事を知る。
彼は決して頭が悪いわけではなく勉強をする環境にないだけで、どちらかと言うと悪知恵は人一倍よく働く。
まだ彼が小学生の頃、家が新聞配達所の浩太とアパートが近くの彼は浩太つるむようになって行った。
きっかけは、新聞配達所の経営の行き詰りやアルバイトの不足から新聞の配達を手伝う事が日常化しており、地元なので新聞を配達する家は結構同じ学校の生徒の家があるのでクラスでちょっとしたトラブルがあると必ず
「もうお前んとこの新聞止めんぞ」
とか偉そうに言う奴が必ずおり同級生や学校やに対して疎外感を持っていた。
そんな時にこの町に来て間もない彼が小学生でも新聞配達ができるかを浩太の新聞配達所に、聞きに行った事から始まる。
彼が新聞配達所のガラスサッシの引き戸を開ける。
配達所の中は必要以上の蛍光灯の明かりで眩しく作業台横の棚に映画のタダ券が無造作に束で置いてあり他にもたくさんの招待券や優待券がちらばっていた。
「なんか用なんかな」
浩太の親父さんが優しくて声をかけた。
「すいません新聞配達て何歳からできますか?」
「今何年生や」
「4年生です」
「ほんなら家の浩太と同じやから十歳かぁ〜、昔やったら目ぇつぶれたんやけどな、せめて中学なってからしか無理やな」
その時浩太が親父さんの側で折込チラシを新聞に挟んでいく作業をしていた。
「おっちゃんその仕事は?」
「これは家の子で自分と(あなたと)同級生や」
「それはでけへんの」
「家の手伝いさせてるだけやからアルバイトとちゃうねん」
「じゃあ手伝いでお駄賃って言うのは無理ですか」
「堪忍してや、中学なったら大丈夫やからそんとき頼むは」
「今から手伝いしてその分貯めといて中学になったら貰うって言うのは・・・」
「そんなんできるわけないやろ、うちは言うても報道関係やでそんなもん世間にバレたらえらい事になるがな」
小学生の彼でも、なにが報道関係や新聞の配達してるだけやないかと思ったが、顔には出さずに
「すいませんでした、中学になったらよろしくお願いします」
と言っておく、何も悪い印象を残して先の可能性を潰す必要は無いからだ。
そんなやり取りを浩太はコイツおもろいなと思い、もしコイツが新聞配達始めたら俺の方が立場は上や「なんせ新聞配達所の所長の息子やからな」とちょっといい気分になっていた。
翌日浩太が学校へ行くと一時間目が始まる前にまだ若い女の先生が彼を連れて教室に入ってくる。
「今日から転校生が来てます、みんな仲良くしてあげてください」
と言った先生の言葉が彼には気にくわない。
あげてくださいって何で俺の方が一方的にお願いするみたいな感じになっとんねんと思い。
「みんなに一言挨拶をしてください」
と先生の言葉に教室中を睨み倒す事で抵抗を示すが
「まだ慣れてないみたいやね、みんなにお願いしてちょっとづつ友達になって行ったらええからね」
若い女の先生は転校生が虐められるのを危惧してヘリ下った物言いいをしたのだが、逆に彼はその言葉にブチ切れて思わずまだ若い女の先生に言い返す。
「頭沸いてんのとちゃうか、何で俺がこいつらにお願いして友達ならなあかんねん、そんなもん学校の都合で問題起こさんといて欲しいだけやろ」
と、大声で言うとまだ若い女の先生は唖然としながらもちょっと涙ぐみ諭すように言う。
「そんな事言うたら友達になれへんでしょう」
「友達て何なん、そんなもんいらんは俺が欲しいのは仲間だけや」
「仲間て友達でしょう」
「ちゃう友達は裏切るけど仲間は絶対裏切らへん」
若い女の先生はきっと朝の暖かい転校生の紹介と拍手を想像していてのだろうが、見事に裏切られて泣いてしまった。
浩太は小学生の転校生に言い負かされて泣く先生もどうかと思うが、コイツにちょっとでも自分が上に立てると思った事に恐怖を感じ、
「コイツには逆らわんとこう」
と独り言を呟いていた。
転校早々に一発やらかした彼の事は瞬く間に学校中に知れ渡ることとなり、彼の周りには誰も寄り付きはしなかった。
そんな時にクラス会で掃除当番をめぐりチョットした意見の食い違いがあり揉めていた時に
「そんなんくじ引きで決めたらええやん」
の浩太の一言にいつもの
「新聞止めんぞ」
のヤジにクラスがドッと湧くが彼はそれが気に食わなった。
「今言うたのだれやお前か」
彼に睨間れた男の子はもう半泣きになっている。
「お前自分で稼いで新聞代払うてんのか?違うやろ何偉そうにもの言うとんねん、今度それ言うたらぶち殺すぞ」
の言葉に男の子は泣きだし教室は凍り付く、本来クラス会をまとめる若い女の先生は転校して来た初日に一度やられているので言葉が出ない。
彼は浩太の方を見て白い歯を見せてニカッと笑った。
放課後浩太は勇気を振り絞り彼に近づく。
「今日はありがとう、この間新聞配達のアルバイト聞きに来てたんやんなぁ」
「おう覚えてるで、あん時新聞にチラシ入れとったんやろ」
「覚えてたんや、あれから何にも言わんから気付いてない思てた」
「それより俺が誰かと口聞いてんの見たことある?」
「んーそう言うたら無いか」
「前も言うたけど俺は友達は要らんねん、仲間が欲しいねん」
「友達と仲間の違いがよう分からんねんけど」
「友達って何の損得も無しにタダそん時の気持ちって言う上辺だけの事やろ、仲間はお互いにええ事も悪い事も握りおうてて、まぁ〜どっちかだけでは成り立たんもんや思てんねん」
「なんか難しいな」
「仲間は利害関係でしっかり結ばれてる言うこっちゃ」
「余計分からんわ」
「まぁええか、俺と組まへんか?損はさせへんでぇ」
それから彼と浩太は行動を共にするようになり、周りは彼と一緒の浩太に偉そうな口を聞く奴はいなくなった。
彼は早速浩太から拡材(拡販材料)をバレないぐらいで少なくない映画やプロ野球、遊園地やプールといったタダ券を持ち出させる。
「持ってきたけどこんなようさんどうすんの?」
「それより持ち出したのバレてないか?」
「それは大丈夫、棚にようさんあるし、集金とか拡張の時にみんな適当に持って出るから五十枚ぐらい分かれへんよ、前は千枚単位の束ゴロゴロしてたで」
そう言って浩太は彼に券を渡す。
「この券全部一緒やん」
「あかんの」
「券て何種類もあんねんやろ」
「うん五、六種類くらいある」
「ほんだら十枚ずつ五種類やな」
「なんで?」
「おんなじとこでずっと売ってたらバレるやろ」
「へっ、これ売んの?」
「あたりまえや、大勢で遊びに行く思てたんか」
「もっかい行ってくる」
「おい十枚は置いていけ、手垢ついたん返すの少ない方がええやろ」
浩太は新聞配達所?家に帰り言われた通りに四十枚を返した後、違うタダ券を十枚ずつ集めるが、その時封筒に入ったプロ野球の阪神巨人戦の券があった。
浩太はこれは高く売れるだろうと思い封筒ごと一緒に持ってでる。
「行ってきたで、ほんでこれ見つけた」
と言いながら封筒を出す。
阪神巨人戦の内野指定席の券が五枚入っているのを見て彼は浩太に言う。
「これは他にもようさん有ったんか?」
「そんだけ、これ高う売れるやろ」
「あかん、すぐに返してこい」
「なんで?」
彼は一時の大儲けではなく継続的な収入が欲しい、これで浩太がタダ券を持ち出している事がバレればそこでシノギの筋が無くなると困る。
「そんなちょっとしか無いの全部持ち出したらすぐバレるやろ」
「わかった返してくるけど他にいろんなもんあるで」
「どんなんあんねん」
「ゴミのビニール袋とかアイスクリームのギフト券とか後は洗剤とかタオル」
全部小学生が売りに行ったら確実に足がつくものばかりなので、
「浩太それはええは、又そのうち頼むかも知れんからそん時でええは」
浩太はなんだか良くわかっていないようだった。
本当はお金があれば浩太からタダ券を買い上げ浩太には危ないことはさせたく無いのだが。
「俺もいく」
と言ってきかず電車代もバス代も大部分を浩太に頼らなければならなかったので仕方がない。
まず駅に着き電車の切符を買うのに困ってしまった、5円玉が使えない事を知らなかった。
駅員に言えば両替ぐらいはしてくれそうではあるが出来るだけ顔は覚えられたく無い。
そうやって券売機の前で途方に暮れているとまだ子供から見ると十分おばちゃんと言ってしまいそうではあるが、きっとAKBに入っていても違和感がないくらいの歳のお姉さんが、
「どしたん」
と聞いてきた。
「これ五円玉使われへんねん」
「ええよ両替したげる、五円玉何枚あるの?」
「十枚」
「はい、50円玉」
と言って両替してくれたのを感謝したが、到着駅から遊園地までのバス代を払う時は5円玉が使えたみたいでちょっと間抜けだった。
とりあえずは二人ありったけの小銭で遊園地の前までたどり着く。
これで券が売れなければまったく土地勘が無く歩けるとは思えない距離の帰り道に挑戦することになるので必死だ。
遊園地の券売所の列に並ぶ家族連れをに売りつけるため浩太は離れたところに居させて一人で目星をつけた親子連れに声をかける。
「おばちゃん券余ってんねん買うて」
お父ちゃんの方はせっかくの休みに無理やり家族サービスをさせられているのだろう、まったく興味がなさそうである。
ダフ屋そのものであるが普通のダフ屋より子供という情に訴えかけると、売りやすい事を良く知っているので悪質だ。
それでも大阪のお母さんはたくましく
「一枚いくら?」
通常の入園料は大人が1200円で子供が800円で家族四人、夫婦二人とガキが二人で合計4000円、子供が頼んでんねんから普通の入園料で買えよと思うが顔には出さず。
「700円」
700円が四枚で2800円大人一人タダになる絶妙な価格設定だとは思うがオバちゃんはしぶとい。
「これ非売品て書いたぁうるやんもうちょっと負けとき」
とババアは小学生相手に価格交渉を更に始めたりもするがかれも負けずに
「これ売らな明日の給食費払われへんねん」
ダフ行為だけでなく泣き売も始めるがそれでもクソババアは
「他にも券持ってんねんやろ、これにしとき」
この人で無しのクソババアに千円札二枚を握らさられる。
確かにタダ券は他にも持っていて後ろの家族連れも安い券を欲しそうに見てはいたがあまり一とこで売りつけるのは危険だ。
一度券売所の列を外れて頃合いを見てまた新しいターゲットを探す。
今度は浩太がタダ券を売り付けようと試みるがどうもうまくいかない。
「お前どないしてんねん」
「タダ券いりませんかぁ〜って言いながら歩いてる」
「あほ、そんな事してたらすぐ捕まんぞ」
案の定ダフ屋行為がすぐに見つかり警備員に追いかけられることになる。
なんとか逃げ切り今度は遊園地の最寄り駅まで戻りバス停前の家族連を狙い撃ちで残りの券を捌く。
ここなら警備員に追いかけられる心配は無いが今度は警察に気をつける必要があった。
又ある日浩太と二人でには難波のゲームセンターに行く、彼はポケットを膨らませていて歩くと何やらジャラジャラ音がする。
「何ポケットに入ってんの?」
「ゲーセンのコインやけど」
「なんで?」
「なんでてお前ゲーセン行ってコイン買うて無くなったらどうなる」
「負けかなぁ」
「そやろ、こうやって前の残りのコインやったら無くなっても金は1円も使てないから負けとちゃう」
「そんだらその次行く時は?」
「スロットの下とか他のゲームでもその辺りよう見てみ落ちてるから」
「落ちてなかったら?」
「難波にゲーセン何軒ある思うてんねん、全部の店で一枚もコイン落ちてないと思うか」
「こんなんもある、鉄板をプレスで撃ち抜いた時の鉄クズや」
「そんなん使えんの?」
「スロットとかはあかんけどコイン落としやったらワンチャン掛けて即離脱や」
彼は浩太にコインを半分づつ分けて言う。
「やんのはコイン落としだけやぞ、他のゲームは長いことやったら絶対負ける。コイン落としやってる奴よう観といてもうちょっとで落ちるのに諦めて帰る後を狙うんや」
「そんなうまいこといくかな?」
「確かにコイン落としも店の儲け分の穴に落ちるコインもあるけど目で見えてるんやからそれだけでも確率は上がるて」
彼はそのゲーセンから出て違うゲーセンに向かう。
そのゲーセンでもいきなり店に入らず周りをを歩き出す、浩太は何がなんだか良くはわからないが彼について行く。
そして彼は浩太に
「ゲーセンでなんかあったらお前はコッチから駅の方逃げろ、そんでそのまま家まで帰れ、俺は向こうへ一旦逃げて時間差で駅に逃げる」
「二人で逃げたらええやん」
「そんなもん無駄や、捕まったら一人も二人も結果は一緒や、二人で捕まったから言うて罪は半分にはならんて」
ゲーセンの入口に着き中に入ると浩太はいきなりコイン落としへ行こうとするのを浩太の腕をとりコインの自動販売機の前まで引っ張っていきながら、
「コイン買わんといきなり始めたあかんコイン買うてる真似だけでもせな」
自動販売機の前に着くと浩太は小銭入れを出しこれ見よがしに100円玉を自動販売機に入れる。
彼は何聞いてたんやと思ったが真後ろに赤いユニホームを着た一見爽やかなゲーセンの店員が真後ろに立っていてこちらを見ていた。
彼はこれはまずいと思った十六歳未満は原則保護者が同伴でないとゲーセンでは遊べない、店員が何か言うか待っていると二人に声をかけてきた、
「誰かと来てんの?」
浩太が店員に
「あっちにいてる」
と店の奥の方を指をさす。
店員は何も言わずにその場を離れた。
助かったと思った所へ知らない男の人から声をかけられる。
補導員を一瞬疑うがこれは違うスーツにネクタイカバンまで持った補導員はまずいない。
「このコインもういらんからあげるは」
二人が躊躇していると
「約束の時間まで暇あったからスロットやってみたら当たったけど時間切れやから」
礼を言って貰ったコインは結構な枚数があったので彼は浩太に言う
「今日はゲームはもうせんでええは」
「これ増やせへんの」
「今まで何回かやったけどこんな増えたことないからな」
ゲームをせずに増えたたコインはゲームセンターで買うより二割増くらいの枚数でコインを買いそうな人をみつけて売りつける。
「これ売るぞ」
「誰に?」
「明らか暇つぶしでコインゲームやってる大人か、あんまりおらんけど俺らより年下の友達だけで来てるのに売りつけるねん」
「そんなんわからん」
「そやからよう観察しとくねん、よう観てたらコインの買い手だけやなしに他にも色んなことわかるって」
「他って何」
「カツアゲの標的探してるヤツとか」
「どこにおるん」
「今日は今のとこ見当たらんからラッキーやけどおったら即離脱や、あいつらも俺らから金巻きあげてもよっぽどやなかったら警察には行かんて知ってるからな」
どこの世界にもヒエラルキーは存在し彼もその中一人だ、そこへ明らかに暇潰しをしているじいさんに声を掛けられる。
「どしたんや、またコイン売ってんのか」
よく見ると彼が以前に何回かコインを買ってくれたじいさんだ。
彼は今までの口調を変えわざと子供っぽくして言う。
「今日はようさんあんねん」
コインが入ったメダルカップを見せるとじいさんが、
「よっしゃよっしゃほなトイレ行こか」
彼は危険だと思ったがじいさんがサッサと歩いていくのでついて行くが、トイレに入った瞬間に頭の毛穴が締まるのがわかる。
中学生くらいの五人がこちらを見ていて何やらニヤニヤしている。
「これくらいやったら800枚〜900枚かほら三千円」
と言ってじいさんが財布から金を出し彼に渡す。
中学生のグループが得物を見るようにこちらを伺っているとじいさんが、
「おい、お前らこの子らカツアゲしたらあかんぞ、この子らは頭使うて稼いでるんやお前らみたいに弱いのいじめて巻きあげんのとちゃうぞ」
じいさんの言葉が効いたのか中学生はこちらを目で威嚇しながらトイレを出て行った。
じいさんいに礼を言いトイレを出た後、浩太に言う、
「逃げよ」
やっぱりあのハイエナみたいな中学生は外で待っていたが、五人揃って三ヶ所ある出入り口の真ん中でつっ立っている。
五人揃ってアホであるのは間違い無いが、彼らもまたその上からカツアゲを受けるヒエラルキーの中にいるので警戒して五人かたまっているのだろう。
でも五人かたまっていたらなんとかなるわけでは無いところに気付いていない所が二重にアホだ。
彼と浩太は両端の出入口に別れて全速力で逃げ切る。
次の日学校で浩太に1550円を渡すと浩太が、
「三千円の半分やったら1500円やで」
「お前100円出してたやろ」
「その分はここにある」
浩太はポケットを叩きジャラッといわせると彼が
「大丈夫や俺かてコインはちゃんとよけたある、それにあれは助かったで、真後ろに店員立ってるんやから」
「そやけどあのじいさんコインゲーム好きなんやな」
「ちゃうて、他にも暇な年寄りようけおるからそいつらに売るんやて」
「へー、ただのええじいさんや思うてた」
「そやけどあのじいさんが俺らとちゃうのは暇つぶしやからな」
「ん、何それ」
「あのじいさんは自分で金出して自動販売機でコインも買うて使い切って帰るし、年寄り仲間もじいさんから買うた分でちょっとでも長いこと遊びたいだけや、きっと家に居場所無いんやで」
「なんかかわいそうやな」
「そんな事ないて、それより昨日の残りのコインは他所の店で使おう思たらあかんで」
「何で」
「店によってコインのデザインも100円で買える枚数もちゃうねん」
「それやったら枚数多いとこの方が得とちゃうの?」
「いやっ枚数多いとこて出が渋いから一緒や、それに安いとこでようさん買うて高いとこで売るのも無しや、スロットとか競馬ゲームはでけんし、最悪コイン落としで使うても監視カメラで見てるからな、プレスの鉄屑と一緒や」
「使こたら即離脱するしか無いんかぁ〜」
「その辺は地道に行くのが近道やなぁ」
よくよく考えればとても地道な行為とは思えないのだが、それでも彼にはそうするしか無いのが悲しい。
彼は空き瓶やアルミ缶等、落とし物があればとにかく持って帰る。
「ビール瓶とか一升瓶かて落ちてたら拾うたらええねん」
「子供が酒屋に持っていってもどっから持った来たて言われんで」
「別に隠す事あれへん落ちてたの拾うた言うても、なんやったら家にあったの持ってきた言うといたらええけど、一番ええのは酒のディスカウントの店や」
「ディスカウントは何も言わんの」
「まず何も言わん、レジでマニュアル通り保証金返してくれる、ディスカウントのお店かて手数料儲かんねんで、それにアルミ缶買うてくれるとこかてあるし、それに漫画とか週刊誌かて発売日に買うて自分の読みたい連載だけ読んで捨てる大人いっぱいおるで」
「それ拾うてお金に替えるんか、そやけどごみ箱に捨てられたら」
「あれはごみ箱ちゃう貯金箱や、ただなぁ下手したらホームレスと被んねんなぁ〜」
「それやったら取ったったら可哀想か」
「違うて、そんなもん早い者勝ちやのにあいつら縄張り意識強いから見つかったら怒りよんねん」
「そやけどごみ箱の中、手入れるのイヤやな」
「イヤやったら止めといたらええて嫌な思いした分だけ金になるねんけど、浩太はやめといた方がええかも」
『何で?」
「お前んとこのオトンとかオカンの耳に入ったら確実にえらい目に合わされるで」
「それはまずいわぁ〜」
「自動販売機の釣銭受け口とか下にも小銭は落ちてるけどな」
「そんでも何でそんなお金お金言うの」
「そら一番はうちのオカンが帰ってけぇうへんかった時の飯代やし、バイクとスマホ欲しいねん、バイクは行動範囲広、スマホは情報範囲広がるしな」
「バイクはわかるけどスマホは買うてもうたらええんちゃうん」
「いやっ通話するのは今のままのガラケーでええねん。中古のスマホ買うてWifiに繋いで使うたらタダで使える金のなる木やで、タダで近所の人に自分がいらんようになった物を譲るアプリかてあるし、こんなもん金になるんかどうか分からん物を売るアプリもある、お前んとこの拡材のビニール袋とか洗剤かて売れるで」
「そうか金になるんか、そやけどスマホの中古て契約せんでも使えんか」
「マクドナルドの外とか他でも電波漏れてるからそれさえ拾うたらいけるはずや、ほんでアプリ拾うて歳ごまかしてID取ったら十分使えると思うんやけど」
「そんなん歳ごまかして大丈夫なん」
「これが分からへんねんて、今んとこ俺が知ってんのはごまかしてユーザー登録できるとこ多いみたいやから早いうちにID取っときたいねんけどな」
「登録するのに身分証とかいるようになるんかな」
「なるんとちゃうかな?今やったら残高は少ないけど奇跡的に銀行の口座持ってるし、クレジットカード作れるようになったらもっとやれる事が増える、それに俺かていつまでもこんな事ばっかりするんやのうて、ネットで普通に儲けられるようになりたいねん、ネットの世界に学歴もコネも無い、やるかやらんかだけや」
彼氏のところに行き帰ってこない母はネグレストだといえばネグレストではあるかもしれないが、おかげで彼はたくましくタフに育っている、そして何より男が絡まなければ優しい母なので憎むどころかできれば将来ネットで儲けたら楽をさせてやりたいとさえ思っている。
中学に入る頃には念願の中古のスマホと先輩からポンコツの原付バイクを手に入れた。
スマホはスペックの低いちょと古いモデルではあるが彼の使い方なら問題は無い、早速近くの駅の改札あたりや飲食店の周り、ショピングモール等のFree wifiを探して周り、ネットに垂れ流されている知識を片っ端から拾い集め学習していく。
バイクは自分で直し、当然中学生では登録や保険には入れないので駅前のバイクからナンバープレートを頂き付ける。
彼は痩せてはいるが背が高く中学生にしては大人びて見えるので堂々と乗っていればバレはしなかった。
メールはただで使えるFree mail、ネットはFree wifiでランニングコスト0円でいろんなサイトに架空の人物を作りあげ登録していく、
定期的にタダ送られてくるメールマガジンやブックマークしているサイトでは玉石混交の情報が大量入ってくるがそれでも飽きたらずに疑問に思うことはとりあえず検索してみる。
「浩太お前ん家の拡材のビニール袋とか洗剤そろそろ金に変えよか、儲けは半々でええか?」
「半分も貰うてええんか?拡材て新聞社から勝手に送って来るからタダやで、近所のおばちゃんにもしょっちゅうあげてるし」
「世の中タダのもんなんかかあらへんて、どっかで誰かが金払うてるんやからやり方次第で何でも金になるんやて」
「そんなもんかな?今から家帰って適当に何か取ってくるわ」
「おいっタダ券も頼むぞ」
「わかってるって、ネットで売ったらもう警備員に追いかけられたりせんもんな」
「なかなかわかってきたな、後のことは全部俺がやるから儲けは半々な」
浩太は思いの他沢山の品物を持って来るが彼のアパートには母が帰って来ることはますます少なくなっていたので問題は無かった。
彼は一つずつ商品の店頭価格、ネットでの販売実績価格と送料を丁寧に調べる。
ここを雑にやるとフリマアプリで価格の値引交渉に持ちこまれたり、売れ残りをこちらから値下げしていく事になる。
一度値下げをすると買い手側は見ただけで買わなかった商品が寝引きされた事がメールで分かるようになっており、そうなるともうちょっと待てばまた値下げするのでは無いかと考える者がおり、価格設定の主導権を買い手側に渡してしまう事になる。
彼は価格を決め中々売れなくても価格は滅多に下げず、取り引き相手が喰らいつくのをじっと待ち、逆に直ぐにポンポン売れるようならもうちょっと価格設定を上げておくべきだっだと悔んだ。
フリマアプリで買い手が付くとスーパーでもらってきたダンボール箱で荷造りをする。
このとき大事なのは商品をき大切にかつ、出来るだけ梱包小さくする事だ。
送料出品者持ちでフリマアプリに商品を登録する方が買い手の食いつきが絶対に良く、大きさによってはアプリの配送手段を使うと宅配便や郵便局で送るよりもずっと送料が安くなったりする。
他にも地元でいらなくなった物をタダや格安で譲り合うアプリを常にチェックしておき、近所では無く結構離れた所と取り引をする。
スマホで歳を偽って作ったIDで商談がまとまれば、今は自分が行けないので高校生の息子に行かせるとメッセージを送るり、彼がしれっとお使いを頼まれた体で原付きバイクで行くのである。
彼は遊びでお店屋さんごっこをしているのでは無く、生活が掛かっている。
そして彼はスマホに触れてから僅かな時間でFree wifiではなくパスワードのかかったwifiまで侵入できるようになっていた。
フリマアプリで中古のLinuxベースのraspberry piを手に入れる、本当はちょっとでも安い方が良いのだが少しでも短時間で作業(ぺネストレーション・ネットワークの脆弱性の検証)が終わるパワーのある最上位機種を選びその他の必要なデバイスも中古で揃え、kaliをインストールする。
これにはパソコンが必要となるので浩太の家のパソコンをを借りても良いのだがログが残るのを嫌いネットカフェで作業しリチューム電池で駆動するモジュールを組み込む、彼からすれば少し痛い投資ではあるがポケットに入るぺネストレーションマシンの出来上がりだ。
簡単な事だった、アメリカではこれを踏み台にしてNASAやペンタゴンにまで小学生がハックしている日本で同じことができないわけがない、その気になればかなりのグレーゾーンから真っ黒な所まで直ぐに到達できる。
おかげで不安定なFreeWifiの電波を探して wifi難民になることも無くなった。
そんな時に浩太と二ケツで事故を起こした。
細い裏道の左カーブにトラックが止まっており、バイクを右側に傾けトラックを避けたところにお婆さんが歩いていてまともに衝突し三人共が道路に投げ出される。
お婆さんは何がなんだかわからないようで、ただひっくり返って空を見つめていた。
浩太はお婆さんを助け起こそうとしていたが彼はそれを静止して
「今のうちに逃げんぞ」
「そやけど助けんと」
「ええから早よせぇう」
バイクを起こして浩太を無理やり後ろに乗せて浩太の家に近くまでバイクで送った後、走り去ってしまった。
浩太は生きた心地がしなかった。
お婆さんの怪我は大したことがないのか?そもそも怪我で済んでいるのか?これで警察にパクられたら高校進学や、その先の夢も全て無くしてしまいそうで足が震える。
新聞配達所にはいろんな情報が集まってくる。
お婆さんが轢き逃げされたこと、今は回復し命に別状は無いようだが発見時にはもう少し病院への搬送が遅ければ手遅れになっていたかもしれないことなど翌日には浩太の耳にも入ってきた。
浩太の親父さんは、中学しか出ておらず苦労して新聞配達所の所長になった、お袋さんは学のない親父さんを何処かで馬鹿にしておりそれが周りにも親父さん本人にも伝わるのでケンカが絶えない。
そんな親父さんの口癖は
「うちの仕事は報道関係やで」
と冗談なのかのか本気なのかわからない事を言っているのを聞いて育っているので、将来は本当のジャーナリストに憧れている。
その一件から浩太は少し恐ろしくなり彼から距離を取るようになっていった。
その直後に彼は保護観察処分になってしまった。
そしてその後彼は誰とも組まなかった。
浩太は彼の事をよく見ていて穴があるとカバーしてくれていたのでこれは痛かったが仕方がない。
結果的に浩太を危ない目に合わせていたことを後悔していたからだ。
保護観中は最低でも月に一回保護士の家まで行き生活態度などの報告をし保護士が観察手帳にハンコを押すのだが、その保護士のオッサンはそれ以上に再々こっそりとアパートまでたずねてきた。
「ちゃんとご飯食べてるか?腹減ったらいつでもウチこいよ」
鬱陶しかったので無視しているとアパートの薄いドアの前にパンや牛乳、おにぎりにカップにお湯を入れるだけのみそ汁まで置いていくようになった。
最初のうちは意地を張って余計な世話はいらないと言う意思表示を込め、手をつけなかった。
それでもある日、公園の公衆便所で高校生からカツアゲに合い抵抗したのでボコボコにされたあげくその時持っていた現金を全部持って行かれた。
腹を空かしてアパートに帰るがいつも通り母はおらず、アパートの薄いドアの前に置かれたオッサンからのおにぎりを悔しくて泣きながら食べた。
オッサンは母親が再々家を開け、しばらく帰ってこない事を知っていたのだ。
またある日、
「阪神巨人の券あるんやけど、一緒には行かれへんから甲子園でお弁当持って待ってるぞ」
と言って一枚の内野指定席券を渡してくれた。
彼はほとんど父親の記憶はなく当然甘えたこともない、母からは身内が居るのかいないのかさえ聞いた事もないので何やらこそばい感じだった。
当日、甲子園まで行くか行かんか散々迷って結局行く事にし電車を乗り継いだ。
阪神甲子園駅を降りると球場へ向かう人の中に何やら通っている人に声を掛ける目つきが良くないすえたにおいのする人達が目に止まり、よく見てみると結構な年のオヤジやオバハンが沢山いる。
「内野指定連番あるでぇ〜」
「券余ってない、買うよ〜」
とか球場まで歩く人の波に声を掛けるダフ屋だ。
その光景がつい2〜3年前の自分と重なり背筋に薄ら寒いものを感じる。
彼は甲子園球場など来たのは初めてなのでライト側の内野指定席にどこから入って良いのかわからず、球場の周りを二周してやっと指定席横の通路に着いた時にはオッサンはもうビールを飲みながら試合前の守備練を見ていた。
こちらに気づくと、
「おう、コッチやコッチ弁当買うてるぞ、なんか飲むか」
と大声で叫ぶ、どうもここでは大声で叫ぶ事に周りの迷惑は考えなくても良いみたいだ。
「今年は阪神がんばらんとな、せっかく金本が監督なったんやから」
「俺、野球ほとんどわからんねんけど」
「まっ、雰囲気や、雰囲気を楽しんだらええねん」
「こんな多勢の人がひととこにおるの見るの始めてや」
「こんだけの人がプロ野球を楽しんでんねん、世の中には楽しい事はいっぱいあるで」
オッサンは野球を知らない彼にルールやプレーの説明を楽しそうに話す。
彼は身内がおったらきっとこんな事が普通にあるんやろなと思って聞いていた。
本来は彼の生活態度を保護観察所に報告し必要以上には関わらないのが仕事?ボランティア?のはずだが、オッサンは彼の生活を気にして、あまり難しい事は言わずに助けてくれる。
オッサンが言う
「近所で会うてもあいさつなんかしたらあかんぞ、俺が保護士やってんの知ってる人は知ってるからな、俺も知らん顔するからな」
そうやって彼が保護観察を受けている事を隠そうとしてくれた。
その後、保護観察が解けた後も
「なんか困ったことないか?お金はあるか」
と聞いてくる
オッサンは彼にこれ以上中学生の身で世間の波に揉まれるのを望んでおらす、何か悪い事をしてお金を稼ぐ事をさせるくらいなら、友人としてお金を渡しても良いとさえ考えていた。
実際に彼が修学旅行に行く事ができたのはオッサンのお金のおかげだった。
保護観察処分が明けに後にネットのグレーゾーンのしのぎは減らしていたので、偶然ではあるが アルバイトを始める事になった。
真夏の夜中だった。
エアコンの無い蒸し暑いアパートから駅前のコンビニへ涼みに出た帰り、親方が駅前で菊水焼き(回転焼が菊の形になっているだけ)を焼いていた。
親方は普段は仕事に出ないのだが、たまたま若い衆の具合が悪くなって仕事に穴が空いたので近くの駅前に屋台を出していた。
ちょっと離れたところで唸っている発電機の電気で灯る電球に惹かれ、親方の流れるような手捌きで菊水焼きを焼いているところを何気なくじっと眺めていると。
「一個食うか?大丈夫や金はいらん、今日はもう店じまいやから売れ残りや」
と言うのでありがたく頂戴したのが始まりだった。
「この辺りもポリうるさなったからな」と言いい、それが「あかんやろ」とか、「早よ家帰れ」とか説教くさい事を言わないのが心地よく、その日以来たまに親方を見掛けると挨拶をするようになり、
「どやっ、小遣いやるから手伝わへんか」
と言われるまでさほど時間はかからなかった。
親方に言われるまま祭りや夜店、正月には大晦日から徹夜でテキ屋でアルバイトをする。
これでややこしい金を稼ぎ方とはおさらばではあるが、ネットで何か新しい事ができないかは考えることは止めなかったし、テキ屋のアルバイトが今までのしのぎよりまともだと思っている事もどうかと思える。
夜中にテキ屋で仕事をしてると警官に
「こんな時間に何してるの?」
と職務質問されることがたまにあるが
「家の手伝い」
と言ってその辺の適当なテキ屋のオヤジの後ろに隠れるとそのオヤジも話を合わせて
「早いことダンドリせんかぁっ、ダラダラしてたら張り倒すぞ」
とか言うとそれを聞いた警官が、自分が職務質問したせいで子供が怒られているみたいな感じでバツが悪くスゴスゴと帰って行く。
保護観察処分中は七日以上の旅行は前もって申告し、許可を取らないといけない決まりがあったのだが、テキ屋の屋台で兄貴と慕っている達也さんが言うには昔は他の都道府県に出る時には事前に申告し、その先で交番や警察でハンコを押して貰わないといけなかったと言っているが本当だろうか?。
その達也の兄貴は、はっきり言ってアホである。
彼も人の事は言えないが中学校もろくに卒業しておらず、その頃からヤクザの事務所の電話番をするようになり、今でも親方が自動販売機で缶コーヒーを5本買うてこいと千円札を渡して
「お釣りいくらや」
と、冗談で聞くと一瞬の間があり両手の指を折って考える。
屋台で一本六百円のイカ焼きを売る時も何本でいくらかを計算しているのではなく、覚えており客が普通に札で払うとお釣りも覚えているが、万札と端数を小銭で出されると自分で計算しようとせずに客が
「お釣り何千円」
とか客が言うのを待っている。
こんなあんばいだからよく釣銭を間違え親方に怒られる。
見た目は怖オモテでその割に若く見えるが、見た感じよりオヤジみたいでアホは若く見えるのは本当みたいだ。
今はスナックで働くちょと疲れた感じのエロい女と古くてエレベーターの無いマンションの五階で暮らしている。
まだ幼い頃に親が離婚し両親共に親権を持つことを望ま無かったため施設で育っており、本人は一生天涯孤独と言っているが、実は今の女と所帯を持ちたいと思っているが、兄貴が遊び好きのなので女が渋っている。
中学生の頃からヤクザの事務所の電話番をするようになり、色んなしのぎをしてみるがどれもうまくは行かなかったそうだ。
彼には最初ヤクザとテキ屋の違いがよくわからなかったが、テキ屋は定職を持っておりヤクザは定職持たずその都度しのぎで大きく稼ごうとする、でも最近はインテリの経済ヤクザも多勢いるので境目は曖昧になってきており、ヤクザも頭が良くなければ出世はできない。
達也の兄貴がそんな世界で上手く生きのびていけるわけもなく困っている時に親方に
「ウチにけぇうへんか」
とさそわれ足を洗った。
その時に必要なお金は親方に出してもらっており、今でもも少しずつ返済しているらしい。
彼の達也の兄貴との初対面はある意味で衝撃であった。
初めて親方についてテキ屋の事務所に行った時に達也の兄貴は事務所の脇にある風呂場の掃除をしていた。
ドアを開け放ったままで掃除をしているのでまる見えなのだが、その格好が素っ裸のフルチンで背中に何か良くわからない刺青があり、何故か浴室の掃除用の靴を履いている。
「おう新入りか?まぁ〜がんばりやぁ」
とあそこをブラブラさせながら、ただでさえよく響く風呂場で叫ぶように達也の兄貴は言った。
後日、達也の兄貴にその事を聞くと、
「風呂掃除した時に服濡れんのイヤやし、裸足やったら足濡れるやろ」
と、真顔で言ったのには、この人は本当はやばい人なんじゃ無いかと思った。
背中の刺青は観音様が中途半端に彫ってあるがその右手の手つきがイヤラしいとテキ屋仲間にいつもからかわれ、巨乳の女と博打が好きでパチンコやスロットを銀行のATMと勘違いしており、
「7が三つの暗証番号が揃たら貯金してる金が出てくる」
と言っているが本気なのか冗談なのかが怪しい。
ケンカはメチャ強い、半グレ五人を一人でボコボコにしたりするが、相手に筋が通っていると逆に謝ったりするし、一応車の免許を持っているのが唯一の自慢だが免停中なのにしれっと誰にも言わずに運転していたりし、
「自分が間違うてたらごめんなさいするし、免停なったんを知ってて車に乗せてたら親方に迷惑が掛かるから黙っとくのが愛やで」
と無茶苦茶な事を本気で思っている。
そんな達也の兄貴は親方や仲間に信頼されている。
彼が中学生の時に保護観察を受けていた事は学校関係者以外、小学校から一緒の浩太さえ知らない。
高校も学費が掛からなくなっているので行ってはいるが、その先はどう転んでも経済的にも学力的にも大学は無理で、今の高校では就職もいいとこは期待できない。
若干十六歳にしてある意味、まっとうな人生は諦めておりへんな希望は持っていない。
中学生の時の事故に懲りずに学校には内緒で中型二輪の免許を取っており、やはりポンコツを手に入れ自分で修理して乗っているが今度はちゃんと登録して保険にも入っている。
やはりエアコンの付いていなかったアパートは夏の夜は暑くてそんな夜はバイクで飛ばすのが好きだ。
母が男を再々変えてはその度に帰ってこなくなったりするのにも完全に慣れてしまった。
今の若いアイドルや女優にはまったく興味がなく、オードリーヘップバーンがお気に入りだ。
本や新聞を読んでいるところを見たことのない母が唯一持っているモノクロの古い写真集を見て気に入り
「誰か好きな有名人は?」
と聞かれオードリーヘップバーンと答える事にしている。
そんな彼の学力は低いがそれでも入れるくらいの学校であり、成績は学年の中の下ぐらいだが、一年生の二学期が終わった次点で二、三割の生徒が学校に来ていないので事実上はもっと下だろう。
真面目ではないが、別に不良と呼ばれるグループに属しているわけでは無い、保護観察を一度食らっているので目立つ行動は控えているだけだが気が強くケンカぱぁやく背は高いが身体の線が細く腕力もないので勝てはしない。
ただどんなに数人がかりでボコボコにされてもハッタリとその粘着性のある言葉で脅す。
「お前ら殺された無かったら今のうち俺のこと殺しとけよ、絶対一人づつ見つけて殺したるからな」
相手側がひるみ折り合いをつけようと、
「まぁここいらで許したるわ」
とか言おうものなら逆に
「なんやお前ら、こんだけの事やっといて対等のつもりか誰にもの言うとんねん」
と、逆に追い込みをかける。
そして相手の中の一人でも彼を達也の兄貴が可愛がっている事に気付いたりしたら、もう相手はパニックになってしまう。
達也の兄貴は地元ではいろんな意味でちょっとした有名人だ。
こうして相手をビビらし、なにがしかの詫を入れさせるのだが身体はいつもボロボロになる。
寒い大晦日の夜あと少しで令和元年も終わりかけていた。
その日は達也の兄貴と一緒にちょっと遠くの有名な神社の境内に続く小道で屋台を出し、イカ焼きを売っていた。
夕方まで雨が降っていたせいもあり例年より人出が少ない。
イカ焼きはメリケン粉を溶いたものと玉子にイカのゲソを置き鉄板で挟んで焼きソースで食べる、関西で主流のイカ焼きではなくスルメイカの胴に竹串を打ちガス台で焼き醤油を塗ったものである。
親方は最近のイカが不漁で相場が高くなったと嘆いているが、輸入物の冷凍イカは若干小ぶりなこともあり原価は五十円もしない、これを一個六百円で売るのだから利益率は高い。
客足が鈍いのでガス台に醤油をかける、煙と一緒に醤油の焦げるいい香りが流れてそれに釣られ客がイカ焼きの屋台の引寄せられる。
これは達也の兄貴に教えてもらったテクニック?であるが、あまりやり過ぎるとガス台が傷むし掃除が面倒なのでほどほどにしないと怒られる。
イカ焼きの臭いに釣られた客の中にクラスメイトの綾瀬がいた、
綾瀬は彼の顔を見てびっくりしたみたいに大声で彼に声をかける。
「こんな所で何やってんの?アルバイト?」
「こんな所って言い方はないやろ」
「深夜のアルバイトも出歩きも校則で禁止でしょ」
「お前かてこんな時間に出歩いてるやん」
「今日は大晦日で初詣に来たんやからええの」
「俺も大晦日で忙しいからええんや」
「それとこれとは違うって」
達也の兄貴が横から言う
「話やったらかめへんから、裏でせぇ」
彼はそのまま綾瀬に言う
「学校で言うなよ」
「言わへんと思うけど」
「思うはアカン」
「わかった」
綾瀬は六百円払いイカ焼きを持って友達の所に帰る、その中にはいつも一緒にいる葉留佳もおりこちらを見ていた。
達也の兄貴が言う
「なんや学校の友達か?結構可愛かったなヘルス行ったら稼げるぞ」
「いやああ、あの子はそういう子と違うから行かんと思うっす」
「いやぁわからんでぇ、女は落ちる時は早いからな、ほら後ろにも落ちて行きよるやつがおる」
いつのまにか彼の後ろに里奈が立っていた。
里奈はテキ屋で働く十八歳で高校に入るには入ったが一年生の夏には中途退学、最近までヘルスの店長をしていた男と暮らしていたが今は一人でアパートに住んでいる
金色に染めた髪が長いが、最近はテキ屋も衛生管理には気を使い、頭巾をかぶっているので前髪がぺしゃんこになるといつもボヤいている
化粧が濃く付けまつ毛が目立つ今流行りのメイクでそれなりにかわいいがやっぱりアホであり、以前は暴走族レディースの総長だったと言っているが事実関係は不明だ。
「誰が落ちていってんの、うちはちゃんと働いてるやん」
「ヘルスの子かてちゃんと働いてるでぇ」
里奈は彼に言う
「達也の兄ィとおったらあかん人になるから気いつけた方がええって」
里奈は彼のことが気になっていて、チャンスを伺っている
一度、彼は里奈に冷蔵庫を動かすのを手伝って欲しいからアパートに来て欲しいと頼まれたが、達也の兄貴に
「喰われてまうど?」
の助言を素直に訊きすっぽかした。
達也の兄貴には彼が女の子と話しているので里奈が偵察に来たことはバレバレである。
そんな里奈には借金だらけの親とまだ小さい弟がおり、親には内緒でこっそり小学生の弟に毎月小遣いを送っている。
彼も里奈の気持ちを感じているが気付かないフリをしておく、鈍いフリをしてボケておくほうが世間を渡りやすいのを十六歳にしてもうわかっている。
正月も三賀日を過ぎれば神社もぱたりと人出が減る、初詣出に来る層が変わるのは今でも休みは三賀日だけで四日から仕事という所がまだまだあるせいかもしれない。
達也の兄貴も暇なので彼に屋台を任せ休憩に行ったきり帰ってこない、きっとパチンコにでも行ってしまったのだろう。
でも彼は達也の兄貴に怒る気持ちは全然ない。
大晦日から三賀日の四日間、彼が帰った後も屋台に立ち続け、毎日少しの仮眠で働き続けていたのを彼は知っているからだ。
客は少ないが一人だと何かとバタバタ仕事をしていると夕方にひょっこり綾瀬がやって来た。
「あッやっぱりここにいてる」
「ここにいてるて言うても仕事やから」
「何時まで?」
「わからん」
「えっわからんの?」
「達也の兄貴が帰ってこんかったら帰れへん」
「達也の兄貴ってあの怖い人」
「怖ないし兄貴はええ人や」
そんな会話をしている間にもイカは焼かないといけないし、お客の相手もしなければならない。
「忙しそうやね」
「見ての通りや」
「手伝おっか」
と言って綾瀬が屋台の中に入っ来てダウンジャケットを脱ぎその辺に放り、ピンク色のシュシュのポニーテールの長い髪をしっかりとそろえる。
ダウンジャケットを脱いだ綾瀬の赤いニットの胸の膨らみが大きく見えたのでドキッとするが、彼も四日続けて毎日十二時間以上は屋台に入り疲れて眠いのでそれ以上の肉体的変化は起こらなかった。
「お姉ちゃんイカ焼き二つ」
いきなり注文の声が綾瀬に向けられ彼が綾瀬に言う。
「そこのスチロールの皿に二つ乗せて渡して、お釣りは台の下のカンカンの中」
綾瀬はテキパキとお客を愛想よく捌き、
「ありがとうございました」
小さな子供には
「また来てね」
と愛嬌を振りまく。
強面の達也の兄貴と違い綾瀬は客商売に向いているのかもしれない。
綾瀬の愛嬌のある声とドンドン焼けるイカ焼きの煙でお客をさらに呼ぶ。
中には
「お姉ちゃんこのお兄ちゃんと付きおうてんのか?」
と聞いてくる酔っ払いのジジイもいたが二人揃って
「違います」
と否定すると、酔っ払いのジジイは
「おっ仲ええやん、息っぴったりやな」
と言ってイカ焼きを片手にカップ酒を飲む
そのジジイの後ろに離れていく里奈の後ろ姿が見えた。
いつもなら何かと彼と達也の兄貴の間に入りたがり、すきあらば彼に近づこうとする里奈だが、きっと自分と綾瀬と比べて、自分の汚れてヨレヨレ白衣と寝不足で目の下にクマができた顔に引け目を感じたのかもしれない、彼は里奈さんには少し悪かったかなと思った。
結局その日は仕込みが少なかったのもあって達也の兄貴が帰って来るよりイカが全部無くなる方が早かった。
仕込んだイカが無くなったので早く上がる事になり、綾瀬も親方にお年玉をもらい二人で自分たちの町まで電車で帰る。
彼はいつもテキ屋の軽トラに乗って移動するので電車で帰るのは初めてで、まだまだ正月気分が抜けていない電車は乗客も少なく二人並んで座ることができた。
「なんで今日一人で来たん」
「みんなこの間来たっばっかりの神社に誘っても誰もけえへんよ」
「そんな事言うてんとちゃう、わざわざ俺のとこ来んでも」
「暇やったし、この間のイカ焼き美味しかったから」
「今日食べてないやん」
「あっほんまや、けど親方さんにお年玉貰うたしええか」
「ポチ袋になんぼ入ってた?」
「ちょっと待って」
と綾瀬は言いながらダウンジャケットのファスナーを下げ内ポケットに手を入れる。
彼は綾瀬の胸の膨らみを横目でチラッと見た時に綾瀬と目があった。
「なに見てんのエッチ」
「たまたまそっち見ただけや」
「ウソ胸見てた」
確かに彼の体の一部に変化が生じていた。
「ええっと、一万円入ってる」
親方も若い女の子には甘い。
「三時間弱で一万円やったらおいしいやろ」
「こんな貰ってええんかな?」
「綾瀬のおかげであんだけ早ぁ売り切ったんやからええんちゃう」
そんな話をしながら電車に座り揺られていると、彼も寝不足でイカを焼いていたのでウトウトとしてくる。
目が覚めた時は丁度降りる駅の寸前で綾瀬の肩に頭を乗せて寝てしまっていたのに気づく。
「わぁっゴメン、起こせよ」
自分が肩を借りていたのを棚に上げて綾瀬のせいみたいに言う。
「なんか疲れてたみたいやしこんなんもええかなぁって思て」
「そっちはようてもこっちは困る」
「なにが?」
「こんな生活圏内で、知り合いに見られたら誤解されるやん」
「うちと誤解されたら困んの?」
「いやそう言う意味やないけど、とりあえず早よ電車降りよ」
電車を降り駅からの通りを並んで歩くが、屋台が並ぶ神社のホーム感とは真逆のアウェイ感が強い。
「オレこっち」
家は反対方向だが親方の所に止めているバイクを取りに行かないといけない。
「偶然やね私の家もこっち、それで屋台のバイト長いの?」
「中二からかな」
「不良やね」
「生きていくためには手段を選ばんタイプやから」
「お家の人は何にも言わへんの?」
「別に、オカンと二人やし、そのオカンもあんまし家におらんからね」
「お母さんとずっと二人暮らし?」
「質問が多い」
「不満かな?」
「不満」
「じゃあそちらの質問をどうぞ」
「お姉さんか妹さんいてる」
「こらっいきなり私を飛ばして興味は上と下か」
「綾瀬の姉妹なら美人かなぁ思て」
「うふふ間接的に私が美人だと言う事?」
「質問に質問で返さない」
「お姉ちゃんがいてます」
「ふうん何してんの?」
「大学生、一応国立医大」
「綾瀬も勉強できるみたいやもんね」
「みたいて何、みたいて」
「オレ全然勉強でけへんから綾瀬がどれ位勉強出来んのさえわからんし」
「う〜ん、私は美大志望」
「そんな人がなんでうちみたいな学校来てんの?」
「中学三年の一年間完全に勉強を放棄したから」
「なんで?」
「親が美大はアカンお姉ちゃんと同じとこ行けってあんまりうるさいから、そんな言うんやったら高校も行かんと就職するって頑張ってん」
「へ〜でも中卒でどうするの」
「アルバイトかなんかしながらアパート借りて必要最低限の暮らしで後は創作活動に励むの」
彼には最低限の生活が綾瀬に分かっているのか甚だ疑問で聞いてみる。
「大阪の最低賃金幾らか知ってる」
「二千円くらい?」
やっぱりと思ったのでちょっと意地悪してみる。
「964円やで一日九時間拘束の実働八時間で一日7712円、一ヶ月に二十日働いても154240円、そこから源泉と健康保険に家賃払ろたらなんぼも残らへん」
「え〜っ風呂無しアパートやったら家賃安ない」
「風呂屋行ったら一回450円や、毎日行ったら1万以上掛かる事になるね」
「てっ言う事はうちが望まんでも最低限の暮らしか?」
「そう言う事になるかな」
「でもなんか芸術家って感じせぇうへん」
「そんでも学校はちゃんと行っといた方がええって」
なんか立場がアベコベのようだ。
「ほんで美大はいくんやね」
「うん、うちの親も折れて、何処でもええから高校行ってくれたら美大行ってもええって言うから家から一番近い学校にした」
なんかうちの学校の生徒には失礼な物言いではあるが、彼もたまたま一番近い学校が入れそうだったので入っただけなので人の事は言えない。
「美大で何すんの?」
「彫刻」
「そんなんやってんの」
「あれっ私が美術部に入ってんの知らんかった?」
「そんなん知らんて」
「対象を何時間もじーっと見てたら目で見えてるのとは違う実態が見えてくんの」
「んーようわからん」
「例えばこうやってじーっと目を見ていると」
綾瀬が彼に向き直り両肩を掴み顔を寄せて目を見つめる。
彼は綾瀬の手を軽く振りほどき、
「そやから誰かに見られたら誤解されるって」
「芸術に多少の犠牲は必要やの」
「なんで俺まで犠牲にならなあかねん」
「私は破天荒な人生を選びたいの」
「俺とおったら破天荒なんか」
「そっ、前から目ぇつけてたんよ」
「まいったな」
そうやって何だかんだ話しながら駅前の通りを歩いていると、この街には似合わない大きな個人病院のを指差し、
「送ってくれてありがと、うちここ」
「えっ、ここやの」
「あっちの花屋さんが葉留佳んとこ、幼なじみで親友ってやつ」
「病院のすぐ近くで花屋てまたありがちやな」
「病院がここに移る前から葉留佳ん家の花屋はもうあったよ、確かおじいいちゃんの代から続いてるみたい」
「そんでも葉留佳んとこで花買うてお見舞いに来る人多いいんとちゃう」
「この頃は病室にお花は持ち込み禁止」
「そうやの?」
「昔と違ごて色々難しいから、それにお花枯れていったりしたら患者さんも弱気になるよ」
「いそれは言えてる」
彼は自分とのあまりに生い立ちが違うのでなんだか居心地の悪さを感じながらも綾瀬のペースに乗せられ、付き合うなら里奈の方が楽かなと思った。
綾瀬と別れた後、親方のテキ屋事務所まで歩き自分のバイクを飛ばす。
交差点で信号は青なのでそのままのスピードで通過しようとした時、左から自転車が飛び出してくる。
彼はとっさの体重移動で車体を右に傾け自転車を避けるが反対車線にはみ出す、運悪く前からはトラックが来ており派手にバイクごとトラックに正面衝突した後、宙を舞いフルフェイスのヘルメットからアスファルトに落下し嫌な音が聞こえ記憶が飛んだ。
彼は痛みで目が覚め天井の蛍光灯が目に入った。
ここが何処か確認するため首を動かそうとすると動かない、どうやら頭を固定されているようだ。
今度は体を動かそうとすると全身に激痛が走る。
良かったと思った。
本当に体が麻痺してダメな時は痛みもないと誰かが言っていたからだ。
丁度伸ばした右手の手のひらの辺りに何かあるのに気付く、スパイラルコードの付いたボタンだ。
そっとボタンを押してみる、痛みはない。
すぐに若い女性の看護士さんがやってきた。
「気がつかれましたかぁ、今先生を呼んでますからちょっと待って下さいねぇ」
若い女性の看護士さんに聞いてみる。
「今何時ですか?」
「十九時、夜の七時ですよぉ」
綾瀬と別れ親方の所を出たのが夜の九時過ぎだから少なくとも二十二時間もしくは何日かと二十二時間は経っている事になる。
先生がやってきた、何処かで見た顔のような気がした。
「気が付かれましたか、よく寝てましたね」
確かに大晦日から毎日イカを十二時間以上焼いていたので睡眠不足だった。
先生の後ろから綾瀬が覗くのが見えた。
「綾瀬なんでおるの」
「ここウチの家」
一瞬何を言っているのかわからなかったが、神社から電車で帰って駅からの帰り道、病院を指差して「うちここ」と確かに言っていた。
親方の所からバイクで帰っていた時に自転車を避けトラックと派手にぶつかり身体が飛ばされた所までは覚えているが、どうやらその後に綾瀬ん家の病院に運ばれたようだ。
先生が綾瀬の方を向き
「病院の方に来たらあかんていつも言うてるやろ」
先生?綾瀬のお父さんは綾瀬に甘いのが一言でわかる口調だ。
「クラスメイトやねんやからええやん、お見舞いやて」
先生がこちらに向き直り
「頭を強く打たれたようで運ばれてきた段階でMRI検査をしたところ前頭葉と頭頂葉の境目のかなり深い所に1ミリ程の出血がありました。これが今日の次点で少しでも大きくなっていたら大手術となる所でしたが、幸いそのまま大きくはなっていません」
「先生、頭の固定は」
「MRI検査もありましたし最悪の場合も考えて固定させてもらいました。それになかなか意識が戻らなかったのか?起きなかったのか?」
綾瀬が横から口を挟む
「大晦日から昨日まであんまり寝てなかったでしょ、電車でも寝てたし」
先生がもといお父さんが彼を難しい顔で睨みながら説明を続ける。
「まぁ〜体は全身打撲でかなり痛んでいるんでもうしばらくは入院しとって」
先生は医者と言うより近所のおじさんって感じの口調にに変わった。
頭の固定は直ぐに外してもらえたが身体中が痛く、起き上がるのにも一苦労する。
事故は相手方トラックのドライブレコーダーに全て映っており、飛び出してきた自転車は五十歳台の会社員で信号無視をする常習者で過去にも事故を起こしており当日はお酒も入っていたと、病院まで来て事情聴取をした警察官が言っていた。
トラックの運転手に過失割合は少ないが、意識不明で救急車で運ばれた彼に過失相殺分求める気は無いそうだ。
バイクの補償と病院代は自転車の会社員に言うしか無いが、ここは達也の兄貴に頼めばなんとかなるので心配はしないでよいが、母親は一度来たきりで着替えと少しのお金を置いて帰りそれ以来携帯もよこさない、多分新しい彼氏の所へ行っているのだろう。
代わりに綾瀬と葉留佳、里奈まで毎日顔を出す。
綾瀬は自分の家だし事故の直前まで一緒だったのでわかる、里菜は元々彼を狙っているのでこれはチャンスと思っているのだろう。
しかし葉留佳がわからない、入院をしているのは綾瀬から聞いたとしてなぜ毎日来るのか?
しかも三人が三人とも誰ともかぶらないように一人で来ており、まるで昼間彼を寝かさないようにしくんでいるみたいだ。
綾瀬との会話はほぼ事情聴取に近い。
「いつからバイクに乗っんの?」
「免許取ったのは去年の夏やけど初めて乗ったのは小学生の高学年くらいかな」
「ウチの学校バイク禁止なん知ってる?」
「知ってるけどそういう校則があるってことは今までにも乗ってるのがおるってことやね」
「屁理屈はええの、なんで事故ったの?」
「酔っ払いアホの自転車が左から出て来て避けただけ」
「免許はどうなるの?」
「コッチの過失は少ないから大した処分にはならんみたい」
「それでウチの病院代は大丈夫なんかな?」
「それくらいは大丈夫、達也の兄貴もおるしね」
綾瀬はあの人が出て来たら力技で解決すると納得する。
「もうすぐ新学期やけど学校来れんの?」
「一応ね、いかんとバイクで事故ったのバレそうやし」
「警察から学校に連絡行ってないん?」
「警察にはテキ屋で働いてる言うてるから」
「じゃぁ警察は高校生って思うてないんか?」
「行政は縦割やから確認はせえへんでしょ」
「お母さんには怒られへんかったの?」
「大丈夫かって聞くから大丈夫って言うたら、着替えと金ちょっと置いて帰ってった」
「しかし全然反省の色無いね」
「何処をどう反省する必要が?」
「事故して心配を掛けてるやん」
「誰に」
「うちにって言わしたいん?」
「別にそう言う訳でも・・・」
「うちは心配してる、凄いしてる、夜中までテキ屋でアルバイトしてバイクで事故して」
「生きていくためや」
綾瀬には彼が何だかんだ急に遠い国の人みたいに感じた。
葉留佳は病院まで来てもあまりしゃべらない、ただ病院の食事は味気ないだろうからと惣菜やちょっとしたオヤツを作って来てくれる。
「これ食べて」
と言ってタッパーがいくつか入った紙袋を渡される。
タッパーの中にはそれぞれ油淋鶏や、豚玉お好み焼き、黒砂糖のサーダーアンダギーが入っている。
「なんか悪いね」
「ウチは弟おるし、親は商売で忙しいしから普段から料理作ってんの」
「でもこれわざわざ作ってるんとちゃうの?」
「ついで」
「じゃぁ遠慮無くいただきます」
「洗濯物は?」
「いやぁっもう退院するから」
なんだかこのまま葉留佳のペースに乗るとパンツまで持って帰って洗濯して来そうだ。
彼がサーダーアンダギーを一つ手に取りかじり
「うっんおいしい」
と言うと葉留佳は満足そうに少し笑う。
「弟いてるて葉留佳は長女?」
「うん、長女」
「そんで世話好きと言うか、気が効くんやね」
「そうかなぁ」
「ええお嫁さんになれるね」
「お嫁にもらってくれる?」
「俺はおすすめ物件と違うからどちらかと言うと事故物件」
「確かにバイクで事故ったね」
「そう言う意味じゃなくて葉留佳とは釣り合わんかなぁ」
葉留佳は話題を変える。
「ウチ前からバイク乗ってたん知ってたよ」
「へーバレてたんか」
「アパートの前でバイク修理してたんも走ってんのも見たことあるし」
「うちのアパートと葉留佳ん家て反対方向やけど」
「おじいいちゃんが近くにおるから」
彼はオッサンと葉留佳の苗字が同じなのに気付く。彼はわさとぼかして鎌をかける。
「そのおじいちゃんて役所か何かのボランティアしてる人?」
「うん、そうやけどもう辞めたみたい」
「何で?」
「おばあちゃん言うてたけど役所の仕事やのにやったらあかんことまでしてたんやて」
面倒見が良いのは隔世遺伝か?
しかしオッサンが保護士辞めたのは自分のせいで仕事を無くしたのか?他にも世話を焼いていたのかわからないが、もう保護士では無くクラスメイのおじいちゃんだ、今度あったらちゃんと挨拶をしてお礼を言おうと決める、
そこへ葉留佳が聞いてくる。
「事故したバイクもう乗られへんの?」
「見てみんとわからんけどあれは多分もうあかんかなぁ」
「う〜ん残念」
「何が?」
「後、乗りたかったのに」
「でも多分また安い中古買うて直して乗るから・・・」
葉留佳の顔が分かりやすく明るくなる、
「その時は乗してくれる」
しかしオッサンは孫の葉留佳をバイクに乗せると怒るのだろうか?
それより自分のような者と付き合いのある事さえ良く思わないのでは無いか?
返事に困っていると葉留佳が
「後、乗しれくれへんねんやったら私も免許取ってバイク乗ろかな」
これは彼にとって殆ど脅迫に近い。
いつも綾瀬といるので比べてしまうが綾瀬はちぃっこいが活発で運動も達者だ、葉留佳は本当に大人しくバイクの免許を取るなどとても考えられない。
自分が葉留佳を後ろに乗せる危険と葉留佳が免許を取って自分で運転する危険、選択の余地はほとんど無い、
「わかった約束する」
葉留佳はなかなかしたたかなのか、バイクの後ろに乗る権利を獲得して帰って行った。
里菜は病室でボヤき倒す。
病室でも大声で喋り、お見舞いなのかストレスを吐き出しに来ているのかわからない。
「ウチ今、達也の兄ィにイカ焼かされてんねんで」
そういえばもう十日えびすの時期に入っている。
「兄ィ人使い荒いからしんどいわ」
「すみません穴埋めてもろて」
「貸しやよ、貸し」
「どうしたらええんかな?」
「そやなぁ、退院したらご飯付きおうて」
「はい」
「不満そうやね」
「いや、そんなことは・・・」
「心配せんでも大丈夫やてお酒飲まして襲うだけやから」
「・・・」
ホントにヤリそうでシャレにならない。
「ウソウソ退院祝いにおごったげるから何か食べたいの考えといて」
そうしていると若い女性の看護士さんが病室に入ってきて言う
「おやすみの患者さんもいますし、ちょっと声が大きいのでボリューム下げてもらっていいですか?それとお見舞いの相手もいいけどちゃんと休んでてくださいね、まだ院長から退院許可が出た訳じゃ無いですよ」
里奈は完全無視するので彼が謝る。
「すいません気を付けます」
看護士が病室を出て行った後に里奈が悪態をつく。
「何あれ、気分悪るう、あれ絶対欲求不満のヤキモチやね」
「そんなことないでしょ」
「あっ肩持つんや」
「別に・・・」
「あんな女白衣着てなかったら値打ち半減やで」
里奈はヘルスの店長だった前の男から看護婦のイメージプレイがなかなか人気があるのを聞いているので看護婦には当たりがきつい。
「ほんならもう帰るけど何処いきたいか決めたら携帯して」
「えっ番号知らんけど」
「前に渡したやん、まぁ〜ええは携帯出して」
と言ってその場で携帯番号を強引に交換させられる。
達也の兄貴に話したら大声で笑われそうだ。
こんな感じで毎日入れ替わり立ち替わり女の子のお見舞いが来ると若い女性の看護士さんから冷やかされることになる。
「良いですね毎日彼女が沢山来て」
「彼女やないし三人もおったら浮気者でしょ」
「綾瀬ちゃんは多分本気やね」
「・・・」
「綾瀬ちゃんに怒られそうやから私は諦めるわ」
「んー意味深」
「そー意味深でしょう」
確かに里奈の言っていた通り白衣を着ていると女の子?女の人は綺麗に見える。
それに彼は綾瀬も葉留佳もそれに里奈にも気持ちは今のところフラットなのでここに白衣のお姉さんが入るのも悪くはないと思いながら四人をオードリーヘップバーンと比べてみる。
「何か微妙やなぁ」
と一人でつぶやくが今でも歴代の美人女優に数えられるオードリーヘップバーンと比べて微妙なら、それはかなりレベルの高い微妙加減だ。
事故の際にポケットに入れていたペネストレーション用raspberry piは自作のケースは大きく壊れていたが機能的には 全く問題がなかったので、彼は病室で暇に任せて近所から漏れてくるwifiにただ乗りをして情報収集に励む。
意味深発言の看護士さんが
「又スマホしてるんですかぁ?病室は携帯電話禁止ですよ」
「これスマホやけど回線繋がってないし」
「でもいつもネットしてるでしょ」
「ネットは繋がってるけど回線は繋がってない」
「屁理屈は退院してからね」
「ほらSIMかて入ってないし」
彼はスマホのよこっちょの小さな穴にキーホルダーの輪っかの先を器用に伸ばして差し込みSIMの入っていないのを見せる。
「そんなんでネットに繋がるの」
「繋がるよ、ほら」
「あっ、wifiかぁでもどこのwifiの電波?パスワードは?」
「んー不思議でしょう」
意味深発言の看護士さんに説明するのは、看護士さんの夜勤時間の大部分はかかりそうなので適当にごまかしておく。
浩太も一度お見舞いに来てくれた、浩太は彼の小学生時代からの唯一の仲間?だがあの事故の一件依頼は挨拶程度になっていた。
病室に入ってくるなり浩太は言う
「綾瀬んちの病院に入院するかぁ」
「気いついたらここのベットに頭固定されて寝てたんやからしゃー無いやろ」
「綾瀬はお前がここ入院してんの知ってんの」
「知らんと思う」
浩太に嘘をついた
「綾瀬と歩いてるとこ見たってやつがおるって聞いたけど」
「それどこ情報なん?見たやつおるて聞いたて、最低2、3人は間に挟んでるやろ」
「まぁっそんなとこかな、そんでいつ頃退院できそうなん」
「もう明日かそこいらちゃうかな」
適当に返事をする。
「おばちゃん家いてるんか?」
「いやっ、また男んとこやろ」
「おらんかったら退院しても不自由すんなぁ」
「慣れてるからどうっちゅう事ないって」
浩太が話を変える
「綾瀬は病院のウラの家やろ」
「しゃーから知らんて、変わったろか?代わりに入院しとけよ」
これでは浩太が彼の見舞いに来たのか、綾瀬の事を聞きに来たのかわからず、大体が綾瀬に好意をも持っているのは彼も気付いている。
「悪い、別にそんなつもりはないねんけど」
「まぁええか、それより最近は真面目にやってんか?」
「前よりは真面目かな」
「そら良かった、今日は夕刊配って無いんや」
「バイトの休みおらんから今日は無しや」
浩太がまた話を変える。
「あれからお前も俺の事避けてるもんな」
「浩太はちゃんと学校出て親父さん喜ばしたらんと」
「うちみたいな高校行っててジャーナリストとかなれるんかなぁ」
「そら俺より可能性はあるやろ」
同じクラスにいて毎日顔を見ているのに話をするのは久しぶりでぎこちなく話も続かないので浩太が居心地悪そうなので彼が言う。
「悪いちょっと寝るは」
「わかった」
浩太は綾瀬の情報がろくに得られないまま帰って行った。
新学期が始まり少しして登校すると、バイクで事故ったことはしっかり学校にバレており担任の男性教師に職員室へ呼び出される。
多分警察の少年課で彼のことを知るお巡りが連絡したのだろう。
「やってくれたなぁ」
「はい」
「バイクが禁止されてんのは知ってんな」
「いえっ知りませんでした」
ウソつきは泥棒の始まりだ。
「あんな時間にどこ行っとたんや」
こっちの「知りませんでした」はフル無視されたが仕方が無いので次の尋問に答える。
「初詣です」
全くの嘘では無いし、下手に話して綾瀬に迷惑がかかるのは避けたい。
「事故自体はお前の過失は少ないって警察の人は言うてたけど、バイクで事故は具合悪いな」
「はい」
彼は必要最低限の言葉を選んで返事する、言葉尻をとられて面倒くさいことになるのを避ける。
「バイクの事故は二回目やな」
「はい」
保護観察食らってたんは知ってるやろと言いたいが我慢する。
「今度は無免許でも無いから処分は大したことないと思うけど、これ以上はかばいきれんぞ」
「はい」
あなたにそんな期待はしていません。
「お前ホンマに反省してるか?」
「はい、してます」
綾瀬に心配かけたのは悪いと思っているが、他に反省する要素が彼にはわからない。
「バイクはやめとけ、お母さんも心配してるぞ」
彼はこの時はさすがに
「うちの母は今新しい彼氏のことでいそがしいので心配している暇はありません」
と本当に言いたかったが我慢して返事をする。
「はい、わかりました」
これで大体このお小言の山は越えた。
「処分がが決まったら連絡するからしばらくは自宅謹慎しとけ、わかったな」
「はい」
と言って職員室を後にする。
教室に戻り帰り支度をしていると綾瀬がやってきて、
「停学なん?」
「なんで知ってんねん」
「グループLINE」
「だれか職員室に盗聴器でも仕掛けてんのか?」
「まっさかぁ〜、でもあり得るかも」
「そやな、この学校やったらそれぐらいの事する奴は居るか」
そう言って彼はカバンを持ち教室を出ていく。
綾瀬がそれを追おうとするが彼は目で制止する。
綾瀬のグループLINEにメールで情報が送られてきたのなら彼のバイク事故と停学、おまけに前にも事故があった事がクラス中に広がるのにそんなに時間は掛からない。
停学が終わってもしばらくは登校しないほうがいいと思ったが、事はそんなに簡単に終わらなかった。
SNSはバラバラになっている情報をしかも本当か嘘か分からないことまで統合して一つの虚像を作り上て拡散していく。
高校でも務めて目立たないようにしていた彼だが、今回の事故の前にも無免許バイクで事故って保護観察処分を受けていた事、テキ屋のアルバイトをしている事、なぜかヤクザの事務所に出入りしていて薬を売っているとか、そして何より彼の母親の男関係までクラス中に広がっていた。
停学一ヶ月処分の連絡が担任から入った、大体が進学する気は無かったのだし九ヶ月はよく持った方だと思った。
母親にも一応話したが彼氏の事で忙しいのだろう、特に何も言わなかった。
自宅謹慎は口頭での指導または注意であるが、停学は正式な処分で口頭と文書で示され、自宅においてもそれなりの課題が課せられるものである。
でも彼の中ではもう終わった事で課題をこなす気など更々無い。
朝少し遅くまで寝ていて親方のところに行こうとアパートの薄い扉を開けるとそこに綾瀬が立っていた。
「綾瀬、なんでここに居るん」
「浩太君に家聞いた」
それは浩太にはちょっと可哀そうだと思った。
「学校は?」
「自主停学にした」
「停学は学校がする処分、自分では決めれんよ」
「じゃあサボリ、どこいくの?」
「親方んとこ」
「私も行く」
「もうお年玉はくれへんで」
「でもね、まだうちの治療費と入院代払ってもらって無いから逃げられんよう見張っとかんとあかんし」
「ああぁそう言うたらまだ払ろてなかったかな」
話しながら早足で歩くと綾瀬は小走りでついてくる。
「とぼけてもあかんよ、今日は何処のお祭り」
「天満宮さん」
「イカ焼きするの?」
「今日はカルメラ焼き」
「何それ」
「ザラメって知ってる?」
「うん知ってる実際見た事はないけど」
「あれをちょっとの水で溶かして火にかけて、適当に熱つうなったら重曹混ぜて膨らまして固めんの」
「面白そう、うちも行ってええかな」
綾瀬に向き直り学校に行けと言おうとしたが、綾瀬の目にそれを言わせないものを感じた所にかぶせてくる。
「なんか文句ある」
「親方に聞いてええ言うたらな」
綾瀬は表情をころっと変え笑顔になった。
「大歓迎やで、頑張ってくれたらバイト代はずむで」
親方はやっぱり若い女の子に弱い。
里奈が面白くなさそうにこちらを睨んでいるのが気になる。
そう言えば退院した後の約束も放ったらかしたままだ。
準備ができて達也の兄貴の軽トラに乗ると続けて綾瀬が乗り込もうとする。
「これ二人乗り」
「えっ乗られへんの詰めたらの乗れるやん」
確かに細身の彼とちっこい綾瀬なら乗れないこともないが定員が2名なのでどうしようもない。
達也の兄貴が横から言う
「お前降りろ綾瀬ちゃんは俺が乗せていくから、里奈の軽トラ乗れ」
綾瀬を達也の兄貴と一緒に乗せるか里奈と乗せるか選択の余地はない、彼は黙って免許取立ての里奈の助手席に乗る事になる。
おかげで達也の兄貴も里奈もご機嫌だが天満宮まで綾瀬は微妙な時間を彼は初新車マークの里奈が運転する軽トラの助手席に座り冷汗で過ごす事になる。
天満宮についてからカルメラ焼きの準備をしているとこれがまた困った事になる。
彼はカルメラ焼きを焼く手順を教えてもらってはいるがまだ売り物にした事はない。
となると達也の兄貴がカルメラ焼きを焼いて綾瀬がそこに入る事になるのだが綾瀬はそれが不満で彼に言う。
「カルメラ焼き焼かれへんの」
「できんのはできるけどたまに失敗するから、これ結構火の加減難しいねん」
「ちょとやらして」
綾瀬が強引にガス代の前に入り少し見ただけなのに器用にカルメラ焼きを焼き達也の兄貴に聞く。
「これやったら売り物になる?」
達也の兄貴がそれを見て、
「綾瀬ちゃんがカルメラ焼いてお前が手伝い、俺は里奈とイカ焼きや」
今度は里奈が文句を言う
「達也の兄い人使い荒いから・・・」
達也の兄貴がそれ以上言うなと目で里奈を黙らせる。
その日綾瀬は終始ご機嫌で愛想を振りまきながら器用にカルメラ焼き、少し遅い昼の弁当を里奈と何やら楽しそうに話しながら食べていた。
里奈には妹分ができたみたいで嬉しいいのかもしれない。
学校をサボってテキ屋で働く綾瀬を見たら、あの綾瀬に甘そうなお父さんは気絶するんじゃないかと思う。
夜までカルメラ焼きを焼き親方の事務所に帰る。
「綾瀬ちゃんお疲れさん、これバイト代」
と親方が言って綾瀬にお金の入った封筒を渡そうとする。
綾瀬は少し困ったように
「私、心配やからついて来ただけなんで、バイト代は別にいいんです」
「あかんあかんしかっり働いたんやから取っといたらええ」
親方は強引に封筒を綾瀬に握らせるその時に必要以上に綾瀬の手を握っていたのは気のせいじゃないと思う。
達也の兄貴と里奈がそんなやり取りを少し離れた所で見ていた。
「寒いのに綾瀬ちゃんがんばるなぁ、半日で尻割るやつかて結構多いのに」
「うんそれは私も認める、そやけど私は呼び捨てで綾瀬はちゃん付けか」
明日も天満宮さんの祭りは続くので片付けもほどほどに終わった。
事務所から二人して歩いて帰る。
「達也さんも親方さんもええ人やね」
「ええ人かどうかはわからんけど世の中には必要な人かなぁ」
「どう言うこと?」
「んーなんて言うかな、世の中からいろんな意味でこぼれ落ちた人の居れるとこを纏めてる人」
「私もこぼれよかな」
「綾瀬はあかんよちゃんとした家の子やし、それよりこんな時間までええんか?」
「お父さんは学会、お母さんは実家のお婆ちゃんのお見舞いで、お姉ちゃんは彼氏のところかな?」
「ふ〜んまぁ家まで送るわ」
「真っ直ぐ帰らななあかんかな」
「えっ」
「主治医の娘として患者の経過観察をしよかな」
「順調に回復しておりますが?」
「ダメ、よう調べんとあかんから、今日のバイト代でなんか買うて晩ご飯つくろか」
「はい、それが患者の治療とどう関係するのかかよく分かりません」
「医食同源って言うでしょ、まずは栄養から考えんと」
「いつから綾瀬ん家は漢方医療になったんかな」
「違うよ医食同源って、漢方とかそう言うのとは」
「えっ中国のあれとちゃうの」
「医食同源は近年に日本で造語されて、食事から健康な体を作るって言う考え方かな」
「ふ〜ん、よう知ってんね」
「お母さんの受け売り」
「そんでもあかんよ、浩太に悪いし」
「なんで浩太君が出てくんの?」
「いやっ今のは無し、聞き逃して」
「聞き逃せません」
「う〜ん、ちゃんと聞いたわけとはちゃうけど浩太は綾瀬の事、好きなんやと思うねん」
「なんでわかるん」
「そら小学校の頃から一緒になんやかんやしとったから、浩太見てたらわかるわ」
「う〜ん、でも浩太君言うてた」
「なんて」
「アイツの事元気付けたってって」
浩太が彼を思いやってその言葉を選んだのが良くわかる、それだけに浩太に対してすまない思いと、彼の綾瀬に対して芽生えつつある温かい思いが鬩ぎ合う。
少し前を歩く綾瀬は冬の夜空を見ながら左手を後ろに回して右手の肘辺りを掴み彼にクルリと向き直り言う。
「私知ってるし」
「何が」
「一回目の事故の事、浩太君が運転してたんやよね」
「誰が言うてた」
「浩太君」
言葉を返せなかった。
「保護観察もその時ついたん」
「まっそんなとこやけど終わった事やし、今更どないしても浩太に処分は行かん」
「でも浩太君はただの友達かな」
彼は「じゃあ俺は」と聞きたかったが聞けなかった。
SNSは細々な情報もプロファイルする。
学校の中に原付バイクで跳ねた婆さんの孫がいて、
「二人乗りのバイクに跳ねられて逃げて行ったけどすぐにバイクが戻ってきて、そん時は一人で僕が一人でやった事にしてくれて泣きながら頼んで救急車と警察呼んでくれた、確かに運転してたのはもっと背の低い子やった」
と、聞いているのも拡散されており、結果的に彼に対する悪い噂を打ち消していた。
彼は停学処分が解けた後、辞めるつもりだった高校に登校し始める。
綾瀬が彼が行かないのなら自分も行かないと言いだし、美大に行かせてくれないなら中学三年の受験に一番大切な時期に一切の勉強を放棄するムチャな女の子には勝てなかった。
それに浩太から新聞配達をしながらの新聞社の奨学生の話を聞き彼は猛烈に勉強を始めた。
枠は少ないが可能性はゼロでは無い、大学で勉強して起業したら本当に人の役に立つアプリケーションの開発をするのを目標にしている。
浩太は当然自分も受けるはずだった処分を一人で被った彼にごめんなさいをした。
「あの状況やったら二人で処分受けても無駄やで、一人でも結果は変わらん」
と言う浩太は彼と立場が逆なら彼ならきっと
「結果が変わるか変わらんかはやってみなわからんで」
と言うだろうと思い警察に出頭して全て話した。
警察は話は聞いたので何かあれば連絡しますと言ったきりで、何のアクションも無い。
達也の兄貴はエロい女にフラれた後なんと里奈と付き合い始め、綾瀬からの情報によると意味深発言の若い女性の看護士さんは彼と入れ替わりで入院してきた男性とスピード結婚を決めたそうだ。
綾瀬は以前にも増して美術室に篭る時間が増えたが、何かにつけて彼と浩太を絡ませるように振ってくるのに彼は口柄したが、それからはなにかと三人で過ごす時間が多くなりそこへ葉留佳も加わわる。
彼と浩太の間では綾瀬の事は彼女次第という暗黙の了解ができた。
葉留佳は何だか彼よりも浩太のことが気になり出したみたいで世話を焼き出し、彼は葉留佳の作るご飯が綾瀬のそれより数段美味しかったのでそれが少し残念だった。
拙い自分勝手な文章を読んでいただきありがとうございます。
このお話の一部は現実に作者が体験してきたものです。
よい子はマネはしないようにとか言うつもりはさらさらありませんが、
悪さも方向は間違えないで欲しいです。
読んでいただいた方にはもう一度お礼を申し上げます。
ありがとうございました。