金色の猫と三つ編み少女
秋になると、木々が覆っていた葉の色を着替える。
セレーナ王国中央にある広い公園には扇の形の葉をつける大きな木が何本も立っていて、夏は緑の葉が大きな木陰を作ってくれる。そして秋になると、その葉は黄色に変わり、冬に向けてゆっくりと葉を落としていく。
公園の中は人がまばらだ。秋はみな、冬の準備に忙しい。みんな農園に借り出されて、野菜や穀物の収穫追われている。公園を歩いている彼女もまた、収穫をしていた。年は14、赤茶色の髪を長い三つ編みにしている。
(たくさん実が落ちてる。明日、妹にも手伝ってもらおう)
親指ほどの実を一つ一つ、拾い上げては籠の中へ集めてゆく。
────クルミはふと、手を止めた。辺りに舞い落ちた黄色の葉の中に、違和感を感じた。 よく見ると、金色の猫がそこにいて、こちらの様子を伺っているではないか。
「王族の猫……」
思わず声に出ると、猫はうーんとばかりに伸びをして、それから、にゃあ、と鳴いた。傍らにある木に爪を掛けて駆け上がり、くるん、と宙で回転したかと思うと、その姿はぼやけて、びっくりするクルミの目の前に、少年が現れた。
年はクルミの少し上ぐらいだろうか。黒い髪に黄金の瞳。金色の首輪をしている。
「こんなところでくだらない木の実を拾っているな。せっかくいいくつろぎ先を見つけたと思っていたのに邪魔された」
少年の視線の先に、クルミの持つ籠から逃げ出した木の実があった。驚いた時に籠を揺さぶってしまったのだろう。少年はそれをひとつ、摘まみ上げた。
「どうするんだ、こんなちっこいの」
王族の猫は、王族と契約している金の妖精の猫。金を与えるとそれ食べて、預言を語る、と言われている。猫の姿と人の姿を持っていて、猫の姿と時には、正体を見破られると人の姿になってしまうらしい。
すごいものに出会った。あまりに考えてもみない出会いだったので、身分があるものへの敬意の行儀作法を忘れて、じっと見つめたまま言葉が溢れだしてしまった。
「この実を使って、クッキーを作る」
「この実……殻も食べられるのか?」
「殻は割って、中の実を使うんだ」
「この小さい実の殻をいちいち割るのか? 面倒だな。なんでもっと大きな実を採りにいかないんだ?」
少年の物言いは少しきついが、金の瞳がきらきらして綺麗だ。興味があるのだ、とクルミは感じた。
「この木の実はいい香りがするから、他のものではこうはいかない」
家で飼っている鹿たちに話しかけるように、クルミは答えた。
「そういうものか……。それで、大きい実を採るより、儲かるのか?」
「さあ……、比べたことはないけど、うちのおばあさんのおばあさんの代からずっとこの仕事をしていて、生活が貧窮するほどにはなってない」
少年は手のひらの木の実をくんくん、と嗅いでいる。いい香り、と言ったが、この木の実がこのままでいい香りというわけではない。茹でて渋みを抜き、バターといっしょに焼き上げるとちょうどよく、風味が出るのだ。
「……クッキーにすると言っていたな。食べてみたい」
「今年は今日初めて拾いに来たから、これではクッキーを焼く量にはならないわ」
今日持っている籠いっぱいにして、やっと十数枚焼けるだろうか。今日は様子見でもあったので、そんなに拾い集めるつもりではなかった。沢山落ちているようなら、明日にでも荷台を持って妹にも手伝ってもらって……と思っていたのだ。
「どれくらい要るんんだ?」
少年がそう言いながら、すっと、長く細い腕を上げる。それと同時に、辺りの黄色の葉がふわりと上へ舞い踊り、宙のひとところに木の実が集まりだした。
見たことの無い美しい景色に、クルミは包まれていた。
暇してるから。と王族の猫の少年は言った。
暇する場所にたまたま、あの木の下を選んだのだと。だから、お前の家で暇するのもかまわない。そう言われて、クルミは少年を家へ連れて帰って来た。山ほどの木の実といっしょに。
あまりに多いので、とりあえず一籠分くらいの実を木槌で叩いて殻を割る。中から実を取り出して、これを茹で上げる。
気が付くと、少年の姿が無い。気まぐれのようだから、飽きてどこかへ行ってしまっただろうか……と、窓から外を見ると、鹿たちが騒いでいる。一頭が金色の猫を背中に乗せていて、じゃれあっているようだった。
「王族の猫!」
声をかけると、猫はまた鹿の背から舞い降りながらくるりと回って────少年の姿になった。
そう呼びかけなければ、猫の姿のままだっただろうか。美しい猫をもっと眺めていればよかったかも、とクルミは思った。
「次はこの実をすり鉢で擦って粉にする。そこへ芋とバターを混ぜてこねて形を作る」
「これ、食べられる?」
「うん、茹でて渋みが無くなった実は、まあそれなりに食べられるよ」
少年は木の実を摘まんで口へ入れた。
「ふうん、食べられるけど、沢山食べたいものじゃない」
「猫は草を食べないけど、王族の猫はどうなの? 肉じゃないものも美味しい?」
「何だって食べるぞ。街の食べ物のほうが旨いが、なかなか食べられる機会が無い」
「王宮の食事は美味しくない……?」
「太りたくないと油や砂糖を使わない料理ばっかりだ」
「……じゃあ、金なら美味しい? 食べるんでしょ?」
クルミの疑問に、少年は苦い顔をした。
「あれを一定食べないと力が落ちるが、まずい」
王族の猫は王族に大切にされて贅沢に暮らしているのだとばかり思っていたクルミは、少し驚いた。
今度は少年がクルミに質問する番だった。質問されながら、クルミは天板を窯へ入れる。天板には、親指と人差し指で丸を作ったぐらいの大きさに形作った生地が並んでいる。
「この家に住んでるのは一人なのか?」
「いいえ、妹がいる。昼間、彼女は学校へ行っているの」
「親は?」
「父は航海士で1年ほど帰って来てない。母は貴族のメイドをしてる」
「村の娘にしては学がありそうだと思ったがそういうことか。読み書きができる?」
机の上にある、読みかけでメモを挟んだまま置いてある本を刺しながら少年が言った。
「ええ」
「それでなんで、それを活かす仕事につかない?」
学校でもそう言われたな、と思いながらクルミは答える。
「この仕事が好きだから」
少年は、ふうん、と言った。
クッキーが焼きあがるのには少し時間がかかった。その間に妹が帰って来て、背がまだクルミの胸の下くらいの妹が、見慣れない少年の姿に眼を真ん丸にした。
「誰……!? おねえちゃん…!?」
金色の首輪もなめらかな白いシャツも、金の装飾のベルトも、貴族以上の者の服装に違いない。妹は少年に恐怖した。貴族には、絶対に逆らうことができないから、だろう。クルミのスカートにひし、と抱きついた。
クルミは妹の頭に手をやり、
「大丈夫。クッキーを食べてみたいって、ここにいるだけなの」
そう妹に優しく声をかけた。
少年はそんな妹に、つまらなそうに言った。
「そうだ。別におまえは旨そうじゃないから食べない」
そろそろクッキーの焼き上がりの様子見てみたい頃だ。動こうとするクルミにしっかり抱きついて動かない妹に、クルミはもう一度声をかける。
「窯の様子を見たいの」
ひっついている妹をいっしょに引きずるようにして、クルミは窯の前へ立った。
「火傷するから、離れて」
そう妹に言うと、妹はしぶしぶ、2、3歩下がる。
天板を少し引き出してみると、丁度よいキツネ色に焼きあがっていた。
皿に並べられた数個のクッキーの一つを、少年は手に取った。
香ばしい匂いがする。まだ少し温かい。
「焼きたてのクッキーを食べるのは、初めてだ。王宮の食べ物は何のかんの調べられて冷たくなってから出て来るしな」
クルミは今日一番、どきどきしていた。何故だろう。今まであまりに現実離れした時間の中で、子供の頃のように、思うまま素直に動いていた。けれど今になって、急にどきどきし始めた。
気に入って貰えるものを作れただろうか。美味しいと、言ってくれたらいいけど。
少年がクッキーを口に運ぶのを、クルミはじっと見ていた。
「なるほど、こういう味になるのか」
美味しい、という言葉を聞けなかったことに、クルミは少しがっかりした。けれど、少年はもう一つ、クッキーを食べた。そして、もうひとつ、もうひとつ……
皿の上のクッキーは、すぐに無くなった。
そして、少年は聞いた。
「一年中このクッキーを焼いて売ってるのか?」
クルミは首を振った。
「初夏のころには赤い酸っぱい木の実を集めてジャムにして練り込んだり、冬にはオレンジ色の実を砂糖漬けにしてトッピングしたりする。色んな木の実を使ってクッキーを焼いてるんだ」
それを聞いた少年は、金色の瞳をきらりと輝かせた。
「ああ、それも食べてみたい」
その瞬間に。クルミは少年に心臓を掴み取られた気がした。
王族の猫。金色の妖精は言った。
「また食べに来る」
それ以来、クルミの家には時折、気紛れな金色の猫が現れるようになったのだ。
銀杏並木から連想して書いてみました。
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