ティータイム
「これが王族の屋敷か」
3階に建ての白い屋敷が、木々と黒い鉄柵で囲まれている。門の前にメイド服の着た少女が立っていた。おそらくニコだ。
「お待ちしておりました」
ニコは深くお辞儀をする。
「リース様がお待ちです。こちらへ」
ニコに連れられて、敷地内へ入る。建物の中でを通り、中庭へ。そこには紅茶を嗜むリースの姿があった。
「リース様。お客様です」
リースはオレに気づくと、カップを置き立ち上がる。
「ローランド。来てくれたのですね。さあ、こちらに座ってください」
言われた通り、空いていた椅子に座る。
「紅茶はお好きですか?」
「いや、あまり飲まないな」
あまりというより、ほとんど飲んだことがない。
「ニコ、他に何か飲み物は?」
「他にはコーヒーくらいしかございませんが。そうしますと、リース様がお飲みになれないかと」
「すみません。私はコーヒーが苦手で」
「いや、別に気にしなくても。それなら紅茶で構わない」
「すみません」
「そういえば、先日使節団の方から頂いた緑茶ならございますが」
「緑茶があるのか?」
この国ではお茶といえば紅茶なので、そうそうお目にかかれる物ではないのだがな。
「お好きですか?」
「ああ、それを頼む」
「では緑茶をお願いします。ニコ」
「かしこまりました」
施設などをからの献上品ともなれば、いい品に違いない。楽しみだ。
ニコがその場を去る。
「先ほどは大変失礼なことを、改めて謝罪させてください」
再びリースは頭を下げた
「いや、別に気にしないで欲しい。というかリースは別に何もしていないだろう?」
オレは立ち上がり、制止する仕草を向ける。
「ニコの責任は、私の責任です」
世の中責任転嫁をする人間が多いが、リースは誠実だな。
「まあともかく、オレは気にしていないから、そんなに謝られても困る」
「すっ……すみません」
そんな半泣きで謝られると、こっちが悪いみたいで困る。
「本当に気にしないでくれ」
「お怪我とか、大丈夫でした?」
「ああ、オレは攻撃をくらってないから大丈夫だ。ニコのほうを心配してやってくれ」
「ニコも怪我はないようです」
「それはよかった」
実際、凍らせただけだし、そんなに長い時間でもないので凍傷にもなっていないだろう。
「むしろリースがいなければ危なかった。本当にあれは助かった。危うく自分の魔法で自滅するところだったからな」
「いえいえ。お役に立ててよかったです」
「それにしても、あれだけの魔法が使えるならもっと善戦できたんじゃないか?」
あれはオレみたいに手を抜いていたのではないかと疑うレベルだ。
「……すみません。私、戦いに慣れていなくて……」
「いや、別に謝らなくても」
「緊張してしまい、何もできませんでした」
王族が戦闘慣れしていたら、それはそれで問題だ。
「まあ、仕方ない。いきなり戦わせたあいつが悪い」
「私、もっと強くならないと」
その眼にはただならぬ覚悟が感じられる。
「別に焦る必要はないんじゃないか?」
「今のままでは駄目です。どうやったら、ローランドみたいに強くなれますか?」
「うーん」
困った。別に力を欲して強くなったわけじゃない。強くさせられたという表現が正しい。どうすればいいかと聞かれても答えようがない。
「そうだな……とりあえず、目の前のやるべきことをこなしていくしかないんじゃないか?」
「やるべきことですか?」
「いきなり強くはなれない。だから少しずつ、前に進むしかない」
オレが言えたことじゃないが、これくらいしかアドバイスできない。
「こんなことでは慰めにならないかもしれないが、オレは8歳まで魔法が全く使えなかった」
「そうなんですか!?」
リースは目を丸くする。
「だけど今では、自分でも制御しきれないほどの魔法が使える。だから、リースもきっと強くなれるはずだ」
「はい、頑張ります」
ちょうどいいタイミングでニコが緑茶を持ってくる。
「ありがとうございます」
派手派手しい模様が描かれた陶磁器のカップに緑茶が注がれる。少し違和感を覚える組み合わせだ。
「こちらはショートケーキです」
装飾の施された皿と金ぴかのフォーク、ショートケーキは金箔が乗っていること以外は普通だ。
「それでは失礼します」
「ニコ、あなたも一緒にいかがかしら?」
「仕事中ですので」
「そう」」
「何かあればお申し付けください」
ニコは再びこの場を去る。
「それではいただきましょうか」
「そうだな」
まずはショートケーキを口に運ぶ。うん、普通のと味の違いがよくわからないがおいしい。
続いて緑茶をいただく。香りからして安物とは違うことがわかる。苦味が少なく、とてもおいしい。茶葉のよさだけではなく、淹れ方もうまいのだろう。さすがは王室直属のメイドだ。ショートケーキとの組み合わせは意外と悪くない。
「お味はどうですか?」
「うん、とてもおいしい」
「それはよかったです……そういえば、ローランドはどちらのご出身ですか?」
初対面であれば必ずといってもいいほど聞かれるこの質問。オレにとってはーーエージェントであることを差し引いてもーー少し、いや、かなり答えに困る。
「ああ、一応……ゲートポートの出身だ」
こういう質問をされたら、王国の人間の場合は大抵ゲートポートと答えるようにしている。
「ゲートポートと言えば。やっぱり海ですよね。一度あのきれいな海で泳いでみたいです」
大抵の人間は海か白い建物が浮かべるよな。
「オレも泳いだことはないな」
「え? そうなんですか。それはもったいないですよ」
「あれだ、隣の芝は青いってやつ」
芝ではなく海だが。
「では、ローランドの考える、セント・リメリアの青い芝とは何ですか?」
また答えに詰まる質問だな。
「うーん、そうだな……」
少しの間考える。
「城」
「ーー全然よくないです!」
そう即答される。
「いいじゃないか。綺麗だし、でっかいし。ああいう権力を全面に誇示するような建物はゲートポートにはないな」
そういう巨大で豪華な建物はロマンがあって好きだ。
「地上に降りるのとか大変ですよ。それに、滅多なことでは城から出られません」
「ははっ、地上に降りるって、神か何かか?」
その表現がツボにハマる。
「本当にそう思っている人たちもいて大変です。私は正真正銘の人間です」
「オレは神とかそういう類のものを信じていないが、リースが地上に舞い降りた天使だと聞かされても、疑問は抱かないかもな」
「もう、からかわないでくださいよ」
リースは頬を赤らめる。
「ともかく、オレはセント・リメリアのベージュ色の街並みが好きだな」
「私はゲートポートの白い街並みのほうが、歴史を感じられていいと思います」
「やっぱりセント・リメリアだろ」
「いいえ、ゲートポートです」
この話は平行線を辿りそうだ。話題を変えよう。
「そうだ、リースに渡さないといけないものがある」
「私にですか?」
オレは学生証を手渡す。
「さっき担任の教師に会ってな、それを渡すように言われたんだ」
「そうでしたか。わざわざありがとうございます」
「失くさないようにな」
「はい」
これでリースには渡せたが、もう1人はどうするべきか? 考えてもどうしようもないか。今はリースとのおしゃべりに集合しよう。
その後もオレとリースはしばらく会話を続けた。
* * *
「もう夕方ですね」
気が付けばだいぶ時間が経っていた。
「もしよろしければ、夕食もいかがでしょうか?」
「オレは構わないが、本当にいいのか?」
「ええ、もちろん。いっぱい食べていってください」
お言葉に甘えて夕食も頂こう。