真の実力
封筒を開封すると、中には1枚の手紙が入っており、女の子らしい丸みを帯びた文字で文章が書かれていた。
「ローランド君へ
話したいことがあるので、放課後、さっきの闘技場で待っています。
ニコより」
この学園に入ってから今まで、女の子に好かれるような行動をとった覚えはない。さっきの試合を見て褒められる要素もないだろう。つまりこの手紙は誰かがいたずらで仕掛けたに違いない。こんな見え透いた罠を仕掛けたのは一体何処のどいつだ? 真っ先に思い浮かんだのはあのボンボンだが、もしそうだとすれば、勝っておいてさらにこんないたずらをするなんて相当嫌味な奴だ。
手紙を仕掛けた犯人を見つけるため、とりあえず教室へ向かった。
* * *
「おじゃましまーす」
必要はないが、断ってから教室に入る。しかし、そこには静寂以外の何者も存在しなかった。どうやら既にクラスメイトは皆帰ったようだ。
自分の席の前に行き、左斜め前の席のネームプレートを確認する。そこには「Nico Mouton」という名前が刻まれていた。オレの記憶が正しければ、確かここの席には女子がいたはずだ。どうやらニコという人物は存在するようだ。
わざわざ実在の人物の名を騙るまでさせるほどの恨みを買った覚えもない。目的がさっぱりわからない。だからこそこれは確かめる必要がある。オレはさっきエリック達と戦った闘技場へ行く。
* * *
オレは闘技場の扉の前で立ち止まった。感知魔法があればいいが、生憎オレは使えない。ぱっと除いた感じでは、人はいなさそうだ。ワンドを構えながらそっと闘技場の中に入る。
「誰も……いないのか?」
辺りを見回しながら、フィールドの中央部分までゆっくりと歩く。
突如、背後から殺気を感じ、あわてて振り向く。自分の背丈を超える刃がオレを襲う。
「やべっ」
横に飛び込み、なんとか斬撃を躱す。
「おいおいマジか」
闘技場の壁に斬撃の跡がくっきりと残っている。
「今のを躱しますか。少しはできるようですね」
「強化魔法で保護された壁を壊すとは、一体あんた何者だ?」
メイド服を着た華奢な少女が自らの身長を超えるほどの大剣を持ってこちらへ向かってくる。
「申し遅れました。私はニコ。リース姫専属のメイド兼ボディーガードです」
ツッコミどころが多すぎて、どこから手をつけていいかわからない。ひとまずはオレを呼び出した理由でも聞いてみるか。
「なぜオレをここに?」
「先ほどの戦いを見ていましたが、あまりにも酷かったので、リース姫を警護するにふさわしい実力があるか確かめさせてもらうためにお呼びしました」
「あんた、オレのことどこまで知ってる?」
場合によっては消さなければならない。
「ご安心ください。あなたのことを知っているのは限られた人間のみ。あのクラスでは私とリース姫しか知りません」
まあ、とりあえずは大丈夫ということにしておこう。
「それでは、あなたの力、見せてもらいましょう」
「しょうがないな」
部外者がいないこの場でなら、少しくらい力を見せてもいいか。
「んじゃ、行くぞ」
オレは杖を構え、呪文を詠唱する。
「メガ・アクア」
膝上まで浸かるほどの水があっという間にフィールドに広がる。
「これほどの水魔法を……本当にさっきと同じ呪文なのですか!?」
オレの力に、ニコは驚きを隠せない。
「機動力を奪ったつもりでしょうが、この程度で私を抑えられると思ってもらっては困ります。くらえ!」
ニコは斬撃を放つ。しかしオレは魔法を使い、水をぶつけて相殺する。
「くっ」
「降参するか?」
「断る」
ニコはこちらへ向かってくる。
「ならこちらから仕掛けさせてもらう」
オレは水面に向けた杖を軽く振り上げる。
「!?」
ニコの動きが止まる。
「どうした?」
オレはニコに尋ねる。
「何故。何故動けないのです」
「下を見てみろ」
「手……」
手の形をした水がニコの腿をがっしりと掴んでいる。
「それだけじゃないさ」
だんだんその手が凍っていく。
「ならば」
ニコは大剣を振り上げる。
「何をする気だ?」
「はあーーっ!」
大剣の側面を氷にぶつけ、氷を破壊した。
「これでどうです」
「じゃあ、こっちももうちょっと力を出そうか」
オレは再び杖を振るう。何本もの水の手が次々のニコの体を鷲掴みにする。
「くっ、全く動けない」
四肢を完全に封じられ、為す術がない。
「このままだと、あのお姫様と同じ運命を辿るな」
ニコを包んだ水がだんだんと氷に変わっていく。
「おのれ、じわじわと痛ぶるなど卑劣な」
「降参してくれれば、いつでも開放するんだがな」
そう言っている間に、首元まで氷が迫る。
「早くしないと、雪像になっちゃうぞ」
オレはそう煽る。だが口が利けるように、少し凍らせるスピードを落とす。
「どうだ?」
「くーっ……降参、降参だ」
オレはすぐに魔法を止める。
フィールドからは水が引いていくが、ニコは氷漬けになったままだ。
「これで納得してもらえたか?」
オレはニコに尋ねる。
「何故……これほどの力を持っていながら、それを隠すのです?」
「そりゃもちろん、帝国のやつらに気づかれないためだ」
「帝国ですって?」
「ああ、帝国のスパイからお姫様の身を守れってのがオレに下された命令だ」
「なるほど、そうですか。あなたの強さとそれを隠す理由はわかったりました。しかし、いくら何でも手を抜きすぎではないですか? エリックと接戦を演じても悪くはないでしょうに」
「敵を騙すにはまず味方から。お前らがオレが本当にエージェントなのか疑問に思ったのなら成功じゃないか?」
「そう言われると返す言葉が見つかりません」
「納得してもらえたのなら、よかった」
「それより、早くこれを溶かしていただけますか」
「仕方ないな」
オレは再び杖をニコに向ける。
「フレイオ」
火属性魔法詠唱した。
火の玉がニコにまとわりついている氷にぶつかるが、焼け石に水……いや、氷塊に火だ。
「もっと強い魔法で一気にやってください」
「いや、さすがにそれはまずい」
「やりなさい」
「わかった。やればいいんだろう。ったくどうなっても知らないからな」
こうなったらオレが使える限りの最も強い火属性の魔法を使ってやる。
「ギガフレイオ」
ニコの頭上に巨大な炎が現れる。闘技場全体がサウナと化す。氷の塊はものすごい速さで溶けていく。
「第3階級の魔法が使えるとは驚きました」
「まあな、今回だけ特別だ」
これで実力を疑われることはないだろう。
「もうこの魔法を止めてもよろしいかと」
「止めていいと言われてもな。止められないものは止められないんだよな」
一度発動したら、魔法を止めることはできない。
「どうにかしなさい。あなたが発動した魔法でしょう?」
「あんたがやれって言ったんだろうが」
このままその辺にぶっ放したら、闘技場が崩壊するのは目に見えている。屋根がなければ上に放った後に水魔法という手もあったのだが。
「さて、どうしたものか……」