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リース姫

 「ハックション」


 入学式の日の朝、宿屋で自分のくしゃみによって目が覚める。どうやら王都セント・リメリアの春は標高のせいか、薄手の服と掛ふとんでは厳しいようだ。オレは起きて羽織るものを探した。ゲートポートでは日中半袖でも問題ないのだが。

 

 ふと窓の外を見上げる。王都のシンボルである城が見える。ここから歩いて30分はかかるであろう距離だが、それでもその巨大さがわかる。市域こそゲートポートのほうが広いが、このような巨大な建造物は存在しなかった。あの城の上から民衆を見下す王を思い浮かべると、綺麗だとか壮大だとかいう感想が複雑な気持ちに変わった。


 時計を見ると、8時を周ったところだった。今からなら十分入学式に間に合う。だが入学式に出席する気はないのでゆっくりと朝食をとると決める。宿の1階は食堂となっていたので、そこで朝食をとる。ちなみに食事代は宿代に含まれている。食事はパンが1つだけだったが、オレンジジュースやミルク、コーヒーなどの飲み物が飲み放題だったので、パンを少しずつちぎりながら、すべての飲み物をじっくりと味わった。


 部屋に戻り制服に着替え、荷物をまとめる。そしてチェックアウトを済ませ、外へ出た。時間は9時を周ったところか。入学式はおそらく始まっているが、気にせず王都の散策をしながら学園へ向かう。


 人通りはまばらで、ひんやりとした空気が漂っている。観光客のようにキョロキョロしながら街を歩く。


 セント・リメリア。この国の言葉であるべリア語で、「リメリアの中心」という意味だ。わざわざここが首都だと街の名前にしなくても、あの城を見れば一発で納得なのにな。きっとわざわざ名前に中心(セント)と入れなければならない理由がリメリア王国の歴史の中にあったんだろう、と変な推測をする。


 学園の門に到着する。警備員に呼び止められたので入学許可証を見せると、すんなりと通してもらえた。遅刻のことにお咎めはなかった。敷地はとても広く、建物もたくさんあり、どこに行けばいいかよくわからなかったので、とりあえす、入学式が行われていた講堂へ案内板を頼りに向かった。


 講堂の前に着くと、多くの生徒がいた。入学式が終わり、これから教室へ向かうようだった。その流れに紛れて教室へ向かう。教室棟の入口の前に、大きな羊皮紙が貼ってあり、そこに各クラスの名簿があった。そこで自分のクラスを確認し、教室へ向かった。


 教室へ入る。自分の名前ーーといっても偽名だがーーの書かれたネームプレートのある席を探す。そういえばローランドという名前だったな。ローランド・アクギット、それが今のオレの仮の名前だ。


 教室を見回す、長机が5行3列に配置されており、各机に椅子が2つ設置されている。一番後方の窓際の机の通路側に「Rauland」と書かれたネームプレートを発見した。しかし、既に座っている生徒がいた。


「すみません。多分そこオレの席だと思うんですけど?」


 いつもより口調を柔らかくして話しかける。


「君がローランドか。俺様はエリック・バートリー。バートリー家の次男さ」


 バートリー。確か貴族の中でも最高位の家系だ。貴族関係に疎いオレでも知っている程の名家。そんな奴がいるとは、さすがは王都の魔法学校と言ったところか。


「君の隣の席のネームプレートを見たまえ」


 バートリー家のボンボンに促され、オレは隣のネームプレートを見た。そこには「Ries」と書かれていた。まさかな……


「ここはリース姫の席だ」


 ボンボンに指摘されて確信に変わる。そういえば前に見た新聞もこのスペルだった気がする。固有名詞のスペルは一々気にしてないからな。


「俺様はバートリー家の一員として、リース姫を守る義務がある」


「要するにここを譲れと?」


「そうだ、話が早くて助かる」


 わざわざ依頼者側からローランドという名前を指定した。そこから推測するに、このボンボンではなくオレがリース姫を警護しなければならないということだ。オレが特殊機関から送られてきた人間であることは、こいつにも秘密にしなければならない。うまくこいつをどかさなくては。


「生憎だが、座席は指定されている。この振り分けに文句があるならオレじゃなく教員に言ってくれないか?」


「あのね。君みたいな一般庶民がリース姫の隣に座ることなどあってはならないのだよ。この貴族の中の貴族である俺様だけがここに座る権利を持っている。そう思わないかね?」


 困ったな、ここはできるだけ穏便に済ませたいのだが……


「あの、すみません。私、この奥の席のようなのですが……」


 ふと後ろから美しい声がした。その声を聞いた瞬間、ボンボンに苛立っていた感情が少し落ち着く。声がしたほうに振り返る。そこには金髪のツインテールの少女がいた。一瞬目が合い、オレは咄嗟に目を逸らす。不思議と心拍数が少し早くなる。


「これはこれはリース姫、お久しぶりです。先ほどのスピーチはとても素晴らしかったです。あなたと同じクラスで学ぶことができ光栄です」


 ボンボンは立ち上がり、さっきとは別人の口調でしゃべる。


「エリック、お久しぶりです。まさかあなたとご一緒することになるなんて」


 王家の人間と顔見知りとは恐れ入る。


「さあさあ姫、こちらへ」


「ありがとうございます。ところで、そちらの方は?」


「この平民は放っておいて、2人で話しましょう。さあ、行った行った」


 ボンボンがオレに手で追い払う仕草を向ける。


「エリック、彼は共にここで学ぶ仲間です。彼に対してそのような態度を取ることはいけません」


 リース姫は意外にもボンボンを非難した。どうやら少なくとも表面上は穏やかで心優しい性格らしい。


「そこはオレの席だ。譲ってくれないか?」


 オレは再び問いかける。


「しかし、僕にはあなたを守る使命があります」


 エリックが抵抗を見せる。


「それは警備の方や先生のお仕事です。あなたが口を出すことではありません」


「あなたがそう言うのであれば仕方がありません」


 そう言ってボンボンは去っていく。


「俺様を敵に回したことを後悔するんだな」


 ボンボンはオレにそう耳打ちした。


「ごめんなさい。彼には後で言っておきますので」


「気にしなくてもいい。君が悪いわけではないからな」


 貴族でアレだから王族はもっとアレな奴かと思ったが、少なくとも表面上は穏やかな人らしい。


「彼、本当はあんな人ではないのですが……」


 まあ、王族かつこんな美しい人間に無礼な態度をとる奴なんてそうそういないと思うが。


「申し遅れました。私はリース・リメリア・レオーネ・ベリアールと申します。気軽にリースと呼んでください」


「オレはローランド……ローランド・アクギットだ。よろしく」


 王族に偽名を名乗るのは少し気が引ける。後々面倒な事にならなければいいが。


「ローランドですね。覚えました。よろしくお願いします」


 リースが手を差し伸べてきたので、握手に応じる。彼女のぬくもりが手に伝わってくる。


「席につけー」


 若い男の声により、至福の一時は中断される。どうやら教師のようだ。


「えー、俺はお前らの担任になったオーリエというものだ。まあ1年間よろしく頼む」


「さっそくだが、自己紹介代わりにお前達の実力を見せてもらおうと思う」


「実力って、どうするんですか?」


 1人の生徒が質問する。


「そうだな、隣にいる奴とタッグを組んで戦ってもらう」


 無茶な要求に教室が騒めく。


 今現在オレの隣にいるのは……この国のお姫様だな。いろいろな意味で非常に面倒だ。


「不束者ですがよろしくお願いいたしますね」


「できる限りの努力はする」


 オレは一応そう答えた。


「はい、一緒に頑張りましょう」


「準備ができたら闘技場に集合なー」


 そう言って教師は教室を去った。

 いきなりの出来事で皆、戸惑っているようだ。だが、足掻いたところで何も変わらない。素直に指示に従うことを決め、オレは教室を出ようとする。


「一緒に行きましょう、ローランド」


 リースに呼び止められる。


「……喜んで」


 言葉を選んだつもりだったが、顔が全然喜んでいない気がする。だが、リースは微笑みを絶やさない。そして何故かクラスメイトからの視線を感じる。ひとまずそれは気にしないことにして、教室を出る。



 * * *



「ところで、ローランドはどんな魔法が得意なのですか?」


 しばらく無言で歩いていると、リースが話題を振ってきた。


「水属性。得意ではないが火属性も使える」


 口が裂けても闇属性が得意だとは言えない。


「私は光属性が使えます」


 伝統的に、大抵の王家の人間は光属性の使い手。おそらくリースもその例に漏れないのだろう。


「他に使える属性はないのか?」


 念のため聞いてみる。


「すみません。私は光属性しか使えません」


「そうか。別に気にする必要はない。それが普通だよな」


 1属性しか使えないのは割と普通だ。魔法学校の1年生としては1属性使いこなせれば上々。2属性以上使いこなせる奴はめったにいない。4属性も実戦レベルで使えるオレがおかしいだけだ。


 王族の血を引いているならきっと強力な光属性の魔法を使えるだろう。だが、魔力と戦闘経験は別物。どの程度戦闘において役に立つのかは不明だ。


「武器は何を使うんだ?」


長杖(ロッド)です」


「なるほど」


 すなわち、後衛だな。ロッドは魔法発動は遅いが強力な魔法を発動することができる。リースが強力な攻撃魔法を持っているならオレが前衛で敵を引き付けて起点を作ればいい。

 そんな算段をしながら、闘技場へ向かう。

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