第4話「俯く」
何故わたしは生き残ったのか?
カミーユは、わたしの心まで殺したのに。
いや、本当にカミーユが殺したのか?
違う。
私たちを殺したのは、カミーユではない。
この腐れきった社会だ。
この社会が私たちを道具に変え、そして地獄へと落としたのだ。
全ては社会のせいだ。
私は、ヨセフの遺書をゆっくりと余すところなく読み始めた。
《コこの遺書を読んでいる人間がニッコでなければ、この遺書はニッコに渡してほしい
》
この文章は英語で書かれている。
あのヨセフの懐かしい字だ。
私は、心が締め付けられ、手をあてないと感情が溢れてきてしまいそうになった。
私はその字の暖かさで、自分が道具である事を一瞬だけ忘れていたのだろう。
私の冷めきった心が少しだけ暖かくなったのを感じた。
だからこそ一瞬だけだが、ヨセフの死を悲しめたのだろう。
私は、ヨセフの遺書を読み始めた。
私は戸惑ってしまった。
なにせ今とはまた別の言語を使っていたのだから。
その言語とは。
私の故郷の言語である。
私はその言語を半分忘れかけていたが、過去の記憶を呼び起こし、翻訳した。
《さて、この言語は「北方語」だ。
君の故郷の言語であり、たぶんこの工場には、君以外にこの言語を読むことのできる人間はいないだろう。
何故そうするか分かるか?
これから話す内容が君以外に知られては困るからだ。
さて、内容を話すぞ。
いつかお前に迎えが来るとか言っていただろう。その話だ。
きっと君の迎えはあと3日〜4日で来るだろう。
そうしたらまず彼らは、工場の人間を皆殺しにするだろう。だから君は自分がニッコだと伝えなければならない。
だから君は、例えば「私はニッコだ」とかいうニッコだということを証言するようなことを言うんだ。
さもなければ、君も殺戮の対象となるだろう。
まぁ、全ての判断は君に任せる。
くれぐれも後悔だけはするなよ》
ヨセフは結局最後までそれを言うのか。
しかし、それはヨセフの最後の願いだ。
私は胸ポケットにヨセフの遺書をいれ、仕事を始めた。
私はその仕事の途中、いろいろなことを思い出した。
ヨセフが始めてこの工場に配属されたことや、ヨセフとの会話。
今となってはどれもが新鮮で、懐かしかった。
......
そういえば......
そういえば、私はヨセフのことを何も知らない。
ヨセフが工場に配属された時、仕事を教わらなくても、すでに仕事をこなしていた。
ヨセフは、高価なカミーユの薬を何故か持っていた。
私は、ヨセフのことを何も知らない。
しかし、ヨセフは私の何もかもを知ってるようだった。
では、ヨセフは私の身内か何かか?
しかし私がこの工場を務める前の16年間、ヨセフという名を聞いたことがない。
確かヨセフという名前は西方のものだったような気がする。
いや、もう詮索しても無駄か。
だってヨセフはもう死んだのだから。
それよりも遺書の内容が不可解だ。
何故その迎えは工場の人間を皆殺しにする必要があるんだ?
そして私を迎えにくる目的はなんだ?
いつかヨセフが言った、疑問を持つ能力というものか?
しかし、その能力の利用価値とはなんだ?
「おい!何してんだ!ただでさえ人手が少ねえんだ!サボるな!」
監視官が叫んだ。
道具たちが少ない分、監視官の目も届きやすいのか。
私は機械に目をやった。
機械は、いつも通り私たちに気付かずに仕事をしている。黒鉄色のボディが月の光を反射し、あたりはまるでインクで描いたように白と黒のみである。
私はその光景を退屈だと思いつつその中に美しさも感じていた。
私の前に流れるのは、カミーユの特効薬「wall of soda」である。
これさえあれば、ヨセフも道具たちも救われた。誰も死ななかったかもしれない。
手を伸ばせば、奪えたかもしれない。
たったそれだけでヨセフも救えたのかもしれない。
自分だけ生き残って、一体私は何をしているんだ。
私は、急に自分という存在が情けなく思った。
私は、俯いて床を眺めた。
何か考えると、すぐに頭の中で瞑想してしまう。それで、自分自身をを苦しめてしまう。
しばらく何も考えないでおこう。
しばらくすると、世間話が聞こえていた。
「おい、知ってるか。ここの近くの工場が、この前工場荒らしにあったんだってよ」
「ああ、聞いたよ。全く物騒なもんだよな」
工場荒らし?
聞いたことあるな。
......
ああ、賊みたいなやつか。
私は耳をすませた。
するとまた、世間話が聞こえてきた。
「それでな、工場の労働者も工場主も全員殺されたらしいぜ」
「ええ!工場荒らしってそんなに人殺すのかよ!」
工場荒らしが人を殺す?しかも全員。そんなことしてなんのメリットがあるんだ?いやまてよ、普通工場主は工場荒らし対策で拳銃を持ってるはずだ。
使わなかったのかそれとも......
いや、待てよ。
全員殺す?
確かヨセフの手紙にもおなじようなことが書いてあった。
もしや、その工場荒らしってヨセフが言っていた「迎え」なのか......
ん?
ということは、工場荒らしは私を仲間にしようとしているのか?
私は顔を上げた。
もう工場荒らしでも何でもいい。
私は何者かになりたい。
労働者ではなく、もっと別の存在に。
私は、やっと自分が生きる理由を見つけたような気がした。
ヨセフが言ったからではなく、自分自身で生きようと思えた。
何故かわからないが、今突然そう思った。
......
......
......
私は一瞬、自分がどこにいるか分からなかった。
ぼやけた景色をこすると、景色とともに意識もはっきりしてきた。
あたりには誰もいない。
私は寝ていたのか?
ジリリリリリ!!!
突然、甲高い轟音が鳴った。
私は驚きのあまり「ひっ!」という弱々しい声を発し、椅子から落ちてしまった。
この音は、警音?
もしや!
もしや迎えか!
〜国際情勢〜
1880y BABY WORKER制度 実施
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1932y 感染病「カミーユ」世界的に流行
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