第2話 「カミーユ」
たくさんの薬たちは、ベルトコンベアにされるがまま流される。ベルトコンベアは、いつもよりも早く、そして轟音をたて稼働しているようだ。薬の水面が照明で、きらめき揺れている。私たち道具は、それを眺めながら 物思いに沈むのである。
今日は、どこか忙しない。
「今日、なんか忙しくないか」
「あぁ、伝染病が流行ってるからな。確か、カミーユって言ったかな。この会社の薬の需要も高まったんだ。全くただでさえ少ない睡眠時間を削りやがって」
「ここの労働者もかかったのか?」
「さぁ、それは知らん」
そんな伝染病が流行ってたのか。
そうなると、この前監視官に殴られ、できたキズが心配である。
「で、その病気死ぬのか?」
「ああ、死ぬらしいぜ。まぁ、薬で治せるらしいけどな」
なんだ、治せるのか。よかった......
いや。
......薬を買う金など私たち道具には無かったか。
私の口の傷は周期的にズキズキという痛みが起きる。それとともにカミーユに対する恐怖心に襲われる。
目に見えない者への恐怖は、人を途方に暮れさせるのだ。
私は、その不安を仕事をして紛らわせた。
とは言っても、見てるだけだが。
あれから8時間くらいたっただろうか、外はもうすっかり暗く、とてつもなく寒い。
「なぁニッコ」
ヨセフが凍えた声で話しかけてきた。私は、返事をする代わりにヨセフの目を見た。
「ニッコはこの世界どう思う?」
急にどうしたんだ。前もなんかよくわからないことを言っいたし、大丈夫か?
まぁ......寒さも紛らわしたいし、付き合ってやるか。
「正直なところ変だなと思うよ。何が変なのかは、わからないけど」
「そうか......」
「......」
「俺さ、お前に言ったことあるじゃん。ニッコは俺たちに持ってないものを持ってるって」
「うん」
「まさに、それがお前の持ってる価値ある能力なんだよ」
「ん?どういうことだ」
「そのこの世界を疑問に思う気持ち、それが 君の能力なんだよ。それは、ほんの一握りの人間しか持っていないんだ」
疑問に思う気持ち?
当たり前の能力ではないのか?
では仮に特異な能力として、それには価値があるのか?
やはりヨセフは気が狂ったか。
「なぁヨセフ、今日はぐっすり寝ろよ」
「はははは、まぁ直に理解するよ」
そうだといいんだが......
ヒューン
この空気が抜けるような音は、機械の電源が切れる音であり、私たち道具の仕事が終わる合図である。
やっと寝ることができる。指先は悴んで、青くなっている。
道具たちは、布団に入る。
わたしは布団に入ったあと、その心地よさをより長く感じていたかったが、目を閉じた瞬間眠りについてしまった。
.......
.......
.......うっ
.......あっ
息が苦しい。
何が起きたんだ?
思い当たる節は一つしかない。
カミーユだ。
まずい。死ぬかもしれない。
そうだ......ヨセフに助けを呼ぼう。
「おい.....たす.....け......」
駄目だ。うまく声が出せない。
まず......い
私は考える力を失い、気を失った。
バチン!
右の頬に痛みを感じ、その驚きとともに目を開けた。
目の前にいたのはヨセフであった。
「おぉ、目覚ましたか!やっぱこの薬効くんだな!いや〜感心感心」
「く......薬?どこ.....で?」
「まぁ......それは聞くな、いずれ分かる」
ヨセフがそう言った刹那、ドアが開き怒号が響いた。
「おい!そろそろこい!いつまで寝てんだ!」
監視官はもう起きていたみたいだ。
クソが。
私は、病み上がりにも関わらず仕事に行かされるらしい。やっぱり私たちは道具か。
しかしなぜ高額なカミーユの薬を、ヨセフは手に入れることができたんだ?
盗んだのか?もしそうなら、ヨセフもなかなかのやり手だな。
いや、出荷数の確認があるのか......
ならば盗んだわけではなさそうだ。
そんなことを考えながら走り、ルームAへ着いた。
私は並んでいる道具たちの数を見て驚いた。
「労働者の数が増えてる......」
「ああ、やっぱりこの工場の上層部もカミーユで労働力が足りなくなると分かってるんだろう。しかし3倍近く増やすとは......薬を買うより労働者を増やした方が安く済むってわけか」
我々道具は使い捨てというわけか。
私たちは、人ではない。
では一体、私たちはいつから人ではなくなったんだ?
どうして「BABY WORKER制度」なんてものがあるんだ?
私たちは何の罪を犯したんだ?
どうして?
......
......
......
......
......
私が何をしたというのだ?
私は、カミーユに再び感染するのではないかという私たちにとってどうしようもない恐怖心で押し潰されそうだ。
死んだ方がマシか......
心の中でそういった瞬間、体に巻き付けられた鎖が吹っ切れたような気がした。
今まで積み上げられてきた火薬が一気に爆発したような気がした。
私は、感情的に手を伸ばした。
私は、衝動的に出荷される薬品を掴んだ。
私は、理性的に瓶の蓋を開けた。
しかし、しなかった。
いや、できなかった。
「おい、前にも言っただろ」
「......」
「......」
「......ああ」
「ならその薬を戻せ」
私は薬品をそっとベルトコンベアの上に戻した。その薬品は流されていき、やがて見えなくなった。
正直何が起きたのかわからなかった。
自分が何をしたのかわからなかった。
「ニッコ」
「......ん?」
「君は、世の中の根本的なものを理解してる。だからこの世界を疑問の思うんだ。この世の根本を理解できない人は、今ある風景を常識と思い疑わなくなる。そう、当たり前だと思ってな」
「でも.....世界の根本を理解しても金はもらえない。そんなものに価値はないだろ」
「ああ、今はな。だから前にも言っただろ、迎えがくるって」
だから迎えとはなんだ?
前は気でも狂ったのかと思ったが、ヨセフは何かを知っているのか?
ヨセフは何者なんだ?
〜国際情勢〜
1880y BABY WORKER制度 実施
1913y ニッコ-ベルタルク誕生
1932y 感染病「カミーユ」世界的に流行