夜道 その二
路傍の枯れた雑草を踏み締めながら、感情を失った様な仏頂面で延々と続く街灯の下を黙々と歩く。
寒さの故か、道は白く果てしなく続く様に思われる。
やがて遠く闇の中にコンビニの放つ眩しい位の光が小さく見えてくる。
その光は常に、彼の頬を少しばかり緩ませる。遠い小さなその光は、まるで未来への希望の光であるかのような幻想を、常々彼に抱かせるのだった。
所詮幻想である。
近付くにつれ幻想は薄れ、やがて確かな現実的な光へ移り変わり、少し緩みかけた彼の顔はまたいつもの様に暗くなる。
コンビニの自動ドアがゆっくり開き、足を踏み入れると暖かい空気が全身を覆ってくれる。陽気な音楽とおでんの出汁の香りが、広くもない店内に優しく満ちて彼を出迎えてくれる。
暖かさに癒され、彼の全身は凍えた緊張から一気に解き放たれる。例の仏頂面もここにおいては維持し得ず、ほころんだ表情を無警戒にさらしている。
孤独な者にとって、コンビニとはある種のオアシスであるのかも知れない。
まるでふるさとに帰ったような安堵を覚えるのである。その束の間の安息のなかで、時には雑誌を立ち読みし、店内をうろうろ物色して、いつも結局は煙草だけを買って店を出るのである。煙草の銘柄はわかば。
かつて三級品とカテゴライズされていた幾らか安価な煙草である。
失礼ながら、彼の安い月給では、毎日高い煙草は買い難いのである。
しばしの安らぎの後、自動ドアが無情に開く。開閉時に鳴る、ひどく無機質なメロディーが切ない。
外にはまた暗闇が広がるばかりである。
吹き込んでくる遠慮なき冷気が、彼の顔を思わず険しくしかめさせる。
ああ、地獄だ。
あまりの寒さに意味なく悪態をつきながら、買ったばかりの煙草をくわえ、火を点ける。
プカリと紫煙を吐き、ため息をつく。
宛もなく、紫煙の立ち上ぼり霞んでいくのを見つめていると、こんな夜更けのちっぽけなコンビニでもちらほらと客が来る。
仕事帰りのサラリーマンや水商売らしき派手なコートを羽織った女がタクシーから降りてきたり、その客を降ろしたばかりのタクシーの老いた白髪頭の運転手が自身の車を降りてきたり、猫背になって携帯をいじりながら歩く若者がとぼとぼ歩いてきたりする。
腰が曲がって頭の白い、最早男女の区別も定かではない老人がそろりそろりと歩いて来たりもする。
彼も含めて、ここに来る者その誰もが皆くたびれた面持ちである。誰もが虚ろな顔をして店の中へ吸い込まれて行く。やがて店から出てきて、強い光を背に立ち尽くし、やがてまた歩き出す。
色々と有るのだろう。
疲れているのだろう。
淡々と眺めている彼もまたある意味ひどく疲れているのだ。
すれ違う内の幾人かは、毎晩のように会う顔見知りというか顔馴染みというのかそんな存在になっていた。
けれども顔馴染みと言っても良いのだろうか?
別段話し込んだり笑顔で挨拶するような関係ではない。ただ、互いに、あ、またあいつがいる、といった顔をして、軽い会釈を交わしたり交わさなかったりというまことに淡い関係である。相手は知らないが、彼にとってはその位の空気が心地好くもあり、むしろ意図的に互いに深く関わらないようにしようという暗黙の約束があるかのような関係であった。
猫の集会というものがある。何処からともなく一ヶ所に猫が集まって、特にコミュニケーションをとる訳でもなく各々淡々と寛ぎ、やがて来たときと同じように立ち去って行く、例のやつである。彼と顔馴染みとの関係も、あれを想像して貰えれば、まぁ、当たらずも遠からずといったそんな関係であった。




