1.始まり
これは参加型の小説です。
ぎこちなく笑う一枚の写真。随分昔の写真のようだった。自分は一体今どんな気持ちで、どんな心情でこの写真を見ているのだろう。分からないままぼんやりと写真を眺めていると、やがて写真が二重になってくる。フィルター越しのこの写真でもやはり、自分の目のフィルターには届かないのだ。あの夜何があったか。ぼんやりと記憶が戻る。そうだ、自分はもう――。
十二月十一日
やっと金曜日となり、休みがやってくる。久しぶりに部活も休みだ。今回の土日は誰かと遊ぼうかといろんな人を誘っていたが、誰も空いている人はいなかった。
一人でため息をつく。折角の土日を家で過ごすなんてつまらない。せめてどこかへ行きたかったのに。
「はあ」そうため息をついたときだった。携帯から通知音が聞こえる。電話のようだ。
「もしもし」
「あ、もしもし? 七海だけど」
七海は小学校からの長い付き合いだ。一応土日空いているか聞いたが、断られたはずだが、どうしてこんなときに電話が来るのか分からなかった。
「あ、土日のことだけど。私、咲良と卓也と美咲でどこか行くつもりだったのだけれど、美咲が風邪で寝込んで行けないらしいの。だから……一緒に来る?」
「所詮そういう立ち位置だと思ったよ」
少し七海には嫌味に聞こえたかもしれない。しかしそれはこちらからしたら当然のことだ。正直こちらからお断りしたいところだが、断る口実も無く結局一緒に行くことになった。
「明日夜の4時に私の家の前の公園で。どこか分かるよね?」
「けっこう夜遅くだね。あ、場所は分かる。だけど、何をするの」
電話の向こうから「ふふっ」と笑い声が聞こえる。
「それは明日のお楽しみ! じゃあね」
元気な声と共に電話がぷつりと切れる。それと同時に、スマホのホーム画面から時刻が表示された。そこには、「12時30分」とある。
「やば!」
自分でも少し気分が高揚しているのが分かった。こんなに簡単に振り回されるのもどうかと思う。自分の気持ちは半分半分で小さく揺れている天秤のようだった。
十二月十二日
少し約束時間より早く着いてしまったかもしれない。公園にはまだ誰も来ていなかった。ふと足元を見る。落ち葉は枯れてくしゃくしゃになっていた。全然気付いていなかったが、もうすぐ本当の冬が来ることを告げているようだった。
「ごめん! 待った?」
そんなことを考えているうちに、聞き覚えのある声が耳をくすぐる。
「寒かったでしょう? ほら、来て」
目の前にいたのは七海だけだった。
「咲良と卓也は?」
その言葉を聞いて七海が目を細めて笑う。七海がよくする癖だ。大抵この後は良くないことが起こる。
「何か嫌な予感がする」と自分。
「いいや。今日は楽しめると思うよ。とっておきの土日になると思う」と七海。
「まあいいわ。とりあえず来て」
七海が手招きする。
「どこに?」
七海が怪訝そうに前を指さした。そこには、七海のマンションが建っていた。
数字が5と表示した後、チン、と軽快な音が響いた。静かに開くエレベーターから、このマンションの新しさが感じられる。
「まず家に荷物だけ置いて。咲良と卓也はもう部屋にいるから」
「はあ」曖昧に返事をする。
「それでお金を――あ、着いた」
七海が喋りながら慣れた手つきで鍵を開ける。
「おかえり! あ、やっと来たね」
目の前には咲良と卓也が立っていた。
「じゃあ行こうか。ここに荷物置いて。財布だけ出して。当然お金は持っているよね?」
七海が眉を吊り上げながら聞いてくる。
「いや、まあ一万円くらいなら」
その場にいた三人に安堵の表情が浮かぶ。
「良かった。お前のことだから金忘れたとか言うかと思ったよ」と卓也。
「いや」
「私も思った。たまにぼけているときあるよね」と咲良。
「あのさ」
「まあでも高校生になってからしっかりしたほう――」
「ねえ!」
つい声が張り上がる。
「話聞いてよ」
四人の間に沈黙が流れる。
「あのさ、自分何も聞いてないけど。一体これから何をするの? 教えてくれないなら帰ってもいい」
咲良と卓也が顔を見合わせた。それを険しい表情で見つめる。
「そ、そんな睨まないでよ。ちゃんと説明するからさ。ね、七海」
咲良の言葉に、慌てて七海が大きく頷く。
「あ、う、うん。その……私たち、本当は四人でお酒飲むつもりだったの。近くの酒屋さ、この時間帯なら酒屋のおばちゃんがいないから――」
「盗むつもりだったの」と自分。
「違うの」と咲良。
「だから、この時間帯ならお金を置いていけばお酒を買っても大丈夫、ということなの。未成年だから出来るだけ顔は見られない方がいいでしょう?」
咲良がそう言いながら俯く。
「まあ、仮におばちゃんがいても俺たちが成年か未成年かなんて分からないと思うけど」と卓也。
「……なにそれ」そう呟いた。このときだっただろう、自分の中で何か弾けたのだ。一回だけ、自由なことをしてみたい。ずっとこんなことをやってみたかったのかもしれない。そんなことを、ふと思った。
「自分も酒を飲みたい」
三人の視線が一斉に自分に集まった。意外すぎる答えのようだった。確かに自分でも何を言っているのか分からなかった。しかし確かに自分は今、「酒を飲みたい」と言ったのだ。
「今の時間帯なら酒屋のおばちゃんはいない。では今行くしかない」
自分の身体が熱くなっているのが分かる。燃えるように熱い。
「そうか、そうか。お前も悪い奴らの仲間入りするのか」
卓也が小さく笑う。「行くか」
そう言って四人は酒屋に向かって歩き出した。
案の定酒屋におばちゃんはいなく、すんなりと酒は買うことが出来た。
「では、初のお酒を記念して……乾杯!」
七海が大きな笑顔でグラスを傾ける。
「乾杯!」
大きな掛け声と同時に、四人が酒を喉に流し込んだ。
「そういえば七海。親は?」
自分が酒を飲みながら七海に聞く。
「旅行中。私は部活があるからって勝手に二人で行ってしまったの。だから頭にきてお酒パーティーしたくなっちゃって」
その言葉を聞いて卓也が大笑いする。早くも酔っぱらってしまったらしい。
「すぐ頭にくるところが七海らしいな」
その言葉に四人の輪がより和む。
「今は反省しているわ。なんてね。もうお酒買っちゃったけど。ふふっ」
七海の顔はうっすらと火照っている。
「ん? 今何か鳴らなかった?」
急に咲良が立ち上がる。
「インターホンだよ。ねえ、誰も聞いてないの?」
咲良が一人で喋りながらドアへ向かう。
「あ、はい、はい……。ありがとうございます。はい、では」
しばらくして咲良が戻ってくる。
「ちょっとそこの三人! もう酔ったの? ピザ頼んだでしょう!」と咲良。
「ピザ? 身に覚えがないが」と自分。
「七海が頼んだはずでしょ」と咲良。
その言葉に七海がはっとする。
「そうだった! よし、早速食べようか! 音楽でもかけて」と七海。
その提案に賛成した卓也が早速スマホで洋楽を流し始める。
「やっぱりいいね。洋楽は!」と自分。
なんだか頭が弾けそうだった。いつもと違う自分に会えたようだった。
「外でも行く? おすすめの場所がある」
自分の提案に全員が賛成した。