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妄想で小説を書く妄想  作者: うぉーたーめろン
9/20

九月(1) 久々の光景

「運動もできて勉強のできるつよしくんみたいな人間になって……ってこれオレのこと!?キッモーっ、ムリムリ」

「えっマジで!?どれどれ……うっわー!」

「何これ、いや絶対なれるわけないじゃん!きっもッ」

「何だよこんな文!オレこんな文書けないよ!流石だな!!ハハハッ」

胃を直接握りしめられるような感覚。自分の中の何か、大切なものが音もなく潰される。同時にこみ上げる後悔、やり場のない感情。



ハッと目が覚める。

何とも言えない不快感。先ほどまでの夢の内容を鮮明に思い出せるのが、また更に不快感を誘う。

四時二十一分。暑さのせいか分からないが、汗でパジャマがぐっしょりと濡れている。

溜息をついて呼吸を整える。……何だか頭まで覚めてしまったようだ。寝直すこともできない、か。

ベッドから起き上がると、机の前に座りパソコンの電源を点ける。

みんなから送られてきた部誌に載せる作品のデータを整理して部誌の編集作業を始めることにした。


新聞配達のバイクの音。カラスの鳴き声。外も大分明るくなってきたようだ。

昨日と今日で何かが急激に変わる、なんてことはあり得ない。だけど人間の生活においては、それはあり得る。

今日から新学期。昨日までの夏休みは終わりだ。

しばらく作業をしていると、居間の方から物音が聞こえてきた。どうやら親も起きてきたようだ。僕も居間の方へ向かう。

いつも通り朝の支度をして、いつも通り家を出る。このいつも通りが、久々なのだ。

日差しは強く、外は暑い。朝から既にセミの大合唱が始まっている。夏の余韻というより夏そのものだ。それでも僕は、始業式へ向かう。

洗い立ての白い上履きを履き、教室へと歩く。

「おはよう」

「おはよう」

久々の教室、久々のクラスメイト。友達との何気ない会話が、とても貴重に思える。

なんだか似たような感情をこの間の登校日のときにも抱いたような気もするが、あのときと違うことが一つある。

一日限りの登校日とは違い、今日から二学期が始まるんだ。この日々が数ヶ月続いていくんだ。きっと。

朝のホームルームまでの時間、小宅・田村たちとの談笑を楽しんでいた。他のクラスメイトも、似たようなことをしている。野口さんは既に席に座っていた。

やがて川崎先生が入ってきて、あいさつをした後、クラス全員三十六名で体育館へ向かう。

各クラス二列になって並んでいく。いつもは無駄に広く感じられる体育館が、生徒と話し声で埋め尽くされ狭く感じられた。

こうして体育館に全校生徒が集まると、新学期だなあというふうに感じる。

やがて、質の悪いマイクとスピーカーによる聞き取りにくい先生の声が響く。

これからの二学期のことを考えぼんやりしていると、いつの間にか始業式は終わっていた。

しっかりと学生らしく、学業と文化祭などの行事とを両立させるべく努力しましょう、そんなことを校長先生は言っていた気がする。

とにかく教室に戻ればもういつもの日々だ。早速授業が始まる。宿題の回収に時間を割く授業が多いが、それでもいつもの授業が始まるのだ。


「はい、じゃあ今日はここまで。いつまでも夏休み気分でいるんじゃなくて、ちゃんと規則正しい生活を送って下さいね。それじゃあ、さようなら!」

そういって、川崎先生は教室から去って行く。新学期一日目が終わった。久々の学校だったから、ずいぶん長い一日だったように感じる。

でも、今日はまだ終わりじゃない。宮本と清水さんが前に出ている。

「では、文化祭の練習を始めたいと思います」

「はい、みんな待ってー。練習しないと、だから。はいはい、座って座って」

二人が、まだ夏休み気分で浮ついている中学二年生を必死に座らせる。

「ああ、じゃあ脚本の野口さんも前に来て」

「えっ、わっ私も!?」

「もちろん。やっぱり脚本の人がいろいろ指示したいところとかあると思うし」

わかりました、そう言って立ち上がった野口さんは、どこか照れくさそうだった。

野口さんを迎え、三人になったリーダー達で少し相談した後、宮本が口を開く。

「じゃあ、とりあえず一回通しで読みたいと思うから。では、ヤンデレラの野口さんから」

促された野口さんは、軽く咳払いした後、台詞を心を込めて読み上げる。作者なんだから当たり前といえば当たり前だが、キャラクターの心情をしっかり理解して読んでいる、と感じた。

召使い役の田村や、清水さんが続く。僕は、この間の登校日に配られた脚本を目で追いながら、声が付くとこんな感じになるのかと新鮮さを味わっていた。

順調に滑り出したかに思えたその矢先、教室に沈黙が訪れる。

「…………」

「……長谷川くんの台詞です」

「えっ、オレ!?ああっ」

野口さんが促し、長谷川が読み始める。

しかし、またも話が途中で止まる。

「また、長谷川くんですよ」

「えっ、またオレ!?」

「はい。ちゃんと事前に読んできてるんですか?」

「ははは、いやだって、文章長いじゃん?」

「そんなんじゃいつまで経っても練習できませんよ??いいです、とりあえず読んで下さい」

ハイハイ、と露骨に嫌そうな素振りを見せてから長谷川は読み上げる。

だが、先が続かない。

「あの、高橋さん」

流石に三度目だからだろうか、野口さんの声に明らかに苛立ちの色が混ざる。

「えー?なにー?」

隣の人と話したまま、野口さんの方には目も向けずに返す。

「高橋さんの番です。読んでく」

「えー?なんだってぇー?」

わざとっぽい声で返す。周りの席から笑いが起こる。

野口さんは、一瞬驚いたような表情を見せ、すぐに険しい表情に戻る。

「だ・か・ら高橋さんの台詞です!」

強めの声に驚いたのか、高橋さんも野口さんの方を向く。

「そ、そんな大きな声出さないでよ。今読むから」

やーねー、と言わんばかりの表情を隣に見せて、机の中から台本を取り出す。

大きく息を吸ってから読む声は、高さも全然変わらない棒読みで、明らかにふざけたものだった。

沸き上がる黄色い笑い声、絶句する野口さん。

何なんだ?これは。こちらの理解が追いつかないままに、高橋さんがたたみかける。

「何よ、こっち見て。私の台詞は終わったでしょ」

不服そうな野口さんには目もくれず、再び隣の人と話し始める。その姿を見て、野口さんは拳を握りしめる。

「あの、ちょっと高橋さん」

清水さんが諭そうと声を掛けるも、高橋さんの一瞥に黙り込んでしまった。

「つ……、次。須山さん……」

俯き、震えそうな声で野口さんは先に進める。

「あ↓ら↑ワ↓タ↑ク↑シ↓の↑ド↑レ↓ス↑に↓な↑ん↑て↓こ↑と↓を↑」

不自然に上げたり下げたりした声の高さ。鎮まったばかりの笑いが再び沸き起こる。

「ちょっとはるかー。わざとらしすぎ~」

「えー?何がー?全然わざとじゃないよぉ~?」

「きゃははッ、うける~」

男子もニヤニヤしている。

流石にこれは……。でも、身体が動かない。頭も回らない。何も解決策を思いつけない。

ドンッ

机を叩く音。困惑した表情の宮本と清水さん。

「みなさん!ちゃんと練習して下さい!!」

野口さんが、怒りを顕わにする。

「なーによ、ソレ。私たちはちゃんと練習してるんですけどー」

「それともアレ?自分は主役だからって一人で盛り上がっちゃってる感じぃー?じゃあ一人でやってろっての」

「は、はあ?そんなことないけど。そんなにやりたいなら代わっ」

「だいたい、こっちは部活サボってるんだから。早く行かせてほしーなー」

「わ…私だって部活休んでるんですけど」

「ハァ!?あんたなんかの部活と一緒にしないでもらえます?」

田村や小宅が心配そうにこちらを見る。僕には苦笑を返すことしかできない。

「なんかって……。部活は部活でしょう!」

「一緒にすんなっつーの。いいから早く解放してくれる?」

「そうそう!オレも早く部活行きたい!!」

長谷川も援護射撃をする。お前は黙ってろ。こんなときに各人の都合を押し出すんじゃない。

「そもそも長いっての。こんな長いのできねーよ」

「ま、長谷川バカだし覚えらんねーよな!」

「おう、そう……ってうるせー!」

男子の方からも笑いが起きる。この空気は、まずい。

「そうそう、もっと短くできないのー?」

「な、なんで今更」

「はあ?短くしてよ」

「なんで。だいたい誰も書く人がいないから……」

「何?私が書いてあげたって?どんな上から目線よ」

「うっ、上からって……。そ、そんなんじゃ」

「転校してきたかと思ったら、いきなり偉そうに。だいたいあんたの作品なんか」


それ以上は、それ以上は。


……

…………いつだったか子供の頃、遠い遠い記憶。

はやし立てる男子達を黙らせて、先生は言う。

「いい?人の書いたものをそう簡単にバカにしちゃ、いけない」

そう言いながら先生は僕に近寄り、僕の手の中のくしゃくしゃな紙を取り出す。

「本は、一つの人生なんだよ」

…………。


脳裏をかすめた遠い遠い記憶。

瞬時に僕は判断する。それ以上は、いけない。

みんなの注意を引くために、須山さんの発言を止めるために、机を手の平で打ちわざと大きな音を立てて僕は立ち上がる。

「おい、それ以上は……」


でも、遅かった。

「じゃあもう、知らない!」

僕の声をかき消す程の大きな声。

自分の分の脚本の冊子を握って、俯きながら大股でこちらへ歩いてくる。

自分の席に辿り着くと、手に握った冊子を乱暴にカバンに詰め、大股のまま、教室のドアを開け放って出て行く。

その間、無残にも僕は立ち上がったまま、口を開くこともできずにただ呆然と見ているしかできなかった。クラス全員も、何もできずに、ただただ静かに見つめていた。


静まりかえった教室。開け放たれたドア。

ふと我に返り、動こうとしてまた身体を止める。動くことすら許されないような、そんな凍り付いた空気が教室内に満ちていたのだ。

そんな僕の微弱な動きに気づいたのか、宮本と目が合う。宮本は口パクで「頼む」といった後に目と顔で僕を促した。

……そうだよ、行かなきゃ。

僕は頷くと教室を飛び出す。ドアは閉めていったけれど。

あたりを見回して野口さんの姿を見つけられなかった僕は、昇降口へと走る。

しかし昇降口にも、野口さんの姿は見当たらなかった。

昇降口のガラス戸の向こうには、濃い灰色の暗い世界が広がっている。

ザーッと響く雨の音。外の地面は大粒の雨に打たれて濡れていて、ところどころ水たまりも見える。

走って上がった息を整えながら、そんな外の世界をただ見つめていた。

傘の無い僕には、外に出て野口さんの元へ行くことはできない。

濡れてまで追いかけなくてもいい、そこまでせずともどうせ明日また会えるだろう。それにあの教室から長時間勝手に席を外すのも、文化祭の練習の進行上、好ましくない。

深呼吸を二三し、僕は自分の教室へと歩いていった。



翌日、野口さんは学校に来なかった。

僕の席からは久々に、窓の外の景色が映っていた。

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