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妄想で小説を書く妄想  作者: うぉーたーめろン
8/20

八月(2) 誰が為にキミは泣く(後)

「やあ、おはよう」

「おう、野田。おはよう。久しぶり!」

久々の早起きというのはなかなか不快なものだが、久々に友人と会えるというのはそれを上回るくらい嬉しいものだ。

他のクラスメイトも同じような気持ちなのだろう、教室のあちらこちらから「おはよう」と聞こえてくる。

登校日。かさばる宿題の一部を、先生に提出していく。

昔は宿題の範囲を失念した人が再確認したり、先生が念を押したりする場だったらしいが、クラス内での情報共有が便利になった現代ではさほど意味は無い。

とはいえ長い夏休み中に友人に会えるのは大事だし、何より九月に入ったら文化祭だ、この時期にクラス全員が集まるというのはとても有意義なのだ。

この二年四組でも、先生からの短いお話が終わると、清水・宮本の文化祭委員の二人が前に出る。重そうに白い紙の束を持って行ったのがみんなの目を引いた。

「えぇーっと、よいしょ」

ドサッと音をさせながら、宮本は言う。その横に、清水さんも紙束を置く。

「みんなも気になってると思ってるけど、これ、文化祭の脚本。今から配るわ」

それが文化祭の脚本?少し量が多くはないか?

「はい、みなさんもご存じの通り、野口さんが書いて下さった脚本です。今朝私に渡してくれました。では、一枚とったら後ろに回して下さい」

そういうと、宮本と清水さんが紙を配って最前列を何往復もする。

B4の紙を十六枚貰ったところで、宮本が口を開く。

「はい、全部行き渡った~?じゃあとりあえず読んで~。あとでやりたい役聞くから」

口には出さないものの、クラス全体に「長いよ」という言葉が共有される。ただ一人、野口さんを除いて。隣を見てみると、野口さんは誇らしげに前を見ていた。

隣の席と教室全体との温度差に戸惑いながらも僕は脚本を読んでいく。一番前では、清水さんと宮本も紙を睨み付けていた。


「おーい、近藤。ちゃんと読んでるか??」

三十分が経過しようとしているとき、宮本が声を掛けた。

「えっ!?いや、読んだよ読んだ!いい話だったなー」

「何がいい話よ!すっごい悲惨で腹立たしくて感じ悪い話じゃない!!」

全くだ。舞踏会で王子様に優しい言葉を掛けて貰った後、ガラスの靴を探しに来てからというもののいじめっ子の姉たちと目の前で何度もイチャつき、舞踏会のことを話す度に姉からも王子からも「嘘をつくな」「邪魔するな」と罵られる。そして仕舞いには目の前でガラスの靴を割られる。それでもあの舞踏会での優しい王子を忘れられないで信じていたシンデレラは、最後には翌年の舞踏会で包丁で……。

鬱なことこの上ない。いや、悪い作品ではない。途中の描写も丁寧だし、心理もいい。ラストシーンには鬼気迫るものがある。だがしかし。

一体どういった人生経験がこの話を書かせたのだろう。それとも女の子の中二病というものはこっち方面に発展するものなのだろうか。確かに本当のシンデレラでは最後復讐を遂げるらしいけれど、今回の場合彼女は幸せになってないし……。

案の定、教室中はお葬式モードだ。そりゃあ子供がこんな重い話を読ませられたらなあ。

「…はい、それじゃあ、配役を決めたいのですが……」

清水さんが口を開く。と言ってもこの話、誰も幸せになる人がいないからどれも選びづらい。

「あの……時間もあまりないことですし、皆さんも早く解放されたいと思うので、“この役がやりたい”ってのがある人からどんどん手を挙げて下さい」

ざわつく教室。しかし誰も手を挙げない。一学期終わりのときの雰囲気を見れば、そりゃそうか。

「うーん、誰も手を挙げないカンジ……?か」

前で宮本が困ったように声を出す。

「……んじゃあ、作者の野口さん、なんか“このキャラはこういう人”とかあれば教えてくれる?」

「えっ……いえ、特に……。誰がどれをやっても大丈夫だと思いますよ」

作者は自信ありげにそう答える。

「えーっと、じゃあ、軽くキャラのイメージとか話してもらえたりする?みんなどんな登場人物なのかイマイチ把握できてないかもしれないし」

「なるほど、そうですか。わかりました」

そう答えると野口さんはガタッと音をさせ立ち上がる。

「えーっとじゃあ、私が書いたときのイメージ?みたいのを少しお話ししたいと思います。別に皆さんが他の方向でキャラを演じて頂いても構いませんが」

そう前置きをして、野口さんは語り始めた。

「まず王子様。これは特に説明する必要も無いと思います。国中の女の子から愛される人気者です。でした。だからそんな感じで人気者の人のイメージ、かなあ」

国中の女の子から愛される人気者、なーんて言われたら、僕らに手を挙げられる訳ないじゃないか。

野口さんはその後も解説を続けた。容姿端麗で金銭や名誉への欲望が強い長女、スポーツ・ダンスなどの才能に溢れ独占欲の強い次女、といったように。

まあ、いずれも最後は死ぬんですがね。配役が決まるのはいつになることか。

「そして最後は今回の主役となるヤンデレラ。本当は優しく、一途に想い続ける良い子なんですが、姉や王子の仕打ちに精神が参ってしまう。だから、優しそうだけどどこか儚く脆い、そんな感じかしら」

やはり沈黙する教室。

「そんなこと言われても、あの薄幸のヤンデレラじゃあねぇ」

須山さんが野口さんの方を見て溜息混じりに言う。

「そうですか?私、結構須山さんとか似合うと思うんですけど。優しそうd…」

バァンッ、と机を叩く音が教室に響く。

「ちょっとそれ、どういう意味?」

後ろの方の席だから、須山さんの顔は直接は見えない。でも、ただならぬ雰囲気なのは感じた。そしてそれはクラスみんなも瞬時に察したようだった。

「えっ、いや……特に……。だからその、やs……」

「おい須山ぁー、突然キレんなよー」

戸惑う野口さんに、近藤が口を挟む。

「なッ…、アンタは黙ってなさいよ!」

「そうは言っても、突然大声出しちゃうんじゃみんなびっくりしちゃうだろ。説明した方がいいんじゃねーの?」

長谷川もニヤニヤしながら横から口を出す。まあ、大声出したことに関しては僕は人を責められる立場じゃないからなあ……。

須山さんは何か言いたそうに長谷川を睨みつけるが、口は閉ざしたままだ。

「……っもう!」

須山さんはうつむくと、カバンを持ち上げそのまま教室から出て行ってしまった。

しん、と静まりかえる教室。野口さんは呆然と須山さんの席を眺めていた。

「……私、何か悪いこと言っちゃったかな……?」

野口さんはこっちを見て、小さな声でそう呟く。

「い、いや、そんなことはない…と思うけど……」

ごめん。僕だってよく分からないんだ。

教室中の視線が前の二人に集まる。

「あ…えと……どうしようか」

「とりあえず野口さん、ありがとうございました」

一瞬間が空いた後、あっはい、と野口さんが小声で答え席に着く。

「帰っちゃった人の分はこっちで決めるしかないんじゃねーの」

「ちょっと!誰のせいでこうなったと思ってるの」

「はいはい静かに。落ち着いて」

長谷川と、長谷川に対して反論する女子達を、宮本は鎮める。

「とはいうものの、どうしようか」

前で宮本が呟く。

あの、といって田村が発言する。

「とりあえず、男子の役は男子の中で、女子の役は女子の中で決めるしかないんじゃないでしょうか。あとは裏方もどれくらい人が要るか考えなくちゃいけないと思いますし」

「うん、そうだねえ」

そういうと、宮本と清水さんは役の数を数え、裏方の人数を決めていく。

「じゃあ、裏方の人数は男子八人、女子四人ほどでお願いします。それでは男子女子に分かれて決めて下さい」

宮本の声を合図に、教室の中で男子と女子が分かれる。

男子の集まってるところに、前から宮本がやってきた。

「さ、決めるぞ」

とはいうものの、脇役の一つをやりたい、と山本が立候補した以外は特に手も挙がらない。仕方ないので、まず裏方希望の人によるジャンケンが始まる。チョキを出して僕は何とか、裏方の仕事に就くことができた。

「それにしても、野口さんすげーよな」

ジャンケンに敗れた近藤が話しかけてくる。

「え、なにが?」

「須山にあんなこと言うなんて」

「あれさ、どうしてあんなことになったの?」

「えっ?お前知らねーの?」

驚いた目で近藤が見てくるも、全くもって知らない。何が何だかサッパリだ。

「うん…。よく分からない」

「そっかー、いや、さ。アイツ、ついこの間フられたんだよ。アイツの王子様にな」

だからってあそこまでキレなくてもいいのにな、と近藤は付け加える。なるほど。だからあんな反応したのか。

……まあ、時間が経てば落ち着くよな。他人事ながらそう思った。


そのように考えている間にも、役の押し付け合いジャンケンは進む。

男子がまだジャンケンで盛り上がってる頃、女子の方から歓声が上がり、少し経って戸を開く音も聞こえてくる。

「女子の方は決まったので、先に解散しましたよ」

宮本の方に近づいてきた清水さんがそう答える。

「おっけー。こっちももうちょっとで終わる」

そう答える宮本の横で、最後まで残った林と近藤が真剣に向き合っている。

「さいッしょッはグーッ!ジャンッケンッッ」

林はパー、近藤はグーをだし、直後に「うおおおおおおおっ」と「ああああああああ」の二つの叫び声が聞こえてくる。

「はい、じゃあこれで決定な。各自、ちゃんと脚本を読んでくるように」

まだ叫び合っている一部の男子をよそに、僕は自分の席へ、荷物を取りに帰る。このあと部活もあるからな、早く行かねば。

カバンを持って、席を立つ。この光景も次はまた数週間後か。まだ残って「今日のアレ、ひどいよねー」などと話す女子を横目に、教室を出る。


女子は先に終わったからか、部室には既に野口さんが居た。

「あっ、何の役だった?」

ドアを閉めるため後ろを向きながら僕は言う。

「結局誰もやらないから私が主人公になった」

野口さんはぶっきらぼうに答える。

「えっ、そうなの!?」

驚きの声を上げながら振り向くと、もう一度驚く。

「えっ、部長いらしてたんですか!?」

「まあ、文化祭に関する話を次期部長にしておかなくちゃと思ってね。今年の文化祭は次期部長の野口さん中心にやってもらうつもりだし。まあそれに、夏休みの勉強の息抜きかな」

そう言って広瀬さんは身体を伸ばす。

「そうだ野田君、部誌の編集はまたお任せしていいかな?」

「ええ、はい」

「ありがとう。で、私の作品のデータは、部のパソコンのフォルダのそれっぽいフォルダに入れておいたのだが……」

「文化祭号、のフォルダですよね。それで大丈夫です。そうだ、そのことをみんなに連絡して貰わなくっちゃ……ってのは野口さんに頼めばいいんですかね」

「そうだね。それじゃあ、伝えなきゃいけないことは伝えたし、私は塾へ行くとするよ。二人とも、よろしくね」

荷物を整理して広瀬さんは立ち上がり、戸を開ける。

「はい、さようなら」

そう言って、僕は広瀬さんの後ろ姿を見送る。次にお会いできるのはいつになるのだろうか。少し寂しさを覚える。

戸の閉まる音で我に返る。先ほどの連絡のお願いをするために、野口さんの方を向く。

「という訳なんだ、野口さん。部誌に載せる作品の提出方法について、部員に連絡して貰えないかな」

「ええ、いいけど……。というか野田くん、編集担当なんかやってるんだね」

「まあ、去年もやったし……。他にパソコン使える人があんまりいないからね」

「ということは、野田くんも何か作品載せるの」

身体の内側に、鈍い痛みが走る。その痛みからの逃げ口を探すように、僕は言う。

「いや、載せないよ。載せないから、こういう仕事だけでもやってるんだ」

野口さんの目に非難の色が宿る。ように感じた。

「何で?編集だけやってるんじゃなくて、自分の作品も載せたらいいじゃない」

そう、野口さんはそう言う。そしてその発言は、悪いことでも何でも無い。

でも、だからこそ、痛むんだ。

「……できない。これでいいんだ。載せない。書かない」

これ以上話が先に進む前に、さっさと帰ってしまいたかった。しかし、野口さんが追撃を加える。

「なによ、それ。……もしかして、書いたのを人に笑われるのが怖いの?」

「ち、違う!そんなんじゃない!!」

「じゃあ何よ!他に理由でもあるわけ!?」

僕は少し口ごもる。その間にも攻撃の手は緩まない。

「大丈夫。誰も笑わないよ。少なくともこの部内では。……だって、それが文芸部ってもんでしょ?」

そりゃそうだ。部内で作品を書いて批評し合って技術を高め合う。それがこの文芸部の目的だ。決して人の作品を笑って小馬鹿にするためじゃない。そんなことは、入部当初から分かりきってる。

「笑わない。だから、大丈夫」

ふと目線を向けると、優しそうな表情を浮かべる野口さんが居て。反射的に僕は目を背ける。

「そんなんじゃ、ないんだってば!!」

なぜこんなに大声を出してしまったんだろう。自分でも、よくわからない。でも、内面でどう思っていようが、外に出したもので世界は進む。

「じゃあ何なのよ!せっかく文芸部という環境に所属してるのに!!もったいないじゃない!」

「いいだろ別に!僕はそれでいいんだから」

「いい訳、ないでしょ!」

悲鳴に似た、叫び声。

「いいの?それで。いいと思ってるの?今日の帰り、突然交通事故に遭いでもしたら、君の言葉は、考え方は、痕跡は、何一つ遺らないんだよ?居なかったことと同じになるんだよ?」

考えもしなかったことを言われて、僕は顔を向ける。野口さんの目は潤んでいるようで、蛍光灯の光をよく反射していた。

「死者はもう喋れない、書けない。でも生者にはできる。なら喋って書くのは生者の務めじゃなくって?」

「……別に、いい。長々と恥を晒したくはない」

「はあ!?恥なんかじゃないわよ!」

「……!そ、それは、君だから言えることだよ!自分の作品の評価を、権威に保証してもらっている、君だから言えることだよ!」

自分の中の後ろめたさを吹き飛ばしたくて。だから大きな声を出してしまう、のかもしれない。

「なっ……!私だから…私だからって……!別に賞を取ったからこんなことを言うようになったってわけじゃないのよ!?」

ふと冷静になる。確かに、そうだ。そうだけど、違う。伝えたかったのは、そういう意味じゃなくって。

……伝えたかった?何を?

言葉にならない自分の頭の中を、必死に見つめる。

「…………」

「…………」

沈黙。気まずい空気。なんだかとても、息苦しい。

「……とにかく、生きてるうちに書かなくっちゃいけないの」

大きいわけでもないが耳に残る声は、僕に鈍い痛みを与えた。

「……いや、書かないよ」

顔を伏せ、息苦しさの中精一杯、そう答える。

僕はそのまま顔を上げず、部室を立ち去った。

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