八月(1) 誰が為にキミは泣く(前)
今回は短くなってしまいました。
蒸し暑い空気に目が覚める。
枕元の時計に目を向ける。一〇時二四分。良く寝たな。
堕落した自分の生活への呆れと、長時間寝たことへの謎の達成感とを同時に抱く。
二度寝しようかと試みたが、暑さに邪魔されて全然リラックスできない。
仕方なくベッドから起き上がると、顔を洗ってパンを囓る。熱くなった身体に冷たい牛乳が心地よい。
一一時三三分。自室のエアコンを点け、自分の机の前の椅子に腰掛ける。
……さて、何をしようか。
先週、田村たちと遊んでからというものの、予定は一切ない。暇だ。
カレンダーを見つめ、夏休みの残り日数を数えてみる。
どうしたものか。とりあえず、読みかけの小説を開いて、続きを読み始めた。
ヂヂヂヂヂヂヂ……。
窓を閉め切った部屋の中にもセミの声が響く。
セミ、セミ、セミ……。
――セミといえば、あの大人のセミは二~三週間しか生きられず儚いというイメージを持たれやすいが、実際は幼虫の時期に五年も十年も生きるので長寿だ、と聞いたことがある。
つまり人とは、自分の目に見える部分ででしか判断出来ず、土の中で目に見えない部分は考慮しない、そういう生き物なんだ。
というようなことを、セミを題材に書けば良い評価を貰えたりしないだろうか。
文化祭の部誌に載せて、それがどっかの編集者の目にとまって。学校に「これを書いたのは誰ですか」と連絡があって、部活中に顧問の先生が作者を尋ねに来て「あっ、それ僕です」と答えて――
そう上手くはいかない。そうは甘くない。分かっているんだ。けれど。
読んでいる本を閉じて、椅子から立ち上がり、窓を開ける。ムッとする暑気が僕に襲いかかってきた。
ちょっと後悔しながらも窓から顔を出すと、セミの鳴き声の立体音響が耳に入る。いや、立体音響という言葉は不適切かもしれないが、とにかく四方八方から、立体的に、セミの鳴き声が響いてきた。
騒がしい。だけども不快ではない。変わった音だ。
何のためにこんな大声を出すのか、不思議に思う。
もちろん図鑑的な意味では知っている。オスが鳴くのはメスをおびき寄せるためだ。
オスはメスをおびき寄せて交尾して子孫を後の世に残す、そのために鳴くんだ。
……後の世に残す、か。
それってそんなに大声を出したりするほどのものなのだろうか。
暑さで集中できない意識にセミの鳴き声が混入してくる。
まあ、厄介なことを考えるのはひとまずよそう。いろいろと考える前に、とりあえず夏の宿題を片付けてしまおう。
再び窓を閉め、机の前に戻る。カバンの中から夏の宿題の問題集とノートを取り出す。あまりの量におののきながらも、僕は夏休みの課題を片付けるべく立ち向かい始めた。