七月七日 星に
せっかくの七夕なので書いてみました。
野口さんサイドの、おまけです。
試験を終え、部活を終え、家に帰ろうと靴を履き替える。
部誌を読んだり、文化祭についての話をしていたら、あっという間に部活動の時間が終わってしまった。
闇が溶け込み始めた空気の中、校門を出る。
ふとスマートフォンを見ると、通知が一件入っていた。
「放課後、私たちと一緒に神社に行かない?」
同じクラスの須山さんからのメッセージだった。
時間を見ると、一時間前のメッセージ。……しまった。早く返信しなくっちゃ。
「ごめん、遅くなった!今からでも大丈夫?」
送信と書かれた枠をタップすると、そわそわしながら早歩きで家へと向かう。
何百メートルか歩いたところで、すぐ次の通知が来た。
「うん、大丈夫だよ!神社の所に居るから来てね!!」
目的地を自宅から神社へと変更し、早歩きを続ける。
道中、「ちょっと神社に寄り道してから帰るから。少し遅くなる」と母親にメールを入れておいた。
「やっ、ふみちゃん」
境内には、須山さんの他に澤田さんと関谷さんがいた。
三人とも浴衣に身を包んでいる。とはいえ、どっちかって言うと浴衣に着られてる感じもするけど。
「ゴメン、待った~~?」
「ううん、平気。まあでもちょっと先に出店でモノ食べちゃったけど。さ、ふみちゃんも一緒に行こうよ!」
「ってか、ふみちゃん制服~!?」
「うん、学校から直接来たからさ」
「え~、今日も部活~!?ってかふみちゃん何部だったっけ?」
「文芸部」
質問してきた関谷さんの顔に一瞬動揺の色が浮かんだのが分かった。まあ、そんな感じだろう。
「そっか~、運動神経良いから運動部入れば良かったのに~!ウチのバスケ部だったらいつでも入れてあげるよ!」
「ふふっ、ありがとう!」
私は笑顔でそう返す。
「でもふみちゃんの浴衣見たかったな~」
「ごめんごめん、でもそんな似合わないし。それに引っ越しのドタバタで私の浴衣見つけ出すの凄い大変だと思うし」
「えー、絶対似合うって~~」
「私も見たかった~」
「いやいや、そんなことないって~……」
浴衣探しといてね、と言われて、私はうんと答える。
そうして、浴衣姿の三人と制服姿の私は、一緒に神社の中を歩き始めた。
「うわー。人、いっぱいいるね」
特に祭りが開かれてる訳でもないのに、境内には人が多い。そしてその人の多さにつられてか、いくつかの屋台が出ていた。
この中には同じ中学校の人もいるのかもしれない。そう考えると、何かこの制服姿に視線を感じる気がする。制服はやめとくべきだった、しまった。
「この神社には笹がたくさん植えられているの。それで今日は七夕でしょ。だから」
須山さんが得意な顔を向けて、答えてくれる。
「へぇー、なるほどね。じゃあ今日はみんな願い事を書きに?」
「もちろん!」
不思議な話だ。神社まで来て神に、ではなく織姫と彦星に願うのだから。
でもひょっとすると、この神社は元々織姫とか彦星とかを祀ってる神社なのかもしれない。それなら問題はない。ただ、あくまで可能性の話であって、引っ越してきたばかりの私にこの神社の由来なんて分からない。それにこの三人だって、この神社に来ている人だって、そんな細かいことに興味もないだろう。
細かい疑問を飲み込み、じゃあ行きましょう、と答える。
風が吹き抜ける。
陽が落ちても十分に暑い七月の夜には、小さな風でもありがたかった。
カサカサと鳴る笹の葉も心地よい。
確かにこの神社には笹が多い。この街にここ以上に笹の生えてる場所があるとは思えない。だから人がたくさん集まるはずだ。現に、笹の生えた地帯の前に置かれた机には、たくさんの人が並んでいる。その列の後ろの方に私たちはいた。
「並んでるね~」
「ああー、早く行けないかなー。暑い、ウチ限界」
「じゃあ短冊に"列が早く捌けますように"って書けば?」
「それ良いアイデアかも!!」
「それじゃあなにしに来たのよ!!」
笑いながら、スマホの画面を見つめながら、前に進めるのを待っている。
私はふと思いついて、スマホを取り出し「短冊に願い事は書いたの?」と野田くんにメッセージを送った。どうせ野田くんのことだから、すぐには返信来ないだろうけど。
「ようやくウチらの番だね!」
そう言って関谷さんは机の前に立つ。残りの二人と私も、横並びに机の前に立った。
備え付けの箱に入っているカラフルな短冊を一つ取り出し、その横に置いてあるサインペンを握る。
みんな隠しながら、各々の願いを紙の上で表現しているようだ。
私も少し、どう言葉にするかを考えて、
「誰かの心に残る作品を書けますように」
と書いて、その言葉を心の中で繰り返しながら笹に結びつけた。
「ね~、みんな何て書いた??」
「ヒ・ミ・ツ」
「私は"ずっと友達でいられますように"かな」
須山さんがそう答える。
「そうね、ずっと友達でいられますように」
そう言いながら、それは織姫や彦星にお願いすることか?と心の中で疑問に思う。
ただそんなことは口にせず、私は天を仰ぐ。
「あれが織姫、あれが彦星」
川北くんが教えてくれた。織姫ことベガと彦星ことアルタイルは、十五光年ほど離れているそうだ。夜空に親指と人差し指を当て、十五光年という距離を指に取ってみる。現実の距離と人が感じる距離とでは、多くの場合一致しない。
「どうしたの急に」
「いや、ちゃんとお願い先を見ておこうと思って」
「なるほど、私も見る~」
どれが彦星だっけ、とか言いながら四人で星を見上げた。
スマートフォンが振動する。
見ると、野田くんからの「将来の、願いは、書かない」という返信だった。
「大丈夫?」
須山さんがこちらを見る。
「うん、大丈夫。お母さんにメール送ってあって、それで」
つまらない話をしてもしょうがない。
「そう?じゃあ神社回ろうよ」
そういって私たちは神社を回った。
おみくじも引いたし、おまもりか根付も買った。
「もう、こんな時間だね」
「そろそろ帰りましょうか」
私も「そうだね。じゃあまた月曜日」と答える。
「うん!水着を忘れないようにね」
「あっそうだった。プールじゃん。やったあああ!ウチ超楽しみ!!」
「こらこら、騒がないの」
「それじゃあ、またね」
「うん、また」
私たちは手を振って別れた。
星を見上げながら歩く。
たくさんの星々がひしめき合って瞬いていた。
でも、星と星の実際の距離は、感覚とずれている。
そして星は、この地球全てに、そしてこの宇宙に、等しく光を与えている。
そう考えると、一層星は美しいと思った。織姫と彦星の物語は一層ロマンチックだと思った。
そんなことを次は書いてみようかしら、私はそう考える。
ひときわ輝く一等星に問いかける。私の願いは届いただろうか。
地球と織姫・彦星も何光年も離れていて。
でも、それでも、私の願いが届くなら。私の書いた短冊を読んでくれるなら。
こんなにも素晴らしいことはないのではないか。
何光年も先にも届きうる、やはり書くことは素敵だ。書くことはとても大事だ。
部屋に着いたらまた何か書く準備をしよう、そう思いながら私は家へと歩いた。