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妄想で小説を書く妄想  作者: うぉーたーめろン
20/20

九月(11) ガール・レフト・ボーイ

「みなさん、締切りが早まりましたが期限通り提出してくれてありがとう。昨日野田に手伝って貰いながら作った冊子があるので配ります」

文芸部は製本用の大きいホッチキスを持っている。それで僕は昨日川崎先生と一緒に製本作業をしたのだった。

無理を言ったのに手伝ってくれた川崎先生も、前倒しとなった期限を守ってくれたクラスメイトも、ありがたい。

「それと、野田。野口さんの分、机の中のプリントと一緒に渡してくれるな」

「はい」

僕は立ち上がり前に向かうと、川崎先生から文集を一部と、プリントを入れるための大きな封筒を受け取った。

「じゃあ今日はこれで終わりです。みなさん、中間テストも近づいているのできちんと準備して下さいね。さよーなら」

「「さよーなら」」

「げーっ、もう中間テストかよ」そういった声を聞きながら、僕は隣の机の中からプリントを取りだし、一枚一枚丁寧に折りたたんでは封筒に詰めた。

このプリント一枚一枚が、野口さんが学校を休んだ証。野口さんが居なかった日々を思い出しながら、プリントを折りたたむ。


トントンッとプリントを封筒に落とし込むと、封筒の口を折り、カバンに詰める。

そうして僕は下駄箱で靴を履き替え、野口さんの家へと向かう。さっき川崎先生に貰った手描きの地図を眺めながら。

学校から歩いて徒歩十五分程。

目の前にあるこの大きなマンションの六〇二号室に、野口さんは住んでいる、らしい。

もう一度、先生に貰ったメモをよく確認してから、マンションに入りエレベーターに乗り込む。

ドアの閉まったエレベーター内で、ふと考える。

……そういえば、女の子の家に上がるのは初めてではなかろうか。

何て挨拶したらいいのだろう。そもそも突然家を訪ねて大丈夫だろうか、変な人に思われないだろうか、気持ち悪がられないだろうか。でもプリントを渡しに来たという大義名分もあるし……。

女の子の家に行く、ということに期待と不安を抱きながら悩んでいると、エレベーターは止まりドアが開く。

……行くしかない。

エレベーターを出て、各部屋の番号を見る。

六〇二は……あった、ここだ。

ドアの前に立ち止まると、衣服を整え、軽く深呼吸をする。

……引かれないように、ハッキリと、要件を伝える。

意を決して、僕はインターフォンを鳴らす。


ピンポーン。

人の居ない廊下に、インターフォンの音が鳴り響く。

一秒も経っていないだろうが、僕にはとても長い時間に感じられた。

「……はい」

懐かしい声。いろいろ話しかけたくなる気持ちを抑えて、頭の中で練習したフレーズを口にする。

「野口文子さんと同じ中学、同じクラスの野田と申します。プリントを渡しに来ました」

突然のことで驚くかもしれないが、とりあえず伝えるべき用件はちゃんと言ったはずだ。

「はい、少々お待ち下さい」

そう言うと、すぐさまインターフォンを切ってしまった。相変わらず飲み込みが早い。

数秒すると、中から足音が聞こえてきて、ガチャリと鍵の開く音がした。

ギイィ・・・とゆっくり開くドア。その隙間から、野口さんの顔が覗いていた。

「……久しぶり、プリントを渡しにきましたよ」

自然に笑みを浮かべながら、封筒を差し出す。

「うん……。ちょっと上がって行きなよ」

「……えっ?」

「いいから」

「いやでも」

「はあ……大丈夫だから!」

野口さんに引かれて、僕は玄関へ一歩足を踏み入れる。

「プリント渡しにきただけだって……。おじゃまします……」

「わざわざ渡しにきてくれたのに、門前払いもアレだからね。ほら、上がって」

とりあえず靴を脱いだはいいけれど、どうすればいいんだ?

どこで何をすればいいのかも分からず挙動不審な僕を見て、野口さんは苦笑する。

「……こっち私の部屋だから、付いてきて」

言われるがままについて行き、野口さんの部屋に入る。

何とも表現しがたい、けれどとても心地よい香りが、鼻の中に広がった。

「……おじゃまします」

「何回おじゃましますって言ってるの。……あー、カバンはそこに置いて」

「アッハイ……」

言われた場所にカバンを置くと、僕は床に正座する。

綺麗に整理整頓されていて、とても広々と感じられた。

「いや、楽にしていいよ」

はい、と答えて僕は脚を崩した。

二人の間に、何とも言えない沈黙が流れる。

……何とかこの状況を打破しなければ。

「……あ、野口さん、僕が突然現れたのに驚かないんだね」

「まあ、先生から聞いてたからね」

……そりゃそうか。話通してなきゃ家の場所なんて教えてくれないよな、今時。

「そ、そっか……」

……。何となく気まずいので、辺りを見回す。よくよく見てみると、なんとも殺風景な部屋だ。

ポツンと置かれた机、本棚、ベッド、服を収めているであろう引き出しに、あとは段ボール数箱が積まれているだけ。

これでは、部屋が綺麗なのも当たり前なのかもしれない。

「……ちょっと、あんまり人の部屋ジロジロ見ないで貰えます?」

「えっ、あっ、ゴメン……。いや、ずいぶん殺風景だなあと思って」

確かに、と言うように野口さんは部屋を見回す。

「ああ、引っ越しが多いからね……。言われてみれば殺風景かも。またすぐ引っ越すからさ、基本段ボールから物出さないんだもの。この本棚だってパパに頼んで特別に買って貰ったんだ」

そう笑顔で語る野口さんの本棚には、たくさんの本が詰まっていた。僕も本は多い方だと思っていたが、僕よりも多いかもしれない。野口さんもやっぱり、本が好きなんだろう。さすが文芸部員だ。

「……今度もまた、遠くに引っ越すの?」

「まあ、少なくとも今の学校には通えないかな……」

「そっか……」

やっぱりもう、野口さんには会えない。今日が最後なのか。

いざ別れとなると、かける言葉が思いつかない。なんで肝心なときに言葉が出てこないんだ。

「……んで、何しに来たんだっけ?」

野口さんに言われて、僕は慌ててカバンから封筒を取り出す。

「これ、野口さんが休んでたときのプリント。多分全部入ってると思う」

「わざわざありがとう。……ごめんね、たくさん連絡くれたのに返せなくて。なんか文字を打つ気力が起きなくてさ。返信がまた長くなっちゃったらどうしよー、とか。ははっ」

そう言って、野口さんは笑う。

そうかもしれない、と思う一方で、笑い事ではないと思う僕もいた。

「いや、いいよ。元気そうだったわけだし」

「本当にありがとうね」


二人の間に、また沈黙が訪れる。

しまった、何を話そう。話したいことはいっぱいあったはずなのに。

ふと野口さんを見てみると、野口さんも真剣そうな顔つきだった。同じようなことを悩んでいるのだろうか。

「……そうだ、私の初めて、見せてあげる」

野口さんはそう言うと立ち上がり、机へと歩く。

ガサガサと引き出しを漁った後、紙を綴じたものを片手に戻ってきた。

「これ」

野口さんに手渡された物に目を向ける。

「もう一度祖父に」そう題された文章を読み進める。

死んだ祖父を甦らせる儀式のため、他の何人もの命を奪い儀式に供する……その話の内容は、僕が読んだ作品とは全く異なっていた。

「私さ、小学校中学年の頃、いじめられてたの。毎日仲間はずれにされたり、給食を牛乳まみれにされたりいろいろと……。そんな私を慰めてくれたのが、おじいちゃんだったの」

いじめられていた、その事実は驚きであったが、しかしどこか納得のいく話でもあった。

「……で、お察しの通り私の大好きだったおじいちゃんがある日死んじゃったの。

悲しい、なんてどころじゃなかったわ。私の心を癒やしてくれた、あのおじいちゃんの話が、もう二度と聞けなくなるだなんて。絶望もいいところ。

どうしておじいちゃんが死んじゃうんだろう?あのいじめてきた女子達が先に死んじゃえばよかったのに。本気でそう思ったわ。それであの書いたのがこれ」

苦々しい思い出をかみしめた表情で、野口さんは僕の手元の作文用紙の束を見つめる。

「……でもね、思い出したの、おじいちゃんの言葉を。無駄なことなんて無い、無意味なことなんて無い。全ての物事には意味がある。生まれてきたことにも死ぬことにも、ってね。

生まれてきた命を大事にしなきゃ、消えていく物も大切にしなきゃ、それで書いたのが、野田君も読んだアレよ」

まるで自分自身にも言い聞かせるかのように、野口さんはゆっくりと、大切に、言葉を紡ぐ。

それで、野口さんは僕にあんなことを言ったのか。

「……そういうことだったのか。ありがとう」

僕は作文用紙の束を野口さんに返す。

……そうだ、あれを渡すのはこのタイミングかもしれない。

「そうだ野口さん、あともう一つ」

僕はカバンを引き寄せ、カバンの中に手を入れる。

「何?」

野口さんはきょとんとした目で僕を見ている。

「これ。例の文化祭の文集。いろいろあったけど……野口さんもクラスの一員だから、これ、渡すね」

驚きと困惑と苦々しさを混ぜ合わせたような表情をして野口さんは受け取り、パラパラとめくった。

途中めくる手が一瞬止まったが、そこで冊子を閉じる。

「……後でゆっくり読ませて貰うことにするよ。……そろそろママも帰ってくるし、ちょっと散歩しない?」

「えっ、えっ?」

「この街を見納めたいの、いいでしょ?」

そう言うと野口さんは文集を机の上に置き、部屋のドアを開け放つ。

僕も慌ててカバンを回収すると、野口さんについて行った。


特に会話も無いまま、エレベーターで降りる。

マンションの入り口へ行くと、霧雨が、音も無く降り注いでいた。

「えっ、雨降ってるの!?……じゃあやっぱ行くのやめようかな」

そう言って戻ろうとする野口さんを手で遮る。

僕は知っている。このカバンの中には折りたたみ傘が入っていることを。あの日渡せなかった傘が入っていることを。

「大丈夫、傘あるから。見納めたいんでしょ?」

外の世界は雨も降っていて厳しい。でも傘があれば、大丈夫だろう?

「ありがとう、じゃあ行きましょ」

僕はカバンから折りたたみ傘を取り出し広げると、二人で並んで外へと歩き出した。

マンションの入り口でお別れ……にならなくて本当に良かった。

雨の中、もうちょっと長く野口さんと話せる喜び。

そもそも転校してきた野口さんと出会えたことへのうれしさ。

いろいろと伝えたいことはあったけど、今すぐに口にするのは流石に恥ずかしい。

ならば、今のこの気持ちを、後で文章にして書き記そう。

文章は、距離も時間も飛び越えてしまうんでしょ。


傘は小さく、二人は完全には入りきらない。

でも。だけど。

部屋の中から雨を見るのではなく、外に出てみるのも悪くない。傘が貧弱で多少濡れてしまうとしても。

拙い作品ですが、最後までお読み下さった方々、本当にありがとうございました。

また出直したいものです。

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