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妄想で小説を書く妄想  作者: うぉーたーめろン
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六月(2) ボーイ・ノウズ・ガール

今朝は雨が降らなくて良かった。昨日、あの転校生:野口さんに傘を貸してしまったからなあ。

部室で雨宿りすること1時間半。部活見学でも何でもないのに、長時間大変だった。まあ、結局止んだから良かったけれど……。


――しかし、昨日の話には修正が必要だな。

転校生には不安もない、教科書の不足もない。

でも、昨日は傘を貸した。その傘が、二人を繋ぐキーアイテムとして、今後の話にも関わってくる……。そうだな、最後は相合い傘の描写で締めれば良いのではないか。

『あの日、俺が手渡した傘は、彼女が一人で握った傘は、今二人で握っている。激しい雨の中、二人でこの傘を開く。たとえこの雨が止まずとも、二人でずっと生きていける。そんな気がした。』

差しあたり、傘は、包容力というか優しく包み込む感じの比喩といったところだろうか。うん、これを軸に書いていけば大丈夫そうな気がする。

とりあえず今日は、そのキーアイテムの傘を返却するイベントだな。お礼として何か手作りのお菓子を渡してくる。「おいしくないかな」そう不安がる彼女に「いや、凄くおいしいよ」と返す――。


思いついたセリフを脳内で練習しながら、教室の自分の席につく。

ゴソゴソ机の中をいじっていると、「おはよー野口さん」「ふみちゃん、おっはよー」などと明るい声が聞こえてきた。

……ったく、ニューフェイスには優しいんだなあ。

毒づきながらも、口の中で「おはよう、野口さん」と繰り返す。席は隣だ、チャンスは必ずやってくる。

入り口での集中砲火を乗り越え、野口さんはこちらに近づいてくる。

……今だ!

「おっおはよう、野口さん」

「……!お、おはよう」

……?なんだ、昨日より元気ない気がするよ?オイオイ、威勢がいいのは最初だけかい?

「そ、その……」

……?なんだい野口さん、突然……

「今日、傘忘れちゃった。ゴメン!明日必ず返す!」

『「ふん、コンパスは持っていても傘は持ってないのね」

そう意趣返しをすると、彼女は「なっ」っと言ってむーっと頬を膨らませた。

「はは、いやいや大丈夫、また明日な」』

――って、まだ出会って2日目のこのタイミングでやったら失敗するよな……。こわいこわい。

「ううん、いや、大丈夫。今日は晴れって天気予報だったし」

「でも、ゲリラ豪雨の恐れがあるって……」

「でもそれ夕方から夜にかけての話でしょ、帰るまでは大丈夫だって。たぶん」

特に作ったわけでもなく、自然と笑顔になる僕。そうか、人を安心させようとするときには自然と笑みがこぼれるものなんだ。

「ごめんね、明日は持ってくるから」

「うん、よろしくね」

ちょうどそのとき、先生が教室に入ってきた。


1限は数学だった。

敢えて野口さんの見える位置にコンパス・三角定規を出す。今日はちゃんと持って来ているよ。しかもフル装備だ。

2限は理科。元素がどうのこうのとかいう話。まあ「窒素」を「N」と書けるなんて大分画数が減って楽だな、とかそんなことを考えていた。

ふと隣を見ると、野口さんは教科書とノートを広げ、しっかりと話を聞いていた。相変わらず準備がよろしいようで。


3,4限は体育だ。

女子が体操着を持って教室を出て行く。男子は教室で着替えるが女子には更衣室があるのだ。

「……あの。更衣室ってどこ?」

おっ、きたな。ようやく僕の出番だ。まったく、危うくひたすら授業の描写をして今日が終わるところだったぜ……。

「ああ、更衣室はね……」

「野口さーん!こっちこっちー!まだ更衣室の場所知らなかったよねー、一緒に行こ!」

「うん、ありがとう!」

こちらをチラリとみた野口さんに、僕はいってらっしゃいませ、と声をかける。やれやれ、この年頃の女の子は世話焼きさんだなあ。

教室から女子が出払ったのを確認して、僕も制服を脱ぎ始めた。


学校のグラウンドに生徒36人が並ぶ。久々の晴天で久々の外での体育である。みんなどことなく嬉しそうだった。まあ、僕は体育館での授業の方がいいんだけど。

「小宅、野田、入れてくれ〜」

36人になったとはいえ、今まで偶数だった女子の人数が増えたので、結局男子も女子も奇数人だ。だから僕らは田村を加えた3人で準備体操をした。


久々の外で行う体育は、久々のサッカーだ。……あー、体育館で卓球やっててぇー。

『「あっ、危ない!」

ボールを追いかけていた彼女は、盛大に転んだ。

「だ、大丈夫……?」

イタタ……と悔しそうに声を上げる彼女の膝は、赤く染まっていた。

「うわっ、結構派手にケガしたじゃないか。保健室行きなよ。……って保健室の場所知らないか。よし、俺が連れて行ってあげるよ。先生ー、ちょっと保健室の場所教えて来まーす」

おう、よろしく!との先生の声。彼女に手を差し伸べる。

「流石に…歩ける……よね」

「うん……」

二人は保健室へと歩き出した。』

そのまま保健室で語り合う二人。自分のこと、彼女のこと、様々なことを話し合った。

やがて、4限の終りを告げる鐘が鳴る——。

うん、こうやって自身の内面を伝え合うパートも必要だろう。


6人ずつ、6つのチームに分かれる。

グラウンドを2つに分けて、同時に4つのチームが戦い2チームは休憩を兼ねて観戦だ。

1試合目。僕のチームは観戦の時間だった。

僕らから見て左側のコートに野口さんが入っていく。

「おっ、野口さんじゃん。昨日は聞き忘れたけど、スポーツどうなんだろ」

「んー、昨日はふみちゃん、割と運動は得意っていってたよ」

チームメイトも興味津々だ。見せてもらおうか、野口文子の実力とやらを。


ピーッと電子笛の音が鳴る。

開始数分。パスを回しあう相手チームから野口さんは早速ボールを奪うと、相手陣地に攻めのぼる。

もちろん、相手チームの運動部男子もそのままじゃ行かせない。すぐに戻り僅かな隙をついてボールを奪い返すも、観客の注目は転校生の鮮やかなデビューに釘付けだった。

すごいな、野口さん。得意って言ったらしいだけのことはある。

素直に感心していると、1試合目が終了した。野口さんのチームは同点で引き分けだ。

「あのチーム相手に引き分けってすごいんじゃね」

「やばいな、野口さん」

試合を見ていたチームメイトは興奮気味に語り合っていた。

立ち上がり、指示されたところへ歩く。試合に向かう僕らをコートで待っていたのは、野口さんたちのチームだった。


「うおーっ、野口さんたちじゃん!!よろしくー」

サッカー部の長谷川は嬉しそうに話しかける。

「ふみちゃんすごかったよー」

澤田さんもそう野口さんに声をかけていた。

そんな中僕は、如何にして邪魔せず安全に乗り切るか、必死に考えていた。


僕らのチームのボールから始まった試合も、早速野口さんにボールを奪われていた。澤田さん、甘いよそんなパスじゃあ。

ボールを持った野口さんがこちらに駆けてくる。形だけでも僕は野口さんを妨害しに走る。

あっさりと野口さんに抜かれるも、そこで諦めるわけにもいかず、無駄だと分かってても追いかける。

追いかけられた野口さんは、急にふっと進行方向を変えた。

えっ、急にそっちに行くのかよ。顔だけそちらに向くも、足は絡まり、視界の高さが急に低くなる。

「だ、大丈夫ー?」

困惑気味な野口さんの声がする。

「う、うん。大丈夫」

保健室の場所も自分で分かるしね、と小声で呟く。

痛みを覚えて膝を見ると、砂埃に紛れて赤い血が流れているのが見えた。

「先生、ちょっと保健室行ってきます」

僕は無力感に包まれながら、コソコソと保健室へと走った。



「では、帰りのホームルームを終わります」

結局今日は散々だった。体育ももちろん活躍なんかできるわけもなく、足手まといになっただけだったし。5限に好きな国語の授業があったから救われたものの。はあ。

しかし隣の野口さんはすごいな。多くの人が体育の疲れで眠る中、5限の国語も6限の英語もしっかり起きていた。や、もちろん僕も寝てないけれど。


図書室に借りてた本を返しに行ったついでに、また新しい本を借りて、家に帰るべく昇降口へ向かう。

なにやら廊下が騒がしい。……イヤな予感がするぞ。

胸騒ぎがする中、昇降口で立ちすくむ野口さんを見つけて、話しかける。

「野口さん、どうかしたの」

「あっ……。その……、雨が、降ってて……」

「マジか。きょ、今日は傘持ってないよ」

「うん……知ってる……」

野口さんの顔が暗くなる。

あっ、しまった、地雷を踏んでしまったか?

「あっ、いや、だっ大丈夫。ゲリラならすぐ止むよ。うーん、そうだ!ぶっ部室で雨宿りする?そ、その、部活見学と言うことも兼ねてさ」

思いついたままに発言する。

「えっ、行っていいの?」

「ああ、うん。どうせ人少ないだろうし」

僕も今日は休むつもりだったしね、とは言わなかった。

「じゃ、じゃあ……」


窓から灰色の光が射し込む廊下を、二人で歩く。

部室といっても、あまり使わない少人数授業用の教室を活動場所にしているだけだ。部のものを置くロッカーは置かせてもらっているけど。

「ここが、文芸部の部室」

「えっ!?文芸部!?」

そ、そんな、文芸部って驚くことか?

とにかく、部室のドアを開き、手でどうぞと中へ促す。

「中はこんな感じ。狭い部屋だけど、どうせみんな来ないしまあ問題にはなってないよ」

「……ふーん、あんまりやる気ないのね」

野口さんは不機嫌そうに口にする。厳しいなあ、野口さんは。

「ま、まあ……。この学校ではどこかしらの部活に入るのが強制されてるしね。そ、そうだ、野口さんもどこか部活入らなきゃいけないんじゃない?」

「うん。らしいね。今探してる」

ずいぶんとあっさりとした返答だ。なんかノリノリで「部活は是非文芸部へ!」と言うような空気じゃないなあ……。

「んで、野田くんはどんなのを書いてるの?」

「えっ、いやー僕は読み専というか……いろいろ思いつきはするんだけど、そのまま書くには至ってないというか……」

「はあ!?何しに生きてるの!??」

そ、そんな、書いてないって怒られることか?人生否定されるようなことか??

「えっ、いや、だって……」

「おやおや、元気のいい子だね。ああ、野田君。久しぶり」

読んでいた本をスッと机に伏せ、椅子に座ったまま話しかける。

広瀬響佳さん。文芸部の部長さんだ。今日は来てらしたのか。

「ああ、広瀬さん。この子はクラスに新しく転校してきた野口ふみk……」

あれ、この響き、聞いたことがあるような。


瞬間、脳の記憶の回路が繋がる。

「あっ、もしかして、あの野口文子さん!?全国中学生文学賞の……!」

第18回全国中学生文学賞の受賞作品は、そのまま異例の出版までなされた。ずいぶんとマスコミでもよく報道されてた気がする。

その作者の名が確か、野口文子。


中学二年生の六月。クラスに来た万能の転校生は、マスコミにも取り上げられる有名人だった。

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