九月(10) ボーイ・ライト・ガール
原稿用紙を自室の机の上に広げてからというものの、早くも三十分が経過していた。
結局、何を書くかさっぱり思いつかない。
先生に「締切りを早くしてくれ」なんて言っといて、作文が書けませんでしたなんかじゃ話にならない。
物を書くなんて昔良く妄想していたはずなのに、いざ原稿用紙を前にするとこうも無力になるとは。
書けるように練習しておく、川北の発言が身に滲みた。
文化祭の感想。
そんなざっくり言われても難しすぎるんだ。ネガティブなことを書くのもクラス文集としてどうかと思うし、それに。
あの野口さんのことに触れて良いような空気じゃないクラスの中で、野口さんについて書く勇気のない自分に気づいて、嫌気がさす。
でもやはりクラスの文集だ。クラスのみんなに……
『誰か一人に伝えることを考えるんだよ。そんな全ての人に理解して貰おうなんて無理なんだからさ』
広瀬部長に言われた言葉が頭をよぎる。
みんなを対象にすべきではない。
誰か一人。
そんなの決まってる。野口さんだ。
鉛筆を強く握り、伝えたい相手の野口さんのことを思い出す。
転校早々、コンパスを忘れた僕に貸してくれるしっかり者の野口さん。
体育の試合でもみんなの目を引く活躍を見せ、一躍一目置かれる存在となった野口さん。
あんな鮮やかなデビューを飾っておいて、こんなことになるべき人物だとは思えない。
そして、賞を獲得するほどの実力者で、作品を書かない僕に怒った野口さん……。
そんな野口さんに、何を伝えたいか考える。
文化祭の顛末、文芸部のこと、野口さんの脚本は守れなかったこと。
いろいろと思い浮かぶけど、どれも違うような気がしてならない。
本当に伝えたいことはそんなことか?そう考えると、筆が止まってしまうのだ。
『書かなかったら、居なかったことと同じになるんだよ?』
僕のためにいろいろ言ってくれた野口さんのためにも、僕は文章を書けるようにならなくてはならない。
そう決心して、僕は原稿用紙と向き合った。