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妄想で小説を書く妄想  作者: うぉーたーめろン
14/20

九月(6) どたばたすくーるふぇすてぃばる(当日)

「今日は文化祭当日です。みなさんで、二年四組らしさを見せていきましょう!」

「では今日一日、がんばるぞー!」

「「おーーっ!!」」

文化祭委員の二人の後に、川崎先生を含めた三十六人が円くなって声を合わせる。

こうして、中学二年生の文化祭が、幕を開けた。

各自荷物を裏に押し込み、最後の装飾や練習、掃除を始める。

出演しない僕はもちろん、箒片手に床に散らばったゴミを集めていた。

——ひょっこりと、野口さんが登場したりしないだろうか——。

ふとそんな光景を思い浮かべたが、すぐまた箒を動かしはじめた、


文化祭開始二十分後、ようやく四組最初の公演が始まる。

文化祭の劇、といってもしょせんは中学校の文化祭。客も主にクラスメイトの母親や友人など内輪ばかりだが、それでもやはり多くの人に見られるというのは緊張するもののようだ。

僕は教室の角で、蛍光灯のスイッチに片手を添える。

「それでは二年四組の公演を始めたいと思います」

清水さんの声を合図に、僕は教室の照明を消した。

別なライトで照らされた舞台に、代わる代わるクラスメイトが登場する。

王子様にベタ惚れのヤンデレラに、若干困惑気味の王子様。

他の女も寄せ付けない狂気に観客も引き気味になるも、所々に詰め込まれた内輪ネタに笑いが起きる。

最終的には、王様に厄介者を押し付けられる形で王子とヤンデレラに城が与えられ、二人は幸せな……。

特に目立ったミスもないまま、一回目の公演は無事終了した。

拍手に包まれ、清水さんは安心したように一息つく。

ギリギリで作ったはずの脚本なのに、ずいぶんと出来が良い。素直にそう、感心する。僕より何倍も、文芸部に向いてるんじゃないか、清水さん。

「すごい面白かった!すごいじゃん!!さすが!!」

清水さんの他クラスの友達だろうか。拍手の嵐が去った後、清水さんの元に駆け寄った女子生徒にそう言われ、清水さんは満足そうな笑みを浮かべる。

そして、全ての客がいなくなった教室に、おつかれーとの声が多数響き渡った。

最初の公演でこの出来だ、今日は大丈夫そうだ。僕も裏方ながらもどこか明るい気持ちになった。

この後文芸部の方のシフトがあった僕は、客席のイスを整えると荷物を取りに裏へと入る。

壁際に無造作に置かれたカバン。その一つが、僕のカバンだ。

自分のカバンを探しつつ、ふと黒板が目に入る。

この劇の登場人物を模したイラストの周りに、何人かが書いた成功を祈る言葉が散りばめられていた。

何だかんだ、やっぱりみんな文化祭が楽しみなんだな。

行事のときに見せるクラスの団結に、僕は嬉しく思った。

そうして目を横にスライドさせていき、黒板全体に目を通す。そして僕は立ちすくんだ。


「クラス 三 十 五 人 全 員 の、楽しい思い出を作ろうね」


どこか多少丸みを帯びつつも形が整い流れるような上手な字が、僕の最初の講演を終えた達成感を、クラスの団結に対する感動を、どこか今日の文化祭に対して抱いていた明るい予感を、軽々と吹き飛ばしていった。

何が三十五人だ?しかもその部分にはご丁寧に黄色いチョークまで使い、更にテープで囲ってある。何でわざわざそんなこと。

衝動に身を任せテープを引き剥がすや、目についた黒板消しを手に取ると、荒々しく黒板に擦り付ける。

一回擦っただけでは黒板の文字は完全には消えない。二回目、三回目と黒板消しをぶつけた。

黒板には、白とところどころ黄色の混じったスジが残る。

僕は手にした黒板消しをレールに投げ置く。カラン、と乾いた音だけが教室に響いた。

こんな文化祭、やらなきゃよかったんだ。

こんな風に、人を扱う文化祭なんて、ハナから存在しなければよかったんだ。

クラス全員の団結なんて、ありゃしないじゃないか。



「やあ野田、お疲れ」

「川北、ごめん。遅くなって。代わるよ」

そういって、部室の入り口に座って待つ役割を川北から引き継ぐ。

「ああ、ありがとう。まあそんな大変じゃなかったよ。それじゃ」

川北もクラスの仕事があるのだろう、小走りで出て行った。

「はあぁ……」

溜息をつきながら、川北の座っていたイスに腰掛ける。

冷房の効いた室内に、僕が一人。川北がいなくなると、すっかり静かになってしまった。

あの不快な気持ちを、早く忘れてしまいたいのに、やることが一切ないのでどうしてもまた思い出してしまう。

「人、来ないな……」

独り言を漏らすも、虚しくその声が室内に消えていくだけだった。

何も人が少ないのは今年に限った話ではない。去年だって少なかったのだ。それにまだ、早い時間からこんなところに来る人はいないのだろう。

僕は自分で印刷した部誌を手に取ると、ペラペラとめくった。


戸の開く音に、顔をそちらの方へ向ける。

「……っ、広瀬部長」

「お疲れ様。なんとか間に合わせたね。いろいろ大変だったのに。すごいよ」

「ええ、まあ。先輩の協力あってこそですよ」

「いやいや、野田くんの頑張りあってこそだよ。……それに、部誌もきちんと完成しているようじゃないか」

そう言って、広瀬さんは机の上に積んであるものから一部手に取る。

「……野口さんの作品、載ってるね」

その発言に、ヒヤリとする。やはり、居ない人の作品を載せるのはマズかっただろうか。

「……ええ、もう既に提出して貰ってた作品でしたし、特に載せるなとも言われてませんでしたし」

「うん。そうだね。人の書いた作品だ、丁重に扱うべきだろう。……それにしても、良い作品だね」

ほっと一息をつく。広瀬さんのその言葉を反芻しながら、ペラペラとページをめくる広瀬さんを眺めていた。

「……どうして文化祭なんてあるんですかね」

先輩しかいないのをいいことに、つい悩んでいたことを吐いてしまう。

「……?複数人で計画を立て、協力をして、一つの物を作り上げる練習じゃないかな。リーダーシップやら協力の重要性の認識やらを育てようという。

どうしたんだい?突然。急な文化祭の準備で疲れたのかい」

「いえ……そういう訳では……」

「……まあ、こういう自分を他者に表現する場が必要なんだと思うよ、人間はさ」

「……。……それってでも、やりたい人だけやるんじゃダメなんでしょうか」

やりたくない人はやらなければいい。だってそうすれば、不必要に人は傷つかない。

「ダメだよ。だって強制的に参加させないと、みんなやろうとしないでしょ。人には、機会が必要なんだよ」

機会が必要…か。自分自身のことも少し考える。

ふっと手元の部誌に目を落とす。

ここに載っている作品も、文化祭という機会がなければ人に見られることのなかった作品だ。文化祭で見せようと、みんなが頑張って書いた作品なんだ。

「……ところで、お客さんの入りはどうなのかな?」

広瀬さんは部屋の中を歩き始めながら、そう口にする。

「いじわるですねぇ……先輩。去年と一緒ですよ」

「ふふっ、じゃあ、この後も頑張ってね」

「ええ、はい」

少なくとも、この文化祭という機会を待ち望んできた部員のみんなのために、頑張る必要はある。

「おっと、お客さんのようだ。じゃあ私はここらで。良ければ私のクラスにも来てね」

「えっ、あっハイ。先輩も……いえ、がんばって下さい」

じゃあね、と言って立ち去る広瀬さんの目は、どこか安心したように見えた。


「こんにちは、文芸部です。よろしければ、こちらの作品集をどうぞ」

この学校の生徒の誰かの母親であろう人物に、部誌を手渡す。

「バックナンバーもありますので、よろしければお入りください」

「私にも一部頂けるかな」

後ろからもう一人、さらに年上と見られる男性客が訪れた。

「はい、どうぞ。こちらです」

その男性客にも部誌を手渡す。

「これ、全部皆さんで書かれてるんですか?」

女性が尋ねてくる。

「ええ、はい。どれも文芸部の部員の作品です」

とはいえ自分は書いてないから少し気まずい。

「ということは、この作品を書いた野口…さんもいらっしゃるのですか?」

男性の質問にハッとする。

「……彼女は、今日欠席なんです。ごめんなさい」

「そうなのですか、それは残念です」

「先輩、こう……あっ、文芸部にお越し頂きありがとうございます!」

小走り気味の足音を立てながら、一年中沢君が入ってくる。

「中沢君、ありがとう。そろそろお客さんも来てるからよろしくね」

そういって彼に引き継ぐと、僕は気が進まないながらも教室へと向かった。


教室に着くと、既に客の呼び込みが始まっていた。

僕は一旦、荷物の置いてある裏に入る。

そこには、出番に備え小道具などをいじる出演者達の姿があった。

「ねえ、野田」

声の主の方を向く。そこには須山さんたちの姿があった。

「この黒板に書いてあったメッセージ、知らない?」

こいつらか、と心の中で呟く。

「メッセージ?知らないよ」

「本当にぃ?」

「うん、知らないってば。じゃあ仕事があるから行くよ」

「……あっそ」

このままあの場に留まっていても不快なだけだから、さっさと蛍光灯のスイッチのところへ向かう。仕事は仕事だ、やらなくてはならない。

教室内が騒がしくなってきた頃、清水さんの合図に教室の照明を切る。

今日始めたばっかりなのに慣れたものだ、こうしてこのクラスの公演が再び始まった。

客が引いたり声を上げるタイミングは大体同じものの、笑いが起きる小ネタの対象が先ほどの公演と異なるのは興味深い。客層が違うのだろうか。

とにかく、目立ったミスもなく、今回の公演も無事幕を下ろしかけた。

最後まで演技が終わって拍手の中、僕は教室の蛍光灯のスイッチに力をこめる。

パチッという音と共に数回点滅した後、教室内が光に包まれる。

「あいつ面白かったな〜」などとみんな口々に言いながらイスから立ち上がる。

その中に、男子三人の組がいた。

「須山があの役やってるの、クッソ笑える」

教室の出口の方へ歩きながら、三人はそう話し合っていた。

その声に気づいたのか、須山さんがその三人組の方を向いた。

「はあ?なんでs……」

いつものように大声を張り上げたかと思うと、突然声を詰まらせる。

クラスメイトみんなの視線が、須山さんに集まる。そしてそれは、例の三人組も同様だった。

「おっ、ウワサをすれば、お前の須山さんじゃあないか!」

「おい、その言い方やめろって」

ニヤニヤしながらいじる三人組、顔の赤くなる須山さん。教室にいたそれ以外の人々の間に、緊張が走る。

「んんんんんんんーーーーーっ!!!」

須山さんはよく分からない大声を発したかと思うと、頭に着けていたかんむりを、その三人に向かって投げつけた。

「うおっ、なんだなんだ」

そうして未だに笑みを浮かべる三人の所にまではかんむりは届かず、教室の床で跳ね返る。

すぐさま須山さんの側にいたクラスメイトは須山さんを押さえ、三人組の側にいた者はその三人組を教室から追い出す。

「出口はこちらになります!!」

騒動から目を逸らさせようと、清水さんは必死に声を張り、客を外へと誘導する。

「おい、あれ、大丈夫か」

「ええ、はい、大丈夫です。ちょっとしたものですから……。ご心配おかけして申し訳ありません」

僕も、頭を下げつつ、客を教室から出すのを手伝わざるを得なくなった。

ようやく全ての客を退室させられた、そう一息つけたのも束の間だった。

「もう、こんなのやめてやる!!!」

勢いに任せ、ドンっと須山さんは近くの柱に拳をぶつける。

バタンッ

その瞬間、倒れるベニヤ板。

教室内に張っていたロープも千切れ落ち、そこに吊るしてあった幕も地面に広がった。

「おい、大丈夫か!?」

「うわあ!びっくりした!!」

騒然とする教室。その中心で、何が起きたかも分からないふうに呆然と立ちすくむ須山さん。

幸いけが人はいなかったが、それでも昨日までに準備してきたものが、無残な姿になってしまった。

「手の空いてる人は、直すの手伝ってくれ!」

混乱するクラスメイトに、宮本が指示する。

「お、おう!!」

との返事で、男子はベニヤの再設置を始め、女子は散らばった装飾などを拾い集める。

「あ、あ、私…。そんな……」

「いいから須山、そこどいてくれ!」

近藤にどかされた須山さんは、教室の隅に座り込む。

そんな須山さんを横目に、みんなで協力して舞台を復活させていく。

やれやれ。僕は下からベニヤを押さえながら、心の中でそう呟く。結局須山さんが文化祭を壊すのか。

男子でベニヤを元どおりにし、一息ついた頃、清水さんの悲痛な声が響く。

「ロープが、テープが、足りない!!」

「えっ?昨日余らなかったっけ?」

「ロープはあるにはあるんですが、直すには短すぎるんです!テープは昨日もうちょっとあったはずなんですが、いつの間にかなくなってて……」

「本当だ!全然ない!!」

「でもじゃあどうする?今から買いに行ってたら遅いし……」

「ちょっと隣のクラスに聞いてくる!」

澤田さんの発言に、頼んだ、と言ってみんなその案にすがる。

数分後、澤田さんは息も切れ切れに帰って来た。

「ダメ…どこも残ってないって……」

「えぇ!?」

「ひもも、あるにはあるんだけど、ウチで使うには短いの……」

「そっか……」

みんな口にはしないものの、脳裏に「中止」の二文字がよぎる。

そんな中、近藤が何か閃いたように口を開く。

「そうだ!野田!お前文芸部だったよな」

「うん、そうだけど……」

「ひもとか余ってたりしないか?」

……。

多分、ある。文芸部の部屋でも、装飾や順路作りにひもやテープは多用した。

それに、一年限りのクラスとは違って、毎年やる部活だから、ある程度は備品として買いだめはしてあったはずだ。

でも、どうして須山さんの後始末の手伝いをしなくちゃいけないんだ。

それも、よりにもよって文芸部員として。

あいつは、とうとう文化祭を壊したんだ。その責任くらい、自分で取るべきなんじゃなかろうか。

口を閉ざしてる僕に、清水さんも歩み寄ってくる。

「野田くん、お願いします。あるなら貸してくれませんか?」

……須山さんは、文化祭を二つ壊した。

一つは、野口さんの文化祭。

そしてもう一つは、清水さんの文化祭。

でも後者は、清水さんの表現の場は、まだ完全には壊れてはいない。今ならまだ取り戻せる。

人には、自己を表現する機会が必要なんだ。

そして、誰かのその機会がまだ取り戻せるんだとしたら、その手伝いはするべきなんじゃなかろうか。

自身の表現の場を奪われた清水さんの瞳を見つつ、そう思った。

「うん、わかった。ちょっと探してみる」

僕はそう答えると、教室を飛び出し部室へと駆け出した。

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