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妄想で小説を書く妄想  作者: うぉーたーめろン
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六月(1) ボーイ・ミーツ・ガール

「本は、一つの人生なんだよ」

いつだったか子供の頃、僕の尊敬していた先生がそう言った。

そんな僕は、今でも本が好きだ。



何か、変わったこと起きないかな。

六月。梅雨入りしてからはや一週間。既に毎朝傘を片手に家を出る日々に飽き飽きしてきた頃だ。雨は、時折降るからスパイスとして効いてくるのであって、主役を張るようなものじゃない。


――そう、例えば転校生とか。よくある話だがそこがいい。隣の席に座った転校生に、教科書を見せてあげる。学校のシステムを教えてあげる。

「初めての学校で少し不安だったんだ」ちょっぴり弱音を見せつつ笑顔を見せる彼女。「じゃあそろそろ部活あるんだ」といって別れた後に、雨が降り始める。傘を持たない彼女は昇降口で立ちすくむ。

『窓の外が一気に暗くなる。廊下に運動部達の苛立ちのこもった声が響く。やれやれ、俺は屋内で活動する文芸部の生徒だから問題ないものの、他の人々は大変そうだ。机の中に筆箱を忘れてきたことに気づいて、僕は部室から教室へと戻る。そんな中、ふと目に入った。昇降口で立ちすくむ彼女の姿が……

「あれ、――さん、どうしたの?」

「あっ、野田君。その、傘持って来てなくって」

「ああ…、なるほど。俺の傘貸そうか?」

「いや、いいよ。野田君の分なくなっちゃうし」

「いや、大丈夫だって。俺の部活が終わる頃にはもう止んでるだろうし」

「ううん、平気。止むまで待っていくよ」

「え……うーん、そうだな。……そうだ!俺の部室で雨宿りする?部活見学と言うことも兼ねてさ」』

さて、このまま部室に連れて行って、部活が終わると二人で一緒に帰る――っと。

いいね、物語の出だしとしてはまずまずなんじゃないか?その後も困っている彼女を主人公が助ける。この方向で話を膨らませていけば、良い感じになりそうだ。


そんなことを考えながら、中学校の校門をくぐる。頭の中に思い描いた世界は晴れやかで、雨降る朝でもなんとなく明るい気持ちになれた。2年4組の教室に入り、自分の机にカバンを置く。

35人のクラス。5列目最後尾に座る僕の隣は空いていて、窓からの景色がよく見えた。隣がいないのは困ることもあるけれど、この窓が見えることはとても気に入っている。


ガラガラガラ。教室のドアが開く。いつも通り教室に入ってきた先生の後ろに、もう一人、女の子がいた。

教室が、いつもと違った空気に包まれる。

「ええー、みなさん静かに」

そんな言葉で、中学二年生を黙らせることは不可能だろう。先生は続ける。

「はい、みなさん起立!」

困惑ながらもみんな席から立ちあがる。

「気を付け!礼!!おはようございます!!」

おはようございます、とあちらこちらから聞こえてくる。

椅子を引き、座る音が聞こえる。

「えー、みなさん気になっていると思いますが、今日から転校生が居ます。えぇーっと、はい、自己紹介をどうぞ」

隣にいた女の子が、真ん中に立つ。

「初めまして。野口文子と言います。まだ新しい学校に慣れないところも多いと思いますので、みなさんよろしくお願いします」

よろしくおねがいします!と元気な男子が叫ぶ。それに続いて女子達もよろしくね、と一斉に口にする。

「はいはーい、みなさん。初めての野口さんと仲良くしてくださいね。じゃあとりあえず野口さん、机と椅子を持ってくるから、少し待っていてね」

「あっはい。おねがいします」

女の子はきびきびと先生に頭を下げる。

……ん、待てよ。このクラスは35人クラスだった。そして空いている場所と言えば……。

「よし、野田。隣空いてるな?じゃあとりあえずここに机置くから、よろしくな」

机と椅子が運び込まれ、野口と名乗った女の子はそこに座る。では、とりあえず朝はここまで、と言い残し先生は去って行った。


「あっ、あのっ、野口さん。僕は……」

「野口さんヤッホー!俺、近藤正輝って言います!!これからよろしくねー」

「ふふ、よろしくね」

「ちょっと男子、あまり野口さんを怖がらせないでよね!」

「いや、怖がらせてはねーよ」

「もう、近藤はいっつもああだから。ゴメンね、野口さん。……あっ、私は須山はるか。よろしくね」

「オイ須山、なんで謝るんだよ……」

ははっ、隣が騒がしい。――でもこの騒がしさの波が去ったところで野口さんがふっと本心を見せてくれるもんだよな。うん。


チャイムが鳴ると、みんな席についた。

ふう、と小さなため息をつくと野口さんは――いや、実際ため息をついたかどうか分からないが、野口さんはこちらを向いた。

「ねえ、お名前は?」

「えっ、あっ……野田、しょ、章一郎です」

と、突然話しかけられるなんて、想定外だよ。

「そう、よろしく。……ところで、1時間目の授業は?」

「えっ、えーっと、歴史だよ。きょっ、教科書は……」

「そう、ありがとう。ちゃんと持って来ているわ」

……えっ、マジか。


2限も、3限も、野口さんは教科書を持って来ていた。それどころか、数学の授業では僕がコンパスを借りてしまった。なんたる失態。

そうこうしているうちに、気づくと昼休みになっていた。

「野口さーん、いっしょにご飯食べようーよーー」

「うん!いまいくー!」

人生なかなか上手くいかないものだな、いつも通り窓の外を眺めながら、そう僕は呟いた。


6限が終わり、みんな荷支度しながら帰りのホームルームを待つ。

「……野口さんは、さ」

あらかた荷物を詰め終わって暇そうにしていた野口さんはこちらを見た。

「な、馴れるの早いね、この学校に」

「……そう?まあ、私転校多かったから」

なるほど。転校・新しい環境での不安も慣れっこということか。ふっ……。

いつも通り、担任の先生の話を聞き流すと、僕は部室へと向かった。


みんなどこかしらの部活に入らなくてはならないこの学校では、文芸部に所属する生徒は数だけなら多い。でも大多数は幽霊部員だ。だから部室はいつ来ても空いている。もちろん僕も、来る頻度は高いわけじゃないから人のことは言えないけど。

適当に座って本を開く。この時間は、嫌いじゃない。


ふと暗くなったので、窓の外を見る。グラウンドでは、運動部の人々がなにか叫びながら慌て走り回っていた。

雨だ。それもゲリラってのに近いヤツ。

意味はないけどカバンを片手に、僕は教室へと向かった。いや、意味はなくとも期待はあった。


教室へと向かう途中、昇降口を通る。

できるだけ自然を装って、でも注意深く、昇降口のあたりを見回しながら歩く。

……いた。

深呼吸をして、口を開く。

「野口さん」

「……何?野田君」

「どうしたの」

「見ての通り。傘持ってなくって」

転校の不安には勝てても、天候には勝てまい。

予想的中に少し顔を綻ばせる。

「ああ…、なるほど。お…僕の傘貸そうか?」

「……本当?ありがとう!」

……えっ?

「コンパスは無くてもちゃんと傘は持っているのね、流石だわ」

うっ……。わざとか知らないが、的確に弱点を突いてくる。

「そ、そうだね……。今日は助かったし。どうぞ」

僕は、カバンから折りたたみ傘を取り出し、差し出す。

「ありがとう、じゃあ借りてくね」

彼女は笑顔を見せると、立ち去っていった。


彼女の笑顔は見られたが……僕はこのあとどうすればいいんだ?

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