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第7話 「伯爵の嘆き」

 大きな執務机を挟んで二人の男が立っている。

 一人は窓際で外の景色を眺めている、サンダロス伯爵。もう一人はそんな主の背を見つめる、豊かな口ひげをたくわえた老執事。

 午後の柔らかな日差しが、彼らを明るく照らし出していた。


「それで? 新たな調査の結果はまとまったのか、ウィンザー」

「はい、旦那様」


 ウインザーと呼ばれた老執事は、白い頭を下げながらうやうやしくそう答える。


「以前の調査と比較しましても、やはり例の病を患っている者は増加傾向にあるようです。いっこうに鎮静化する気配がありません。昨年から数えまして、罹患者数は約1000人ほどとなりました」

「そんなにか!」


 思わず伯爵は振り返り、声を荒げる。


「はい。最初は数人規模でしたが、今や月に100人を超すほどまでとなっております。そのいずれも、致死率は高いまま……」

「なんたることだ」


 伯爵はふらふらと移動すると、座り心地の良さそうな皮張りの椅子に乱暴に腰かけた。

 苦々しい顔つきで、老執事を見上げ、


「街医者どもはなんと言っている。治療法はまだ見つからぬままか」

「はい。王都に行けば、まだ色々な症例を知る学者がいるだろうとのことです。ですが……自分たちだけではもうお手上げだと。伝染病ではないということしかわからず、結局、対症療法じみたことしかできない、と申しておりました」


 伯爵は深いため息を吐く。


「王都の、その学者には派遣を依頼したか?」

「はい。ですが、まったく応答がございません」

「所詮、辺境の一港町。見捨てても構わぬ……ということか。この街でどれほど死人が出ようが、王都さえ無事ならばどうでもよいというわけだ。いずれこの病が、国中に広がらぬとも限らんというのに!」


 ダンっと、力強く拳を机に叩きつける。

 老執事はその様子を見て、静かに瞑目した。


「旦那様……」

「わかっておる。もどかしいのは皆同じだ。だが……つくづく恐ろしい病よ。急に視力が衰えたと思ったら、最後には眼球が腐り落ち、そこから全身に腐敗が広がって死に至るなどと……。これで数人、有力な商人を失った。民は宝だ。それがこんなことで次々と失われていくのは、辛抱たまらん。一刻も早くどうにかせねば……。私やお前、妻や息子たちも、いつその脅威にさらされるかしれんのだ」

「ええ。ですからそのために……旦那様はあの娘を手に入れられたのでしょう」


 老執事はうっすらと目を開け、また主と視線を交わす。

 伯爵はそれに真顔で応えた。


「そうだ。我が領地、我が民を守るためならば、私はどんなことでもする。神の子の力を借りてでも、滅びの道を阻止せねばならん。愛するこの街を守るためならば……」

「他の領地がどうなっても構わない、ですか?」

「そうだ」


 伯爵はおもむろに机の上に置かれていた鉱物事典を開く。

 そこには色とりどりの結晶が描かれていた。その中でもひときわ赤く描かれている物を見つめる。


「ガーネット。実りの象徴と呼ばれる石……。ユリオン村では作物の豊作という形で奇跡が現れたというが、この石の力は……それだけではない。物の結束を高める石、血のめぐりを良くする石、体内の毒素を排出する石、邪気から守護する石……でもあるという。であれば、そのどれかがこの街の病を消してくれるやもしれん」

「そうでございますね。そうなってくれれば、どんなに良い事でしょう」

「いや、むしろそうなってくれなければ困る。せっかく大金をはたき、危ない橋まで渡ったのだ。その苦労を無駄にはしてほしくない」


 伯爵はまた席を立ち、窓辺に向かう。

 そこからは美しく整えられた中庭が望めた。様々な花が咲き乱れる園の中を、薄紅色のドレスを着た少女と少女付きのメイドが歩いている。


「ガーネット=ユリオン。あの者は……その場にいるだけで奇跡を起こすという。早く、その力の恩恵を受けたいものだ……」


 老執事に背を向けたまま、伯爵は言う。


「しかし、いつ、その効果が現れるかはわからん。ウィンザー、引き続き調査を続けろ」

「はっ」


 老執事は姿勢を正して小気味よい返事をする。


「病の発症者がこれからも同じ推移で増えていくとは限らん。やもすると……滅びるのが先だ」

「ええ、このまま原因もわからず死者が増え続ければ、人々はきっと恐慌を起こすでしょう。そうなると、旦那様が危惧された通り、このサンダロスの街は滅びます。あの娘がこの病を消し去れるかは別として……原因は別に特定せねばならないでしょう」

「そうだ。まずは原因の特定だ。それなくして事態の好転はない」

「調査をさらに徹底いたします。罹患した者、亡くなった者に何か共通点がなかったか、もう一度洗い直してみます。そうすれば、何かわかるやもしれません」

「ああ。では改めて頼んだ、ウィンザー」

「かしこまりました、旦那様」


 老執事は深く一礼をすると、速やかに退室していった。

 あとにはひとり、サンダロス伯爵のみが残される。


「いったい、この街にどんな呪いがかけられたと言うのだ。神よ……」


 中庭の少女を見降ろしながら、伯爵は嘆いた。

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