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エピローグ…の50年後

「さてさて。お久しぶりデスね~。ファンネーデル君」


 妙に浮ついた女の声が、静かな墓地に響き渡る。

 老衰で亡くなったガーネットの体の上で、黒猫の姿のファンネーデルは低いうなり声をあげていた。

 ガーネットの棺桶のまわりには何人ものラーレス教の神父たちが集っている。


「魔女めっ! ついに来たか!」

「神の御恵みである宝石加護の力を、みすみすお前に渡してたまるか! 去ね、魔女よ!」

「立ち去れ!」


 神父らの怒号が飛び交う中、金髪の魔女ことエアリアルは不敵に笑う。


「フフ、ずいぶんと嫌われていマスねえ……しかし、神父様方。ワタシはそこの黒猫君と、半世紀前に契約を交わしてしまっているのデスよ。そこのガーネットと呼ばれている宝石加護の人間が亡くなったら、彼女の瞳も、黒猫君の瞳ももらうと、ネ。デスから……邪魔な方々はいなくなってもらいマース!」


 ぱちんと片手の指を鳴らすと、10人いる神父の約半数ほどが地に倒れた。


「なっ、い、いったい何を……!」


 残った神父たちが驚愕して目を見開く。


「おや、残り半分は宝石加護持ち……どうりで『魔法』が効かないはずデース。それにしてもずいぶん集めましたねえ……それほど奪われたくないのデスか。まあでも……これならどうデス?」


 ぱちんとまた指が鳴らされる。

 するとこつぜんと魔女の姿も、黒猫の姿も、ガーネットの遺体もその場から消え失せてしまった。

 後には狼狽えて、からっぽの棺を覗く神父たちだけが残される。


 …………。


 エアリアルはとある廃工場に自分たちが転送できたのを確認すると、足元の魔法陣の一部を足先で掻き崩した。

 近くには老女の遺体と化したガーネットと、黒猫ファンネーデルの姿がある。

 エアリアルは大きく息を吐くと、二人の元へ近づいた。


「さて。なんとかうまくいったようデスね……。この日のために色々と準備しておいて正解でしタ。アナタたちも準備されてたようデスが……ファンネーデル君? ここはあの町からかなり離れた場所なんデスよ、いったいどこだかわかりマスか?」

「…………」

「まあ、そんなことはどうでもいいデスね。これからアナタは消去されるんデスから……。ではさっそく契約履行するとしましょうカ」


 淡々と事実のみを告げるエアリアルに、ファンネーデルはずっとにらみを利かせている。


「あらあら、なんデスかその目は? まさか契約をしたことを後悔している、とかじゃあないデスよね?」

「それは……ない。覚悟の上で、お前と契約した」

「じゃあなぜ、そのような表情をなさっているんデス?」

「ボクの目も……ガーネットの目もお前にやる。ボクがどうなろうと……あのとき出された条件で下した選択に後悔はない。でも……」


 ファンネーデルはそこで言葉を切ると、切なげに顔をあげた。


「できたら最後までボクたちを引き離さないでほしいんだ」

「ああ……なんだそのことデスか」


 ポンと片手の掌の上にもう片方の拳を乗せて、エアリアルは得心したといった態度をみせる。


「別にワタシも何も考えてなかったわけじゃあないデスよ? それぞれの片目はサンプルとして解剖させていただくとして……もう片方はまた『有効活用』させていただきマース」

「有効活用? またか……」


 なんだかろくなことにならなそうだと悟ったファンネーデルが、呆れ声を出す。


「まあまあ、そう言わないで下さいよ。実は、今のアナタを作り変えて……ワタシの正式な下僕にしてさしあげようと思ってるんデスよ~。説明を聞けば、また、アナタにもメリットがあるとわかりマス」

「はあ? 下僕にする、とか言ってる時点で信用ならないんだが……」


 疑わしそうに見ると、エアリアルは楽しそうに笑った。


「フフッ、たしかに聞こえは悪いデスね。でも、今ちょっと研究のお手伝いをしてくれる人材を探してるんデス……だから、これを機に……ネ?」

「ボクにお前の手伝いをさせる気か」

「そうデス。でもその際に、反抗されると困るので、また違う契約を結んでもらおうと思ってるんデスよ。いかがですカ?」

「はあ……どうみてもデメリットしかないように聞こえるんだが。どこにメリットがあるんだ?」


 ため息をついたファンネーデルに、エアリアルは工場の片隅に廃棄されていた人形を手にしてみせる。

 それは猫とピンクの服を着た少女のぬいぐるみだった。


「二つとも……貴重な宝石加護の力。それを、このままこの世から消滅させてしまうのはワタシも惜しいんデス。デスが、二人も人工精霊を連れて行くのはコストの面で避けたい」


 少女のぬいぐるみの方を放って、エアリアルは猫のぬいぐるみをファンネーデルに突き出す。


「であれば……ずっと一緒にいられるように一つの体に作り替えてあげればいい」

「それって……!」

「赤と青の瞳。それぞれをひとつずつ用いて、強力な宝石加護の力を有した人工精霊にするんデスよ。そうすれば……アナタはこれから先ずっと、何十年、何百年と彼女と一緒にいられマス。……ね? 素晴らしい案でしょう?」

「……そうか、そういうことか」


 衝撃の提案を受けて、ファンネーデルは徐々にその意味を理解していった。

 どこまでも鬼畜な考えの主だ。

 けれど、魅力的な話であるのも否定できない。


 ファンネーデルは死してなお美しさを損なわない、老いたガーネットを見つめた。

 何十年とともに過ごしてきた過去を思い返す。

 そのどれもが、今も記憶の中で輝いていた。


 ファンネーデルは、それらすべてをなかったことにはしたくなかった。

 きっとこの提案を断れば、自分もろともこの世からすっかり消えてなくなるのだろう。


 エアリアルをにらむのを止め、ファンネーデルは静かにまぶたを閉じた。


「わかった。じゃあ……やってくれ。ボクはまだガーネットを忘れたくない。できたらずっと、あいつと居たい。約束したんだ。ずっと一緒にいるって……」

「ふふ。では、契約成立デスね」


 猫のぬいぐるみも背後に放って、エアリアルはファンネーデルに近づいていく。


「ああそうそう。改造後のアナタのことデスが……基本は人間の少女の姿になります。デスが、心はアナタ優位の性格、デス。厳密にはガーネットという人格を普段眠らせていることになるんデスが……アナタが望めばいつだって彼女と脳内で会話ができマスよ。嬉しいでしょう?」

「ふん、そうか……」


 特に大きな反応を見せなかったファンネーデルに見切りをつけると、エアリアルはガーネットの遺体に歩み寄っていった。

 閉じられていたまぶたをこじ開け、目玉をほじくり出す。赤い瞳のそれを半分白衣のポケットに入れると、もう半分をその場で解剖しはじめた。

 どこからか取り出したメスで切り開くと、血濡れのそれを持ち上げじっくりと検分する。


「……視力レベル最大化。ふむ、なるほど……生体組織に宝石の鉱物が多少含まれていたのデスね……これは興味深い。それが太陽光と脳からの刺激を受けることで周囲に電磁波を……ふむふむ」


 ぶつぶつと何事かをつぶやいていたが、やがて一通り見終わると、エアリアルは解剖した方の目玉を潰し、ファンネーデルに手を伸ばしてきた。


「さあ、次はアナタです。これでようやく……ワタシのものになりマスね」

「ボクは……誰のものでもない。お前の元でこれからどんなにこき使われようと、ボクはボクだ!」

「ふふ。そう言っていられるのも今のうちデスよ。さあ、アナタの目にかけられていた時間の干渉を阻害する魔法をいったん解きましょう。きちんと待ってあげていたのデスから、褒めてくださいネ?」

「……ふん」


 ファンネーデルは鼻を鳴らすと観念したようにエアリアルを見つめた。

 そして――。


 数時間後。

 そこには右目が青の、左目が赤の少女が存在していた。

 感情の乏しい表情をした彼女を、エアリアルは愛しそうに見下ろす。


「フフ、さあ今からアナタは猫(cat)の精霊としてワタシの下で働いてもらいマス。コードネームは『C』、人前では『ター(ta)』と名乗ってください。そしてワタシのことはマスターと呼ぶのデス。わかりましたカ?」

「はい……マスター」


 エアリアルは満足そうに微笑むと、Cを連れて廃工場を後にした。

 その数百年後まで、彼女はエアリアルと行動を共にすることになる。


 そして「人工精霊ター」が、主であるエアリアルの下を離れていくことになるのは、また別のお話……。




お疲れ様でした。

このお話がトゥルーエンドとなります。

この出来事を通して、前作の「上屋敷梁子のふしぎな建物探訪」につながっていきます。


今日を持ちまして「魔法猫ファンネーデルと宝石加護の娘」は完結です。

ご愛読いただきまして、ありがとうございました。


次作はSFです。題名は「明晰夢の天使」です。

興味がおありになりましたらぜひ一度ご覧になってみてくださいませ。

では改めてありがとうございました!


津月あおい

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