エピローグ
その後、サンダロスの街の教会では、毎日のように礼拝堂の壁に絵を描くジャスパーの姿が見られた。
彼の絵はとても写実的で、ガーネットとファンネーデルの瞳の美しさを如実に表していた。
アレキサンダー司教も描くように、と青年はダニエル神父から頼まれていたが、司教自身からは「それほど大きく描かないでほしい」との注文があり、最終的にはガーネットとファンネーデルの立ち絵の背後に緑目の人物がひっそりと佇む、という構図になっていた。
できあがりつつある絵を見上げて、ジャスパーは満足そうにつぶやく。
「ああっ、なんて最高なんだ! こんな場所に描けるなんて……。ああ、あの二人に会えなかったら僕は、今頃……。ああ神よ、この素晴らしいお恵みに感謝します!」
一方、魔女の行方は一向にわからないままだった。
指名手配書は街中に貼られていたが、奇跡が起こった以降はまったく目撃情報は出ず、やがて誰もがその存在を忘れていった。
風に舞い、地に落ちた指名手配書を拾ったケイレブ警備体調は、苦い顔を浮かべる。
「魔女め……! 次はいったいどの街を餌食にするつもりだ……」
教会の壁画が着々と完成していってる間、アレキサンダー司教は、ガーネットとファンネーデルを連れて王都の教会へと戻っていた。
三人はそこで正式にサンダロスの街で起こした奇跡を認められ、ガーネットに至ってはユリオン村での奇跡も記録として遺された。
そして晴れて、ガーネットとファンネーデルの二人は、教会保護下の宝石加護持ちとなったのである。
「あなたがたには、これからとある村に向かっていただきます」
「はい」
「どこへ行くんだ?」
ある朝、アレキサンダー司教は上から賜った指令を二人に告げた。
「森の都トーレス、という街が大規模な森林火災に遭いました。かの地の緑を復活させていただきたい。これは、ガーネットさん、あなたにしかできないことです」
「……ええ、そうですね。わかりました」
力強くうなづいたガーネットに、司教は目を細める。
「それと、ファンネーデル君。君も彼女と共にそこへ向かってください。まあ……わざわざ頼まなくてもそのつもり、でしょうけどね」
「当たり前だ! ボクは常にガーネットと一緒にいる。それ以外の行動なんて、誰に頼まれたってするもんか」
「じゃあ、安心ですね。ではあなたたちだけで大丈夫ということで。特に護衛はつけませんから、そのつもりで」
「はい。ファンネーデルはとても強いので、ご心配はいりません。では、さっそく行ってまいります!」
「頼みましたよ。あなたたちに神の御加護があらんことを……」
「ありがとうございます。今日も、神の御恵みに感謝いたします」
アレキサンダー司教とガーネットは、お互いに祈りのポーズをすると、別れの儀式を済ます。
ガーネットは修道服のスカートをひるがえすと、元気よく歩き出した。
「さあ、行くわよ、ファンネーデル!」
「おう! 行くか、ガーネット」
その胸元には小さな茶色い革袋がぶら下げられている。
中にはファンネーデルの本体である、青い瞳の目玉が二つ入っていた。
大きなカバンを抱えて、ガーネットは教会前に停められたトーレス行きの幌馬車に乗る。続いて、黒猫姿のファンネーデルもそこへ乗り込んだ。
「ああ、これに乗るとあの日を思い出すわ……」
御者のかけ声と共に馬の蹄の音が規則的に聞こえはじめると、ガーネットは頭上に張られた白い幌を見上げながら言った。
「たしか、あなたこの上から落ちてきたのよね?」
「ああ……。ガーネット……あの時は悪かった」
申し訳なさそうな顔でファンネーデルが謝ると、ガーネットはにっこり笑う。
「ふふ……いいのよ。わたし、あれで目が覚めたんだからね。あの時、とても嫌な夢を見ていたのよ。だから……最初にわたしを助けてくれたのは、あの時なの。ファンネーデル」
「えっ、そうだったのか?」
「うん。だからありがとう。本当に……あなたに会えてよかったわ。これからもよろしくね、ファンネーデル」
「ああ。……って!」
膝の上に乗ってきたファンネーデルに、ガーネットはそっと額に口づけを落とす。
それにびっくりして飛び上がったファンネーデルは、何故かすぐに人間の姿になった。
「まったく……よくわからないことするよな。人間って。こんなことするのが感謝のしるしなのか? だったら……」
「えっ?」
言うが早いか、ファンネーデルもガーネットの頬にキスをし返す。
そんな行動をとられるとは思っていなかったガーネットは一気に赤面した。
「なっ、ふぁ、ファンネーデル!」
「ん? なんで怒ってるんだガーネット。あと顔も赤くなってて……熱か? 大丈夫か?」
両手を振りあげて抗議するガーネットを、ファンネーデルは不思議そうに見つめる。
「もっ、もう黙っててファンネーデル! 早く、猫の姿に戻って! 早く!」
「え? ああ……ってかなんだよ。なんで怒ってるんだ」
「いいから!」
「はあ……?」
首をかしげるファンネーデルに、ぎゃーぎゃー騒ぐガーネット。二人を載せて馬車は行く。
その後――。
各地の危機を次々と救っていった彼らを、人々はこう呼んだ。
サンダロスの教会の壁画の題名にちなんで……『魔法猫ファンネーデルと宝石加護の娘』と。
ハッピーエンドで終わりたい方はここで終わりです。
ですが、トゥルーエンドを見たい方は、次話をご覧ください。




