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第49話 「奇病の終息」

「ふう、これ以上はもう、視力は集まらなさそうデスね……」


 丘の上からサンダロスの街並みを見下ろしていたエアリアルは、残念そうにつぶやいた。

 右の手の平の上には半透明の目玉がひとつ浮いている。

 水晶のようなその物体は、中心に965という数字が表示されており、今も964、963と徐々に数を減らしていっている。その推移は留まることがない。


「ようやく1000人分に到達しそうでしタのに……はあ、このままではマイナス50くらいまではいきそうデスね。これが彼を甦らせた代償、というわけデスか……」


 ため息をひとつついて、エアリアルは街を眺める。

 彼方には金色の太陽のモチーフが乗った屋根が見えた。

 その下で行われていることを、エアリアルは別人の視界を通して覗き見ている。


 とある町人の視界――。

 礼拝堂の真ん中の通路を、何人もの目腐れ病を患った人々が並んでいる。

 視界はぼんやりとしており、列の先には赤い目をした少女と、緑の目をした壮年の男性、そして青い目をした少年らしき人物が立っていた。


 視界の主は順に長椅子に座るように促され、静かにその時を待つ。

 両手を天に向け、神へと祈りを捧げる。


 やがて、きらきらと美しい三色の光が三人の目から放たれ、礼拝堂にいるすべての人々をとりまいていった。

 光が増すにつれて、彼の視界は徐々に明瞭になっていく。

 だがそれと並行して急に、ブラックアウト――エアリアルの視界の接続が途切れてしまう。


「ふむ、この人間も浄化されてしまいましたカ……」


 エアリアルは落胆しながら、自分だけの視界に戻す。

 手元の目玉を見ると、また数が変化していた。959。救われた者たちの分だけ、数が減っていっている。


「やれやれ。この街にこれ以上いても、得る物はなさそうデスね……足りない分は別の街で補いましょうカ」


 そう言うと、エアリアルはその半透明の目玉を消し、踵を返した。


「また、いずれお会いしましょう。ファンネーデル、そしてガーネット……」


 町娘風の恰好をした金髪の女は、丘の斜面を登りはじめる。その先にはサンダロスと外界とを隔てている関所があった。

 近くまでやってくると、女は徐々にその姿を透明にしていく。

 周りには他の旅人たちもいたが、誰もその異変に気付く者はいなかった。


 そして、エアリアルという女は完全にこの街から姿を消した――。



 ◇ ◇ ◇



「さてと……あとは、重病患者だけですかね。これからその方々の家を、一軒一軒回りましょう」

「……はい」


 ダニエル神父にそう言われて、ガーネットは疲れた顔で返事をした。

 礼拝堂内にいた患者たちは全員治療が終わったのでもういない。


「お疲れのようですが、大丈夫ですか?」


 アレキサンダー司教が心配そうに声をかけてきた。

 ガーネットは無理に笑みをつくってみせる。


「ええ、はい。わたしの力が街の皆さんを助けられたのかと思うと、疲れなんてどうってことありません」

「そうですか……? まあ、ご無理なさらないでくださいね」

「はい、ありがとうございます」

「そういえば、ガーネット嬢。あなたも気づかれていたと思いますが……先ほど何人か目腐れ病ではない方々が見えられていましたよね? あとでシスターたちと話していた方々です」

「あ、はい……」


 ガーネットは目の見えている者たちも来ていたのが少し気になっていた。

 彼らは奇跡が終わった後にグレースたちに何かを告げると急いで帰っていた。


「あの方たちは……?」

「おそらく目腐れ病の末期の患者がいるご家族……です。重病者は、ここまで来れないほど体力が消耗していますからね、その者の代わりに来たのでしょう」

「重病者……」


 ガーネットは眉根を寄せた。側にいたファンネーデルと神父も、同じような面持ちでそれを聞いている。

 書類の束を持って修道女たちが司教の近くにやってきた。


「アレキサンダー司教……」

「ああ、ありがとうございます」


 書類を手に取って、司教は言う。


「この段階までくれば、あとはこの方々のみとなります。時間が、ありません。あと何人助けられるかといった話になってきます。ですから、ここからは二手に別れましょう。私はシスターたちと。ガーネットさんたちはダニエル神父と移動するようにしてください。これは、その方々のリストです」


 皆がうなづくと、アレキサンダー司教は書類の一部を神父に手渡した。

 そして、街の地理に詳しいグレースとエミリーを伴うと、教会をすぐに出て行く。

 ガーネットとファンネーデルも、ダニエル神父と街へ飛び出した。


「リストには三人分の住所が書かれていますね……。報告による病状だと、もしかしたら間に合わないかもしれませんが……」


 書類を見ながら難しそうな顔をするダニエル神父。

 ガーネットはそれを聞いて胸が痛んだが、すぐに励ますように声をかけた。


「でも、できるだけ全力を尽くしましょう! 一人でも救わないと……」

「そうですね。急ぎましょう!」


 そう言って足を速めたダニエル神父を、ガーネットは必死で追いかける。

 共に走っていたファンネーデルは、心配そうにガーネットに声をかけた。 


「……おい、大丈夫か?」

「えっ?」


 走りながら、ガーネットは横にいる黒猫を見やる。

 ガーネットはファンネーデルを安心させるように言った。


「うん、そうね。あと少しだから……頑張るわ」

「そうか。あと、少しか。ならさっさと終わらせよう」

「……ええ!」


 気力を振り絞り、ガーネットは患者たちの元へと走る。


 …………。


 結果から言うと――三人の内、二人は救えたが、一人はもう手遅れで息を引き取った後だった。

 悲観しながら教会へと戻る途中、一行は広場の中央にさしかかる。ふと、ファンネーデルはベンチに座っているひとりの青年を見つけた。


「あれは……」

「ファンネーデル? どうかしたの?」


 急にハッとして、その青年の側に近寄っていくファンネーデル。

 ガーネットは不思議に思いながらそれを追いかけた。近づくにつれ、ガーネットも徐々に記憶の糸を手繰り寄せていく。そして、やがてはっきりとその青年のことを思い出した。


「あ、あなたは……お屋敷に来た、画家さん!?」


 それは自らを「しがない画家」と評した青年、ジャスパーだった。

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