第47話 「ケイト」
「では、そろそろ終わりにいたします。王都から、王直々の命令書をお預かりしておりますので、お渡ししておきますね。サンダロス伯」
アレキサンダー司教はそう言って、伯爵に一通の巻紙を渡す。
「ふむ……」
「それに則って、今後は行動なさってください。すべての処理が終わったら、報告書をまた教会と王に送付することも、お願いいたします。我々の仕事は……これで以上です」
立ち上がった司教を、伯爵は呼び止める。
「司教。つかぬことをお伺いしますが……その娘はこれからどうするのです?」
「もう誰の所有物にもなりません。教会の管理下に置かれることになりましたからね。もちろん、ユリオン男爵の元にも……戻りません。これはもう、あなたが心配することではありません」
「そうですか……」
「父上、残念だな」
ひひっと笑いながら、マークがそう茶々を入れてくる。
伯爵は一睨みした。
「おっと、そう怒るなよ。ルークのことだよ、ルークの。残念だなあって」
「…………」
「そんなに睨むなよ……」
「あ、あの……!」
その時、ガーネットがまた突然口を挟んだ。
「なんですか、ガーネットさん?」
アレキサンダー司教は優しい声音で問う。
「あの……ケイトに、ケイトに会わせていただけないでしょうか! 彼女を、救ってあげたいんです。わたしの……せいですから……」
ファンネーデルを含め、誰もが黙って少女を見つめていた。
そんな中、ダニエル神父がためらいがちに声をかける。
「ガーネット嬢、それは……」
「神父様。ケイトは……サンダロス伯爵様の『家族』ではないでしょう? ただのメイド。ただの使用人です。だったら……わたしが治してもいいんじゃないでしょうか」
「そう言われてしまえば……たしかに。罰の範囲にはなりえないでしょうね」
司教がそう答えると、ガーネットはぱあっと顔を輝かせた。
「あ、あのっ、伯爵様! ケイトに……会わせてください! お願いします!」
「ふむ……そう来るとは思わなかったな。だが……わかった。ウインザー、案内してやれ」
意外、という顔をした伯爵だったが、すぐに老執事へと命令を下す。
ガーネットたちはウインザーに案内され、ケイトの部屋へと向かった。
◇ ◇ ◇
「入りますよ、ケイト」
ウインザーが声をかけながら戸を開けると、ベッドの上にはひとりの女性が眠っていた。
ガーネットはさっそく走り寄って、その顔を覗き込む。
「ケイト! ああ……」
足元にファンネーデルを降ろすと、ガーネットは青白い顔をしたケイトに寄り添う。
肩口に大きな傷を負ったケイトは、左肩を包帯でぐるぐる巻きにされていた。包帯には血がわずかににじみ、取り換えやすいように上半身は薄い衣類だけとなっている。
「あ、あの……みなさん。すいません、わたしとケイト、それにファンネーデルだけにしてくださいませんか……? 男性の方は、ちょっと……」
ためらいがちにガーネットが頼むと、該当者たちは気を利かせて出ていくことにした。
「……では、外で待っていますね、ガーネット嬢」
「はい……すみません、神父様」
皆が出ていくと、ガーネットは改めてケイトに向き合う。
ケイトは、今にも死んでしまいそうなほど青白い顔をしていた。
「ああ……待ってて。今、楽にしてあげるから……」
そうしてその包帯の上に手を重ねる。
午前中やったように天を仰ぐと、ガーネットは祈りをささげはじめた。
「神様、わたしにこのケイトの傷を癒す力を、お与えください……」
すると、みるみるうちにガーネットの目が赤く輝き出し、ケイトに異変が起こっていく。
顔色がどんどん良くなり、荒い息を吐いていたのが、やっと穏やかな呼吸に変わった。
「ケイト……」
ガーネットはそっと肩の包帯をどけてみる。すると、そこにはもう傷口はきれいさっぱりなくなっていて、なめらかな肌が顔を出していた。
「ああ……良かった! ケイト……ケイト! 本当にごめんなさい……」
ホッとして、ガーネットは寝ているケイトに身を寄せる。
普通ならこれほど早く治ることはないのだが、今はファンネーデルとの相乗効果で、力が増幅しているらしい。
自分自身、その力の強さに驚いていると、ケイトがゆっくりと目を開けていった。
「こ、ここは……わたしはいったい……」
「ケイト!」
気が付いたらしいケイトは、枕元にガーネットがいるのを見て目を見開く。
「が、ガーネット様? どうして……連れ去られたはずでは」
「逃げ出してこれたのよ。このファンネーデルが助けてくれたの!」
「ふぁん、ねーでる?」
猫を指さしたガーネットだったが、ケイトは首をかしげている。ファンネーデルはわかりやすいように、また人間の姿になってみせた。
「さっ、これでどうだ?」
「なっ……! 少年に……なった?」
驚愕するケイトに、ファンネーデルは苦笑しながら自己紹介する。
「ボクは、魔法猫ファンネーデル。魔女にこんな姿にさせられちゃったけど、もとは黒猫だよ。あんたとは何回か会ったことあると思うけど」
「黒猫? まさか、あのときの……?! そんな……不思議なこともあるものですね。私は、ケイトにはガーネット様を守り抜くことができませんでした。それを……この少年が……。ありがとう、ございます」
「ふん、別に……あんたのためじゃないけどな」
若干悔しそうに言うケイトに、ファンネーデルはそっぽを向きながら軽い悪態をつく。
ガーネットはそれを横目で見やると、ケイトの手をとった。
「わたしのせいで……傷付いてしまったわね。ごめんなさい、ケイト」
「何を。ガーネット様が謝ることなどありません。私は……ケイトはなすべきことをしたまでです。それに怪我と言っても……おや?」
起き上がりながら肩を動かしてみたケイトだったが、痛みがまるでないのに不思議がった。
「どうして……」
「わたしが今、治したのよ」
「ガーネット様がですか? まさか、宝石加護の御力で……?」
「ええ。もう、大丈夫だと思うけど……どう?」
「はい、もう全然痛くありません。すごいですね……。ガーネット様、ありがとうございます」
「……良かったわ」
ガーネットは笑いながら、ケイトに気付かれないように目じりの涙をぬぐった。
「あの……ガーネット様」
「なあに、ケイト」
ケイトはキョロキョロとあたりを見回している。
「記憶通りならば、ここは私の部屋……ですよね。ガーネット様の護衛係になる前の……ということはここは旦那様のお屋敷ということです。どうして……ですか? また捕まったのですか?」
心配そうなケイトに、ガーネットは穏やかな口調で告げた。
「いいえ。わたしは……自分の意思でまた来たのよ。それに、もうわたしは誰のものにもならない。これからは……教会で保護してもらうことになったの。だから安心して」
「そ、そうですか。それは、本当に良かった……」
「あなたが色々と手配してくれていたのよね? わたしを……ここから出そうと……」
「あ……はい。私は自由に動けないので、同じくラーレス教を信じる後輩のメイドに、教会に密告してもらっていました。ですが……そうですか。保護してもらえるなら、もう……ひと安心ですね」
「ありがとう、ケイト」
ガーネットはホッとした様子のケイトの手を取って、もう一度強く握りしめた。
「いいえ。私は、先ほども言いましたがやるべきことをしただけです。マーク様に知られてしまったので……いずれはここをクビになることでしょうが……後悔はありません」
「ケイト……」
それを聞いてしまって申し訳なさそうな顔をしたガーネットだったが、突如背後のドアが開いて振り向いた
「おい、ケイト! 治ったか?!」
遠慮なく声をかけてきたのは、当のマーク、その人だった。




