第45話 「魔女の行方」
「本当に、本当にそうですね。魔女がこのような災厄を引き起こさなければ、あなたも攫われてくることはなかったのですから。今、魔女はどこにいるのでしょうね……」
そう言って、ダニエル神父は魔女に思いを馳せる。
「わかりません。最後に会ったのは、このファンネーデル……だけですから」
ガーネットはひざの上のファンネーデルの背を優しく撫でる。
ファンネーデルは視線を少しだけ彷徨わせ、その後、顔をまたテーブルの上に出した。
「ガーネット。ボクだって……あいつが今どこにいるのかなんて知らないよ。ボクの体をこんなふうにした後、さっさといなくなっちゃったんだからね。どこへ行くとも言ってなかった。だからまだこのサンダロスの街にいるんじゃないかな? それとも……もう逃げ出したか」
「そう、ですね……。その可能性もあるでしょう。それにしても、彼女はいったいどうしてこんなことをしでかしたんでしょうね。彼女は何か言っていましたか? ファンネーデル君」
「そうだなあ……」
ダニエル神父に訊ねられて、ファンネーデルは考え込む。
「そうだ! あいつは街の人々の『視力』を集めているって……言ってた」
「視力、ですか?」
アレキサンダー司教は首をひねる。
「ああ、何のためかまでは聞かなかったが、ある目的のために人々の視力を集めていると言っていた。そして、ボクやガーネットの宝石加護の目も……欲していた。ボクはガーネットを救いたいがために、人工精霊としてよみがえらせてもらったんだ。そして、その代わりに……」
「『契約』をしたのよね?」
「ああ……」
深刻そうな顔で話すガーネットたちに、修道女のグレースが問いただす。
「契約、とはどういうことですか? そこの黒猫さんは、魔女と何か取引をしたのですか」
「ああ、まあな。あいつは……ボクとガーネットの目を欲しがってた。でも、ボクの目は、邪悪なものを寄せ付けない力を持っていて……あいつは決してボクに触れることはできなかったんだ。だから……ボクと契約したがってた。ボクの体を好きにいじくれるようにする契約をね……。ボクはガーネットが救えるならなんでもよかった。それで……あいつと契約したんだ」
「それじゃ……また君たちを狙ってくるかもしれませんね、その魔女は」
心配する声をあげたダニエル神父だが、ファンネーデルはそれを否定した。
「いや、ガーネットが寿命を迎えて死ぬまでは……いっさい手出しをさせないって条件にしてる。だから、すぐにどうってことにはならない」
「そうですか。そのようなことに……。それでもどのみち遠い未来、魔女の手に宝石加護の目が二種類渡ることになりますね……」
そう言って口をはさんできたのはアレキサンダー司教だった。司教は難しい顔をしたままつぶやく。
「それは人類の危機につながる可能性があります」
「そんなことは……ボクには関係ない。それに、仕方なかったんだ。ボクにはガーネットだけだったから。ガーネットが死んだあとの世界なんて……気にする余裕なんてなかった。あとは魔女の好きにされるとわかっていても、ボクは……」
「ああ、ファンネーデル! そんなの……良かったのに。わたしは、わたし一人が我慢すれば良かったのよ。なのに、あんなひどい魔女に……なんてことを約束させてしまったの……!」
ガーネットはひどく嘆いてファンネーデルをぎゅっと抱きしめた。
「わたしのためだったのはわかるけど……でも、悔しいわ。あんな魔女の思い通りになったようで……」
「ごめん。ごめんな、ガーネッ……」
「ううん……あなたは、悪くない。悪いのはあなたの気持ちにつけこんだあの魔女よ……」
抱きしめながら、ガーネットはファンネーデルを優しく励ます。
修道女のグレースはこつこつと銀の匙で鶏肉をほぐしていたが、やがてその手を止めた。
「おそらく、その魔女は……また各地で好き勝手するでしょうね。あなたたちの目を入手するまではずっと、いたるところで災厄を振りまき続けるでしょう」
「そ、そんなの困ります……!」
メアリーがテーブルの上に両手を叩きつけながら言う。
グレースは鋭い目を向けた。
「メアリー」
「あっ、すいませんグレースさん。でも、ほんとひどいです、そんな……まるで人間たちをおもちゃみたいに……。もう、どうにかできないんでしょうか」
「今のところ、後手後手ですからね。今回の目腐れ病も、まさか呪いであるとは誰も思いもしませんでしたし……魔女の仕業だとわかったころには、もう手遅れでした。もしこれが他の街でも起きたら……」
「あ、あのっ!」
そこで、ガーネットがひときわ大きな声をあげる。
ダニエル神父は一瞬呆気にとられた。
「ま? なんでしょう。ガーネット嬢……」
「わたし、どこの街へも行きます」
「えっ?」
「もし、また謎の奇病が蔓延したりしたら、わたしとファンネーデルがその街に赴きます。さっき、司教様はわたしとファンネーデルだけでも奇跡を起こせるとおっしゃってました。ですから……もしできるなら、わたしたちが、この責任をとっていきたいんです」
「アレキサンダー司教……」
「ええ」
強い決意を秘めた赤い瞳と対峙した神父は、司教に向かってそう確認をとった。
「彼女たちはこのようにおっしゃってますが、どうしますか」
「そうですね……。教会に在籍する宝石加護持ちは、私を含め何人もいますが……彼らと同じように、各地の教会に派遣するという形をとれば……あるいは。対魔女課という位置づけの宝石加護持ちがいてもいいのではないでしょうかね」
「はあ……これ、教会本部にかけあわなきゃいけない案件ですね……」
苦笑いをしながら、ダニエル神父がぼやく。
「司教様も一緒に上に直談判してくださいよ? ただでさえ、イレギュラーな案件が増えたんですから」
「ええ、構いませんよ。すべては神の御心のままに。神の御恵みをあたえられんことを……」
お祈りのポーズをしながら、アレキサンダー司教はガーネットとファンネーデルにウインクをして見せた。




