第43話 「教会の食堂にて」
食堂に着くと、ガーネットたちにはお茶がふるまわれた。
琥珀色の飲み物は、口にすると疲れた体に沁みわたっていく。
ホッと一同が一息ついたところで、ダニエル神父が切り出した。
「ではガーネット嬢。今までのことを、順を追って話してはいただけませんか? ユリオン村で攫われてから……今までどうされていたのか」
「わたしを攫ったのは……レイリー商団という、人攫いたちでした。そして、彼らを雇ったのは他でもない、サンダロス伯爵……でした」
ガーネットは顔をしかめる。
あまり良いとは言えない記憶を思い出すたび、口ごもってしまいそうになる。だが、それを話さねば先に進めない。自分のためにも、ファンネーデルのためにも、ガーネットは意を決して語りだした。
「この街の奇病を早く解決するためには、ああいった手段をとらざるを得なかったようです。正規の手続きをしていたら間に合わないと……そうおっしゃっていました。それで、あのようなことに……」
「そうでしたか。では今までは伯爵様の邸宅におられたのですか?」
「はい。囚われていた、といっても……屋敷内ではわりとわたしは丁寧な扱いを受けていました。最初はいるだけでいいと言われていたのですが、まるで街の様子に変化が見られないと、目の奇病を患った者をわたしに会わせるようになりました。彼らに直接触れて治そうとわたしも試みてみたのですが……腐敗を止めることまではできても、元のように目が見えるようにすることはできませんでした……」
力が及ばなかったことを悔いるように、ガーネットは話す。
向かいに座っていたダニエル神父は、斜向かいに座っているアレキサンダー司教に対して意見を求めた。
「どう見ますか、アレキサンダー司教」
「そうですね……ガーネットさんの宝石加護の力では、体力の回復、腐敗の防止、病やけがの治癒まではできても、魔女による『呪い』までは浄化できなかったと思われますね」
「魔女の呪い、ですか……」
「ええ。ダニエル神父、この街を襲っている『目腐れ病』……それを引き起こしたのは魔女であると判明したのですよね。であれば、これはただの病ではありません。呪いに他ならないのです。それを治すには、邪悪なるものを浄化する宝石加護の力が必要……そう、私や、そこにいる黒猫さんのような、ね」
ガーネットのひざの上には、黒猫姿のファンネーデルがちょこんと鎮座し、青い瞳で男たちをじっと見つめていた。
「そんなに睨まなくても、取って食ったりはしませんよ。ファンネーデル君。ガーネットさんが大切なのはわかりますが……我々にとっても彼女はとても大事な方なんです。ですので安心してください」
司教が見かねてそう言うと、ファンネーデルはあわててそっぽを向く。
「べ、別にボクは……そ、そんな風に思ってたりなんか」
「ありがとう、ファンネーデル。心配してくれて……でも大丈夫。わたしやみんなを信じて」
「ガーネット……」
そうたしなめられると、ファンネーデルは軽くため息をついてひざの上で丸くなった。
「へ、変なこと言われたり、されそうになったら……いつでもボクがいるからな。忘れるなよ!」
「うん、ありがと」
にこっと微笑むと、ガーネットはまた司教たちに向き直る。
だが、なぜか司教たちはガーネット以上に優しい微笑みをこちらに向けていた。
「な、なんですか? 何かおかしかったですか?」
「いえ……とても仲がよろしいのだな、と思いましてね」
「ええ。とても、とても良い事です」
ふふふ、と意味深に笑いあう司教と神父。
ガーネットは首をかしげつつも、話を元に戻した。
「それで……司教様やファンネーデルなら、魔女の呪いである目腐れ病を完全に治せる、ってこと……なんですね?」
「はい。ガーネットさんは物質的なものを癒したり活性化させる能力、私やファンネーデル君は精神的なものや見えない邪なものを正しいものに矯正する能力なんです。ですので、呪いの浄化は……あなたとファンネーデル君の二人だけでも、できたことかもしれませんね」
「わたしと……ファンネーデルだけで……?」
ガーネットはふと、ここへ来る直前のことを思い出した。
「そう。たしかに一人だけ……盲目のおじいさんを、わたしとファンネーデルだけで治してあげられたわ。でも……さっきみたいに大勢の人を治すことはできなかった……あの、わたし、この街の人々を救いたいんです! だから……しばらくここにいさせてください!」
「ガーネットさん……」
ダニエル神父はお茶の入ったカップを持ちながら、ガーネットを見つめた。
「わたしはもう、誰のものにもなりたくないんです。わたしがいると、わたしを取り合って争いが生まれる。そして、周りの人を……傷つけてしまう……。お願いします。わたしをここで保護してください! そして、もっと多くの人を救うために、この力を使わせてください! さきほど、アレキサンダー司教と起こせたみたいに……みんながこの奇跡を等しく享受できれば……きっと争いはなくなるはずなんです!」
ダニエル神父はカップの中を覗きこんだ。
まわりの液体に流され、茶葉が翻弄されている。
「それは、もとのユリオン村……ユリオン男爵の元へも戻らない、ということですか?」
「はい……」
「……わかりました。あなたを……いえ、あなたがたをこの教会で保護しましょう。もとより、ユリオン村の教会でずっと保護されてきたあなただ。今後は誰の元へも行かせないよう、厳格に保護させていただきます」
「ありがとう、ございます。では……よろしくお願いいたします!」
「これからは、あなたに真の安らぎがあらんことを……」
「ええ。神よ……さらなる御加護を与えたまえ……」
神父と司教はそう言って、天に向かって祈りはじめた。




