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第41話 「奇跡の宣言」

「あ、安心しろって……本当に、大丈夫なのか?」


 ファンネーデルが不安そうにつぶやくと、背の高い神父の方が答える。


「ええ。彼はラーレス教の司教様ですからね」

「しきょう?」

「そうです。王都からいらした、とっても偉いお方なんですよ。いざという時には、あの方がみなを説得してくださるでしょう。彼らもいい加減『事の重大さ』を認識すべきなのです……」

「……?」


 ファンネーデルが神父の言葉に首をかしげていると、教会前には続々と警備兵たちが追いついてきた。教会の者がファンネーデルたちをかばっているのを見て、みな苦虫をかみつぶしたような顔をしている。


 警備隊長のケイレブが代表して前にやってきた。


「ダニエル神父。申し訳ないが、速やかにそちらの少女をこちらに引き渡していただけませんか」

「引き渡す……? この少女が誰か、わかっていてそのようなことを言っているのですか? ケイレブ警備隊長」


 ダニエル神父は鋭い視線を向ける。


「……伯爵様のご命令なのです。ご理解ください」

「見過ごせませんね。この少女は……宝石加護の娘。ユリオン村から誘拐されて行方不明になっているはずの娘……ガーネット嬢なんですよ。それを、あのサンダロス伯が捕えよと命じているのですか? それが事実であれば……相当由々しき事態ですよ」


 ケイレブは、勢いよく首を振る。


「いえ。私たちは……その少女が何者であろうと! 伯爵様の命令を聞かねばならないのです、ダニエル神父! もう、時間がないのです! この街を救うため……私たちは伯爵様の考えに賛同した。あなたも、この街が甚大な危機に直面していることをご存じのはずです! だったら……」

「わかっています。けれど……それを望むならまずは『教会に』相談するべきでした。順序が逆だ」

「……時間が、時間がないのです。その娘に……すべてがかかっているのですよ! もう、そんな悠長なことは言っていられないのです。ダニエル神父! サンダロスの街が……滅んでしまったら我々は終わりだ!」


 平行線がずっと続くのではと誰もがそう思い始めた頃、ふうと長いため息が横から割り込んできた。

 ダニエル神父はそのため息をついた人物に頭を下げる。


「申し訳ありません、アレキサンダー司教。このように、せっぱつまった状態でして……」

「みなまで言わずとも、先ほどの状況で全て理解できていますよ。ダニエル神父。ここは私が……」

「すみません」


 壮年の、きらびやかな法礼服をまとったその神父を見て、ケイレブ警備隊長は息を飲んだ。


「アレキサンダー……司教、だと? ど、どうしてそんなお方が……」

「私がお呼びしたのです。私ごとき一介の神父が、この街の領主様に物申すことなどできませんからね。この街の疫病もいよいよ収拾がつかなくなってきていましたし。司教というお立場でもあり、『宝石加護持ち』でもいらっしゃるアレキサンダー司教に、ぜひご助力いただこうと思ったのです」

「ほ、宝石加護持ち……だと?」


 ファンネーデルはダニエル神父の言葉に思わず驚きの声をあげていた。

 それはガーネットや、警備隊の面々もそうだったようで。


「教会の中にも……そうした人間がいるとは噂で聞いたことがあったが、まさかこのお方が……!?」

「ええ。お初にお目にかかります。私はアレキサンダー。普段は王都の教会本部におります一司教です。皆様、私が来たからにはもう安心ですよ」


 その瞳は、良く見ると宝石のように緑色にきらめいていた。

 にっこりとほほ笑むと、アレキサンダー司教は周囲をゆっくり見回す。

 警備兵以外の町人も、教会前の大通りにはいつしか大勢詰めかけていた。その人々の顔を丁寧に見渡しながら、司教はよく通る声で言う。


「私の宝石加護はアレキサンドライトの力、『再生と浄化』の力です! 二人以上の宝石加護持ちがいれば、その効果は倍増され、さらなる奇跡が起こります。どうやらこの街で流行っていた病はただの病ではなく……魔女が人為的に引き起こした『呪い』であったとのこと。であれば……解決はたやすい。ここにすでに一人、宝石加護持ちの少女がおります! 私とこの少女の二人が揃えば、必ずやこの街の民を救えることでしょう!」


 その言葉に各方面から、わあっと歓声があがる。

 そして、そんな歓声の中、よろよろと目の不自由な青年がよろめき出でて、どさりと司教の前にひざまづく。


「し、司教様! どうか、その奇跡のお力を私に!」


 涙を流しながら懇願する青年の頭に、司教は片手をかざす。


「もうすぐ、あなたにも神の恵みが与えられますよ。それまでは祈りを……」

「はい。ああ、神よ……!」


 青年は目を閉じたまま、両手を開き、手のひらを上に向けて待った。

 そしてブツブツと祈りの言葉を唱え出すと、我も我もと同じように目が見えなくなった者たちが集まりだす。

 アレキサンダー司教はガーネットに向き直り、片手を差し伸べた。


「ガーネットさん、初めまして。それでは私のこの手をとっていただけますか?」

「えっ?」

「私とあなた、二人の力でこの街の人々を救うのです。あなたはその名の通り、ガーネットの宝石加護をお持ちのようですね? であれば、私の力をさらに何倍にも増幅してくれるはずです。それならば……」

「あの……」

「なんですか?」

「彼も……宝石加護持ちなんです」

「……彼?」

「ええ」


 ガーネットは共にここへやってきた少年を見やる。

 つられて、司教をはじめ、周囲にいるすべての人々がそちらに視線を向ける。ファンネーデルは多くの人に見られてパチパチと目を瞬きした。


「彼の名はファンネーデル。わたしが……かつての英雄からとって名付けました。もともとただの猫だったんですけど……昨夜暴漢に襲われて命を落としてしまったんです。そして、魔女に……あんな姿にされてしまいました」

「あんな姿……ですと?」


 司教はじっと注意深くファンネーデルを見つめた。そして急にハッと目を見開く。


「なるほど。見えました。魔女……によってあのように作り変えられたのですね。今の彼は……目玉しかない姿……ですか。それでも宝石加護の力だけちゃんと残っているのですね?」

「はい。彼も一緒なら、三人であればもっと救えるはず……です」

「ええ。そうですね。彼は……アクアマリン、ですか。眼病を直し、浄化の力もある……これは奇跡が起こらないはずがありませんね。では、彼もこちらに……」


 そうして司教はファンネーデルを招き寄せると、もう片方の手を差し出した。


「どうぞ」

「あ、ああ……」


 ファンネーデルはおずおずとその手をとる。


「では、ガーネットさん、ファンネーデルさん。皆で輪になってください。そして、力を開放するイメージをしてください。この街のすべての病に苦しむ人々を、救いたいと……強く神に願うのです」

「……わかりました。ファンネーデル!」

「ああ。ガーネット、やってみよう」

「うん」


 そうしてガーネットとファンネーデルも大きくうなづくと司教を見た。


「では、目を大きく開けて天を仰いでください。祈りを……空の太陽に!」

「はい」

「……おう」


 三人はそうして心の中で強く願った。

 すると、しばらくして三人の瞳がきらきらと輝きだす。

 太陽からの光を乱反射して、あたりに赤と青と緑の光が乱れ飛んだ。


「おお……なんと……! なんと神々しい光だ!」

「神よ! 我らを救いたまえ!」

「神よ!! 神よ!!」


 人々は口々に祈りの文句を唱え始める。

 警備兵たちは完全に場の雰囲気に飲まれ、浮世離れした光景をただただ口を開けて魅入っていた。


「なんという、美しさ……こ、これが神の力、宝石加護の力か!」

「ああ、あの光を見ろ!」

「なんと、素晴らしい……」


 色とりどりの光があたりに満ちると、司教がまたよく響き渡る声で宣言した。


「神の御恵みよ! この場に満ちよ! 神の光を見た者、浴びた者、等しくこの恵みを享受せよ! 今ここに、宝石加護の奇跡は顕現す! 神に感謝を! 神の恵みに感謝を!」


 光の煌めきは徐々に強くなり、人々はその光を全身に受けていった。

 そして、目の見えなくなっていた者たちが次々に声を上げる。


「ああ光、光だ……! 見える、見えるぞ!」

「俺もだ!! ああ、神様!」

「なんて美しい光だ!」


 のちに人々はこのできごとを「サンダロス教会前の奇跡」と呼んだ。

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