第40話 「包囲網を抜けて」
「くっ……あと少しだったのに! 面倒だな……」
「ど、どうしよう、ファンネーデル!」
ガーネットと、ガーネットの腕の中にいたファンネーデルは、警備兵たちに囲まれて動揺していた。
じりじりと近寄ってくる、サンダロス伯お抱えの警備兵たち。
普段は街の警備を任されているが、その実はサンダロス伯の手下だった。宝石加護持ちであるガーネットが不法に囚われていることなどお構いなしである。ただただ今は、伯爵の命令通りに捕まえようとしているだけだった。
「どけ! 私が確認する!」
荒々しい声がしたかと思うと、人垣をかきわけながら一人の男が進み出てきた。
「該当する人物を発見したと聞いた! それが……この娘か? ふむ、なるほど。たしかに赤い瞳だな。間違いない」
男はガーネットに近寄ってくるなり、瞳をじっくり観察する。そして大きくうなづいた後、ガーネットに対して片膝をついた。
「ガーネット嬢……とお見受けいたします。私は街の警備隊長、ケイレブです。速やかに我々と共に伯爵様のお屋敷へお戻りいただきたい」
だが、ガーネットは即座にそれを拒否した。
「……嫌です! わたしはこれから、あの教会へ行きます。もう誰のものにもなりません!」
「そう言われましても……これは伯爵様からの命令でして」
「それはあなたたちの都合でしょう? わたしは戻りません」
かたくなに拒むガーネットに、ケイレブ隊長は長く嘆息した。
「仕方ない。本来なら手荒な真似はしたくなかったのですが……やじ馬がこれ以上集まっては困るのでね、強硬手段をとらせていただきます。お前たち……やれ」
「はっ!」
「了解!」
号令をかけると、数人の男たちがガーネットに手を伸ばしてくる。
ガーネットはここまでかとギュッと目をつむった。だが、ファンネーデルはそれを黙って見ているほど暇ではない。
「誰にも、ガーネットは触らせない!」
カッと青い瞳を輝かせると、ファンネーデルはガーネットの腕の中を飛び出して、人の姿になった。そして、両手を巨大化させるなり、次々と周囲の男たちに猫パンチをくらわせる。
「おらああっ!」
その速さはとても人間の目で追えるものではなかった。気が付けば、ドサリと数人が石畳の道の上に倒れていた。
「なっ! お、お前は、なんなんだ!」
「……ボクかい? ボクはファンネーデル。魔法猫ファンネーデル! ガーネットの護衛をしてる者さ」
「魔法……猫だと? まさか魔女の手下か? お前たち、こいつを全員でひっとらえろ!」
ファンネーデルの名乗りを受けて血相を変えた警備隊長は、その場にいる兵士たち全員に命令を下した。圧倒的な力を見せつけられた後だったが、警備兵たちは自らの信念にそって『敵』に対峙する。
「別に……あいつの手下になったわけじゃないけどね。ガーネットが教会に行くのを邪魔するっていうんなら、ここにいる全員、さっきみたいに気絶してもらうよ?」
そう言うと、ファンネーデルは目を細めて巨大な手から長い爪を出す。
「これだけいると、さっきほど手加減してられないから……死にたくないなら近づかないでね」
にこりと笑うと、飛びかかってきた兵士の順に薙ぎ払う。
その爪が振るわれるたび、バタバタと人が倒れていった。切り裂かれた兵士は、いたるところから出血し、悲鳴をあげている。
「なっ、なんだ!? こいつは……! ば、バケモノか!」
「行こう、ガーネット」
出血などはあくまでファンネーデルが見せている幻影だった。多くの兵士たちはそれでもやはりひるんでしまう。その隙に、ファンネーデルはガーネットの手を取って教会まで走った。
「待て。逃がすな。追えーっ!」
その頃には騒ぎを聞きつけた町人たちが、大通りに集まりはじめていた。
その人々の間をすり抜けるようにして教会へ向かう。
教会前では、一台の馬車が止まっており、数人の神父や修道女たちがたむろしていた。
何をしているのかはわからなかったが、その中にはファンネーデルの見知った顔があった。ファンネーデルは追っ手に追いつかれる前に、声を張り上げる。
「オイ、そこの修道女ッ!! 宝石加護の娘を連れてきたッ! 早く、早くかくまってくれ!」
「えっ……?」
先ほどから、異常な騒ぎをそこから見ていたのだろう。
以前会った、胸の大きい若い修道女と、年老いた修道女がこちらを見ていた。
彼女たちはガーネットが宝石加護の娘だとやっと気付いたのか、ほぼ同時に隣にいた神父の袖をつかむ。
「だ、ダニエル神父! あ、あ、あの子たち……!」
「伯爵様の屋敷で何かあったという噂は本当だったようです! 早く……ああっ!」
「ふむ……。その噂を、これから確かめに行こうとしていたんですがね……手間が省けて良かった。さあそこの子供たち! 早くこちらへ来なさい!」
神父らしき男性に呼ばれて、ガーネットは大きく返事をした。
「はいっ! た、助けてくださいッ!」
大通りをまっすぐ走り抜けて、神父たちの前までやってくると、ガーネットとファンネーデルはすばやく神父たちの後ろに隠れた。
「さて。アレキサンダー司教、このような状況になっておりますが……ご理解いただけましたかな?」
「……ええ」
背の高い神父は、側にいた壮年の男性に水を向ける。
アレキサンダー司教と呼ばれたその男性は、追いかけてくる大勢の警備兵たちを前にして、ひどく落ち着いた声で言った。
「ずいぶん、ややこしいことになっていますね。まあ、最終的には私がいれば大丈夫です。安心していてください」
余裕たっぷりでいる様子の司教を、ガーネットとファンネーデルは不思議そうに見上げた。




