第34話 「魔法猫ファンネーデル」
どれくらい時間が経ったのだろう。目を開けると、目線の位置が変わっているのに気付いた。
さっきまでは地面に近い、いつもどおりの高さだった。
だが今はその倍以上になっている。
金髪の女は、動揺して固まっているファンネーデルに声をかけた。
「さて。ファンネーデル君、どうデスか? 『人工精霊』になった気分は?」
「そう、だな……」
自然と声が出たので、驚く。
「どっ、どうして……声が?!」
「フフッ、驚くのも無理はありませんネ。今までは心の声……テレパシーだけだったのですから。それはアナタが新しく手に入れた『魔法』の力によるものデスよ」
「魔法の力……この声がか?」
エアリアルは満足そうに微笑む。
「ええ。この世界ではこういった現象は『魔法』と定義されていマス。なので、あえてそう呼ばせてもらいマスが……アナタはそれが使える存在になったのデスよ。『魔法猫ファンネーデル君』の誕生デスね!」
「魔法猫……ボクが……」
ファンネーデルはやや感慨深げにうなづく。
「そうか。実感は……まだないけど、そういう不思議な力を得たんだな」
「フフ、まあ魔法猫、と言っても……もう猫らしい原型はほとんど残ってないのデスけどね」
「は? えっ、どういうことだ」
聞き捨てならない言葉に、ファンネーデルはいきり立つ。
てっきり元の姿のまま甦るものと思っていた。だが、どうやらかなり姿を変えさせられてしまっているらしい。化け物みたいなナリだったらどうしようと、一抹の不安がよぎる。
「安心してください。そんなに変な恰好ではないデスよ。まあ、一目見ればわかりマス。ほら、ワタシの視界を通して自分の姿を見てみてください」
「お前の視界? どういうことだ」
「説明しなくても、もう息を吸うのと同じようにできるはずデスよ。ほら、ワタシに意識を合わせて。そして、ワタシの見ているだろう風景を思い浮かべてみてください」
「……」
ファンネーデルは半信半疑だったが、さっそく試してみた。
すると、自分のではない視界が急に飛び込んでくる。
「うわっ、こ、これは……?!」
水辺を背にして、一人の『人間』が立っていた。
背は低め。
短いながらも癖が強く、いろんな方向に飛びはねている髪。そして黒いジャケットと半ズボンの服。
両目が青く輝く十代半ばくらいの少年だった。
「まさか……これ……」
その目の色に、どこか既視感があった。何度も確認したわけじゃないが、水面に映したときの自分の目の色と似ていた。
言葉を失っていると、エアリアルが面白そうに語りはじめる。
「フフフ。それが、人工精霊となったアナタの基本の姿デスよ。人間の方がなにかと便利でしょうからネ、その形にしてみましタ。ああ、そんなわざわざ感謝の言葉なんか言わなくったっていいんデスよ? わかってマスって……」
「感謝? 別に、ボクは頼んじゃないけど……」
ファンネーデルはそう言って、自分の両目をエアリアルの視界を通して見つめた。
「目だけは同じ……なんだな」
「ああ、やはりそこに気が付きましたカ。人工精霊にするには『依り代』が必要なのデスが、アナタの、『宝石加護』の目をそれにあてがってみたんデスよ」
「宝石加護の目……お前はたしか、これが欲しいんだったな」
「ええ」
エアリアルは、そう言うと恍惚の表情を浮かべる。
「いろいろアナタにしてあげた……価値はありマスね」
「もう一度言うが……そんなに欲しいのに、待っててくれるのか」
「ええ、平気デス。それにその目玉は『アナタであること』の証。人工精霊としてはなくてはならない体の一部……『核』なのデス。ゆえに欲しがりません。約束の時が来るまでは」
優しく微笑むと、エアリアルは思い出したように手を叩いた。
「ああ、そうそう。そのアナタの目玉、デスけどネ、年月を経ても腐らないように時間の干渉を阻害する魔法をさらにかけておきましタ。これなら、劣化して土に還ることも、どんなに衝撃を受けても壊れることはありません。だから安心してください、ファンネーデル君」
ファンネーデルはエアリアルの言葉を半分聞き流しながら、ペタペタと体のあちこちを触った。
「おお……これが人間の体……手足がすごく長いな」
「あ、触れているように感じているでしょうが、それはあくまでも『錯覚』デスよ。そこに手や顔などの実体はありません。それが人工精霊というものなのデス」
「実体が……ない? どういうことだ」
「物質としてこの世に存在しているのは、その両目だけなんデス。あとは幻のようなもの。人工精霊の姿を保つためには、その幻を維持するために誰か他に『観測者』がいなくてはなりません。ここでは……ワタシがその役目を担ってマスね」
「観測者?」
ファンネーデルは意味がわからずにオウム返しをする。
「アナタを見ている、アナタ以外の生き物のことデスよ。その者たちがいなければ、アナタは……ただの目玉だけの存在デス」
「な、なんだと!?」
「アナタは、アナタを見ている者の脳にアクセスし、その者の感覚を操ることで、この世に顕現できていマス。それが、アナタの使える『魔法』なんデス。アナタは……どんな生き物にも思った通りの姿を見せ、思った通りの音を聞かせ、思った通りの匂いや感触を与えられマス。デスが……あなたを観測する相手がいないと、それはすぐ無と化してしまうのデス」
ファンネーデルは顔を両手でごしごしとこすった。
「まだよく、わからないな。目玉だけしか体がない、って……ちょっと不思議だ。不便ってことはわかったけど」
「まあ、不便といえば不便……デスかネ。実際、ワタシがアナタの目の前からいなくなったら……アナタはすぐに声が出なくなったり、動くときも目玉だけの状態だけで砂浜を転がっていかなくてはならないのデスよ?」
「……そいつは困ったな。これからガーネットを、助けに行かなきゃならないのに」
そう言って、海の方に視線を向ける。
夜明けが近づいていて、周囲は徐々に明るさを取り戻し始めていた。
波の音だけが静かに繰り返されている。
「どこへ行ったんだ……ガーネット」
「ああ、あの少女デスか。沖にある、あの大きな帆船に連れて行かれましタよ……アナタはどうするんデスか? これから」
「そうか……じゃあまずはこのまま泳いで行って……」
「ちょ、ちょっと待ってください! そんな無茶な! アナタは今、ただの目玉だけの姿だと言ったでしょう? うーん……じゃあ手始めにあの鳥を操ってみてください」
「鳥?」
「ええ。いいから、早く」
しぶしぶエアリアルが指さす方向を見ると、はるか上空に何羽かの猛禽類が飛んでいる。
ファンネーデルは、ちぎれんばかりに首をふった。
「いや! いやいやいや! 無理だ。あんな高いところにいる鳥、どうやって……」
「簡単デス。相手の視界にチャンネルを合わせて、こちらに注意を向けさせるんデス。それから、すべての感覚を操って言うことをきかす……さあ、やってみてください!」
「ええ……」
ファンネーデルは困惑したまま、空の鳥たちをにらんだ。




