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第31話 「海辺にて」

 ぎい、ぎいとオールの漕ぐ音がいつまでも続いている。

 小舟に乗せられたガーネットは、男たちとともに沖へ向かっていた。


 はるか先に大型の帆船が停泊している。

 男たちの会話から、どうやらそれで別の場所へと運ばれるらしかった。


「こんなことばっかり……もう、嫌……」


 小さな声でつぶやくと、ガーネットは止まらない涙を肩の袖で拭った。


 幼い頃から、ずっとこの力に振り回されてきた。

 宝石加護の力を持っていたがために。この変わった色の瞳であったがゆえに。

 

 ガーネットはまず、最初に本当の両親に捨てられた。


 ある寒い冬の日――。

 ユリオン村の外れの教会前に、幼子が捨て置かれた。

 誰が連れてきたのか、なんという名前なのかもわからなかった。ただ一点、その子供は普通の目ではなかった。血のように……赤い瞳をしていた。

 それを見た教会の神父は、「これぞ神の与えたもうた、宝石加護の子に違いない」とその子供を大切に育てた。


 名は、その教会の神父が付けた。

 瞳の色と同じ宝石、「ガーネット」の名を。


 そのころは、まだユリオン村も豊かだった。

 だが、ガーネットが教会で7歳を迎えた頃、ひどい飢饉がはじまった。


 教会はずっと、この娘のことを秘密にしていた。

 けれど、ユリオン男爵が教会に相談に来た日から、すべてが大きく変わってしまった。

 ユリオン村の年老いた女神父、ゾーイ神父は、村の惨状を聞かされて、うっかり男爵にガーネットのことを話してしまったのである。


 ユリオン男爵の人柄が、良かったことがかえって災いした。

 誰からも好かれていたので、およそ宝石加護の力を悪用することはない人間だ、と判断されてしまったのだ。


 ユリオン男爵は、すぐさま村のために行動を起こした。

 教会本部に、ガーネットの養子縁組を申請し、自分の子として引き取ったのである。


 養子になってからは、数年かけて村に奇跡が起こりはじめた。

 毎年の豊作に沸き立つ村人たち。

 誰もが、ガーネットとユリオン夫妻に感謝した。教会も一層信者が増え、それぞれがみな、幸せに暮らしていた。


 噂を聞きつけた、人攫いたちがやってくるまでは――。


「わたしは、教会から出ちゃいけない人間だった……。あの人たちを、お父さんやお母さんと呼びたかった。ただ、それだけだったのに。みんなを……不幸にした。ケイトも、ファンネーデルだって……。わ、わたしのせいだ……」


 ぶつぶつと独り言をつぶやきながら、ガーネットは自分を責め続ける。

 大切な人を巻き込んでしまい、傷つけてしまう運命に、心底腹が立った。それと同時に絶望する。これから先も、こうした悲劇がずっと付きまとってくるのだろうか……と。


 だとしたら、こんな自分はいなくなったほうが良い。きれいさっぱり消えたほうが、世のため人のためなのだ。

 ガーネットはそう思い、海を見つめた。


 こんな厄介ごとを引き連れてくる人間なんて、両親だって……捨てるに決まっている。


 嫌われて当然だ。

 なのに……そんな自分に、ファンネーデルはよく付き合ってくれた。

 人間ではなく、ただの猫だったけれど。自分には本当にかけがえのない存在だった。


「ごめんね、ファンネーデル……ありがとう……」


 そう言って、舟から身を投げようとする。


「おっと! 変なこと考えるんじゃねえ!」


 だがそれを、レイリーに阻まれてしまった。襟首を掴まれ、ぐいっと船底に引き戻される。


「うあっ!」

「お前は大事な『商品』だ。死にたくなっても、絶対に死なせねえぞ。大人しくしてろ!」

「うっ……ううっ……」


 嗚咽を漏らしながら、ガーネットは船底にうずくまった。何をしても、またこうして捕えられ、また別の場所へと連れて行かれるのだ。

 その、繰り返し。ずっとずっと、その繰り返しなのだ。


「……たすけて。誰か……たすけて」


 大きな船は、すでに目前に迫ってきていた。

 ガーネットはそれを、青ざめた顔で見上げた。

 


 ◇ ◇ ◇



「はあ、あちらはもう……行ってしまいましタか。仕方がありません……よっと!」


 防波堤の上から、川岸に着地する。

 町娘風の恰好をした長い金髪の女は、すたすたと川べりへ歩いていった。


 砂地の上には、無残にもぼろぼろになった小さな猫の死体がある。

 度重なる暴行に、その原型はまったくなくなっていた。血に濡れた黒い毛皮が落ちているだけのように見える。


 女はそれに、おもむろに手を伸ばした。だが、何か見えない何かに阻まれてそれ以上は触れられない。


「ほう。やはり、特別な力が付与されているようデスね。これは……この世界の法則、デスか。ワタシを拒絶するとは……フフッ、本当に面白い!」 


 ニヤリと笑うと、女は右手を自身のこめかみに当てた。

 そして、小声でなにやらつぶやきはじめる。


「霊体認識機能……オン。チャンネルをこの小動物の残留思念に、接続……」


 しばらくすると、その毛皮の塊の上に、生きている時とまったく変わらぬ黒猫の姿が半透明で浮かび上がった。

 黒猫は驚きながらも自身の姿を見回す。


 ――――なっ、ボクはたしか……死んで……。って、そこにいるのは誰だ!?


 威嚇しながら、女の方を見つめる。

 女は以前会った時とはだいぶ恰好が違っていたが、黒猫は注意深く観察した。やがてハッと誰だか思い出す。 


 ――――お前は……魔女! なんでここに……。


 実体がないのに背中の毛が逆立っているのを見て、女はくつくつと笑っていた。


「フフフッ、思い出していただけましたカ。またお会いしましたネ、黒猫サン。どうデスか? あっさりと殺されてしまっタ気分は?」


 黒猫はそう言われて、地面に転がる「元自分だった肉塊」を見下ろした。

 色々なことを思い出したようで、しばらく無言になる。


「どうしましタ? もう、みなさん行ってしまいましタよ?」


 ――――ああ……そうみたいだな。なんだよお前。今まで、ずっとどこかから見てたのか?


「ええ、まあ……そのようなものデス。今夜ワタシは、あの少女の目を奪おうとしていタのデスが……気付いた時にはもう、彼らに先を越されていましてネ。今まで彼らの後を追っていタのデス」


 ――――何? やっぱり……お前もガーネットを狙ってたんだな! 目を奪うってなんだよ……。そういやお前、この街で何かずっとしてただろ。何者なんだ、お前!


 黒猫の剣幕に、女は不敵に笑う。


「ワタシ、デスか? ワタシはエアリアル・シーズン。魔法科学者だと……前にも言っタじゃあないデスか。とある研究のために……この街の方々の『視力』を集めていタんデス」


 ――――視力……を?


 女は黒猫を興味深く見下ろす。


「そうデス。まあ、アナタにはあまり関係のないことデスがネ……。それより、あの少女を助けなくていいんデスか? 英雄ファンネーデル君」


 その言葉に、黒猫は目を丸くする。


 ――――どうして、その名を……。


「アナタの意識にさっき接続しタので、そう呼ばれていタのが見えたんデス。そんな姿となっては……もう助けたくても助けられないでしょうけど……。ああそうだ! こうしましょう! わたしの力で、アナタを復活させてあげマース。どうデスか? とても魅力的な提案だと思うのですが……」


 思わせぶりな女の言い方に、黒猫はひどく顔をしかめた。

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