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第30話 「訪れた悲劇」

 夜の街は静まり返っていた。

 どこも濃い影に覆われ、外灯だけが路地を走る男たちを照らし出している。


 ――――どうして、みんなボクの前からいなくなるんだ。待ってくれ、ガーネット……!


 そのあとを、さらに黒猫が追いかけていた。自分の気持ちに戸惑いつつも、目の前の集団に必死にくらいついていく。

 少女が、涙に濡れた目でこちらを見つめていた。

 男の一人に担ぎ上げられながら。


 ――――ボクは、どうしてこんなことしてる? ガーネットは……ボクのなんなんだ? あいつは母さんじゃない。そもそも人間だ。ボクと話をする、変な人間だ。でも……食べ物をくれるいい人間でもあった。いや、そんなの……あの魚屋の男もそうだった。それだけじゃない。あいつは……あいつはもっと違う。ボクを……すごく必要としてくれた!


 人通りがあるとまずいと判断したのか、男たちは広場を迂回して、細い路地や裏道を行く。

 誰かと出くわさないように忍んでいくと、やがて川沿いの道に出た。


 ――――ボクは……ずっと独りで生きてきた。これからも、ずっとそうしていくって思ってた。でも……嫌だ。あいつが今、いなくなるのは……!


 男たちは海の方向へ曲がり、やがて広い河口に出た。

 彼らは、腰の高さほどもある防波堤の上に乗り、次々にその向こう側へと跳び下りる。

 黒猫もそれによじ登ると、川岸にこじんまりとした小舟があるのが見えた。ガーネットはその手前に下ろされる。


 少女はひとまずこれに乗せられそうだった。どこへ連れて行くのかわからないが、そうなったら最後だと黒猫は思った。海へと出られたら追いかけようがない。そうはさせるかと、まずは近くの大男に跳びかかった。


「にゃあああっ!」


 一気に体をよじ登り、顔面をおもいっきり引っ掻く。


「うが……がっ! い、痛ぇ……! なんだ?!」


 先ほどはみじんも動揺しなかった大男が、よろめきながらうめいた。

 続いて、ファンネーデルは黒マントの男に跳びかかる。


「にゃああっ!」

「なっ、こいつは……!?」


 黒マントの男はとっさに顔をかばうと、腕を縛り上げようとしていたガーネットから離れた。

 爪が空振りした黒猫は軽やかに着地し、ガーネットをかばうようにその前に立つ。


 ――――おいっ、大丈夫かガーネット。助けに来た!


「ファンネーデル。た、助けに来たって……。む、無理よ! あなたも、きっとひどいことされるに決まってる。わたしのことはいいから、早く逃げて!」


 ――――ふざけんな。約束は? 今後ボクにくれる食べ物は? もうもらえないのか!


「そ、そんなこともう終わりよ! もう来なくてもいいって……昨日言ったじゃない。こうなったら……あの屋敷にい続けるなんてもうできないの。あなたも、わかってるんでしょう? わたしはこれから……」


 ――――うるさい! お前は言ったよな? ボクは、お前の英雄だって。ファンネーデルって名前をつけたのは……どこのどいつだ!


「そ、それは……」


 ――――いいから、ボクに守られてろ! ボクは……お前の英雄だ!


 闇夜に、青い瞳を光らせる。

 黒猫は気迫のこもった目で、男たちをひとりひとり睨みつけていった。一歩もガーネットに近づけさせない。その思いで四肢をふんばる。


「ハハッ、そうか。こいつ……どっかで見たことあると思ったら。この街に来た時に見た、野良猫じゃないか。フフッ、まったく。変なのとお友達になったもんだなぁ、お嬢様よぉ?」


 黒マントの男はそう言うと、また懐から火薬の臭いのする武器を取り出した。

 それを見て、ガーネットが悲鳴をあげる。


「やっ、やめてください! そんなの……しまって! わたしは一切抵抗しませんから。だから、この子を傷つけたりしないで! ただの黒猫よ!」


 ――――ガーネット、やめろ!


「いいの、ファンネーデル。わたし、あなたがケイトみたいに……どうにかなっちゃったら嫌。もうあんなこと沢山なのよ。わたしひとりが……我慢すればいいの。だから、あなたは逃げて!」


 ――――何を言ってる? お前は……。


「いいの。これが……宝石加護を持つ人間の宿命なの。あなたは、そうじゃないから……」


 ――――いや、ボクだって、ボクだって宝石加護の……。


 ガーネットとそんな会話を続けていると、その光景を見ていた男たちがだんだんと薄気味悪い笑みを浮かべはじめた。

 黒猫はそんな男たちの変化に警戒する。


 ――――な、なんだ、こいつら……? いったい何を笑って……?


「ハハハッ、驚いた。しゃべる猫ってわけか。こいつは……手土産の一つも増えたってもんだなあ、お前ら!」

「ええ。へへっ、まったくでさあ、団長」

「これは……珍しい……。ただのクソ猫だと……思ってた」


 男たちは、三人がかりでガーネットと黒猫を取り囲みはじめる。


「さてと。じゃあお嬢様と……そこの猫もセットで捕まえようか。やれ! ハンス、グスタフ」

「「アイアイサー」」


 手下たちに黒マントの男が合図する。

 まずはガタイのいい、半裸の男が猫に襲い掛かってきた。黒猫は全身の毛を逆立てて、威嚇する。


「フシャアアアッ!」


 鋭い鳴き声とともに、爪を目の前の相手に振り上げる。


 ザシュッ――。


 ただひっかいただけなのに、大男の胸がぱっくりと裂けた。その様子に誰もが驚く。鮮血が男の肌を濡らすのに、そう時間はかからなかった。


「なっ! ば、バカな……!」


 意外な能力の発現に、人間たちはもとより、黒猫自身も驚愕する。


 ――――ぼ、ボクはいったい……どうなってるんだ?


 自身の爪を見て、思わず首をかしげた。

 異様なほど攻撃力が上がっている。


 ――――もしかして……これは、ガーネットのしわざか?


 華奢な男は、このままではまずいと腰に下げていた鞭を手に取った。ぶんとしならせると、その先端を黒猫の胴体へと巻き付ける。

 黒猫はすぐさま逃げようとしたが、同時に強く引っ張られ、宙へと持ち上げられる。


「うにゃっ!?」


 ある一定の高さまでくると、直後に地面へと叩きつけられた。強烈な痛みが全身を襲う。


「うぎゃっ!」


 衝撃で動けなくなっている所へ、さらに半裸の男がやってくる。


「団長……こいつは……バケモノだ、猫の皮を被ったバケモノ……。少し……手に負えません」

「そうだな。捕獲はとりやめだ。時間もない。さっさと終わらせていくぞ」

「アイサー」


 レイニーに了解を取った男の拳が、容赦なく降ってくる。


「ギ、ギニャッ? ギニャッ! ギニャアッ……!」


 何度も、何度も。

 小さな猫の、骨が全部砕けきるまで、その攻撃は繰り返された。


「やっ、やめて……! もう、やめてええええっ!」


 ガーネットの悲痛な叫び声があたりに響く。

 黒猫が息も絶え絶えに首をめぐらせると、号泣するガーネットが、黒マントの男に取り押さえられているところだった。そして……黒猫の意識は、そこでぷっつりと途絶える。


 真っ暗な所に意識が沈んでいきながら、黒猫は少女のことだけを案じ続けていた。

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