第29話 「攫われた娘」
「あ、あなたたちは……わたしを、攫った……」
ガーネットは突然部屋に押し入ってきた男たちを見て、目を見開いた。
ユリオン村で攫われた日を思い出す。
あの時も、急に夜中に忍び込まれた。
物音に気付いたユリオン夫妻が駆け付けた時には、男たちに捕えられて、もう屋敷を出るところだった。護衛を呼ばれる暇もなく、あっという間に「お別れ」させられてしまった。
「くっ……」
あの時の衝撃を思い出して、涙が出そうになる。
彼らはとても良くしてくれた。
サンダロス伯爵たちとは違い、まるで本当の家族のように接してもらった。
あそこにいたときは幸せだった。両親のいなかったガーネットにとって、初めて父・母と呼べるような存在だったのだ。それを……この男たちは。
「さあ、また別の方々がお前をご所望になっている。とっとと一緒に来てもらうぞ」
「い、いやっ……!」
ガーネットは精一杯、勇気をふりしぼって拒否したが、レイリーはかまわず側の男に目くばせをした。すると、上半身が半裸の大男は重々しい足取りで歩いてくる。
「おいっ! 逃げろ、ガーネット!」
腕の中のファンネーデルが叫ぶ。
その声に、部屋にいた男たちはきょろきょろとあたりを見回した。
「ん? 誰か……いるのか?」
しかし、ガーネット以外の人間の姿はない。
大男は首を振ると、また手を伸ばしてきた。
ガーネットはベッドから降り、廊下のケイトたちの方へ逃げようとする。
だが、先ほどから続く緊張でうまく体が動かせなくなっており、足がもつれてしまった。
「あっ!」
思わず転倒する。
「だ、大丈夫か、ガーネット?」
「ごめん、ファンネーデル……あなただけでも、逃げて」
床に倒れたままでいるガーネットを、黒猫は不思議そうに見上げている。
ガーネットは軽く微笑むと、黒猫を手放した。直後、大男に抱え上げられる。肩に担がれ、窓際へと連れて行かれた。
――――ガーネット! オイ、お前! 待てこらっ!
ファンネーデルは何度もそう叫びながら大男に飛びかかっていく。だが、大男はまったく気にするそぶりがなかった。
ガーネットはそんな黒猫に申し訳なさそうに言う。
「ごめん、ファンネーデル……。ありがとう。少しの間だけでも、楽しかったわ……」
華奢な男、そしてレイリー、そしてガーネットを背負った大男の順番で、男たちがバルコニーから下りていく。
――――ガーネット!
ガーネットはバルコニーの黒猫を見上げた。その後ろに、ふいに二人の人影が現れる。
「ガーネット様!!」
「おい、待て!」
それはケイトとマークだった。
おかしな物音がしたので、気になって部屋に突入してきたようだ。
「あっ、こいつら! レイリー商団のやつらじゃ……って、ん? 猫? こいつはたしか……」
マークは今のこの状況に顔を青くしながら、足元にいる猫に視線をやった。
「なんで、ここに……」
「ガーネット様! 今、そちらに参ります!」
ケイトは自分の前後を交互に見比べながら、ガーネットに声をかけてきてくれていた。どちらから行こうかと迷っているようだ。
そうしている間にも、ガーネットたちは地上に降り、縄梯子もちょうど外されてしまう。
「ずらかるそ、お前ら!」
レイリーの一言に、男たちは一目散に走り出した。
その様子に、あわててケイトが叫ぶ。
「マーク様! 旦那様や護衛をすぐに呼んできてください! あとは私が!」
「わ、わかった……!」
言うが早いか、ケイトはバルコニーの柵を乗り越えて、二階から飛び降りてしまった。
「はああっ?」
了承したのはいいものの、そのあまりにも突飛すぎる行動に、マークは思わず口をあんぐりと開ける。だがそれはガーネットも同じだった。そろって目を丸くする。
ケイトは地上に着地すると、同時に身を回転させ、衝撃を分散させた。直後に全力で走りはじめる。
二階のバルコニーではマークが踵を返したところだった。
そして、「黒い塊」も建物の壁を伝って下りてくる。
「ファンネーデル……!」
黒猫は地上に降りると、ケイトの後ろに付くように一直線にこちらへと向かってきた。
「やべえ。急ぐぞ、お前ら!」
男たちは手際よく塀をよじ登ると、ガーネットをやや乱暴に受け渡しながら、さらに堀の下へと降りていった。
「よし、慎重にな……」
堀の手前には崩れた石垣の岩が。中ほどから対岸までは、木の板が渡されている。そこを通過中に、ケイトの声が頭上に降ってきた。
「待ちなさい、お前たち! ガーネット様を放しなさい!」
ケイトは塀の上にまたがり、そう高らかに宣告していた。
「ちっ、面倒だな……」
その様子を見たレイリーは、ぼそっとつぶやく。
懐からあるものを取り出すと、それを背後に向けた。
「騒がしくはしたくなかったが……仕方ねえ」
親指で留め金を下ろしたかと思うと、バンと引き金を引いた。
直後、ケイトが塀から落下する。塀の向こう側に落ちたために、ガーネット側からはどうなったのかまったくわからかった。
「け、ケイト……? ケイト、ケイト!」
あまりのことにガーネットは泣き叫びはじめた。
レイリーは、わずかに煙のたなびくそれを懐にしまうと、また歩き出す。
「行くぞ」
ガーネットの記憶によれば、さっきのは「銃」だ。
山で狩りをする猟師が、ときおり見せてくれたもの――。自分が見たのはとても長いものだったが、今のはそれよりもかなり小さい。ときたま今の音が山に響いていた。
ケイトは無事だろうか、と急に不安になる。
祈るような思いで塀の方を眺めていると、今度はそこから黒猫が跳び出してきた。
「ファンネーデル! き、来ちゃダメ……!」
ガーネットの願いも空しく、ファンネーデルも塀を駆け下りてくる。だが男たちは特に気にしたそぶりもなく、淡々と移動しはじめていた。今度は街の方へ向かい、薄暗い路地裏に入る。
屋敷の方を見ると、部屋の明かりが次々と灯りはじめていた。
表玄関の方には街の警備隊も集まり出している。
ガーネットは大男の肩の上で揺られながら、後を追いかけてくる黒猫を見つめた。




