第24話 「エアリアルの魔法」
広場の真ん中に簡素な立札が立っている。
早朝そこを通りがかった女は何気なく、それを見た。
「え、手配書……? 『目腐れ病』を広めたと思われる人物……って、これ、まんまワタシじゃないデスか」
女は手配書に書かれている特徴とほぼ一致していた。
黒いつば広のとんがり帽子。真っ黒な外套に、白衣。長い金髪……。
「むう……。いつの間にこんなものが……」
手配書を見ながら困惑していると、少し離れたところから街の警備隊二人が歩いてきた。
女は急いで呪文を唱えはじめる。
「に、認識阻害魔法、発動。1分以内にとんがり帽子と黒い外套を分解。白衣をこの街で一般的な服に変換……」
警備隊とすれ違う時には、女の服は簡素な木綿のワンピースに変わっていた。
特に目をつけられることもなくやり過ごせたので、ホッと胸を撫で下ろす。
「はあ……あせりましタ。しかし……こうして原因を突き止める者がそろそろ出て来ても、おかしくはありませんネ。もう、潮時デスかネ、この街も」
そう言って、女は誰もいない広場を見渡した。
女の名はエアリアル・シーズン。自称、魔法科学者である。
「まあ、けっこう『アレ』も集まりましたし、最後に宝石加護の目をいただければいいデスかね」
ニヤリと笑うと、エアリアルはサンダロス伯爵邸へと向かった。
◇ ◇ ◇
サンダロス伯爵の二男・ルークは、玄関先の馬車に乗り込もうとしていた。
車内には、とびきりのおしゃれをした母がすでに乗っている。
準備が整うと、馬は軽快な足音を立てながら進み始めた。
「ああ、早く食べたいわね、ルーク。あそこの砂糖菓子は一度食べたら忘れられないわ。気分転換するにはこれくらいしないと……フフフ」
街で一番人気の喫茶店へと向かう。
母親の言うように、そこには珍しい異国の茶葉や、特別な材料を使ったお菓子があるので有名だった。庶民にはあまりにも高価で手が出ないため、もっぱら貴族たちの間でもてはやされている。
「母上の気が晴れるなら、どこへでも。僕も……楽しみです」
やがて石造りの重厚な店が見えてきた。
店の前で降ろされると、馬車だけ邪魔にならないところへと移動していく。
ティールーム・ジュエル。
そう書かれた扉の前にはドアボーイがいた。
「おはようございます、マデリーン様。またのお越し、ありがとうございます」
「おはよう。席は空いているかしら?」
「はい、ございます。前回同様、テラス側の明るいお席でよろしいですか?」
「ええ、お願いできるかしら」
よどみない受け答えをするドアボーイに感心していると、ルークはふと、誰かの視線を感じた。
店から少し離れた路地に、町人らしい女が立っている。
女は自分だけをじいっと見つめていた。
妙に気味が悪いなと思っていると、にやりと笑みを向けられる。ルークはぎょっとした。
「……!」
「ルーク、どうしたの? 行くわよ」
母に声をかけられてハッとする。
ふとあの女のいる方を見てみると、すでにその姿は掻き消えていた。背筋にすうっと冷たいものが走っていく。
「なん、だ……あの人は……?」
異様な体験をしたルークは、母にうながされながら店に入った。甘ったるい香りが漂っている中をふらふら歩いていくと、だんだんと視界に異常を感じ始めてくる。
「えっ?」
気が付くと、視界がぼやけていた。
もやがかかったように、母も、店内の様子もよく見えなくなる。
「どうしたの? ルーク」
「なんだか、目がおかしいのです。母上……」
「えっ?」
母のマデリーンが近づいてくる。
そして、顔を覗き込まれると、絹を裂くような悲鳴があがった。
「いやあああっ! ……そんなっ! ど、どうしてこの子が! 誰か、誰か助けてええっ!」
バタンと大きな音を立てて卒倒する母親に群がる人々。
ルークは自分が今どうなっているのか、まったくわからなかった。いや……わかりたくなかった。
「ああ、神様……」
◇ ◇ ◇
急にあわただしくなった店の前を、エアリアルは遠巻きに眺める。
「フフフ。屋敷からあの馬車を追って来て正解でしタ。しかし……この少年の視力は使えマスね! 彼の記憶によると宝石加護の娘は……やはりあの屋敷の中、デスか。ふむ。夜にでも忍び込んでみマスかネ……」
そう誰にともなくつぶやくと、エアリアルはスカートをひるがえした。その姿は、やがて路地の奥へと消えていく。
後には、馬車に急いで担ぎ込まれる二人の母子と、やじ馬たちだけが残された。




